「ウマ娘」のズッ友コンビ!ダイタクヘリオスとメジロパーマーの爆逃げを「東スポ」で振り返る
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「ウマ娘」のズッ友コンビ!ダイタクヘリオスとメジロパーマーの爆逃げを「東スポ」で振り返る

「ウマ娘」の爆逃げコンビといえば、ダイタクヘリオスメジロパーマー。なぜコンビを組んでいるかといえば、現実世界でも同じレースで逃げまくり、大レースを盛り上げたことがあるからです。ともにGⅠを2つ勝った個性的な名馬の足跡をたどりつつ、2頭がともに走った1992年の3戦を「東スポ」で振り返りましょう。生まれた年は同じながら、血統も育ちも距離適性も、成長過程も全然違った2頭が出会うんですから、競馬はやっぱり面白いです。(文化部資料室・山崎正義)

ダイタクヘリオス

 先に頭角を現したのはダイタクヘリオスです。2歳時から持ち前のスピードを見せ、暮れの関西ナンバーワン決定戦・阪神3歳ステークス(3歳となっていますが、年齢表記が今と異なるだけで実際は2歳です)でも逃げて2着に入ります。3歳になり、父ビゼンニシキが皇帝シンボリルドルフに阻まれたクラシック制覇を目指しますが、皐月賞前のスプリングステークスで11着に大敗すると、早々に短距離路線へ舵を切りました。1200メートルのGⅢを勝ち、12月には1200メートルのGⅠスプリンターズステークスにも出走し、並み居る快速馬に引けをとらないスピードを見せて先行、5着に大健闘。古馬になった2月には、1700メートルで行われたマイラーズカップで久々に重賞も勝ちます。これが5馬身差の圧勝だったので、「本格化か?」と、続くダービー卿チャレンジトロフィー(1200メートルのGⅢ)では1番人気に支持されるのですが、失速。さらに京王杯スプリングカップでも6着に敗れたので、次走のGⅠ安田記念に出走した際はこんな印でした。

91年安田記念・馬柱

 単勝28・7倍の10番人気。実績的には当然なんですが、ヘリオスはここで2着に激走します。外めをすんなり先行し、直線半ばまで先頭。最後の最後にダイイチルビーという牝馬に差されてしまいますが、見せ場十分でした。

ヘリオス91年安田記念

 記者やファンの見方はこうなります。

「やっぱりマイラーズカップの5馬身差はダテじゃない」

「まともに走ればGⅠ級なんだ」

 そう、この「まともに走れば」がポイントです。実はヘリオスは気性に大きな課題を抱えていました。毎回毎回ムキになってしまい、他馬に絡まれたり、馬群でゴチャついた時点で実力を発揮できません。すんなりしたレースで、騎手が何とかなだめ切ったときはGⅠ級の走りを見せるのですが、そうじゃない時はあっさり負けてしまいます。実際、安田記念の後に走ったCBC賞という1200メートルのGⅡでは2番人気で負け、続く高松宮杯では2000メートルへの距離延長だったので5番人気になるんですが、すんなり先行できたので勝つんです。秋は毎日王冠を5番人気で2着した後、スワンステークスで大敗。で、臨んだのがマイルチャンピオンシップ

91年マイルCS・馬柱

 スタート直後に抑えようとしたところ、早速ムキになってひっかかりまくり、頭を上げ、大きく口を割る(開ける)ヘリオス。ファンから失笑が漏れたんですが、3~4コーナーで主戦の岸滋彦ジョッキーが「えーい、ここまでムキになってるなら行かせちゃえー」と思い切って先頭に立つと、どうやら気分が良くなったようで、何とそのまま逃げ切ってしまいました。

ヘリオス91年マイルCS

「やっぱり強い」

「まともに走れば強いんだ」

 そう感じたファンをさらに驚かせたのが翌92年、始動戦となったマイラーズカップです。60キロという重い斤量を背負いながら力のいる馬場をものともせず、5馬身差で快勝するのです。

ヘリオス92年マイラーズ

「こりゃ本物だ」

「大人になってまともになってきたんじゃないのか?

 はい、でも、ヘリオスはそういう馬じゃありませんでした。京王杯スプリングカップでは2番人気を裏切る4着。相変わらずムキになる気性は直っておらず、ひっかかりながら口を開けて走るシーンが多かったため、既に「笑う馬」とも呼ばれるようになっていました(褒めてません)。で、続いては前年アッと言わせた安田記念。

92年安田記念・馬柱

 マイラーズカップの強さと、ライバルの不在から1番人気に支持されるのですが、好スタート後、4~5番手に控えようとすると…。

「まただ」

「口を開けちゃってる」

「また笑ってる」

 馬群でモマれながら笑い続けた(実際は笑っていませんが)ことで体力を消耗したヘリオスは直線で一瞬だけ見せ場をつくったものの、ズルズル下がっていきました。

「強いんだけど…」

「いつ走るか分からない…」

 ファンは苦笑いしつつ、確信しました。

「気まぐれヘリオス」

「強いけど困ったやつ!」

 その5分後、新潟競馬場でGⅢのファンファーレが鳴りました。ヘリオスと違ってムキにはなっていなかったものの、ヘリオスみたいに頭の高い走りの馬が後続を引き離して逃げています。

「あらら」

「こりゃ、このままだ」

「逃げ切っちゃったよ」

 7番人気。およそ1年間のスランプを経て、重賞を制したその5歳馬の名は、メジロパーマーといいました。

メジロパーマー

 パーマーはヘリオスのような表舞台を歩んだわけではありません。メジロマックイーンやメジロライアンと同期ながら、決して期待の星ではなく、2歳の9月に未勝利戦とオープン特別を連勝した時は、おそらく牧場側も厩舎側も「掘り出し物か!?」ぐらいの感覚だったと思われます。ただ、賞金を稼いだことで上のクラスを走らざるを得なくなると、途端に結果が出なくなり、そこから1年半ほどは惨敗に次ぐ惨敗。

「最初の2戦は相手に恵まれただけだったのか…」

 しかし、パーマーはおくてだったようで、大人(4歳)になると、徐々に力が付いてきます。6月の北海道で連勝し、札幌記念という当時はGⅢだった重賞を4番人気で勝つのです。

91年札幌記念・馬柱

 で、賞金を稼いだことで最上位クラスにしか出走できなくなったパーマーは再び苦しみます。3連敗。しかもその3戦目はビリ…この後の陣営の決断には周囲は少なからず驚きました。障害レースに出走させたのです。競馬初心者の方には「何それ」といったところでしょうし、「ウマ娘」にも出てきませんから(いずれ出てほしい!)ご説明しますと、コース中に設置された障害物を飛び越えながらゴールを目指す競走で、レースを見るのはめちゃくちゃ面白いです。

障害レース

 歴史も古く、お笑いトリオ「ジャングルポケット」の斉藤さんも大好きで、ちゃ~んと重賞もあります。ただ、1日に多くても2レース(ほとんどの場合1日1レース)なので、普通のレースに比べ、ぶっちゃけ、注目度は高くありません。また、普通のレースで通用しなくなった馬が障害レースに転向する場合も多く、残念ながら〝格下感〟があるのも事実。競走としてはほぼ別物ですから比較すべきではないですし、障害入りで覚醒し、スターが誕生することもあるのですが、そういうとらえ方をしている人は昔も今も少なくないわけで、そう考えるとパーマーの境遇はちょっぴり厳しいと言わざるを得ませんよね。重賞を勝っているのに障害入り…これ自体も珍しいので、「もう上がり目なし、頭打ちだと判断されたのかな」と感じたファンも多かったことでしょう。しかも、パーマーは障害初戦を勝ち、2戦目でも2着に入りました。

「そっちで頑張るんだ」

「障害でも重賞を勝てればいいね」

 しかし、年が明け、5歳になったパーマーは再び普通のレースに出てきました。当時のファンからすると「?」だったんですが、どうやら障害物の飛越(ジャンプ)が上手ではなかったようなのです(苦笑)。というわけで、再び最上位クラスで走ることになったパーマー。当然、苦戦は織り込み済みだったんですが、復帰2戦目、天皇賞・春に挑戦したときに初めて乗ったデビュー4年目の山田泰誠ジョッキーが、この名馬の才能を開花させます。天皇賞こそ敗れたものの、続く新潟大賞典で今まで以上に思い切った逃げ、つまりハイペース気味に逃げたところ、〝スタミナ満点でバテない〟というパーマーの強みが発見されるのです。

92年新潟大賞典・馬柱

 障害練習をしたことで足腰に力がついていたのと、晩成タイプだったこともあるのでしょう。また、ここにきて父メジロイーグルの血が騒ぎだしたのかもしれません。何とこの小柄なお父さん、〝小さな逃亡者〟と呼ばれ、菊花賞や有馬記念で3着に入ったことのあるスタミナ型の個性派逃げ馬だったのです! 重賞を1つしか勝っていないイーグルを種牡馬にしているメジロ牧場もすごいですが、そんな血のロマンを背景に、パーマーは5歳にして自らの戦法を確立し、久々に重賞を勝ちます。そう、ヘリオスが安田記念で1番人気を裏切った日のことでした。

邂逅

 生きる道を見つけたパーマーにはちょうどいい目標がありました。ちょうど1か月後に阪神競馬場で宝塚記念…力試しにはうってつけです。

 そのころ、安田記念で惨敗したヘリオス陣営は、徐々に馬の特性を把握しつつありました。気まぐれなのもありましたが、「ゴチャつかず」「すんなり先行する」のが、ヘリオスの好走条件だと確信していたのです。ただ、自らが突き進むマイル路線では、周りの馬も速いため、そのような楽な展開にはなりません。

「距離を延ばしてみよう」

「脚が速い先行馬も少ないだろうから主導権を握れるはず」

 というわけで、選んだのが2200メートルの宝塚記念。こうして2頭は初めて同じレースに名を連ねました。

92年宝塚記念・馬柱

 長く競馬をやってきた皆さんには一目瞭然でしょうが、この年の宝塚記念は、かなりの低レベルだったことが分かります。天皇賞・春で〝夢の対決〟〝世紀の一戦〟を繰り広げたメジロマックイーントウカイテイオーがともに故障で戦線離脱してしまったためで、その天皇賞で2着に食い込んだカミノクレッセが押し出された1番人気(単勝2・0倍)。とはいえ、この馬、GⅠを勝ったことがありません。というか、出走13頭の中でGⅠを勝ったことがあるのは近走が冴えない高齢のダイユウサクと、ヘリオスだけでした。ヘリオスのそのGⅠは1600メートルでしたから、当然、適距離とは言えないのですが、そんなヘリオスが2番人気(単勝5・9倍)になったことからも、メンバーが揃わなかったことが分かります。

 パーマーは、前走が鮮やかな逃げ切りだったものの、それが地味でメンバーも強くない重賞だったことから、単勝23・1倍の9番人気。まあ、妥当なところです。ひとまず、前走で「これだ!」と〝つかんだ〟逃げの手に出て、「どこまで通用するか…」といったところなので、まずは外枠からスタートを決め、山田騎手が必死に手綱をしごき、ハナ(先頭)を奪います。内に切れ込んできたパーマーを見て、ヘリオスの岸ジョッキーは、無理に競りかけるのはやめました。すんなり先行するために距離を延ばしたのに競り合ってしまっては元も子もありませんし、いつものようにムキになるのが怖かったので、そーっとそーっと、慎重にレースを進めたのです。ムキになって体力を消耗したら適性より距離が長いレースではバテてしまうのは必然ですから、静かに静かに、「焦るなよ」「焦るなよ」という騎手の声が聞こえてくるかのように、必死でなだめられ、2番手に収まります。

「笑ってるけど」

「いつもよりマシだね」

「うん、そこまで口は開けてない」

 ファンもちょっぴり安心するレースぶり。パーマーの1馬身後ろで、ギリギリガマンができていました。いや、「ガマンを強いられていた」が正解でしょうか。何せ、そもそもの〝脚の速さ〟が違うのです。普通に走ったらスピード的にはすぐにパーマーに追いついてしまうところをガマンしていたのですから相当ストレスはたまっていたはず。

「チンタラ走ってないでくれよー」

「もっとペースを上げてくれー」

 心の中の叫びが通じたのか、向こう正面を過ぎ、3コーナーを回ると、パーマーがスピードを上げます。スパートのタイミングとしてはかなり早いですが、スタミナ勝負に持ち込むことで自分の特性を生かそうとしたんですね。

「これが私のペース」

「これが私のやり方…」

 そんなパーマーに、ヘリオスも「よっしゃー」とばかり付いていったので、2頭が後続を少し離すような形で4コーナーにかかります。ただ、この「よっしゃー」も困りもので、競り合う形になるとまずいので、岸ジョッキーはヘリオスにパーマーから少し離れた場所を走らせました。結果、「内ラチ沿いをガンガン飛ばす逃げ馬に対し、2番手がかなり外を回っている」というあまり見られない謎の状況が生まれます。

「なんだなんだ」

「急にペースが上がったと思ったら…」

「競り合ってると思ったら…」

「離れて走ってるじゃん」

「何やってんだ、あいつら」

 おそらく後続の馬も騎手も頭の中に「?」を浮かべていたでしょう。で、この後、さらにツッコミを入れたくなります。2番手にいる2番人気のGⅠ馬、〝強気の4コーナー先頭〟で押し切るのが得意でもあるヘリオスがパーマーをつぶすと思いきや、先にバテてしまうんです!

「え?」

「おいおい」

「お前が下がってくるんかーい!」

 おそらく一番焦ったのは1番人気だったカミノクレッセでしょう。急いで2番手に上がっていったのですが、時すでに遅し。直線を向いたとき、パーマーは既に3馬身前を走っていました。しかも、途中から一気にペースを上げたことが功を奏し、〝どの馬もバテている〟というスタミナ勝負になっていたので、追いかけても追いかけても差が縮まりません。ファンがざわつき始めます。

「あれ?」

「差せない?」

 ドタドタと、バテながらもジリジリ進むパーマーの後ろで、カミノクレッセもドタドタ、ジリジリ…。

「もしかして…」

「このまま?」

「このままなの!?」

パーマー92年宝塚

 はい、そのままでした。9番人気馬によるよもやの逃げ切りで大波乱。カッコ良く言えば、障害レースも走ったことのある遅咲きホースが苦労の末にタイトル獲得、マックイーンの代わりに同門同期が戴冠…となるのでしょうが、それよりも、やっぱり新聞記事の見出しはこんな感じ。

92年宝塚記念・結果

 はい、「まさか」でした。ゴール後のファンもこんな具合でしたから。

「なんだったんだ…」

「なんじゃこりゃー!」

 主演メジロパーマー

 助演ダイタクヘリオス

 この喜劇が、まだ第1章だなんて、誰が想像したでしょう。

天皇賞・秋

 宝塚記念の後、夏休みをもらった2頭は、秋になり、別々のレースで始動しますが、施行日は仲良く同じでした。15時40分、まず、東京競馬場の毎日王冠(GⅡ=1800メートル)に出走したヘリオスがレコードタイムで逃げ切ります。宝塚記念の敗戦と59キロという重い斤量で人気を落としていた(4番人気)のですが、この馬、こういう「いかにもダメそう」な時の方が走るんです。実は古馬になってからは1番人気で勝ったことがなく、こんなふうに言うファンもいました。

「分かってやってるんじゃないか?」

「人間を驚かせて喜んでいるんじゃ…」

 本当かどうかは馬に聞いてみなきゃ分かりませんが、人気がある時は走らず、ない時に走ることから「新聞が読める馬」なんて表現されることも…。ただ、この毎日王冠は本当に強かったです。持ち前のスピードをライバルの少ない中距離で生かし、すんなり逃げられれば現役屈指の能力を持っているのは疑いようがなく、「同じような展開になれば…」と考えたファンや記者からは、一躍、天皇賞・秋の有力馬に数えられました。

ヘリオス92年毎日王冠

 一方、その5分後、京都競馬場の京都大賞典(GⅡ=2400メートル)ではパーマーが4コーナーでつぶされていました。逃げることがバレているのに脚がそれほど速くないので、マークされると厳しいのです。また、前述の宝塚記念のころの阪神競馬場は芝がめちゃくちゃ荒れていて、スピードを求められない馬場だったのですが、秋の京都競馬場は馬場が良く、スピード不足のパーマーには不向きでした。しかも、次走に予定している天皇賞・秋はさらに馬場が良く、距離も短くなる東京の2000メートル。というわけで、記者の評価はこんな具合になります。

92年天皇賞秋・馬柱

 前哨戦を快勝したヘリオスには印がつき、パーマーは無印。前述のような理由を考えれば当然です。ただ、レース前、2頭の関係に注目している人はほとんどいませんでした。そもそもこのレースの主役はトウカイテイオーで、天皇賞・春のレース中に骨折してしまった最強馬が、調整過程がイマイチだと漏れ伝わってきている中で無事に復活するかが焦点でした。だから、レースが始まると、ファンはテイオーの位置取りばかり気にしていたんですが、ゲートが開いてしばらくして、異常な事態に気付きます。3番手につけたテイオーの前で、2頭の逃げ馬がハチャメチャな競り合いを始めてしまったのです。

 3番ゲートからスタートしたパーマー。逃げないと持ち味が出ませんから、騎手がガンガン手綱をしごいて先頭に立とうとする中、同じく好スタートを切った6番のヘリオスが外から並びかけていきました。パーマーほど騎手は〝ゴシゴシ〟していないものの、何度も言うようにスピードではヘリオスの方が上ですから勝手に追い抜きそうになります。というか、おそらくパーマーを追い越して先頭に立って逃げようとしたのでしょう。宝塚記念では2番手に控えたことで馬にガマンを強いることになり、体力を消耗させてしまいました。今回は自分が先頭に立って気分良く走らせ、なおかつマイラーとしてのスピードを中距離で生かし切ろうとしたのでしょう。脚が遅いパーマーの2番手に控えたら、スピードを生かせず、ストレスもたまるのですからいいことはありません

「今回は俺が行く!」

「どけどけどけー!」

 しかし、パーマーも引きませんでした。

「あなたが逃げたいのは分かる」

「でも、私だって逃げたい」

「私にもこの戦法しかないんだ!」

 意地と意地の張り合い? いや、それとはちょっと違うかもしれません。互いに、勝つために選んだ戦法が「逃げ」だっただけで、そのために最善を尽くした馬と騎手は、愚直に仕事をまっとうしました。

「勝つ!」

「勝つ!勝つ!勝つ!」

 もう周囲は見えません。バイブスぶち上げ、テンションアゲアゲ。はい、アニメ「ウマ娘」でパーマーが天皇賞出走前にマチカネフクキタルに相談をしましたよね? で、占いの結果、フクキタルはこんなアドバイスを送りました。

「生半可な逃げじゃ意味はありません」

 そう、その戦法こそ、コレです。

「大逃げ」

「超逃げ」

爆逃げが吉!」

 ですが、実際は大凶でした(苦笑)。アニメと違い、2頭は仲良く逃げたわけではなく、競り合ってしまったのです。

「逃げる!」

「譲らない!」

「逃げさせろ!」

「譲りません!」

 前代未聞、1キロにわたり並走を続けるというスーパータイマン勝負が生み出したのは、1000メートル57・5秒という超超超ハイペース。脚が速すぎるサイレンススズカならオーバーペースにはならないかもしれませんが、残念ながら2頭はサイレンススズカではありません。3コーナーを回りながら、徐々にパーマーがスピードについていけなくなり、大ケヤキを過ぎるとズルズル下がっていきました。残されたヘリオスにもガソリンは残っておらず、直線を向いてしばらくは先頭で見せ場はつくったものの、さすがに息切れ。2頭の直後にいたあのトウカイテイオーでさえ7着に失速するほどの殺人ペースは、先行馬総崩れで、後方でじっとしていた11番人気のレッツゴーターキンという追い込み馬が勝ってしまう大波乱を呼びました(ハイペースは差し馬有利で、この時は2着も追い込み馬)。ファンは唖然ボー然。

「なんだったんだ…」

 そして数秒後、この結末の要因に思い当たります。

「あいつらだ…」

「あいつらがあんなに競るから」

「バカみたいに飛ばすから」

「ヘリオス…」

「パーマー…」

「何してくれてんだ!」

 ヘリオス8着、パーマーはブービー17着。勝ち馬も、トウカイテイオーもかすむ強烈すぎるインパクトを残した爆逃げ玉砕タイマン喜劇に続きがあるなんて、誰が想像したでしょう。

有馬記念

 陣営がスピードを求められる条件が合っていないことを悟ったのか、パーマーは天皇賞惨敗後、2か月ほどレースに出走せず、年末の有馬記念を目指しました。芝状態というのは、冬にかけて悪くなっていくので、暮れの中山競馬場はスタミナ勝負になりやすく、納得のローテーションです。一方のヘリオスは、連覇をかけてマイルチャンピオンシップに挑みます。

92年マイルCS・馬柱

 ディフェンディングチャンピオンながら、アテにならない気性と、天皇賞の〝やらかし〟のイメージが悪かったのか、2番人気。新興勢力のシンコウラブリイという牝馬に1番人気を譲ります。強いのは分かっていますが、衰えが出てきてもおかしくない年齢でもあり、ファンも半信半疑。でも、そろそろ皆さん、お分かりですよね?

92年マイルCS・結果

 はい、こういうときのヘリオスは強いです。レース途中から先頭に立ち、気分が良くなると、得意の4コーナー先頭。強引ではありましたが、すんなりと自分のペースになったら、負けようがありません。シンコウラブリイに1馬身半差をつけるレコードタイムの完勝で、その勢いのまま今度はスプリンターズステークスに向かいます。

92年スプリンターズ・馬柱

 本紙の印はそこまでではありませんが、抜きんでたスプリンターもおらず、まだサクラバクシンオーも覚醒前だったので、3・8倍の1番人気。もう一度言います。1番人気です。ということは…はい、期待するとこない馬、〝新聞が読める馬〟の本領発揮。しっかりと4着に敗れます。

「最後の最後まで…」

「ヘリオスらしいなあ」

 競馬にそれほど詳しくないファンはそう思ったに違いありません。この年で引退だといわれていましたから、普通はここで一区切り。しかし、実はこれは戦前から陣営が明かしていたことでもあるんですが、ヘリオスはとんでもないローテーションを画策していました

「有馬記念で引退する」

 で、その有馬記念がいつかというと…。

 翌週!!!

 2週連続GⅠ出走!!!!!

 競馬用語で2週続けてレースで走ることを指す「連闘」策に出たのですから、予定を知らなかったファンは度肝を抜かれたでしょう。電撃の1200メートル戦の後、2500メートル戦を走るのですらあり得ないのに、両方GⅠで、しかも連闘なんて、まさにアンビリーバブル。ただ、実はヘリオスは前年も有馬記念に出走していました。連闘ではなかったものの、そこで5着に健闘していたんです。ここまで一貫してお話ししてきたように、距離は適性外ですが、周りの馬の脚が遅いため、すんなり先行できる可能性が高く、「ひょっとしたら」と陣営は考えたのかもしれません。ファンの「まさか」とは裏腹に、ヘリオスは当たり前のように有馬記念にエントリーしたのです。

92年有馬記念・馬柱

 主役は印を集めているトウカイテイオー。ヘリオスとパーマーに引っかき回された天皇賞・秋の後、ジャパンカップで劇的な復活を遂げた帝王は、2・4倍の1番人気に支持されていました。では、引っかき回した張本人たちはどうかというと、本紙で◎が1つ付いているように、ヘリオスに関しては「すんなり逃げられた場合のみ、ひょっとしたらひょっとする」存在で単勝23・1倍の7番人気。天皇賞・秋のブービーで、宝塚記念の勝利はフロックだったと見られていたパーマーは16頭中15番人気でした(単勝49・4倍)。もしかすると、どちらか1頭だけが出ている状況なら、もう少し人気はあったかもしれません。「逃げ馬は単騎で行けたら強い」が競馬の定説ですし、何度もコーナーを回り、直線も短い中山競馬場の2500メートルは逃げ馬向きでもあります。ただ、どうしても、それは見込めないのです。おそらく、出馬表を見たヘリオスとパーマー、両陣営ともこう舌打ちしたはず。

「またいるのか…」

「またあの馬が…」

 そう、この年3度目となる〝目の上のタンコブ〟

「逃げるのか?」

「逃げるよね?」

 はい、どちらもやることは決まっていました。ただ、両陣営も、ファンも、心の中ではこう思っていました。

「前回あれだけのことをしたんだから…」

「今回はどちらかが引くだろう」

 つまり、「さすがに2回連続の共倒れは避けるはず」というわけです。記者の予想も同様でした。本紙はレース前日の競馬欄で、こんな記事を載せています。

92年有馬記念・展開予想

 展開を予想した原稿で、2頭を〝犬猿コンビ〟と呼び、その出方がレースの最初のポイントだとしています。とはいえ、こうも続けていました。今回は前走で1200メートルを走っていたヘリオスが、いつも以上にダッシュを利かせそうなので、パーマーは天皇賞の二の舞いを避けるために2番手に控えるだろう、と。はい、他紙も似たようなことを書いていましたし、私もそう思っていました。だから驚きましたね。ゲートが開いた瞬間、パーマーの騎手が手綱をガンガンしごいて逃げようとしているんですから。しかも、ヘリオスが控えたのですから。いつものように〝半笑い〟になりながらも、3番手でガマンをしていたのです。

「なんか予想と違ったけど」

「すんなり隊列が決まったな」

 そう感じたファンは、天皇賞・秋のような〝事件〟が起きないことを悟り、トウカイテイオーや上位人気馬に目をやります。4コーナーを回り、スタンド前。そこからもう1周するのが中山競馬場の2500メートルで、馬群が通過すると、ファンから大歓声が起こりました。その時です。歓声に刺激されたのか、ガマンの限界がきたのか、ヘリオスがすーっと2番手に上がっていきました。半笑いになりながら、パーマーのすぐ後ろ、お尻に顔が近づくぐらい接近していきます。

「またお前か」

「またあなたですか」

 おそらく両馬とも気付いたはずです。

「やれんのか?」

「やるんですか?」

 最初はそういう会話だったのかもしれません。パーマーが1コーナーを回りながらスピードを上げました。ヘリオスも離れません。付いていきます。むしろ後ろからけしかけているように見えました。

 3馬身

 4馬身

 5馬身

 2コーナーから向こう正面、グングン後ろを離していく2頭にファンは2か月前を思い出します。

「なんだなんだ」

「さっきまで仲良くしてたのに」

「またやってるのか」

 誰もが苦笑い。そりゃそうです。共倒れの二の舞いを避けていたはずが、いつの間にか2頭で大逃げをしているのですから。しかも、2頭はさらにスピードを上げているのですから、もはやあきれるしかありません。

「よくやるぜ」

「ホントに困ったヤツらだなあ」

 6馬身

 7馬身

 8馬身

 よく見ると、ヘリオスがパーマーの外から並びかけています。

「あ~あ」

「何やってんだか」

 9馬身

 10馬身

 11馬身

 完全に並走、逃げ馬が一番やってはいけない並走になっていました。ヘリオスの半開きだった口はガッツリ開いています。それはまるで笑っているかのよう…今思えば、あれは本当に笑っていたのかもしれません。当時は「完全にひっかかってるじゃん」と私もあきれていましたが、アニメ「ウマ娘」を見た後だと、あの瞬間のあの2頭の見方が変わりました。ヘリオスは笑っていた…つまり、ケンカをしていたように見えて、あの2頭は走っているうちに分かり合い、「いっちょやったるか!」になっていたのではないでしょうか。

「引かないお前、気に入ったぜ」

「あなたこそ、何度も何度も…」

「これが俺のやり方だから」

「はい、私にもこれしかありません」

「引かないか」

「引きません」

「漢(おとこ)だな」

「あなたこそ漢です!」

 生きざまに共感し合った2頭は、1~2コーナーあたりで共闘を誓ったのかもしれません。アニメ「ウマ娘」風に想像するとこうです。パーマーがこう誘ったとしましょう。

「爆逃げ、いっちょやってみる?」

 パリピなヘリオスが秒で答えます。

「いいねいいね、わかってるね、逃げこそ最高ふ~」

「大逃げ、超逃げ、爆逃げ!」

「おー、それマジ卍じゃね? テン上げでGOっしょ」

「じゃ、やっちゃおっか」

「やっほー、バイブスぶち上げ~」

 こう想像しながら、あの有馬記念の3コーナーを見返すと、ヘリオスが口を開けてこう叫んでいるようにしか見えません。

「ウェーイ!」

「ウェイウェ~イ!」

 12馬身…

 13馬身…

 ザワつく場内。

「おいおい」

「めちゃくちゃ逃げてるじゃん」

「これ、後ろは追いつくのかよ!」

 年末のグランプリ。十数万人が不安に襲われる中、2頭だけはパーティーピーポー。ノリノリのヘリオスは調子に乗ってパーマーをかわしていきます。

「ウェイウェ~イ!」

「逃げこそ最高ふ~」

 今度は内からパーマーが抜き返します。

「負けないわよー」

「爆逃げ! いや、神逃げ!」

 後続の騎手にはまた競り合っているように見えたのでしょう。

「あの2頭だから…」

「どうせ止まるだろう」

 だから、4コーナーにさしかかっても、まだ後続との差はそれほど縮まっていませんでした。しかも、ヘリオスが下がり始めたのですからファンも「終わったか」と思ったはずです。しかし、あれがアニメのようにこうだったとしたら全て説明がつきます。

「私たち、ズッ友だね」

「ハアハア…、そ、それな…」

「ヘリオス?」

「もうダメかも」

「え?」

「あとは任せた…」

「何?」

「あとは任せたーーー!」

「ヘリオス!」

「頼んだぞ、ウチの逃げズッ友ーーー!」

 そのエールを背に直線を向いたパーマー。焦り始めた後続が追いかけてきてはいましたが、3番手の馬が4コーナーを回ったとき、既に6馬身前にいました。テレビの実況アナウンサーが後続の騎手よりも焦りながら早口でまくし立てています。

「早く追いかけなくてはいけない」

「直線は310メーター! 中山の直線は短い!」

 後方でもがくテイオー。

 粘るパーマー。

 ドタドタと。

 頭の高いいつもの走りで。

 粘り

 粘り

 粘り

 もうひと粘りの瞬間、内からレガシーワールド急追!

パーマー92年有馬1

「パーマー!」

「逃げ馬のすごさを見せてやれー!」

 下がっていくヘリオスの絶叫にもうひと踏ん張り。パーマーがハナ差だけ粘りとおした瞬間がゴール板でした。

 15番人気

 単勝49・4倍

 歴史に残る大大大波乱の主役はメジロパーマー

 と!

 ダイタクヘリオスでした。もはや完全に私の想像ですが、ゴール後の2頭がこう目を合わせたことにさせてください。

「やったよヘリオス!」

「やったなパーマー!」

「やっぱり逃げこそ最高!」

「それな!」

イベントやります

 先週もお知らせした通り、こんな私の文章を皆さんが面白がってくれたおかげで、来週24日にnoteさんとトークイベントをやることになりました。私が書いてきた馬だけで恐縮ですが、〝総選挙〟はまだまだ受付中。何より、皆さんの思い出の投稿も絶賛募集中です。想いの共有こそが競馬の醍醐味。一緒に盛り上がりましょう。もちろん視聴は無料ですが、当日忘れないための設定とかもあるそうです。詳しくは、東スポnoteの編集長がこのイベントが誕生したきっかけをまとめていますのでぜひご覧ください。



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ありがとうございます。また読みにきてね
東京スポーツ新聞社の紙面で過去に掲載された連載がまとめて読めたり、ココだけしか読めないコンテンツがあったりします。できる範囲で頑張ります。