その後のサトノダイヤモンド!アニメ「ウマ娘」を「東スポ」的に補完してみた
アニメ「ウマ娘 プリティーダービー Season3」は、キタちゃんことキタサンブラックが引退してフィナーレ。一方で、秋の凱旋門賞の後、有馬記念に出走することなく、自分を見つめ直していたダイヤちゃんことサトノダイヤモンドは、もう一度世界を目指し、走り出すことを決めました。もちろん史実でも同様で、翌年、ダイヤモンドはターフに帰ってきます。いったい、どんな2018年だったっけ…今回のアニメで世間をザワつかせた「ピークアウト」という言葉を胸に翌年のサトノダイヤモンドのレースをおさらいしたところ、これは史実をお伝えしておいた方がいいと考え、筆をとらせていただきました。いつものように「東スポ」で振り返ります。(文化部資料室・山崎正義)
翌年
キタサンブラックが有終の美を飾った有馬記念には出走せず、体を休めたサトノダイヤモンド。アニメ最終話でダイヤちゃんが「春先のレースをまず目標に、年が明けたら再始動です」と話した通り、3月の金鯱賞(GⅡ)でターフに戻ってきました。ただ、そもそも有馬を見送らないといけないほど凱旋門賞での消耗度が大きかったわけで、動きは3歳時の菊花賞や有馬記念の頃には到底及ばないものでした。陣営のトーンも低かったため、印もこんな具合。
結果は2番人気で3着。しかし、ルメール騎手に悲観の色はありませんでした。レース後、こう話したのです。
というわけで、ひと叩きで迎えた大阪杯(GⅠ)。その金鯱賞を快勝し、本格化気配漂うスワーヴリチャードに印が集まりましたが、ダイヤモンドにも印がしっかりつきました。
人気もそのスワーヴの3・5倍、伸び盛りのアルアインの3・6倍に次ぐ4・0倍ですから、相当期待されていたことが分かります。しかし、結果は7着。スローペースの内枠で動くに動けず、3~4角でゴチャついたという敗因はあったとはいえ、凱旋門賞以外は堅実に走ってきた馬の着外に、ファンは不安になりました。
「やっぱり凱旋門賞の反動か…」
「時間がかかるのか」
一方でこんな声も。
「大阪杯は最悪の展開だった」
「主戦のルメールも海外遠征で乗れなかったし」
そう、誰もが強い強いダイヤモンドの姿をまだ忘れていませんでした。だからこそ、宝塚記念のファン投票は…
1位!
そして、その宝塚記念を前に、動きが変わってきます。
ルメール騎手も復調を口にしました。印も戻ってきます。
メンバーがそれほど強くないのに3・9倍というオッズは物足りません。でも、やっぱりファンはダイヤモンドに復活してほしかった。だから、微妙な数字とはいえ、1番人気に支持しました。でも…
6着――
2戦続けて勝ち負けに加われなかったことで、一気にアノ声が噴出します。〝競馬あるある〟とも言える残酷なアノ声。
「サトノダイヤモンドは終わった」
だからでしょう。夏休みを終え、春より明らかに動きが良くなったうえで迎えた秋初戦の京都大賞典でも、印はグリグリになりません。
GⅡなのにシュヴァルグランに1番人気を譲ったダイヤモンド。正直、背水の陣でした。
「GⅠならともかく…」
「シュヴァル以外は低調なこのメンバーで負けたら」
「本当に終わってるかもしれない…」
確かあの日は祝日の月曜だったと思います。私は家庭の事情でWINSにも競馬場にも行けなかったのですが、その事情の合間に抜け出し、携帯のテレビをつけました。同時に、金鯱賞直後のルメール騎手のコメントを思い出していました。
3着だった。次は良くなりそうだった。強いダイヤモンドが戻ってきそうでうれしい。そう言っていたと思っていましたが、あれは違ったことに気付きました。あれはまさに文字通り「ターフに戻ってきたことがうれしかった」んだと。逆に言えばこうなのではないかと。
ターフに戻れるかどうか心配だった。
それぐらい凱旋門賞のダメージがあった。
「厳しいか…」
つぶやきました。海外遠征以降、体調や強さが戻らなかった馬を私は何頭も見てきました。もがき、苦しむ馬を見てきた。だから、小さな画面の向こう、京都の3~4コーナー、坂の下りで仕掛けたダイヤモンドがもがいているように見えました。このレースの鞍上を任された川田将雅ジョッキーの手綱がかなり動いているのです。前進気勢はあるものの、スーッとまではいかない。そこまで戻っていないように見えたのです。
「ダイヤモンド…」
直線を向いて早々に先頭に立ちました。
残り200
突き放せない
川田ジョッキーの大きなアクション
「そこまでしないと戻ってこないのか…」
「やっぱり苦しいのか…」
切ない気分になった私
「無理しないでも…」なんて思った私
その目に飛び込んできたのは川田ジョッキーのムチでした。
うなります。
ムチ
猛ムチ
その一発一発はこう言っているかのようでした。
「戻ってこい」
「戻ってこい!」
気が付けば私も叫んでいました。
「ダイヤモンド!」
「戻ってこい!」
3歳で菊花賞と有馬記念を勝ち
凱旋門賞にも出走した
そんな馬がメンバーの軽いGⅡで
条件戦を勝ち上がってきたばかりの牝馬に迫られ
なんとかしのぎ切った
誰が見ても完全復活とは言えなかった
でも…
涙が出ました
おそらく体調はまだ戻り切っていなかった。
なのに、前へ前へ
闘志は消えていないことに感動しました。
「すごい」
「やっぱりこの馬はすごい」
同時に川田ジョッキーにも震えました。ともすれば大事に扱ってしまいかねない実績馬に魂のムチ。あのダービーで叩き合ったライバルへの鬼の叱咤。
「すげぇ」
「闘魂注入だ」
「もっと…」
「もっと戻ってくるかもしれない」
その期待を翌日、本紙はしっかり陣営を取材した上で、正直に伝えていました。
冒頭からズバリ書いています。
池江調教師はこう話していました。
そう、実は凱旋門賞の中間ぐらいからささやかれていた「呼吸器系(ノド)の不安」というワードは、金鯱賞の前あたりからメディアでも使われるようになっていました。やはり、肉体面には相当なダメージが残っていると推測され、それもあって強さの戻りが遅れているのかもしれない…ただ、記事では、こう続けています。
なぜか。それはトップジョッキーの存在でした。川田騎手が追い切りの日以外もダイヤモンドに乗る機会を増やし、陣営と相談しながら、体の動かし方など、いろいろと模索を続けているというのです。その上で今回は強気に動いた。動けるだけの出来になってきていた。そして、さらにこうも言いました。
もう期待しかありません。では、次は?
ジャパンカップ!!!
さらばダイヤモンド
ジャパンカップを前に、ダイヤモンドの動きは明らかに変わってきました。追い切り速報の紙面をご覧ください。
池江調教師のトーンも明らかに違います。
戻ってくる。
帰ってくる。
強いダイヤモンドが!
しかし、競馬界の流れというのは本当に速いです。あの年、競馬界にはとんでもない後輩が登場していました。先ほどのダイヤモンド追い切り速報は中面。1面は…
そう、牝馬3冠を達成したばかり、そしてこの後、国内外のGⅠを6勝することになるアーモンドアイ――。今考えれば相手が悪いとしか言いようがありません。残念ながら川田ジョッキーも、この秋から手綱を任され、天皇賞・秋で3着に入っていたキセキというお手馬がいたため、乗れませんでした。しかし、ファンがダイヤモンドの復活を大いに期待したのは、そのキセキを上回る3番人気に支持されたことが証明しているでしょう。海外でダメージを負った馬、「終わった」とも言われた馬の馬券はたくさん、たくさん売れました。そして、直線。
逃げるキセキ
すぐ後ろから襲い掛かるアーモンドアイ
その2頭を追うように中団からダイヤモンド
「いけっ!」
誰もがそう声を出したほど
伸びそうな格好だった。
でも、伸び切れなかった。
あの6着をどう見るかは人によって違います。
戻ったのか。
戻り切っていないのか。
今回のアニメで言えばこう。
ピークアウトしていたのか。
一方で、否が応にも世代交代は迫っていました。
有馬記念での引退を決めたダイヤモンド。
調教後、池江調教師は言いました。
2年前に勝っている舞台で
キタサンブラックと名勝負を演じた舞台で
ダイヤモンドはもがいていました。
悪い内から出られず
でも、必死に騎手の叱咤にこたえ
直線を向き、一瞬、きたかと思わせた。
あの6着をどう見るかは人によって違います。
戻らなかった。
やはり戻らなかったのか…。
ただひとつ、こう口にする人には私は異を唱えたいです
「ダイヤモンドは凱旋門賞で終わってしまった」
違います。
よく見てください。
ジャパンカップの直線
有馬記念の直線
他馬よりは伸びなかったかもしれません
でも
ダイヤモンドは決して止まってはいなかった
最後まで前を追った
首を前へ出しながら
必死で前を追い続けた
アニメでダイヤちゃんは言っていました。
サトノ家の悲願
キタサンブラックとの名勝負
挑んできた
砕けない心で勝ってきた
すごいです。
でも、もっとすごいのはその後でした。
動かない体
戻り切らない肉体
それでも、あなたの心は砕けなかったのです。
ダイヤモンド
あなたの雄姿は今も私たちの心の中で輝き続けています。
そして教えてくれました。
輝きとは勝利からだけ放たれるものではない、と。
お疲れさまでした。
ピークアウト
最後の記述に関しては私の思いを込めさせていただきましたが、アニメ「ウマ娘」第3期で使われた言葉で言えば、サトノダイヤモンドはピークアウトしていたのかもしれません。実際、陣営からは「全盛期にまでは戻っていない」という趣旨の発言が出ていましたから、その言葉を使ってもおかしくはないと思います。ただ、言葉というのは難しいです。ピークアウトというのは「全盛期は過ぎた」ということですよね? でも、サトノダイヤモンドに関しては「過ぎた」というより「全盛期の力が戻らなかった」が正確です。一方で、「それをピークアウトと呼ぶんだろ」という人もいるかもしれませんし、本当に難しい。
でも、今回、アニメを見終わり、〝キタサンブラックピークアウト説〟と向き合い、このサトノダイヤモンドnoteを書いた後に、ひとつだけ言えるのは、「ピークアウト」は「終わった」よりもいい言葉だな、ということです。
「ピークが過ぎた」
「崩した体調が良くならない」
「全盛期の力が戻らない」
「走る気がなくなった」
ファンは、このどれに対しても「終わった」を使うことがあるのですが、厳密に言うと違いますよね。本来は「肉体的にも精神的にもピークを過ぎた」「力が衰え、走る気力も減退した」馬を指す言葉としてとらえるのが妥当なのに、我々は使い勝手がいいからって、ラクだからって安易に使いすぎなのかもしれません。今回、アニメを見て、また、サトノダイヤモンドの現役最終年を追ってみて、そしてリアルな世界の有馬記念で「最高に良かった時と比べると物足りない」というニュアンスのコメントを生産者が口にしていながらも〝らしい〟走りを見せてくれたタイトルホルダーを見て、軽々しく「終わった」を口にしないような空気ができればいいな、と感じました。なんなら、ピークアウトしたアニメのキタサンブラックが、その強靭な精神力でファンを感動させたように、全盛期が過ぎても必死に走る競走馬を見守り、応援しようという競馬の見方があってもいい、いや、既にあるはずですからその楽しみ方がもっと広まればいいですよね。
さあ、2024年です。
サラブレッドへの感謝を忘れず
今年も競馬を楽しみましょう。