寺本明日香「やめたほうが楽だと思ったけど、絶対に心が楽じゃないと思った」
叶わなかった願い
小さな体を感じさせない迫力満点の演技が印象的だった。あの元気な姿をもうマットの上で見られないのかと思うと寂しさが込み上げてきた。
五輪2大会に出場した体操女子の寺本明日香(26)は、4月の全日本個人総合選手権を最後に現役から退いた。同25日に行われた引退会見では人生初のショートヘアで登場し「とてもすがすがしい気持ち。これから新たな人生が始まるという意味で髪を切りました」と満面の笑みを浮かべた。
寺本は高校1年で日本代表に初選出されると、2016年リオデジャネイロ五輪では団体総合で4位入賞、個人総合でも8位入賞を果たした。
20年2月には左アキレス腱を断裂しながらも「死ぬ気で東京五輪は出たい」と懸命にリハビリを続けた。結果的に代表切符は逃したものの、昨年5月のNHK杯後には「本当に10年間よくやったなあって思います。約10年間トップでいたから、いろんな思いがあったし、いろんなことがあった。ここまで引っ張ってこられて本当に幸せでした」と神妙に語っていた。
なぜ限界まで戦い抜くことができたのか
自国開催の大一番に立つことはできなかった。それでも、できることは最後までやり切った。なぜ、限界まで戦い抜くことができたのか。私は東京五輪の体操女子種目別床運動で銅メダルを獲得した盟友・村上茉愛氏(25)の存在が大きかったと思っている。
寺本と村上氏は幼少期からしのぎを削ってきたライバル。しかし、競技を離れれば、自他ともに認める〝仲良しコンビ〟だ。
「確かに存在として大きいし、それはお互い分かっているけど、実際に話している感じでは、ただの友達ですよね。本当にそこら辺の一般の女子高生とか女子大生みたいな、そこで一番仲のいい友達がこの子だよ、みたいな感じです」と寺本は照れ笑いを浮かべるが、この言葉が2人の絆の深さを物語っている。寺本が左アキレス腱を負傷した際、真っ先に連絡を入れた相手は村上氏だった。
当時はコロナ禍で東京五輪の延期が決まる前だった。
「もう終わった。東京五輪は無理だと思った」
寺本の頭には自然と引退の二文字がよぎった。だが、村上氏は諦めていなかった。ある日、手術を終えた寺本の病室を訪れ「明日香だったら絶対にやめないと思ったから」と、日本代表のチームメートやコーチからのメッセージが書かれた色紙を手渡した。「絶対に乗り越えられる」。村上の熱い思いが詰まった色紙を見た寺本は退路を断った。
「やめた方が楽だと思ったけど、絶対に心が楽じゃないと思った。どんな結果でも最後までやる覚悟ができました」
自ら選んだいばらの道。ケガから約10か月後の20年12月には、早くも全日本選手権の舞台に戻ってきた。思うような結果を残せなかったとはいえ、21年1月の本紙インタビューでは「みんなから『(ケガをしてから)10か月で全日本選手権に出られるのは本当に早すぎる、すごいことなんだよ』と励まされました。自分は自信を少し無くしていましたが『そこは自分を褒めていいんじゃない?』ともみんなから言われたので、ポジティブに頑張ってくれたアキレス腱にありがとうと言いたいなと思いました」といつも通りの笑顔。ネガティブな感情を抱かせる話は全くなく、前を向いている姿が今でも脳裏に焼き付いている。
ケガ後の競技生活は辛いことのほうが多かっただろう。そんな中でも、寺本らしい明るさを貫き通した。夢破れても「今の私にできる最大限の仕事。みんなをサポートできるように精一杯、頑張ることが私の使命だと思っています」と、東京五輪では補欠としてチームをサポート。村上氏が銅メダルを手にした際には、テレビ越しに「村上選手自身も納得いく演技で感動しました。何気ない会話しかできなかったんですけど、今朝も私に電話してくれたことがうれしかった。抱きつきたいですね」と祝福した。村上氏もメダル獲得後の一夜明け会見で「もともとそんな深く語り合う感じはなかったけど、試合後は『夢のようだね』とお互い言い合いました。手紙ももらって『茉愛がいい演技ができたら私もうれしい』と言ってもらっていた。明日香に喜んでもらえるような演技ができたのでよかったです」と感謝の言葉を述べていた。
壁にぶつかっても、逃げることなく走り続けた。補欠に回っても、誰よりも日本代表のことを考えてきた。盟友の活躍を心の底から喜んだ。どれも決して簡単なことではない。ただ、それを当たり前のように行動するのが寺本の魅力であり、スゴさである。
指導者になっても〝仲良しコンビ〟が楽しみだ
村上氏は昨年10月の世界選手権を最後に引退し、現在は母校・日体大の女子体操部のコーチとして活動中。対する寺本も「数年後、数十年後には、日本代表チームのサポートが出来るようになりたい」と新たな道を模索しており、将来的には寺本&村上氏の〝仲良しコンビ〟が未来の女子日本代表を指導する日が訪れる可能性も十分にありそうだ。
女子日本勢は、寺本と村上氏の引退により、世代交代が顕著に進んでいる。ただ、世界レベルまで届いているかと言われると、まだまだ差があるのが現状だ。1964年東京五輪以来となる団体総合でのメダル獲得へ。〝仲良しコンビ〟でも届かなかった大偉業に、今度は指導者として挑戦する日が訪れるのを楽しみにしている。(運動2部・中西崇太)