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東スポは「ゆるい職場」なんだろうか?

「ゆるい職場」が話題らしいです。2009年に東スポに入社、もう14年も同じ会社で働いている私は職場があたたかいと感じたことはあれど「ゆるい」と感じたことは一度もありません。それどころか年々業務量が増え、ハードになっているというのが嘘偽りのない実感です。それでも何とかやっていけているのは、ある社外の先輩が「人生がeasyすぎたら面白くないだろ?神様はときにとんでもない試練を与えることもあるけど、大体は飛び越えられるハードルなんだよ」と教えてくれたことによるのかもしれません。(東スポnote編集長・森中航)

今年もたくさん読書しよう!

というワケで今日は、リクルートワークス研究所主任研究員の古屋星斗さんの『ゆるい職場 若者の不安の知られざる理由』を読んでみようと思います。古屋さんは2011年に経済産業省に入省されていますが、3年目くらいまでは深夜残業をたびたびし、週に何度かは叱責・痛罵され、上司より早く帰るときはかなり気を遣ったと自身の〝新人時代〟を振り返っています。私も入社1年目は12時間を超えるハリコミをしたり、電話口で原稿が下手だと長時間怒られているうちに終電を逃してさらに怒られたり…といろいろ香ばしい経験をしたものです(念のため申し上げておきますが、現在の東スポでそのような理不尽すぎることは起きません)。

「ゆるい職場」は法律によって生まれた

たった10年ちょっとの期間ですが、職場は変わったのです。雰囲気や空気感だけが変わったからではなく、古屋さんは若者雇用促進法(2015年から順次施行)、働き方改革関連法(2019年から順次施行)、パワーハラスメント防止法(2020年施行)など職場運営にかかわる法律という構造的変化によるものだと明らかにします。リクルートワークス研究所「大手企業新入社会人の就労状況定量調査」によると、就業3年未満の就業者の労働時間は年を追うごとに減少しているそうです。1999~2004年卒が週49・6時間だったのに対して、2019~2021年卒は週44・4時間。1日8時間を規定内労働時間と考えれば、残業時間は週9・6時間から週4・4時間へと半減しているのです。

東スポの記者はいわゆる裁量労働制なので残業時間というものに無頓着になりがちですが、毎日の残業時間が1時間以下で済んでしまうのかといささか驚きました。ちなみに記者の仕事は水もの的なところがあり、長く働いたからといって成果が出るわけではありません。スーパー超絶ラッキーな日には、ほんの10分で一面級のネタが取れ50分で原稿を書いて実働1時間で終わらせることもできます(そんな僥倖めったになかったし、今はほぼ無理ですけどね)。労働時間が減り、新入社員が叱責される回数が減ったこともデータで裏づけられているのですから、法改正に伴って「ゆるい職場」が増えていることは不可逆的かつ間違いない事実のようです。

さよなら「飲みニケーション」

問題はその先にありました。職場環境が急速的に改善しているのにもかかわらず新入社員の離職率は上昇しているのです。いったいどういうことなのでしょう?

私はこの「職場がゆるくて辞める」状況を、「不満型転職から、不安型転職へ変わった」と理解している。データからは不満は相対的にはかなり減少していると言って良いだろう。そもそも不満の源泉になってきて、職場環境や上司との関係性による負荷、労働時間の長さなどは相当程度改善されたことは明らかで、リアリティショックも低減している。このため、若手になればなるほど、初職の企業への評価点が上昇している傾向があることはすでに示した通りだ。かつての日本企業で当たり前にあったネガティブな感情、会社や職場への「不満」はなくなりつつある。しかし問題は、「不安」が高まっているということであり、特にキャリア不安にその源泉がある可能性はすでに指摘した。

古屋星斗『ゆるい職場 若者の不安の知られざる理由』(中公新書ラクレ、2022年、65p)

私の好きな「飲みニケーション」(多分もう死語)で何とかならない時代になっているのです…(苦笑)。会社への不満や愚痴はビールで流すことができても、「ずっとこの仕事をしていたら自分のキャリアが停滞するかもしれない」と思っている若手の前で私は完全に無力です。だって、キャリアが停滞するかもしれないと思っている仕事ばかりをひたすらこなしてきたオジサンなのですから!!

「なにものかになりたい」と「ありのままでいたい」

もはや若手の模範になりえないというのはちょっとショッキングかもしれませんね。Z世代と称される若者はコスパやタイパを重視するというのも昨今よく耳にしますが、それらも詳細に見てみると2つにわけられると古屋さんは言います。

自分が得たい経歴、得たいスキル、得たい知見を〝効率的に得るために〟、今の仕事を選ぶのだ。そこには、短期的に・一定の時期までに効果が出る仕事を、能動的に選択していく姿勢が表れている。結果として職業生活における行動を促進する「コスパ志向」であると考えることができよう。

古屋星斗『ゆるい職場 若者の不安の知られざる理由』(中公新書ラクレ、2022年、81p)

シンプルに〝より少ない労力で対価を得るために〟、今の仕事をしているのである。また、仕事以外のことに時間を使いたい場合もあるだろう。ここでは、中長期的なキャリア形成の中で、損になることを排除しようとする行動姿勢をうかがうことができる。結果として、職業生活を抑制する「コスパ志向」であると言えよう。

古屋星斗『ゆるい職場 若者の不安の知られざる理由』(中公新書ラクレ、2022年、82p)

促進と抑制――。この2つの姿勢は若者の仕事に対する2つの願望にシンクロしています。前者は「早く社会から〝いいね〟と認められたい」「必要とされる人間になりたい」という思いであり、後者は「自分が好きなときに好きな場所で働きたい」「プライベートを優先して仕事をしたい」といった思いです。2009年入社の私は「なにものかになりたいなら、人より努力せよ」という価値観が支配する世界の中で生きてきた気がします。つまり、一人前になるためには多少プライベートを犠牲にすることを厭わないという感覚です。「モーレツ社員」というワードをギリギリ知っている世代だからかもしれませんし、「なにものかになりたい」と「ありのままでいたい」が両立するわけがないと思ってしまいます。

情報過多の時代に

ところが若手社会人の中には両者が二項対立ではなく、グラデーションのように存在するという古屋さんの指摘が非常に示唆に富んでいる気がします。

インタビューから見えてきたのは、多くの若者が、ひとつの決まった解答が存在しないこのグラデーションの中で、自分の最適解を見つけるために〝情報過多〟に陥っているのではないか、という仮説であった。
情報が大量にタダで獲得できる世の中で、キャリアや仕事、ワークスタイル、ライフスタイルに関する情報が肥大化している。このことが、職業生活上のアクションを起こすことの足枷になっている、ということはないだろうか。

古屋星斗『ゆるい職場 若者の不安の知られざる理由』(中公新書ラクレ、2022年、113p)

ウェブで大量の情報をタダ(※正確には広告収益モデル)で発信している側の人間ですら、情報過多だと思っていますから、若い人が情報の海に溺れても不思議ではありません。「○○を効率化するテクニック10選」を読んだあとに、「できる人はやらない!○○はもう時代遅れ」なんて記事を読んだら、やる気が雲散霧消してしまっても致し方ないよなぁと思います。個人的な見解ですが、やる気になったときにネガティブ情報に触れるより先にやってみてしまうのが一番です。

「後は野となれ山となれ」でしかない〝超ゲリラ採用〟を経て昨年4月、5~6年ぶりに入った新入社員たちは各部署で奮闘してくれています。新人たちが今を「ゆるい」と感じているかはヒアリングしてみないとわかりませんが、背中を押してあげられる先輩にならなくてはなぁ。また春がくるのですから。


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