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コスパから遠く離れて「ファスト教養」を考える。

コスパとタイパを知った日

もう11月…。今年を振り返る季節がやってきました。東スポWEBとしては9月21日にサイトリニューアルをしたことが一番のトピックスでしたが、個人的に印象深かったのは『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』(光文社新書)の著者である稲田豊史さんに取材したことです。

記事にもあるように、効率性を重視する考え方が広く浸透していた結果、コスパ(コストパフォーマンス)を超えるタイパ(タイムパフォーマンス)という概念まで登場しています。この取材が面白かったのは、50代の流通アナリストの渡辺広明さん、40代の稲田さん、30代の私、20代の新入社員という世代が異なる4人がワイワイ話したことにある気がしています。結果的にフツーの人がイメージされる取材というより、ほぼおしゃべりだったのですが、お互いに知らないことに気づける楽しみがあふれていたのです。今は野球担当として頑張っている浅井記者が書いてくれたnoteも何か胸にグッとくるものがありました。

ファスト教養って何だ?

誰もがスキルアップと年収アップを目指さないといけない(ように錯覚させられる)せわしない時代です。TwitterやInstagramといったSNSを見れば〝成功者〟ばかり…。私のようなへそ曲がりは、高級ブランドで身を包んだ人を見ると「けっ、ブランドが歩いてらぁ」と心の中で腐していますが、楽して生きたいという生来の怠け者根性も持ち合わせているので〝成功者〟の成功譚にはどうしても目を奪われます(ネットで全部読めるものもありますが、有料のオンサインサロンに誘導されるの定期)。本屋さんにも〝成功法則〟を謳った自己啓発本が数多く並んでいますが、そんな状況を危惧する一冊に出会いました。一般企業に勤めながらライターとしても活動するレジ―さんの『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』(集英社新書)。なななな、なんと教養までもがコスパやタイパにさらされ「ファスト教養」になっているとはどういうことなのでしょうか?

「楽しいから」「気分転換できるから」ではなく「ビジネスに役立てられるから(つまり、お金儲けに役立つから)」という動機でいろいろな文化に触れる。その際自分自身がそれを好きかどうかは大事ではないし、だからこそ何かに深く没入するよりは大雑把に「全体」を知ればよい。そうやって手広い知識を持ってビジネスシーンをうまく渡り歩く人こそ、「現代における教養あるビジネスパーソン」である。着実に勢力を広げつつあるそんな考え方を筆者は「ファスト教養」という言葉で定義する。

レジ―『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』(集英社新書、2022年、27p)

おそらく、これまで「教養」のイメージはもっとゆったりしたものだったと思います。レジ―さんは学びたいからこそ学び、役に立つかどうかは関係なく楽しさを味わう考え方を「古き良き教養」として「ファスト教養」とていねいに対比します。そもそも無駄な読書が好きな私などは「○分でわかる○○」みたいな本に対し、「無理に決まってらぁ」と悪態をついてしまいそうです(※書店アルバイト経験があるので実際にそんなことはしません)が、レジ―さんは、教養とお金儲けをつなぐ裏に他人を出し抜くという発想が隠れているのではないかと話を進めていきます。

変化の多き時代で「脱落」しないために教養を学ばなければならない。そんなスタンスに立った場合、「人生を豊かにする教養」を悠長に学んでいる暇はない。「教養が足りないとビジネスシーンで使えない」「使えない、つまりは稼げない」という恐怖に苛まれる中で、教養に触れる際にもビジネスにとって重要な「スピード感」「コスパ」が重視されるようになる。そういったビジネスパーソンのニーズと課題に対して過不足なくミートしているのがファスト教養、という構図である。

レジ―『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』(集英社新書、2022年、53p)

ひろゆきがインタビューで話していたこと

ちょっと冒頭の話題に戻りますね。そういえば私は今年、あちこちに現れあちこちに話題を振りまいたひろゆきさんの単独インタビューをしていました。そこで何を聞いていたかというと…。

参院選出馬した乙武洋匡氏の応援に駆け付けたひろゆき氏は本紙を持ってニッコリ(22年6月)

――ツイッターのフォロワーは163・8万人、ユーチューブのチャンネル登録者数は151万人。今や〝ネット界のご意見番〟だ

ひろゆき う~ん、僕をご意見番だとか重鎮だとか思っちゃっている人たちって、僕の話をちゃんと聞いてない人のような気がするんですよ…。「こう考えたほうがいいですよ」「この情報は調べたらわかりますよ」といった考え方をしゃべるようにしているので、〝この人が言うことは正しい〟みたいな考え方をしてる時点で、あんまり僕の話を理解してないなって(笑い)

――しかし、フォロワーの数が物を言う世界になっている

ひろゆき はいはい。本当にいいものかどうかって見抜く目を読者も持ってないし、メディアの人間もそれを持ってないので「この人、登録者100万人なんすよ」だけで企画が通っちゃうみたいなことが起こる。一方で、インフルエンサー業って商品を紹介したり、服着て写真撮ったりとか基本的にはとがった発言をしない方がもうかるんですよ。

――フツーの人はネットで炎上したくない…

ひろゆき 僕は別に商品紹介とかしないんで、知ったこっちゃねぇよで言いたい放題していて、ツイッターで書いたことが世間にどんどん流れてる。でも、本来は池上彰さんとか、大人でまともな発言したらいいのに、そういう人たちが忖度して何も言わなくなってしまったので、こうなったんじゃないですか?

2022年6月17日付、本紙1面(ひろゆき氏のフォロワー数は掲載当時)

ここだけでも興味深い要素がいくつかあります。

  • ひろゆきさんは自身の発言を鵜呑みにする人たちに対して「僕の話を理解していない」と否定的に捉えている

  • 本当にいいものかを見抜く目が読者にもメディアにもないと指摘している

  • お金について質問していないのに、「もうかる」というワードが突如出てくる

レジ―さんが第3章で述べているように、「効率的に成果をあげることこそ正義」といった発想やどこかに自己責任論が見え隠れしているような気もします。念のため申し上げておきますが、私はひろゆきさんのようなインフルエンサーが悪だと主張したいわけではありません。実際に取材すると、ひろゆきさんは物腰も柔らかいし、知識量でマウントを取ることもしないし、年齢で人を判断することもしません。ちょっと遅刻してくるけど、サービス精神あふれすぎで何でも答えちゃって(私の目からすると)無茶なことも言うお兄ちゃんといった感じでしょうか(笑)。

複雑なものを受け入れ可能な〝余白〟を

YouTube大学でおなじみの中田敦彦さんは勉強の楽しさを伝えるものとして数多くの動画をアップしていますが、一部の内容については事実誤認を指摘されるケースが何度も起こっています。レジ―さんはここも冷静に穏やかに分析しています。

「勉強の楽しさを伝えたい」という中田の志自体はとても立派ではあるものの、「中田敦彦のYouTube大学」のコンテンツは短期的なマネタイズに特化するべく「人工的な刺激」と「複雑性を排除したわかりやすさ」が過剰に強調されているという問題をはらんでいる。ビジネスの論理に基づいて制作された彼のコンテンツが「新時代を生き抜くための教養」として支持されている状況は、社会全体の「ファスト教養化」のわかりやすい事例として捉えることができるのではないだろうか?

レジ―『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』(集英社新書、2022年、65p)
パーフェクトヒューマン!

複雑性の排除という視点で見れば、新聞記者もまた批判のそしりを免れないと思います。ウェブ用記事なら細かく言われませんが、「紙面用に30行書いて!」と指示されたら、わかりやすく330字で、指定された締め切りまでに書くのが仕事です。伝えるべき情報の価値を順位付けし、削らなければ入りません。「こうすれば儲かります」「成功します」と書くことはなくても、単純化してるところは同じです。有限である以上、無駄なことは排除されるのです。

しかし、そもそも不確実性に富んだ人生全体で考えれば、効率性ばかりを追い求めるのは違うのではないかと思います。無駄なことが意外なところで役に立つこと結構ありますし、事前準備していた質問よりも雑談のほうが盛り上がったケースも枚挙にいとまがありません。だったら自分の好きな本を読んで、自分が好きな音楽を楽しめる〝余白〟があったほうがいい。このnoteだって1円にもならないのは重々承知。
くやしい…だが、これでいい!!(賭博黙示録カイジ)
これでいいのだ!!(天才バカボン) (東スポnote編集長・森中航)


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