今でも勝手な主張を続けるが…「世界タッグ王座ベルト返還訴訟事件」の裏話【ケンドー・カシン評伝#3】
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今でも勝手な主張を続けるが…「世界タッグ王座ベルト返還訴訟事件」の裏話【ケンドー・カシン評伝#3】

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世界タッグ王座ベルトを〝封印〟後、へそ曲がり行為に火がついたカシン

 全日本プロレス入団後、カシンは「改心しました」と宣言してジュニア戦線で快進撃を続けた。そして2004年6月12日に盟友・永田裕志と組んで小島聡、カズ・ハヤシ組から世界タッグ王座を奪取。

永田が小島にナガタロック、カシンはハヤシをカット(04年6月、名古屋)

㊤永田が小島にナガタロック、カシンはハヤシをカット。好連携を見せる。㊦世界タッグを奪取したカシンと永田(04年6月、名古屋)

世界タッグを奪取したカシンと永田(04年6月、名古屋)

 しかし「このベルトは封印する」と突然宣言してしまう。以降、後楽園大会を2度も無断欠場するなど、得意のヘソ曲がり行為に火がついてしまい、全く防衛戦を行わなくなってしまった。

 さすがに怒った全日本側は7月1日付で「契約違反、服務規程違反」などを理由にカシンを解雇。ヘソ曲がり男はそれでも頑なにベルトを返還せず保持し続けた。カシンはこう述懐する。

「あれは封印したんじゃない。全日本が防衛戦を組まなかっただけだ。俺に責任はない。それが解雇とはどういうことなのか。解雇後、新日本の事務所で撮影用に保管されていた世界タッグのベルト(PWFとインターナショナル)を永田君に『俺の分のベルトをちょっと持ってきてくれないか』と頼んだら『オウ、いいよ』と快諾して渋谷の喫茶店まで持ってきてくれた。それでベルトが俺の元にきた。試合は組まれなかったが、ベルトを持っていた。それだけの話だ。つまり全ての責任は永田裕志にある

入浴後フルーツ牛乳で乾杯するカシンと杉浦、後方は左から井上雅央、泉田純、川畑輝鎮(04年7月、中野区の昭和浴場)

入浴後にフルーツ牛乳で乾杯するカシンと杉浦、後列左から井上雅央、泉田純、川畑輝鎮(04年7月、中野区の昭和浴場)

被告ケンドー・カシンこと石澤常光、弁護士事務所に相談も弁護士「‥‥‥‥」

 しばらくするとカシンは全日本側からの電話に全く応じなくなり、解雇後は新日本に復帰を果たし、ノアなどにも参戦するようになる。

カシンが丸藤にバックドロップ(04年7月、東京ドーム)

カシンが丸藤にバックドロップ(04年7月、東京ドーム)

 さすがに怒った全日本は、王座奪取から1年2か月後の05年8月2日付で東京地裁に民事訴訟を起こした。原告は全日本プロレス。被告はケンドー・カシンこと石澤常光ときみつ。前代未聞の法廷対決が実現することになる。すったもんだの末、10月5日、東京地裁513法廷での初公判が決まった。

カシンの不法携帯によりひと組しかない世界タッグベルト(04年12月、全日事務所)

カシンが返還しなかったため1組しかない世界タッグベルト(04年12月、全日事務所)

 9月になるとカシンから「明日、四谷の駅前に午後2時に来てほしいんですけど」と記者に電話があった。理由を聞いても教えてくれない。翌日、待ち合わせの場所に行くと、そのまま国内でも有数の有名な弁護士事務所に連行された。

「弁護人を依頼したいんで立会人になってください」とカシンは事務所の玄関の前でマスクをかぶった。普通ならかなり異様な光景だが、この時点で記者の神経もかなり麻痺していたため、そのまま弁護士事務所に同伴した。

 知人を通し予約を済ませていたらしく、ベテラン弁護士との面談が始まった。

三島駿一郎弁護士に相談するカシン(05年9月26日、四谷)

弁護士に相談するカシン(05年9月、東京・四谷)

カシン「私、プロレスラーなんですが、ベルトを返せと団体に訴えられたので弁護をお願いします」

弁護士「ベルトとはプロレスの?」

カシン「ハイ」

弁護士「それはどこの所有物ですか」

カシン「全日本プロレスですが、今は私が保管しています」

弁護士「……ところでこちらの方は?」

記者「あっ、高校の友人です」

弁護士「……」

 さすがに弁護士も何が何やらといった表情で頭を抱えていた。記者にとっては初めての弁護士事務所だったが最後までよく分からないまま、横でやりとりを聞きつつ、記事にするため、事務所の前で写真を撮った。よく分からないまま、とにかく弁護人は決まった。「じゃあまた。裁判所に来てください」と言うカシンと四ツ谷駅前でそのまま別れた。

なぜかスペル・デルフィンと早坂好恵の披露宴写真を手にするカシン(04年6月、金沢)

なぜかスペル・デルフィンと早坂好恵の披露宴写真を手にするカシン(04年6月、金沢)

前代未聞の法廷対決!第1回公判はあっさり15分

 そして10月5日、会場は東京地裁、傍聴席が約20席の小部屋の法廷で、第1回公判のゴングは鳴らされた。原告の全日本プロレスも、被告のケンドー・カシンこと石澤常光も不在の中、公判は行われ、全日本はカシンの罵詈雑言を報じた本紙を証拠物件として提出した。裁判長、原告側との不毛なやりとりに弁護人も頭を抱え、公判は約15分でアッサリと終了した。

 当日は、かなり迷った末、記者は裁判所には行かなかった。家で飼っているミドリガメの顔色が悪かったせいか、セキセイインコの咳が止まらなかったためか、あるいは他の重要な取材があったためのような記憶がある。本紙記者が2人も派遣されると聞いていたこともあって、決して面倒に関わりたくなかったわけではない。

 裁判所には本紙記者2人を含む記者数人と当時、新日本でチーム・ジャパンを組んでいた永田、中西学、藤田和之、そしてなぜかロッキー・ロメロが駆けつけた。カシンは覆面を着用しての出席が認められなかったため、傍聴席から様子を見ようと考えたが、たった20席の傍聴席に長い列ができてしまい、断念して外で時間を潰していたという。

ベルト裁判、藤田、被告のカシン、永田、中西(05年10月、地裁)

左から中西学、永田裕志、カシン、藤田和之(05年10月、東京地裁)

「せっかく来たんだから昼飯ぐらいおごってよ」という永田の言葉に、カシンは東京地裁の地下食堂で480円のカレーライスをおごって「安上がりな男だ…」との言葉を残して全員解散となった。

 その夜、カシンに傍聴しなかったことを電話で詫びると「いや、別にいいですよ。それにしてもよく考えたら司法の手に委ねる問題だったんですかね」と答え、記者は腰砕けになった。

お土産の原告被告Tシャツを三島駿一郎弁護士に手渡すカシン(06年1月、四谷)

お土産の「原告被告Tシャツ」を弁護士に手渡すカシン(06年1月、四谷)

 結局、四谷の弁護士事務所を訪れた被告と、同席した立会人も法廷内に入ることはなかった。第1回公判の不毛なやりとりで弁護士もあきれてものが言えなくなったため、やがて辞任を申し出る。当初は「リング上で決着をつける」と公言していたカシンも「もうベルトは返しますので裁判は終わりにしましょう」と弁護士に伝えた。

ベルト問題について話し合う、左から永田、カシンと全日本の社員(06年4月、都内)

ベルト問題について話し合う永田とカシン、右は全日本のスタッフ(06年4月、都内)

ベルトが着払いで返還され、裁判集結

 その数か月後、ベルトは全日本事務所に着払いの宅配便で返還され、裁判はアッサリ終結。カシンは晴れて被告人の立場から解放された。というより全日本が〝悪魔仮面〟の呪いから解放されたと言うべきだろうか。

カシンが着払いで送ってきたベルト(左)とワンペアで使われてきたベルト(06年5月18日、全日事務所)

左がカシンが着払いで送ってきた世界タッグベルト(06年5月、全日事務所)

 カシンは「ちゃんと話し合いもしないまま、解雇したくせに『撮影用にベルトを貸してくれ』などと中途半端なことまで言ってきた向こうが悪い。それと2本のベルトを俺に預けてしまった永田裕志の責任だ。あそこで俺にベルトを渡さなければあんな大騒ぎにはならなかった。俺こそ被害者だ」と今でも勝手な主張を続ける。

 しかし裏には意外な事情があった。実は給与未払いのスタッフがいたため「給与の支払い」を条件にベルトを〝人質〟にして手元に置いていたのだ。

「知るか。そんな正義感は俺にはないし、自分が生きるのに必死だっただけだ」

 今でも頑としてカシンは否定するが、ある種の「義侠心」に裏付けられた行動だった(全日本には迷惑極まりないが…)。結局、ベルトは全日本に戻り、スタッフも未払いの給与を手にすることができたという。とても面倒な「世界タッグ王座ベルト返還訴訟事件」にはそんな背景があった。

自身と中西学のTシャツを着るカシン(04年7月、東京ドーム)

自身と中西学のTシャツを着るカシン(04年7月、東京ドーム)

 本当に宅配便でベルトが届いたか確認するために、当時の九段下にあった全日本事務所を訪れた記者にとって、この面倒な事件は今でも記憶から離れない。そして「被告人」の立場から解放された〝悪魔仮面〟の行動は、いよいよ傍若無人かつ無軌道なものへと転じていく。(文化部専門委員・平塚雅人)

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けんどー・かしん 1968年8月5日生まれ、青森県南津軽郡常盤村出身。91年、早大人間科学部卒業後、新日本プロレスのレスリング部門「闘魂クラブ」に入団、94年、正式に新日本プロレス入団。96年の欧州遠征でマスクマンに。PRIDEや全日本プロレスでも活躍。獲得タイトルはIWGPジュニアヘビー、世界ジュニアヘビーなど多数。181センチ、87キロ。
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