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続・舞台「ウマ娘」の史実 ヤマニンゼファーの挑戦を「東スポ」で振り返る

 前回は、ダイイチルビーの競走生活を、ダイタクヘリオスケイエスミラクルと鎬を削った1991年の短距離戦線を中心に振り返りました。いずれも1月に行われた舞台「ウマ娘 プリティーダービー ~Sprinter’s Story~」のメインキャラなのですが、もう1頭、忘れちゃいけないのがヤマニンゼファーです。3頭の後を追うように台頭し、92、93年の短距離戦線を引っ張りつつ中距離にもチャレンジした名馬を「東スポ」と共に見ていきましょう。(文化部資料室・山崎正義)


1992年

 天性のスピードを持った2頭が激突した1991年12月のスプリンターズステークス。最後の直線でケイエスミラクルが風になり、お嬢様・ダイイチルビーが華麗に走り抜けたあのレースに、ヤマニンゼファーも出ていました。

 単勝42・3倍の10番人気。本紙では△が2つ付いていますが、ほとんどの新聞は無印だった記憶があります。なぜなら、ゼファーは2週間前の900万下(今で言う2勝クラス)のダート戦を勝ったばかり。まだオープンどころか3勝クラスの条件馬だったのですから人気がないのも当然です。しかし、陣営としては無謀なチャレンジだと思っていなかったようで、レース前日の本紙には管理する栗田博憲調教師の興味深いコメントが見つかりました。

「かなりの能力を秘めた馬」

「ヒョッとするかもしれない」

 ニュアンスとしてはこう。

 ワンチャンあるんじゃね?

 そう、それぐらい才能を買っていたんですね。デビューが遅れたゼファーは3歳になったこの年の3月になってやっとレースを走ったのですが、いきなりダート1200メートルで2連勝。初芝のクリスタルカップでも3着に入っていました。脚部不安後、秋に復帰すると2戦目で前述の900万下も勝って5戦3勝ですから数字的に見ればかなりの素質馬です。しかも、父は80年代の短距離王ニホンピロウイナー。相当なスピードを秘めていることを陣営が察していたからこそのGⅠ挑戦だったことがうかがえます。今、改めてレースを見ると、2度目となる芝のレースが国内トップスプリンターが集まる電撃戦なのに、普通に中団前につけており、普通に4コーナーで上がっていっていますから、やはり並大抵のスピードではりません。結果はまだ力及ばず7着。ただし、陣営の目が正しかったことは翌年、あっさりと証明されます。自己条件を2戦でクリアし、晴れてオープン入りしたゼファーは、京王杯スプリングカップ(1400メートル)というGⅡに挑戦すると3着に好走するのです。

 ご覧のようになかなかのメンバーで、ダイタクヘリオスもダイイチルビーもいましたが、着順で上回りました。

「やっぱり走る!」

 改めて芝適性も証明されましたし、陣営がGⅠ・安田記念を目指したのも自然の流れでしょう。追い切りも絶好の動き。

 好時計とありますが、実はこの馬がびっしりと追い切れたのは初めてのことでした。慢性的なソエ(若駒特有の骨膜炎)で満足に調教を課せないでいたのですが、古馬になり、体がしっかりしてきたのです。栗田調教師が強気になっているのも納得…ただ、困ったこともありました。まだオープンになったばかりで賞金が足りず、フルゲート18頭で、出走順は19番目。調子が良くても、本格化気配でも、レースに出られなければ意味がありません。果たして出走はかなうのか…

 すべりこみセーフ!

 とはいえ、まだ実績はありませんから印はこんなものでしょう。他紙はもっと薄かった記憶があり、実際、人気は上から11番目の単勝35・2倍でした。中心を担っていたのは昨年の短距離戦線の主役だったダイタクヘリオスとダイイチルビー、さらには京王杯の勝ち馬・ダイナマイトダディや前年のクラシックをにぎわせたイブキマイカグラ。そんな中…

 完勝――

 11番人気ですからファンは唖然。しかし、ここまで書いてきたように、陣営にとっては偶然の産物ではありませんでした。

「初めてのマイル戦だから大きなことは言えなかったが、自信はあった。一戦ごとに良くなっているし、まだ成長の余地を秘めた馬。秋にはさらにパワーアップするから楽しみは大きいですよ」

 こう話した栗田調教師。冷静に振り返ってみても、超ハイペースとなった1600戦を悠々と追走し、直線に入ってすぐに先頭立ち、押し切ったのですから相当強いです。

 本格化――

 ニュースター現る――

 府中に吹き荒れた新風に、今まで吹いていた風がやみました。ひとつの時代の終わり。年が明けてから精彩を欠いていた〝華麗なる一族〟のお嬢様・ダイイチルビーが、このレースでも15着に敗れ、ターフを去ることになったのです。

 一方、レース中、折り合いを欠き、口を割って走っていた〝笑う馬〟ダイタクヘリオスの6着は、この馬お得意の単なる気まぐれ(苦笑)。その暴風はやむことなく、秋になり、後輩・ヤマニンゼファーの前に立ちはだかります。セントウルステークスをひと叩きして、〝春の王者〟として出走したマイルチャンピオンシップ。

 1番人気となった素質馬・シンコウラブリイと同じぐらいの支持を集めた3番人気ゼファーが関西への輸送で苦しむのをよそに、この日は大外から気分よく走った気まぐれヘリオスが他を圧倒するのです。

 悔しかったのは5着に敗れたゼファー陣営。ファンから「安田記念はフロックだったんじゃ?」という声も出ていたから余計でした。「関東でなら負けない!」とばかり、スプリンターズステークスに向け、ビッシリ仕上げます。

 単勝オッズはヘリオスが3・8倍の1番人気。評価が下がりつつあったゼファーは6・4倍の4番人気となりましたが、やはりこの馬のスピードはスペシャルでした。「1200メートルは絶対に合うんだ」という陣営のコメント通り、悠々と5番手の内。直線、ヘリオスが伸びあぐねる中、内からスパッと抜け出します。抜け出したのですが…

 外からニシノフラワー!

〝小さな天才少女〟のキレッキレの風に屈したゼファー。ダイタクとの直接対決を制し、安田記念の金メダルとスプリンターズステークスの銀メダルは取ったものの、最優秀短距離馬のタイトルも逃すことになりました。そして、この年を持って、気まぐれヘリオスはターフを去ります。気まぐれですから「あとは頼んだぞ!」となったかどうかも微妙ですし、ゼファーが「俺に任せておけ!」となったかもわかりません。ただ、面白いのは、ゼファーは翌年、ヘリオスが果敢に挑み続けていたことに挑戦することになるのです。

 世代交代

 その先に目指した高みとは――


1993年

 年が明け、ゼファーは2月下旬のマイラーズカップ(GⅡ=1600メートル)で始動します。昨秋、関西の競馬場にレース直前に入ったことで体重を減らしてしまったため、このときは事前に栗東トレーニングセンターに入り、調教を重ねました。

 栗東の水が合ったのか、調子は良好。鞍上に関西の名手にして〝元祖天才〟田原成貴ジョッキーを配し、レースに臨んだのですが…

 ニシノフラワーが強すぎました。で、次は京王杯スプリングカップから安田記念に向かうのかなと思っていたところ、ゼファーは中1週で中山記念に出てきます。

 GⅠホースなのに印が薄いのは初めての1800メートルだったから。最終的には2番人気(単勝5・6倍)に支持され、果敢に先行したものの、4着に敗れます。

「やっぱり距離が長いのかな」

「それとも成長力が…」

 ちょっぴり心配だったファン。が! ゼファーは何事もなかったかのように京王杯スプリングカップに登場し、昨秋のマイルチャンピオンシップで先着されたシンコウラブリイをあっさり競り落としました。ラブリイの55キロに対し、ゼファーは59キロだったのですが、1馬身半差をつけ、3着はそのさらに3馬身半後ろ。

「やっぱり強いじゃん」

 ホッとしたファン。ただ、連覇を狙った安田記念の印はこんな具合。

 ダイイチルビーが去り、ヘリオスもいなくなった短距離戦線で、前哨戦を完勝しているのですからエースでもおかしくないのですが、◎がありません。なぜなら、マイラーズカップで完敗していたニシノフラワーが出走していたからです。また、この年から外国馬も出走できるようになり、フランス馬・キットウッドに武豊ジョッキーが乗って人気を集めており、ひと叩きしたシンコウラブリイも調子を上げていました。

 ニシノフラワー  2・7倍

 ヤマニンゼファー 5・4倍

 シンコウラブリイ 5・5倍

 キットウッド   6・0倍

 もうちょっと売れても良さそうなのにあくまで「有力馬の一頭」に過ぎなかったのは、ジョッキーも関係していたかもしれません。フラワーは関西の名手・河内洋ジョッキー。ラブリイは関東の名手・岡部幸雄ジョッキー。キットウッドには若き天才…一方で、このときのゼファーの鞍上・柴田善臣ジョッキーはまだGⅠを勝っていなかったのです。デビュー9年目、関東の上位ジョッキーでその腕には定評がありましたが、少々地味でした。

「うまいけど…」

「ソツはないけど…」

 どこか爆発力に欠けるのは、前年の安田記念以降、タイトルを取れておらず、スプリンターズステークスやマイラーズカップでしっかり走ったもののニシノフラワーに爆発力で負けていたゼファーと通ずる部分がありました。心地いい風なのですが、周囲を吹き飛ばすほとではない感じがしたのです。

「ここ一番で…」

「勝ち切れるのか…」

 心の片隅に何か引っかかるものを感じながらレースを待ったファン。だから、どこか弱気にもなっていたそんな人たちのハートとは正反対の競馬をゼファーが見せたときは、体が震えました。

 好スタート

 6番手

 3コーナー

 2番手へ

 4コーナー

 先頭へ

 直線

 先頭!

「府中の直線は長いのに…」

「大丈夫なのか…」

 他の15頭を引き連れて、堂々と一番前を走ったゼファー。柴田ジョッキーが馬の力を信じていたからできた強気の競馬に、完全本格化していた名馬がこたえました。

 くるならこい!

 1番は俺だ!

 完勝!

 連覇!

 柴田ジョッキーGⅠ初制覇!

「強ぇ」

「強いじゃん!」

 いやいや、前の年に勝ったときも、皆さん、そう言っていたはずなのですが、11番人気で勝つのと2番人気で勝つのではやはり説得力が違いました。

「エースだ」

「短距離界のエースだ!」

 昨年の安田記念で吹いたヤマニンゼファーという

 すべてを吹き飛ばすかのように見えた

 秋以降、その風は弱まったように見えました。

 このままやんでしまうのか…

 もう一度吹くのか…

 1年ぶりに吹いたがそんな不安を吹き飛ばしました

 1年前より強い風が府中のターフに吹いたのです

 翌日、興奮のままに新聞を開いたファン。そこで目にした壮大なプランに、胸を躍らせたのは私だけではなかったでしょう。

 そう、ゼファーは秋に2000メートルの天皇賞を目指すというのです。

「折り合いがついてメドが立った」

 そう話す栗田調教師のコメントからは、元から予定していたことがうかがえました。

「あっ」

「だから中山記念を…」

 そうです。2年連続で1200メートルのスプリンターズステークスに出ていたような馬なので気付いていないファンもいましたが、あれはテストだったのです。馬を見る目が確かな田原ジョッキーは中山記念4着の後、こう言っていました。

「終始競られる展開が最後になってこたえた」

 その前にあった言葉を私たちは忘れていました。

「距離は特に問題なかったが」

 布石は打たれていました。才能を信じ、将来、種牡馬になることさえ見据えていた陣営は、その価値を高めるため、中距離への挑戦を模索していたのです。そして、その挑戦の意味に、古いファンは競馬の持つ血の宿命を上乗せしました。ゼファーの父・ニホンピロウイナーは安田記念を勝った現役最終年の秋、天皇賞にチャレンジしていたのです。結果は…

 惜しくも3着――

 ならば息子が!

 ゼファーにとって、父の成し得なかった2階級制覇の夢をかなえる場でもある天皇賞・秋。果たして距離は持つのか。そして、その先にあるもうひとつの偉業とは…。


距離の壁

 ゼファーは、2000メートルの天皇賞を見据え、毎日王冠をステップに選びます。本番の同じ競馬場で1800メートル戦ですから、距離的な段階を踏む意味でもぴったり。照準が決まっているので、馬も順調に仕上がっていたものの、陣営は馬の特徴も把握していました。どんなに体調が良くても休み明けに全能力を発揮できるタイプではないので、目一杯ではない〝ひと叩き仕上げ〟。59キロを背負うこともあり、無理はしない程度にとどめました。

 GⅠ馬ですから印もつきます。斤量56キロのシンコウラブリイに1番人気は譲ったものの、堂々の2番人気。ただ、ラブリイをマークするようにレースを進めたゼファーは直線で伸びあぐね、6着に敗れ、この負け方が何とも微妙でした。

「59キロとはいえ、もうちょっと上位にきてほしかった」

「やっぱり距離が長いんじゃ…」

 ファンからすると、そう見えた。誰でもそう思いたくなるような負けだったんですね。だから、マイルと中距離の〝2階級制覇〟、父の無念を晴らすストーリーを期待していた人たちのトーンはやや下がってしまいました。情状酌量の余地はあったんです。やはり休み明けが得意ではなかったのか、ふっくら仕上げたはずがマイナス6キロ。レース前に気負ってしまい、入れ込んでしまったことが、能力を発揮できなかった理由。つまり、陣営としては〝明確な敗因あり〟だったのですが、ファンというのは目の前の結果だけで判断しがちなのでした。

「さすがに厳しいかな…」

 弱まった。その勢いをさらに止める向かい風も吹いていました。それは…

 メジロマックイーン

 2年前の天皇賞・秋で1位入線→失格という前代未聞の〝事件〟を起こした現役最強馬が、天皇賞・秋に出走を予定していたのです。

「忘れ物を取り戻す!」

 馬や陣営の気合がすさまじかっただけではありません。なんと、遅咲きの名馬は7歳にして最盛期を迎えたかのようなレコード勝ちで秋初戦をぶっちぎっていました。

「いくらゼファーが本格化していても…」

「かなわない」

「相手が悪すぎる」

 だから、ゼファー推しのファンもテンションも上がらなかった。風はやみつつあったのですが、天皇賞ウイークの水曜日にとんでもない暴風が吹き荒れます。

 マックイーン故障

 回避!

 もう一度紙面を、その左下をご覧ください。ゼファーに俄然、チャンスが出てきたという記事が載っています。断然の主役、単勝1倍台濃厚だった人気馬がいなくなったことで、一気に大混戦。陣営のボルテージが上がるのも当然でしょう。馬は青写真通り、グングン体調を上げているのです。柴田ジョッキーは調教後、キッパリと断言しました。

「今度は中身が全然違う。春の安田記念の状態にはある」

 まさにメイチ仕上げ。テンションが下がっていたファンも、急に元気になりました。

 向かい風が一転、追い風に?

 いや、これがまた面白いところで、一度止まったこともあり、強烈な風は吹きませんでした。印をご覧いただきましょう。

 ◎もあれば無印もあるという微妙な印の背景にあるのは、もちろんアレ。

 距離――

 栗田調教師は自信を持っていました。ただ、やっぱり記者もファンも半信半疑だったのです。ゼファーは1800メートルの中山記念と毎日王冠で好結果を残せていません。ましてや2000メートルは走ったことがないのです。

「メンバー的には大チャンス!」

「本格化もしてる」

「でも…」

「やっぱり距離が…」

 そう、府中の空で、風はゆらゆら。

 どっちに吹くか

 追い風か

 向かい風か

 決めるのは…

 競馬の神様?

 違いました。

 ゲートが開き、3番手を取り切った柴田ジョッキー。距離に不安がある馬は、そろっと控えることが多いのに、強気にポジションを取れたのは、陣営による渾身の仕上げと、馬への信頼があったからにほかなりませんが、3コーナーでは2番手、さらに4コーナーではガンガン逃げてエンジンが切れかかったツインターボ(師匠!)を早々にかわし、先頭に立ったのですから驚きました。

 距離に不安があるのに真っ向勝負

 馬を信頼しているからこその…

 くるならこい!

 その意気に

 清々しいまでの心意気に

 風が吹きました

 いや、人馬が風を吹かせました

 距離の壁を

 魂の風がぶち破りました

 府中の直線

 止まらない

 追い風に乗って

 堂々と先頭

「いけ!」

「そのまま!」

 が! 風は気まぐれ

 残り200で一瞬の凪

 後ろから猛然と一頭

 セキテイリュウオー!

 風向きが変わったように見えました

 追い風はセキテイへ

 外の背中を押す風

 外から迫る強風

「飛ばされる…」

 誰もが覚悟したあの時の柴田ジョッキーとゼファーは風神でした。吹き飛ばされそうだったのに、外から吹いてくるその強い風に、セキテイリュウオーに、自ら馬体を併せにいったのです。

 風向きを変えるために

 自ら風を吹かせるように

「負けるか!」

「負けるかーー!」

 100メートル続いた叩き合い

 府中の直線で

 2頭が起こした竜巻

 風のぶつかり合い

 結果は…

 ゼファーの根性が

 魂が

 ハナ差で風をつかみました

 2階級制覇を自らつかみ取りました

 父の無念も晴らす偉業

 府中のターフに爽やかな

 気持ちのいい

 このままやむ?

 いや、やみません

 ゼファーと陣営はもう一度風を吹かせようとします

 全く別の方向へ


3階級

 天皇賞・秋のレース後、柴田ジョッキーはこう話しました。

「やはり、この馬にはマイルがベスト」

 やはり距離は長かったよう。だからこそあの直線の叩き合いで前に出た〝魂〟に、ファンは魅了されたのでしょうが、こうなると、さらなる距離延長は考えられません。

「次はマイルチャンピオンシップか」

「去年、負けてるからな」

 が、ここまで読んでくださった人はお分かりでしょうが、ゼファーは遠征に強くありません。そしてもうひとつ、ゼファー陣営はより高みを目指すタイプでした。そんな人たちが吹かせる風は、そよ風ではありません。

 より強く

 より高く

 スプリンターズステークスに全力投球――

 昨年2着に敗れたレースです。

 マイルのタイトルも取った

 中距離のタイトルも取った

 だからもうひとつ

 スプリントのタイトルを!

 目指すは3階級制覇!

 ゼファーは疾風となって師走の中山に乗り込みました。

 2000メートル戦の次に1200メートル戦という一気の距離短縮が有利なわけがないのに頭ひとつ抜けた1番人気。

「偉業を見せてくれ」

「頼むぞ!」

 たくさんの人たちの声援が風になってゼファーの背中を押したのでしょう。誰よりも先にゲートを飛び出したゼファーは、すっと中団に下げます。久々の1200戦に戸惑ったわけではありません。

 父から受け継いだ天性のスピード

 それを自由自在に操れる精神力も身につけていた名馬が、4コーナー手前ですーっと上がっていくのを目にしたとき、誰もが風を感じました。

 いざ、3階級制覇へ――

 中山に吹いた風

 ヤマニンゼファーという風

 その風が新しい風を呼んだことに私は競馬の連続性を感じました。

 新チャンピオン誕生――

 サクラバクシンオーという新しい風にバトンを渡し、ゼファーはターフを去りました。一頭の名馬がいなくなっても、次の名馬が出てくるのが競馬です。風はやみません。だから夢も終わりません。

 スプリント

 マイル

 中距離

 ゼファーが夢見たことで意識されるようになった「3階級制覇」。あまりに難しいこの偉業を成し遂げた馬は、まだ出ていないのですが…

 いつか吹く

 きっと吹く

 私たちは今もその風を待っています。


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