「巨人はロッテよりも弱い」に発奮したワケじゃない!もう一つの事件は…【駒田徳広 連載#13】
読売新聞社のトップが心臓に持病抱える藤田監督に異例の〝事情聴取〟
「巨人はロッテよりも弱い」。1989年の日本シリーズ、巨人は近鉄にいきなり3連敗を喫し、近鉄の加藤哲郎にそう酷評された。
この発言が大々的に報じられ、巨人の選手が「ふざけやがって」と奮起したことになっている。ただ、当のボクたちは「そう言われても仕方がないよなあ」というのが正直な気持ちだった。
後に加藤と話す機会があって「何であんなことを言ったんだ?」と聞いたことがあったけれど「ボクは今でもロッテの方が強かったと思ってますよ。だって駒田さん、3回やって3回勝ったんだから弱いと思うじゃないですか」と逆に言い返されてしまった。「確かにそりゃそうだ!」。2人して笑ったものだ。
実際、当時のボクたちだって「3回やって3回負けたんだから、何を言われても仕方がないよ」と怒るというよりは、3連敗のショックにしょんぼりしていた。ただ、相手に弱みだけは見せられないから強がるしかない。それにマスコミが「あんなことを言わせておいて黙っているのか」とあおるものだから「それに乗っからせてもらおう」というのが正直なところだ。
ボクたちにとっての発奮材料となったのは「ロッテより弱い」という発言ではなく、もう一つの事件だった。それは第3戦が終わった夜のこと。選手の間で「藤田監督が務台名誉会長に呼び出されたらしいぞ」という噂が広まったのだ。
日本シリーズ期間中に現場の監督が読売新聞社のトップから事情聴取を受けるというのは異例のことだ。まさか復帰して1年で監督を辞めるようなことにはならないだろうが、一抹の不安も残る。藤田さんが心臓に持病を抱えていて、ニトログリセリンを携帯していたのはみんな知っていたし、監督復帰の際にはお医者さんからも「命にかかわりますよ」と復帰をいさめられていた。
「藤田さんをここまで追い込んでしまったのは、ボクたちのせいなんだ」。そう思うとやり切れなかった。そして選手はみな「このまま終わるわけにはいかない」と思うのだった。
務台名誉会長との話し合いの中では厳しい叱咤だけでなく、選手の起用法についても注文が出たという。藤田さんからは「このまま負けるようなことがあれば、優勝旅行はいりません」という申し出もあったそうだ。
そして一夜明けた第4戦の試合前ミーティング、藤田さんはこう言って笑った。「一つも負けられなくなっちゃったなあ」。前夜の出来事を知っていただけにボクたちは余計に気合が入った。そして巨人の逆襲が始まった。
頑固一徹!藤田監督の「背水の決断」が大当たり
3連敗で迎えた1989年の日本シリーズ第4戦。巨人はオーダーをガラリと変えて試合に臨んだ。1番緒方のところにベテランの簑田(浩二)さんが入り、3番篠塚さんのところには岡崎(郁)さん。それまで6、7番を打っていたボクは5番に入った。
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