小さな天才少女!「ウマ娘」でも人気のニシノフラワーを「東スポ」で振り返る
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小さな天才少女!「ウマ娘」でも人気のニシノフラワーを「東スポ」で振り返る

東スポnote

「ウマ娘」のキャラの中で最も小さく、可憐で、愛らしいニシノフラワー。純真無垢で、けなげで、周りへの思いやりを忘れないと~ってもいいコなので、4月に育成キャラとして実装されたときは多くのファンが喜びました。同時にその天性のスピード能力にも驚いたのですが、実際のニシノフラワーも負けず劣らず天賦の才の持ち主でした。天才少女の開花物語を「東スポ」で振り返りましょう。(文化部資料室・山崎正義)


開花

 実装が発表されたときに「東スポ競馬」の「史実発掘隊」というコラムで軽く書きましたが、ゲーム内でのニシノフラワーは登場キャラの中でも圧倒的に小柄です。身長135センチという設定は最小ですし、見た目も〝つぼみ〟感が満点なのですが、実際のニシノフラワーも小柄な牝馬でした。改めて、本紙に残る、桜花賞ウイークの写真をご覧いただきましょう。

 はい、他馬と並んでいないのにスレンダーなのが伝わりますよね。で、本番の桜花賞に出走したときの体重は420キロ。フラワーの競走生活では、このときが最も小さく、最大で436キロでした。それぐらいのサイズだと、競馬界ではやはり「小柄」というくくりになります。近年のサラブレッドの平均体重は470キロ前後で、440~500キロ程度で出走するのが7割。フラワーが活躍した1990年代の競走馬は今よりコンパクトでしたし、牝馬は牡馬より小さい場合が多いので、430キロぐらいのメスはぶっちゃけ珍しくはありませんでしたが、GⅠ馬となると、このサイズはなかなか貴重です。しかも、このコはハンパなGⅠ馬じゃありませんでした。ゲーム「ウマ娘」でトレセン学園に飛び級で入学してきた天才少女という設定になっているのはまさにその通りで、デビューしてすぐにその才能が話題になります。2歳の7月に早々に競馬場に現れると、ダート1000メートル戦をぶっちぎり。で、2歳馬たちにとって初めての重賞となる「札幌3歳ステークス」(当時はまだ2歳を3歳と言っていました)に出てきます。

 芝の1200メートル戦ですから、ダート戦を勝ち上がったばかりの小さな馬にはあまり印がついていません。フラワーの父がマジェスティックライトという日本になじみの薄いアメリカの馬だった(フラワーは母のおなかに入ったまま日本にやってきました)こともあるでしょう。単勝10・4倍の4番人気にとどまったのですが…。

 はい、初芝をもろともしない圧勝でした。ハイペースを難なくついていき、差のつきにくい短距離戦で2着に3馬身半差、タイムはレコード…記事も2歳馬としては破格の扱いです。まさに、こんな感じ。

 天才少女、現る――

 年末にはふさわしい舞台が用意されていました。前年まで、2歳チャンピオンを決める戦いには、東の「朝日杯3歳ステークス」と西の「阪神3歳ステークス」という2つがあったのですが、この年から東が牡馬と騙馬の、西が牝馬のナンバーワン決定戦になったのです。11月のデイリー杯3歳ステークスをこれまた3馬身半差で楽勝していたフラワーは、この新設された阪神3歳牝馬ステークスというGⅠに主役として名を連ねます。

 印も断然、人気も断然の単勝1・9倍。当時の紙面をチェックしてみたところ、レース前からライバル陣営はこんなふうに言っていたと書いてありました。

「あれは強すぎる」

「まともに走られたらかなわない」

 が、まともじゃないことが起こるのが競馬。阪神の芝1600メートルはコース形態状、スタート直後にゴチャつくことが多く(現在は改善されています)、このときもインで複数の馬が接触(寸前も含む)するような状況に陥ったのですが、3枠4番から好スタートを切ったフラワーもアクシデントに巻き込まれ、一気にポジションを下げざるを得なくなってしまったのです。ズルズルと後退していく様子を見て、ファンは「まずい!」、他馬のジョッキーは「チャンス到来!」と思ったはず。それぐらいの〝ズルズル〟で、しかも、直後にフラワーが内をグングン上がっていき、遅れと取り戻そうとしたからさあ大変。自分より大きな馬に押し込められたり、プレッシャーをかけられる可能性もあるので小さい馬が馬群で動くこと自体が危険ですし、精神的に不安定な牝馬を急かしたりするとムキになり、引っかかってしまうことも少なくありません。だから余計にファンや関係者は「1番人気が飛ぶ!?」と思ったはずなんですが、いやはや、このコは本当に天才少女でした。内の狭いところでも全くひるまず、急な追い上げなんてお構いなしに3番手まで浮上したところですぐに折り合い(落ち着く)、直線を向くと堂々と抜け出したのです。

 乗っていた佐藤正雄ジョッキーはレース後、「クソ度胸がある」と驚き、こう話しました。

「下見所(パドック)ではおとなしくて、レースに行くと根性が抜群。小細工が利くのも実証できたし、注文のつけようがない馬です」

 同じレースでシンコウラブリイという2番人気馬に乗っていた名手・岡部幸雄ジョッキーも舌を巻きました。

「俺の馬が行きたがって苦労しているのに、あの馬はインでドンと構えている。アクシデントがありながらああいう競馬ができるのは若駒離れしている。本当にレースが上手だよ」

 というわけで紙面はこう。

 記事の前文にはこうあります。

「結論から言ってしまえば、桜を九分九厘、手中に収めた」

 はい、誰もが感じました。

「天才も天才」

「相当な器」

「桜花賞は決まり!」

「次代のアイドル!」

 が、一気にスーパーヒロインになったプレッシャーが騎手にのしかかるのですから競馬というのは皮肉です。クラシックシーズン初戦に選んだチューリップ賞に単勝オッズ1・2倍で出走したフラワーを佐藤ジョッキーは改めて馬込みに入れました。本番では相当な圧力を他馬から受けるでしょうからあらかじめ練習しようとしたのかもしれませんし、真意は分かりません。ただ、そこで想像以上に馬群に包まれてしまったフラワーは動けず、苦手な悪い馬場のせいもあり、追い込み届かずの2着に敗れてしまいます。そして、責任を感じた佐藤ジョッキーは、「既にファンの馬になっている馬をミスで負けさせてしまった」「自分には荷が重い」と乗り替わりを申し入れるのです。負け方としては〝競馬あるある〟ですし、同じテツを踏まなければ桜花賞制覇は非常に現実的。なのに、前年、デビュー23年目にしてやっとフラワーで重賞を、GⅠを勝った苦労人、年間の勝ち星が15を超えることはなかったジョッキーは、フラワーの将来も考え、自らその背中から降りました。なかなかできることではありません。いや、見方を変えれば、フラワーはそれぐらいの馬だった。とてつもない能力をを証明する出来事だったと言えるでしょう。

「フラワーを頼む…」

 バトンを渡されたのは全国リーディング3回の名手・河内洋騎手。関西のトップジョッキーなのはもちろん、桜花賞を3回勝っており、6年前にはメジロラモーヌで牝馬クラシック三冠を達成していました。牝馬を任せるにはうってつけの人選で、競馬サークル内ではこんな声が上がったそうです。

「ただでさえ強いのに…」

「これでまったく隙がなくなった…」

 桜花賞の1週前追い切りで初めてフラワーの背にまたがると、新聞でも大きく報じられました。

 原稿の中ではフラワーと河内ジョッキーをこう記しています。

 最強コンビ――

 当然、本番でもたくさんの◎を集めました。

 単勝は2・3倍。2番人気が6・4倍でしたからやはり頭一つ抜けていました。当然、プレッシャーもあったでしょう。しかし、そこは百戦錬磨の河内ジョッキー。好スタートを切ると、絶好の3番手につけ、楽々と抜け出しました。

 2着に3馬身半差の完勝。以下は河内騎手のレース後コメントです。

「5番手以内をキープして、揉まれることなく早めに先頭に立つつもりだった。直線では何かが来るだろうと思っていたけど、案外と伸びてこなかったなあ」 

 いやいや、他が伸びてこないんじゃなく、フラワーが強すぎるんですよと言いたくなりましたが、それぐらい他馬とは差があるように見えました。馬体を見れば、やっぱり小さいんです。マイナス12キロで、いつも以上に細く見えたこの日の馬体重は…

 420キロ――

 1984年のグレード制導入以降、桜花賞を勝った馬の中では、この92年の時点で最小でした(現在でも第2位)。

 小さいのに速い――

 小さな天才少女――

 そのスピードはまさに天性のものに映りました。しかし、だからこそ、今も昔も桜花賞馬にはこんな問いが投げかけられます。

 距離はもつのか――

 そう、牝馬2冠目のオークスは2400メートルなのです。


適性

 桜花賞の後、河内ジョッキーはこうも言っていました。

「レースセンス、勝負根性がいいし、落ち着いているから折り合いがつけやすい。だから距離もそんなに心配することはない」

 松田調教師は…

「距離は未知数だけど、それは他の馬もみんな同じ」

 そう、確かにこの時期の3歳牝馬で2400メートルを経験している馬は今も昔もほとんどいません。同じ状況、条件。だからこそ能力がモノを言うのでしょう、実際、距離を不安視された桜花賞馬が、能力だけで距離を克服することも多々ありました。それを踏まえるとフラワーなら何とかしてくれそうですし、しかも引っかかる馬ならまだしも、この天才少女はそれをガマンできる優等生でもありました。

「平気でしょ」

「小さな天才なら」

「大丈夫でしょ」

 が! その小ささが関係者や記者を徐々に不安にさせていくのですから分からないもの。そもそも桜花賞時のマイナス12キロが「ちょっと減り過ぎじゃ…」「体調に問題があったんじゃ…」と見られていたのに加え、中間の調教も軽く、その減った体が戻っていないように、つまりは体調がイマイチに映ったのです。しかも、オークスの週になって陣営からこんなお願いがマスコミに出されます。

「カイ食いが落ちるので厩舎取材は遠慮してほしい」

 こうなると、競馬サークル内には様々な噂が駆け巡ります。

「ヤバイらしい」

「全然食べてないみたいだぞ」

 そんな中、オークスの最終追い切りが拍車をかけました。何と、速いタイムを出さず、キャンター(ジョギング程度)のみで引き上げてしまったのです。GⅠの1番人気馬が、こんな軽い調教で終えることはありませんから、騒然となりました。本紙の追い切り速報では「怪調教」という文字が…。

 こんな状況ですから、印もかなり薄くなります。桜花賞とは比べ物になりません。

 結果的にこのオークス、フラワーは7着に敗れます。で、当然、レース後に「やっぱり体調に問題が…」なんて話は出ました。桜花賞のマイナス12キロから始まった〝馬体戻らない情報〟は当時、かなり報じられていましたし、現在にもそれは伝わっており、「ウマ娘」でも、オークスを前にフラワーの体重が減ってしまう場面もあります。しかし今回、改めて紙面をチェックしたところ、フラワーの敗因は体調面ではなく、明らかに距離だったようです。実はオークスの追い切り後、本紙はいくつかの証言をキャッチしています。まずは桜花賞のマイナス12キロについて…。

「桜花賞前、ちょうど歯替わりになっちゃって…それでカイ食いが細かった。その結果があの数字」(助手)

 歯替わりとは歯が抜け替わること。食欲が落ちるのが普通で、逆に言えば、あのマイナス12キロは体調が悪かったわけじゃないということになります。単に体重が減ってしまっただけで、取材規制や追い切りを軽めにしたことで、フラワーはオークスに向け、どんどん体重を戻していたことも紙面に載っていました。レース前日、前出の助手さんはこう話しています。

「金曜日に433キロ。思ったよりカイ食いがいい」

 桜花賞より13キロ増。で、レース当日もプラス8キロで出てきました。つまり、出走時点で、馬体重や体調に不安がなかったことになります。なのに、絶好の2番手で直線を向いたフラワーが伸びあぐねた…もう明らかです。河内ジョッキーはレースをこう振り返っていました。

「直線では、まったく別の馬と思ったくらい手ごたえがないんや。最後の2ハロンはただ回ってきただけ。理想通りの位置につけて折り合いもピッタリやったのに…」

 名手も断言しています。

「距離が長すぎたということやろ」

「状態は申し分なかった。敗因は距離」

 本紙もレース翌日の記事で「距離に負けた」とハッキリ見出しにとっています。

 そう、小さな天才は長距離ランナーではなかった。少女の才能はスピードにマン振りされていたのですが、当時の牝馬クラシックというのは、そういう女の子には険しい道でした。現在の秋華賞なら2000メートルなのでごまかしも利きそうですし、それこそ能力で何とかなるでしょうが、当時、3冠目とされていたエリザベス女王杯はオークスと同じ2400メートルだったのです。だったら出なきゃいいじゃん? いやいや、残念ながら当時は3歳牝馬は3歳牝馬同士のレースに出るのが常識。クラシックホースは最後までクラシックを戦う場合がほとんどでした。というわけで、秋になり、ローズステークス(これも今の1800メートルではなく2000メートル)で4着に敗れたのにもかかわらず、フラワーはエリザベス女王杯に向かいます。

 人気は6番目(単勝オッズは12・4倍)まで下がっていました。正直、誰もが「厳しいだろう」「無理だろう」と思いました。しかしそんな中、フラワーは頑張ります。「スピードを身上とするこの馬にとって、長丁場を克服させるのは至難の業。だが、ぶざまなレースだけはしたくない」という河内ジョッキーが内枠を生かし切り、完璧にロスなく回って内から伸びて3着に入るのです。

 忘れかけていた人たちも思い出しました。

「明らかに距離が長いのに3着…」

「やっぱりこのコはすごい」

「やっぱり天才かもしれない」

 こうも思いました。

「適距離なら…」

「短い距離なら相当やるんじゃ…」

 陣営も同じことを感じたのでしょう。フラワーはこの後、思い切ったレース選択をします。現在とは違い、12月に行われていた1200メートルのGⅠ・スプリンターズステークスに矛先を向けるのです。ある意味、理にはかなっています。この頃はまだ牝馬が牡馬に通用する時代じゃなかったのですが、中距離以上ではなく、マイル以下、つまりはスピード勝負なら互角に戦える場面もありました。スプリンターズステークスでもそう。90年にGⅠとなってからはひと昔前より一気にメンバーレベルが高くなり、国内の快速馬が一堂に集まる、まさにスピード王決定戦になっていたものの、前年にはダイイチルビーという牝馬が勝利しています。ただ、ファンの中にはフラワーの挑戦に期待より不安を抱く人も少なくありませんでした。ダイイチルビーとは決定的な違いがあったのです。

「まだ3歳か…」

 そう、ダイイチルビーの優勝は4歳の12月。サラブレッドが本格化する古馬になってからの勝利でした。その点、フラワーはまだ成長途上の3歳。人間で言えば高校を卒業したぐらい。そしてそして、何よりすっごく小さいのです。

「天才少女だけど…」

「スピードは天性のものがあるだろけど…」

「あの体で…」

「大丈夫だろうか」

 印はついていました。4・9倍の2番人気にもなっていました。でも、パドックを見るとやっぱり小さい…。人間の陸上競技で短距離ランナーと長距離ランナーの体つきが異なるように、サラブレッドも短距離馬の方が筋骨隆々で大きい傾向があります。今回はそのナンバーワン決定戦なのですから500キロを超える馬が何頭もいましたし、とにかくゴツい馬ばかりでした。

「大人と子供だよ」

「ぶつかったら弾き飛ばされそう…」

「細くて、しなやかなで、すっごくキレイだけど」

「大丈夫だろうか…」

 美しさに見とれつつも、半信半疑だった私たち。よくよく考えれば、1200メートルへの出走も1年半ぶりです。前走なんて2400メートルです。

「対応できるのだろうか」

「歴戦の猛者たちのスピードについていけるのだろうか」

 だから、ゲートが開き、猛ダッシュで前へ前へ突進していく先輩牡馬と同期の男子・サクラバクシンオーの後ろで、位置取りを下げていくフラワーを見たときは「やっぱり…」と思いました。河内ジョッキーが促しているのですが、ついていくのがやっとに見えました。しかし、私たちは忘れていたのです。

 このコが天才だということを

 天性のスピードを持っていることを

 最初は少しだけ周りの速さに戸惑っていた少女は、3~4コーナーの勝負どころを迎えるころには既にスピードに対応していました。そして河内ジョッキーのGOサインが出ると、グングンと先団目がけて上がっていきました。歴戦の猛者に、男性たちにひるむことなくついていきながら、名手によって外に持ち出されました。

 直線

 残り200メートル

 まだ前には7頭

 スピード自慢たちが粘り込もうとしています。最内から、その年の安田記念を勝ったヤマニンゼファーが抜け出そうとしていました。

 残り100メートル

 ゼファーはまだ6馬身前

 残り50メートル

 まだ4馬身前

 そこから私たちはなぜかカウントダウンをしているような気持ちになりました。フラワーが脚を前に出すたびに、

 3馬身

 2馬身

 1馬身

 ウソみたいに差が縮まっていったのです。

 3…

 2…

 1…

「フラワー!」

 ゴールの瞬間、図ったかのように差し切った天才少女。

 3歳の牝馬が

 先輩たちを

 大きな男たちを

 スペシャリストを

 軽々と越えていったことにファンは驚きつつ、パドックで見たフラワーの体を思い出しました。

 432キロ――

 この数字は、スプリンターズステークス勝ち馬(GⅠ昇格以降)の中で現在も歴代最小。しかし、目の前で流れるリプレーを見ると、急坂を登ってくるその最も小さい馬のストライドは、

 最ものびやかで

 最も美しく

 どの馬より大きく見えました。

「勝っちゃった」

「3歳で勝っちゃったよ」

 その後、スプリンターズステークスの12月施行は99年まで続きますが、3歳牝馬の勝利はゼロ。9月末~10月頭の施行時期になって以降も、現在まで3歳牝馬で勝ったのはアストンマーチャン1頭だけです。

「やっぱり天才だ」

「天才少女だ!」

 歴史に残る偉業

 真冬に咲いたフラワー

 美しき開花物語は、ここで終わりにしてもいいかもしれません。終わりにした方がいいような気もします。でも、もう少しだけお付き合いください。


大輪の後

 スプリンターズSのレース後、河内ジョッキーはフラワーを絶賛しました。

「いやあ強い、強い。凄いよ。全能力を発揮さえすれば、こんな勝ち方をしても不思議のない馬なんだ」

 しかも、負かしたヤマニンゼファーは前述のように安田記念を勝っており、1番人気で4着だったダイタクヘリオスもマイルチャンピオンシップを連覇していた実力馬なのですから、前途洋々。しかも、河内騎手はこうも言いました。

「フラワーにとってのベスト距離はマイル」

 天性のスピードで1200メートルも勝ったけど、決してベストではない…ということなのですが、当時の状況を考えると歓迎すべき適性でした。あのころは1200メートルのGⅠはスプリンターズSだけ。1200メートルがベストの馬でも、年末まではマイル路線を歩むしかかく、「1600メートルでも距離が長い」というサクラバクシンオーなどはレース選びに苦労したのですが、フラワーにはその心配がないのです。というわけで、クラシックの距離体系に翻弄されてきた天才少女はいよいよ自分のテリトリーで戦うことになりました。ダイタクヘリオスが引退したので、当面のライバルは安田記念の連覇を狙うヤマニンゼファー。2頭は2月末のマイラーズカップ(GⅡ)で早々に顔を合わせます。

 フラワーが2・1倍の1番人気で、ゼファーが3・3倍の2番人気。ファンは「マイルの現王者を相手に、桜花賞以来のマイル戦となるフラワーがどんなレースを見せるんだろう」ぐらいの感覚だったのですが、最後の直線は正直、〝口あんぐり〟でした。

「つ、強すぎる…」

「マイルのフラワーはこんなに強いのか…」

 ゼファーにつけた着差は決定的とも言える3馬身半

「4コーナーでちらっと(ヤマニンゼファーの)姿は見えたが、まったく気にならなかった。とにかく強くなっている。昨年より精神的にも大きく成長している」

 そう話した河内ジョッキーの横で、ゼファーに乗っていた田原成貴ジョッキーはお手上げポーズだったといいます。

「今日は勝った馬が強すぎた」 

 この勝利で、誰が何と言おうと、1993年の短距離路線の主役はフラワーになりました。

「1600メートルなら無敵だ」

 中にはこんな声も。

史上最強マイラーかもしれない」

 だから、この年から外国馬が出走できるようになった安田記念でもガッツリ印を集めます。

 単勝は2・7倍の1番人気。2番人気のゼファーが5・4倍だったので圧倒的で、陣営も超強気でした。

「自分の競馬さえすれば、結果は出る。別に外国馬や他の馬は意識しない。冬気が抜けて状態パーフェクトだから、史上に残るマイラーとして悔いのないレースはできるだろう」(松田調教師)

 ファンのワクワク感は相当でした。マイラーズカップでさえ最後は全力を出しているように見えなかったので、「本気を出したらどうなるんだろう」と胸を膨らませたのです。 

 既に少女じゃない。 

 大人の階段を上る天才ランナー。

 その強さはいかばかりか…

 が、競馬というのは怖いです。なぜかレース前からイライラしていたフラワーは、スタート直後、引っかかり気味になり、なんとか折り合おうとしたところで外から外国馬に接触されてジ・エンド。10着に大敗するのです。

 レース後の河内ジョッキーが「悪いところがすべて出た」と話した通り、ノーカウントとも言える敗戦。だからこそ陣営もサバサバと「一からやり直し」と前を向いたのですが、やっぱり競馬というのは怖いです。これを機に、フラワーの歯車はビミョーにかみ合わなくなっていきます。安田記念の後に選んだ宝塚記念の8着は、2200メートルという距離を考えれば仕方がありませんが、秋になると、ツキに見放されてしまいます。重馬場が得意ではないのに、スワンステークスでもマイルチャンピオンシップも雨が降るのです。スワンは重馬場で3着、マイルCSにいたっては不良馬場で13着に大敗します。そして、〝競馬あるある〟が炸裂するのです。敗因が明確なのに、強かった牝馬が負け始めると、途端に浮上するこんな声。

「ニシノフラワーは終わった」

 はい、確かに、牝馬というのはちょっとしたことで全く走らなくなってしまうことがあります。レースで本気で走らなくなってしまうのです。肉体面が理由なら治療もできるでしょうが、精神面が理由なのでどうしようもできず、実際〝終わって〟しまう牝馬も少なくありません。競馬関係者はそのことをよく知っているから慎重に、本当に慎重に牝馬を扱うのですが、それでもやっぱり、走らなくなってしまう馬はいます。そして、走らなくなってしまった牝馬の特徴のひとつに「ギラギラしなくなる」というのがあるのですが、スプリンターズステークスを前に、フラワーにその傾向が見られるようになるのです。

 河内ジョッキーが不安を吐露しています。

「状態に関してはケチのつけようがないんだけど、乗っていてどうも闘争心みたいなものが伝わってこないんや」

 こうなると競馬記者は印をつけづらくなります。

 ディフェンディングチャンピオンなのに3番人気。単勝オッズ5・6倍という数字が物語るのはこんなファン心理でした。

「もう走りたくなくなっちゃったのかな」

「終わっちゃったのかな」

 パドックを回る馬の中で、一番小さい体。それがまた一段と小さく見えたのはそんな心理が影響していたのかもしれませんし、もうひとつ、ある疑念も。昨年同様の「出走メンバー最小」という事実はこの1年、いや、2歳のころからほとんど体重が変わっていないことも意味していました。成長が止まっている可能性があるのです。

「天才少女は早熟だったのかもしれない」

 レースを見終わっても、その疑念は消えませんでした。4コーナーで3番人気のサクラバクシンオーが先頭に並びかけ、外から1番人気のヤマニンゼファーが忍び寄り、その2頭を見るように外に持ち出されたときの手ごたえを見ればフラワーは終わってはいなかったと思うのですが、昨年のような爆発的な末脚は発揮できず、3着でゴールしたのです。河内ジョッキーはこう振り返りました。

「4角では、これはという手ごたえで内心ヨシと思ったが、あと200メートルのところで勢いがなくなってしまった」

 今までだったら伸びたのに伸びなかった…。3着なんですから〝終わった〟とは言えないものの、精神面でも肉体面でも、天才のピークが過ぎていることがうかがえるコメントに切なくなったのを覚えています。フラワーは頑張りました。でも、心の中で軽く叫んだのも事実です。

 こんな姿は見たくなかった…

 だから、このnoteも、3歳の師走にスプリンターズSを勝った時点で終わりにしようと思っていました。そうすれば天才少女を天才少女のまま記憶に残すことができます。きれいな物語にもなりますし、ぶっちゃけその方が楽でもあります。でも、私は結局、ここまで書いてしまいました。なぜなら、「ウマ娘」のフラワーの育成ストーリーを見たからです。そして、それを頭に入れてさらに紙面を発掘したからです。ネタバレになるから全ては書けませんが、「ウマ娘」のフラワーは、天才少女としてだけではなく、バクシンオーやゼファーを高みに引き上げる役目も果たします。で、それを見て「ちょっとこの切り口は無理があるんじゃ…」と思っていた私が、過去の紙面をめくっていたところ、3着に終わった先ほどのスプリンターズS後の河内ジョッキーのコメントにぶち当たりました。上記の「勢いがなくなってしまった」の後に、名手はこう続けていたのです。

「サクラ(バクシンオー)、ヤマニン(ゼファー)が1年の間に成長したということだろう」 

 相手の成長を認め、讃えていたのでした。そこで初めて私は「そうか」と思ったのです。前年のスプリンターズSで年下の女の子に敗れたゼファー、マイラーズカップでも完敗したゼファーは、そこから必死で努力し、安田記念、さらには天皇賞・秋まで制しました。一方、同級生の女の子に負けたバクシンオーは、弱かった体質を強化し、希代のスプリンターに成長。フラワーが3着に敗れたスプリンターズSではゼファーを破り、初めてのGⅠタイトルを獲得しました。つまり、2頭は、フラワーに負けた悔しさをバネに、大きく飛躍したのです。

 小さな体の天才少女

 その小さなつぼみはすぐに花を咲かせました。

 誰にも咲かすことができない美しく大きな花 

 でも、その花の色が褪せた後も美しかった。

 種が別の花を咲かせたのです。

 天才少女は

 周りを成長させる天才でもあったのです。

 ニシノフラワー 

 ファンの心の中であなたは今も可憐に咲いています。

引退式のフラワー

おまけ

「ウマ娘」でセイウンスカイと仲がいいのは、馬主さんが同じだから。加えて、なんとこの2頭、現実世界では結ばれています。見た目からはちょっと意外!?なことに、フラワーが6歳年上の姉さん女房。当然、GⅠ馬同士の配合ですから大いに期待されたのですが、その子供・ニシノミライは残念ながら未勝利に終わりました。しかし、競馬はやはりブラッドスポーツです。2018年になり、ニシノミライの孫にあたるニシノデイジーが、札幌2歳ステークスと東スポ杯2歳ステークスを連勝、一躍クラシックの主役に躍り出たのです。

 残念ながらクラシックでは結果を出せませんでしたが、その血統表にセイウンスカイとニシノフラワーの名前を見つけたときの喜びったらありませんでした(まだ現役です!)。ちなみに、ゲーム「ウマ娘」のニシノフラワーのサポートカードには、フラワーがセイウンスカイの頭に花飾りをつけているデザインのものがあります。その花こそ…

 デイジーでした。

「ウマ娘」、恐るべし。芸が細かすぎます。そしてもうひとつ恐るべしは、当シリーズのサムネ的な見出し画像を作っている東スポnoteの編集長。今回、出来上がってきた何ともかわいらしい画像をよく見ると、そこにはデイジーが描かれていたのでした。彼もまた、競馬における血のドラマと生産者の想いに魅了された一人なのでしょう。いい仕事するなあ。


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