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練習をのぞき見した子供に「金払わせろ」 ミル・マスカラスのプロ意識【ターザン後藤連載#6/最終回】

 ミル・マスカラス以上のプロには会ったことがない。良くも悪くもプロ意識を感じさせてくれる象徴的な話が3つある。

 まずは、独特な形をしたアノ腹。人前では必ず引っ込めている。それでも試合をすれば息も上がる。呼吸が乱れても、なぜヘコませ続けられるのか、ヘコませる必要がどこにあるのかオレには不思議でならなかった。

 おそらくマスカラスの美意識、こだわりなのだろう。オレもプロとして体形に関して興味を引かれた。気味が悪いので反面教師としたが、無理にでも人前で腹を突き出すようにしているのは、実はそのためだ。

鶴田さんにボディーアタックをさく裂させるマスカラスを後藤(左下)は見守っていた

 2つ目はカネに関すること。プロである以上、試合に出るにはギャラが発生する。その点、マスカラスは表面的にいい顔をして、裏ではかなりの「しっかり者」。

 試合を前に控室の隅で練習していると、マスカラスが不愉快そうにオレを呼ぶ。手を引かれて近くの小窓の前に連れて行かれると、子供が練習をのぞき見していた。マスカラスはオレに言った。
「そのキッズたちに『オレの練習を見るならカネを払え』とお前が言え。これはプロとして当然のことなんだから、誰も文句は言いやしない。払わないようなら、とっとと追い払え」

 選手の練習風景を見学するのにカネを取るなんて普通はあり得ない。それだけプライドが高かったんだろうが、自分のイメージや手を一切汚さずに、外国人係のオレを利用するとはかなり巧妙な手口。つくづく恐ろしい男だと感じさせられた。さすがに子供相手に「カネを出せ」とはいかずに、普通に追い払った。

 話はここで終わらない。その子供たちはちゃんとチケットを買って、お客として客席にいた。マスカラスのファンだったようで、入場時には抱きついた。するとどうだろう。マスカラスはさっきと別人のように、その子供たちをかわいがっているではないか。オレは思わず絶句してしまった。

 マスカラスは普段からほかの外国人選手に比べて荷物が多いうえに、決して自分で運ぼうとはしない。ホテルにオレが取りに来るまではピクリとも動かない。理不尽な要求も絶えなかったが、メシすらおごってくれなかった。ここまでくると脱帽するしかない。


マスク〝回収業務〟に失敗して怒られた

 最後は2枚かぶっていたマスクのエピソード。オーバーマスクをファンにあげることが名物だったが、そのマスクを用意する数を間違えて、シリーズの途中で最終日まで足りないことが発覚した。そこで編み出されたのが「オレが観客に交じって投げたマスクを受け取る」という作戦だ。

マスカラスが投げたオーバーマスクを必死に取りに行く少年ファンに迷惑する観客は多かった(1985年10月、両国国技館)



 予定通り、オレは目立つようにオーバーアクションで「ここだ~。こっちだ~」とアピールしたんだが、マスカラスは全く反対側の「キャー、キャー」黄色い声援のするほうへ投げ込んでしまった。ファンは大喜びだ。その場の雰囲気に応じて最大限に喜ばせるという感覚が洗練されている証拠。オレとしても「皆が喜んでるからいいのかな。勉強になるなあ」とマスカラスの選択に感心していた。

 だが、引き揚げてくると「何で言う通りに受け取らないんだ」と烈火のごとく怒った。ヒドすぎる…。皆さんも、オレにそんな苦労があったことも知っておいてくれ。 

※この連載は2006年2月3日~3月まで全6回で紙面掲載されました。東スポnoteでは写真を増やしてお届けしました。

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