東スポnote

東京スポーツ新聞社の紙面で過去に掲載された連載がまとめて読めたり、ココだけしか読めないコンテンツがあったりします。できる範囲で頑張ります。

競馬

競馬ファンはもちろん、ウマ娘に夢中な人も楽しめる記事をまとめました!

  • 36本

〝負け組の星〟は「ウマ娘」でも活躍中!社会現象にもなったハルウララの連敗を「東スポ」で振り返る

 ゲーム「ウマ娘」でハルウララを育成し、初めてレースに勝ったときは嬉しい半面、複雑な気持ちにもなりましたが、走ることが大好きで、みんなを元気にするそのキャラクターはまさに史実通り。今回は、2000年代前半、高知のヒロインが巻き起こした空前のフィーバーを「東スポ」で振り返ります。本紙は今風に言えば〝ネタ〟っぽい新聞ですので、お涙頂戴の感動巨編にはなりませんが、当時の狂乱っぷりは伝わるはず。探してみたら、写真もいっぱい残っていました。(文化部資料室・山崎正義) ブーム到来 競馬

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「歴代名馬総選挙 with 東スポnote」を振り返り&みんなの投稿も読みました!

11月24日に行われたイベント「歴代名馬総選挙 with 東スポnote」をご覧くださった方々、本当にありがとうございました。配信が開始されるまでは「ただの競馬好き師弟コンビが90分間も好き勝手にしゃべって大丈夫なのか…」という不安もありましたが、無事にゲートを出たら生配信はあっという間で、落馬することなくゴール板まで完走することができました。投票だけでなく熱いコメントを寄せてくれた皆さまのおかげです。そして、今回の企画を立ててくれたnoteスポーツカテゴリディレクター、藤里

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「ウマ娘」では浪速の白い稲妻!タマモクロスの連勝と芦毛三番勝負を「東スポ」で振り返る

「ウマ娘」では関西弁のチビッ娘。コミカルなツッコミキャラはゲームではまだ育成できない実装前なのに多くのファンを獲得していますが、史実のタマモクロスも競馬ブームを牽引したスーパーホースでした。急覚醒した〝白い稲妻〟の連勝街道と、オグリキャップとの「芦毛三番勝負」を「東スポ」で振り返りましょう。連載中の漫画「ウマ娘 シンデレラグレイ」でも触れられたジャパンカップの豪華な〝競馬五輪〟感も伝われば幸いです。(文化部資料室・山崎正義) 突然の目覚め「ウマ娘」の公式HPによれば、タマモ

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「ウマ娘」のズッ友コンビ!ダイタクヘリオスとメジロパーマーの爆逃げを「東スポ」で振り返る

「ウマ娘」の爆逃げコンビといえば、ダイタクヘリオスとメジロパーマー。なぜコンビを組んでいるかといえば、現実世界でも同じレースで逃げまくり、大レースを盛り上げたことがあるからです。ともにGⅠを2つ勝った個性的な名馬の足跡をたどりつつ、2頭がともに走った1992年の3戦を「東スポ」で振り返りましょう。生まれた年は同じながら、血統も育ちも距離適性も、成長過程も全然違った2頭が出会うんですから、競馬はやっぱり面白いです。(文化部資料室・山崎正義) ダイタクヘリオス 先に頭角を現した

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【プロ野球】岩村明憲「ガンガンいこうぜ」

球界でも独自の存在感を放ってきたのが現在、ルートインBCリーグ・福島レッドホープスの球団代表を務める岩村明憲監督。「何苦楚魂」を座右の銘に掲げ、道を切り開いてきた岩村氏が、自身の野球人生を振り返った

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東スポ1面にされたバット投げつけ事件の真相「バット〝は〟投げつけてない」【岩村明憲連載#1】

 球界でも独自の存在感を放ってきたのが現在、ルートインBCリーグ・福島レッドホープスの球団代表を務める岩村明憲監督(42)。勝負強い打撃スタイルはもちろん、歯に衣着せぬ思い切った発言でも人気を博した。ヤクルト、米メジャーのレイズなどで活躍。レイズではワールドシリーズに進出し、弱小チームを変えた立役者としても注目を集めた。「何苦楚魂」を座右の銘に掲げ、道を切り開いてきた岩村氏が、自身の野球人生を振り返った。 フルさんとの不仲説の真相は… 古田敦也監督と岩村(2006年)

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プロ入りのきっかけを作ってくれたのは宇和島東の上甲監督【岩村明憲連載#2】

連載TOPへ/次の話へ 上甲スマイル!?とんでもなく怖かった毎日1回以上、辞めたいと思っていた宇和島東野球部時代 僕に大きく影響を与えたのが、当時の宇和島東高校野球部の上甲正典監督との出会いでした。  2014年9月に亡くなられた上甲監督は高校野球の名将であり、試合時に笑みを浮かべる「上甲スマイル」で甲子園ファンの間では有名な方でしたが、僕の最初の印象は「とんでもなく怖い人」でした。  というのも、兄が先に上甲監督の下で野球をやっており、すごく厳しい方だというのは家でも

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池山→岩村→青木→山田!ミスタースワローズの象徴、背番号「1」を引き継いで…【岩村明憲連載#3】

前の話へ/連載TOPへ/次の話へ 勝ち気で奪ったプロ3年目のレギュラー プロ1年目、高卒新人の僕は球拾いと試合ではバットボーイを務めるなど、地味な日々を送っていました。  そんな僕に絶好のアピールの機会が訪れたのは、4月の終わりごろ、追浜で行われた横浜との二軍戦でした。終盤、2―3で1点を追う展開で相手投手は右の横山道哉さん。ランナー一塁の場面で、告げられたのは僕の名前でした。  そこまで試合に出る機会がなかったので先輩が打席に向かうんだろうと思っていたんですが、思いが

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感激!新婚旅行で訪れたフロリダで親友・ラミレスが用意してくれたサプライズ【岩村明憲連載#4】

 前の話へ/連載TOPへ/次の話へ ラミレスに学んだ〝暗黙のルール〟 今回は僕にとっては“親友”ともいえる、アレックス・ラミレスの話をします。  2016年から(※20年まで)横浜DeNAベイスターズの監督を務めることになりましたが、まずはヤクルト時代に共にプレーしていた思い出から話したいと思います。 お立ち台で得意のポーズを披露するラミレスと岩村(04年、神宮球場)  彼がチームに加入したのは2001年でした。その年はチームはリーグ優勝を果たし、日本一に輝きました。

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【プロ野球】礒部公一「猛牛と犬鷲」

近鉄から楽天へ――。球界再編の荒波に立ち向かった男・礒部公一の連載をまとめています。

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2001年リーグ優勝の近鉄ナインは毎日が「倍返し」だった【礒部公一連載#1】

はじめに 杜の都が熱い――。仙台に本拠を構える東北楽天ゴールデンイーグルスに今年、9年ぶりに〝ミスターイーグルス〟が帰ってきた。ヤンキースのエースとして活躍した田中将大投手が現役バリバリで古巣へ復帰。その一挙手一投足がプロ野球界を沸かせている。犬鷲軍団を率いる新監督も話題だ。2013年以来の日本一へ期待が高まるが、さかのぼること20年前の日本シリーズ。その石井一久新監督と猛牛戦士として相対したもうひとりの〝ミスターイーグルス〟がいた。 左から中村紀洋、ローズと〝いてまえ打線

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捕手だった僕が、日本を代表する捕手・古田敦也さんの術中にはまった感覚とは【礒部公一連載#2】

連載TOPへ/次の話へ 16打数ノーヒットで終戦「日本シリーズのA級戦犯は僕だな」 2001年のヤクルトとの日本シリーズ初戦。近鉄打線は石井一久に封じられた。石井の状態は尻上がりによくなってくる。スピードガンも上がってきてこれはやばい、と…。そうこうしているうちに0―7で完敗でした。1つ落としたんで次は勝たないと大阪ドームに帰ってこれないかもしれない。その気持ちで2戦目に臨みました。 リーグ優勝時にビールかけをするローズと中村紀  僕にヒットは出なかったけど、中村紀洋や

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僕と仲が良かったノリとローズのこと、「野村ノート」を使った伊勢さんの白熱教室【礒部公一連載#3】

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ 報道陣と話すときは英語だけど、日本語が上手なローズは普通に「なんでやねん!」 同級生の中村紀洋とは仲がよかったですよ。よく飯にも行ってました。彼に打撃の相談をしたこともあります。僕が「打てないから酒をやめるわ…」と言うと「何、ちっちゃいこと言うてんねん。酔拳でええんねん。そんなもん」って(笑い)。近鉄の場合はそうなるんですよね。そんな小さいこと言わんでええやないかって。周りは彼に気を使ってたと思うけど、僕は気を使って話すようなことは

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プロ野球界激震の2004年!労使交渉しながらのプレーは大変だったけど成績は…【礒部公一連載#4】

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ 盗もうとしても無理だったイチローの技術のすごさ 打撃に悩んだときもヘッドコーチの伊勢孝夫さん、打撃コーチの正田耕三さんによく相談していました。「この場面は頭を使っていってこい」と言われたら相手投手は普通の配球をしてこないということ。教えてもらったことを思い返して「勝負球が来るぞ」「ボール球から来るかも」とか一瞬、冷静になって打席に入っていた。僕が得点圏打率(4割1分7厘)がよかったのはその辺にも理由があると思います。僕の打撃が開眼し

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【野球】太田幸司「永遠の快腕貴公子」

この連載は2008年7月8日から9月12日まで全40回で紙面に掲載されたものを、note用にリパッケージしたものです。

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野球をやめるつもりの僕に舞い込んだトレード、そして〝最後〟はあの球場に導かれ…【太田幸司連載#10・最終回】

前の話へ / 連載TOPへ ジャンボ尾崎さんの活躍に触発され、プロゴルファー転向を決意!?  2年目のシーズンを終えたボクは、もう野球をやめるつもりでいた。故障でもないのに体が動かず、まともな球が投げられない。それでも人気は全く衰えず、球宴ファン投票では二軍暮らしなのにダントツの得票で選出された。それからというもの、周囲の厳しい視線が体中に突き刺さる日々が続いた。<ふん。実力もない人気だけの選手のくせに>――。 故障でもないのに体が動かないことに悩んでいた太田氏  昭和

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過熱する人気、プロ入り後に初めて味わったスランプ。2年目の球宴は悲しくて苦しくて切なくて…【太田幸司連載#9】

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ ドラフト会議、意外だった近鉄の指名に僕は迷った 東京六大学で通算18本塁打を記録した早大・谷沢健一、同じく19本塁打の早大・荒川尭、そして三沢高の超高校級右腕・太田幸司――。昭和44年(1969年)のドラフトで、ボクはこの年のビッグ3として高く評価された。スカウトとは直接会うことはできなかったが、窓口となった野球部長の元には西鉄以外の11球団がやってきた。注目の会議は11月20日、東京・日比谷の日生会館で行われた。 母・タマラさん

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田舎のチームが甲子園に行ける!初めて泣いた高2の夏【太田幸司連載#2】

連載TOPへ / 次の話へ 雪上ランニングと階段上りで、球がうなって走るように 三沢高の冬の練習は実に単調だった。あたり一面が雪に覆われ、ボールを使う練習ができないからランニング中心となる。晴れている日は雪の上、ふぶいている日は体育館の中をひたすら走り、校舎の階段を上り下りすることもあった。ピッチャーのボクには簡単なキャッチボールのメニューが加えられ、野手は黙々とバットを振った。  同じ雪国でも強豪校は違った。グラウンドの雪を部員全員で固め、ノックを受けられるように整備す

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元祖・甲子園アイドルが明かす栄光と苦悩【太田幸司連載#1】

はじめに いよいよ今週19日から阪神甲子園球場で第93回選抜高校野球大会が始まる。昨年は新型コロナウイルスの感染拡大で春のセンバツが史上初の中止、夏の甲子園も79年ぶりの中止となった。そしてポストシーズンには甲子園でもまばゆい輝きを放ったマー君こと田中将大投手が日本球界に復帰するというニュースもあった。夢の舞台でどんな名勝負が繰り広げられるのか開幕を心待ちにしている人も多いだろう。そこで東スポnoteでは元祖・甲子園アイドルと呼ばれ、コーちゃんフィーバーを巻き起こした太田幸司

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【プロ野球】宇野勝「白球に愛された男」

この連載は2014年2月4日から3月27日まで全31回で紙面掲載されましたものを、note用にリパッケージしたものです。

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原と同じチームは嫌だ。だったらプロへ行こう【宇野勝連載#2】

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ 「ショート宇野勝」誕生の裏に先輩篠塚さんの意外な提案 私がプロで10年以上守ることになるショートだが、銚子商のそのポジションには1つ年上の先輩で後に巨人で大活躍をする篠塚和典さんがいた。野球センスの塊のような先輩の前で私の出る幕などないと思っていたら、そんな篠塚さんから意外な申し出があった。 「ダメだ。やっぱり俺がサードやるわ」  新チームでサードをやっていた私とのポジションチェンジを提案してきたのだ。今、振り返っても、なぜ篠塚

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パンチパーマの私に大島さんから〝プロの洗礼〟【宇野勝連載#3】

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ パンチパーマの私を見た大島さんが「坊主にしてこい」 1976年のドラフト会議で中日に3位指名され、プロ入りを決心した私だが、厄介な問題があった。両親が反対していたことだ。どうやって説得すればいいのか。毎日、そればかりに頭を悩ましていたが、そんな時に思ってもみない救世主が現れた。銚子商の2学年先輩で74年の中日ドラフト1位・土屋正勝さんが、交渉中の私の家を訪ねてきてくれたのだ。 「田舎が近いから帰ってきたついでに寄った」  土屋さ

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落球した私に近藤監督が激高!味方同士で乱闘騒ぎ【宇野勝連載#4】

前の話へ / 連載TOPへ / 次の話へ あの江川さんを打ち崩し劇的Vへの道開いた 私は18年間のプロ野球人生で2度のリーグ優勝を経験できた。一度も優勝することなく、ユニホームを脱ぐ選手もいる中で幸せなことだと思うし、自分にとって誇りである。  最初の優勝は1982年。監督は近藤貞雄さんだった。大洋(現DeNA)での監督時代に高木豊、屋鋪要、加藤博一さんの俊足トリオに「スーパーカートリオ」と名づけたアイデアマンだが、一方でとても熱い人でもあった。私もよく怒られた。実は試合

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伝説の〝ヘディング事件〟には続きがあったんだ【宇野勝連載#1】

はじめに  遊撃守備でおでこにボールを当てる“ヘディング事件”。これで一躍、全国に名を知られたのが宇野勝氏だ。思い切りのいいスイングが持ち味で中日での334本塁打は球団史上最多。明るいキャラクターで「ウーやん」の愛称で親しまれた「白球に愛された男」が、その知られざる豪快野球人生を語る。 スポーツ紙1面をジャックした“ヘディング事件” 中日で16年、ロッテで2年の1977~94年までの現役生活、さらに、その後の中日でのコーチ時代。いろんなことがあったが、今回の連載ではまず、全

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