「ウマ娘」に新登場でファン歓喜!ナリタトップロードの「今度こそ!」を「東スポ」で振り返る
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「ウマ娘」に新登場でファン歓喜!ナリタトップロードの「今度こそ!」を「東スポ」で振り返る

東スポnote

 先月末、「ウマ娘」の新キャラクターとしてナリタトップロードが追加されました。まだゲームでは実装されていませんが、公式HPにアップされたプロフィールにある「寄せられる期待に応えたい一心で、困難にもひたむきに挑み続ける頑張り屋」、さらには「主人公っぽいのに脇役におさまりがち」という説明に、現役時代を思い出した人も多かったのではないでしょうか。そしてあのジョッキーのことも…。競馬は人と馬がともに作り上げるスポ―ツだと教えてくれたファン多き名馬を「東スポ」で振り返ります。(文化部資料室・山崎正義)

同級生たち

 1998年の12月にデビューしたトップロードは、2戦目で勝ち上がり、年明けに「福寿草特別」という条件戦に出走します。

 さすが出世レース、競馬ファンはこの馬柱だけで酒が飲めそうです(笑)。ケガで大成できなかったものの、この時点でクラシック候補だったスリリングサンデーが大外に、5番には後にGⅠを勝つ名牝トゥザヴィクトリーがいます。その2頭が1、2番人気で、1、2着。トップロードは3着に敗れますが、血統的に考えれば善戦でした。2頭の父はあのサンデーサイレンス。前年の種牡馬ランキングではぶっちぎりの1位(157勝)で、一方のトップロードの父サッカーボーイは39位(21勝)でしたから、期待度も違いました。そんな中で、先行した2頭に対してただ1頭、後ろから差してきた結果は、陣営にとって手ごたえアリ。調教で好タイムを軽々と叩き出すなど、その高い素質を見抜いていた沖芳夫調教師は、次走に重賞を選びます。

 2番人気に支持されたトップロードは、1番人気エイシンキャメロンを競り落として初重賞制覇。沖調教師はレース後に、涙を流します。それは厩舎所属の愛弟子・渡辺薫彦(わたなべ・くにひこ)ジョッキーにとって初めての重賞勝ちだったからです。

 2年目に24勝を挙げるなど、なかなか順調な成長ぶりだったものの、重賞では結果が出ていないデビュー5年の23歳。「なんとかタイトルを…」と強く願っていた師匠としては心の底からホッとしたのでしょう。渡辺騎手は心優しい好青年で、どちらかと言うと控えめ。押しが強いわけでもなく、「俺を乗せてくれ!」とガンガン売り込みをかけるタイプでもありませんでしたから、自厩舎に有力馬が現れるのがベストでした。ただ、競馬の世界はチャンスを逃したら、〝次〟がいつやってくるか分かりません。そういう意味では、トップロードのきさらぎ賞は、師弟にとっても千載一遇の好機だったのです。もともと強固な絆で結ばれていたのと、理解のある馬主さん(すぐに「リーディング上位騎手に替えろ!」という人だっています)でしたから、師匠も「クラシックを渡辺で」というつもりでいたはずですが、この勝利で、堂々とその道を歩むことができることになり、安堵したに違いありません。そして、この名コンビは続く弥生賞で、クラシックロードの主役に躍り出ます。

 印を見て分かる通り、アドマイヤベガに大きな注目が集まっています。父がサンデーサイレンス、母が牝馬2冠馬という超良血で、鞍上は天才・武豊ジョッキー。2歳暮れのGⅢを勝った後にしっかり休養を取ったクラシックの真打は1・5倍の圧倒的な1番人気に支持されていました。対して、トップロードは「どこまで通用するか…」ぐらいの2番人気(単勝4・0倍)。しかし、ここでトップロードはアドマイヤベガを完封するのです。

 4コーナーにかけてロスのある外々を上がっていった上で最後は余力もありましたから、完勝と言えます。レース結果だけ見れば皐月賞の最有力候補。実際、記者の評価もそうだったのですが、アドマイヤベガの負け方は〝いかにも試走〟的にも見えました。本番での印はこうなります。

 はい、ひと叩きした超良血が逆転しそう…という競馬でよく見かける構図です。1番人気はアドマイヤベガで2・7倍。トップロードは3・3倍の2番人気で、結果は…。

 先に抜け出したオースミブライト(2着)を猛追したものの、ギリギリ届かず。外から強襲したテイエムオペラオーが皐月賞のタイトルをかっさらっていきました。後に〝世紀末覇王〟となるオペラオーはこのときはまだ重賞を1勝しただけの5番人気(単勝11・1倍)だったのですが、一気に台頭した形です。

 オペラオーは血統的に距離延長は大歓迎でしたから、見出しにある「ダービーも最有力だ」も納得。では、レース後のトップロード陣営はどうだったか。左下の記事によると、「傷みの激しい馬場の内側を走らされて道中まったくついていけなかった」とのこと。これまで行きっぷりが良すぎて折り合いを欠くシーンもあったのに、終始手ごたえが悪かったことを考えると、馬場が合わなかったのが敗因のようでした。ただ、それでもしっかりと伸びていたので、ムードは決して悪くはありません。

「広い東京なら違う結果を期待できると思う」

 騎手と同じくらい控えめな沖調教師がそう話した通り、「ダービーへの見通しは明るい」というのが記事の帰結。敗因が見えず、明らかに伸び負けていた6着のアドマイヤベガと比べれば、断然、前向きなものでした。体調も上がっていきます。

 これはダービーの週の追い切り速報。1面トップは皐月賞馬オペラオーで、左下のトップロードには「120点」の文字が躍っています。そして、印はこんな具合。

 オッズ的にはトップロードとアドマイヤベガが3・9倍でオペラオー4・2倍なので「3強」でしたが、構図としては「オペラオーとトップロードに、調子が上がってきたと伝えられていたアドマイヤベガが割り込めるか」という感じでした。正直、アドマイヤベガに対しては半信半疑の人も多く、それが印にも反映されていますよね? 実際、単勝ではトップロードと並んでいたのに(最終的には僅差でトップロードが1番人気)、馬連の1番人気はトップロードとオペラオーの組み合わせでした。信用度ではこの2頭。特にトップロードに関しては日に日に評価が高まっていた記憶があります。調教で見せる大きなストライドと豪快なフットワークは、いかにも直線の長い東京競馬場に向いていそうだったのです。中山競馬場で苦労した馬場も、芝状態の良い東京なら何の問題もありません。あとは、皐月賞の時に、見えない大外から突っ込んできたオペラオーの動きにさえ注意しておけば…陣営もファンもそう感じていましたから、中団でしっかりと折り合ってそのオペラオーをマークし、直線で、先に仕掛けたオペラオーの外から並びかけていったときは「勝った」と思いました。

 教科書通り

 ノーミス

 完璧でした。

 でも、競馬は怖い。オペラオーをマークした渡辺ジョッキーをマークしていた人がいたんです。マークしつつ、最後の最後に交わせるような脚を残していた天才。それは、先輩・武豊から後輩へのメッセージでした。

「完璧に乗っても勝てないことがある」

「それが競馬」

「それがダービー」

 そう、天才でさえ、完璧に乗ってもなかなか勝てなかったのがダービー。前年、10回目の挑戦で悲願を達成し、その重みを改めて痛感していた30歳は、24歳の渡辺騎手と、オペラオーに乗る21歳の和田竜二騎手に意地を見せつつ、ほろ苦い教訓を与えたのです。

 ゴール寸前

 計ったかのように

 アドマイヤベガ--

 レース後に涙を流したという渡辺騎手。乗り方としては責められませんし、沖調教師も「力は出し切ったし、完璧に乗った」と話しました。ジョッキーの経験、背負った人気、展開、脚質…すべてのファクターが複雑に絡み合い、こういう結果になることは、競馬ではよくありますから、ファンも拍手を送りました。

「よくやったよ」

「今日は仕方ない」

「相手が悪かった」

「まだ秋がある」

「ひと回り大きくなって俺たちの前に戻ってこい」

「だから渡辺…」

「前を向け!」

 それは不思議なエールでした。他の馬へ向けるのとは少し違う、どこか父親的な視線を含んだ叱咤を背に、渡辺ジョッキーとトップロードは前を向きました。

菊の大輪

 秋初戦は菊花賞トライアルの京都新聞杯でした。

 ダービーのゴール前で栄光をかっさらっていった宿敵も同じ休み明けで出走してきていますが、単勝オッズはトップロードが2・8倍で、アドマイヤベガ3・0倍。ファンが2頭に力差を感じていなかったことが分かります。レースでも直線を向いて堂々と抜け出してくるんですが…。

 それはまるでダービーのリプレー。またもや、図ったかのように、差し切られてしまいます。

「長くいい脚を使えるんだけど、ほんの少しだけ決め手不足」

 薄々勘づいてはいましたが、確信にいたった関係者とファンが多かったと思います。トップクラスの力はある。でも、最後の最後で決め手のある馬にやられてしまう…という典型的な馬に映りました。では、その欠点を、3000メートルの菊花賞で補うにはどうしたらいいか。はい、競馬の教科書があるとしたら、以下のように書いてあるはずです。

「同じ位置から追い出しても勝てないからライバルより先に仕掛ける」

「相手が鋭い脚を繰り出しても届かないぐらいリードを保っておく」

 陣営も分かっていたので、調教師も実際に口に出していました。

「可能なら先行策」

「ロングスパートを狙いたい」

 利用するのは瞬発力ではなくスピードの持続力。問題は、これができるか。できたときに勝てるのか。記者はどう見ていたのでしょう。

 明らかに評価は「3番手」。先行しそうなのは分かりましたが、「それでも差されてしまいそう」という印です。力のある馬が前にいたらマークされるのはミエミエ。離されないようについてこられたら、ダービーや京都新聞杯の二の舞になることが予想できたわけですね。むしろ、いい先導役にされてしまう可能性すらあります。また、1枠1番というのも懸念材料でした。実は、本紙の金曜版には「枠順確定後の表情」というコーナーがあり、出馬投票馬での各陣営のコメントが載るんですが、沖調教師がガックリしていたのです。

「極端な内枠は包まれる危険があるので避けたかった」

 そうです。「早めにスパートをかけようとしたのに内で馬群に包まれていたから動けなかった」ということが競馬ではよく起こります。しかも、トップロードは人気馬ですから、それこそライバルが外を固め、内に閉じ込められる可能性も考えられるのです。加えて、その難しい枠を、まだまだ経験不足のジョッキーがはね返せるのかという不安もありました。重賞1勝、GⅠ未勝利の渡辺騎手に対するは、武豊ジョッキーをはじめとした歴戦の猛者たち。ダービーの舞台と違い、京都競馬場の長距離レースは騎手の腕がモノを言うのも周知の事実でした。

「渡辺…」

「やれるのか…」

 アドマイヤベガ2・3倍、オペラオー3・5倍に次ぐ4・1倍の3番人気で、トップロードはゲートを飛び出しました。少し出が悪いもののやや強引に促して内の4番手。オペラオーとアドマイヤベガは中団で並走しつつ、虎視眈々です。2周目向こう正面で、渡辺ジョッキーが股の間から後ろを見ました。

「そうだ…」

「渡辺…」

「いるぞ」

「2頭ともすぐ後ろにいるぞ」

 そう、トップロードの和田ジョッキーもアドマイヤベガの武騎手も、しっかりとトップロードの位置を確認しつつ、レースを進めていました。しかも2頭とも、いつでも動けそうなポジションをキープしています。一番先に動かなきゃいけないのはトップロードなのに、3コーナーを過ぎ、坂を下りながら一番先に仕掛けたのはアドマイヤベガでした。

「渡辺…」

「早くしないと…」

「早く…」

「早く!」

 トップロードと渡辺騎手を応援していた人は軽く絶望したと思います。一方、そのタッグを軽視していた人はこう思ったはずです。

「ほら見たことか」

「渡辺だもん」

「言わんこっちゃない」

 トップロードファンは気が気じゃありません。

「行けないのか」

「ミエミエの中で動いたらやられるから…」

「だから迷ってるのか?」

「でも、早く…」

「早くしないと!」

「渡辺!」

 4コーナーを回りながらスパートをかけようとする24歳。オペラオーもアドマイヤベガもそこまでグーンと上がってきておらず、位置取りとしては、2頭より前でしたが、予定していたタイミングよりは明らかに遅く見えました。なおかつ前にはまだ3頭が横並びで走っています。スピードに乗ったところで進路がなくなる恐れが…。気が気じゃありません。大丈夫なのか。

「渡辺…」

「渡辺…」

「渡辺!」

 そのときでした。トップロードが進もうとしたところ、前をいく馬と馬との間がパカッと開きました。迷わずそこに突っ込み、直線を向いた渡辺ジョッキーはその景色に驚いたかもしれません。馬群がバラけたせいで、トップロードの前に邪魔するものは何もなかったのです。包まれて、さばけない恐れがあったのに、競馬の神様に導かれたかのような、頂点への道。しかも、「3強」が大好きな競馬の神様はもうひとつ、スパイスを利かせていました。超スローぺースのまま4コーナーを迎えたため、中団より後ろの馬群が固まり、いつの間にかオペラオーはなかなか外に出せない状況になっており、アドマイヤベガはロスの大きい大外を回らざるを得なくなっていたのです。

 動けたはずの馬が動けず…

 動けそうになかった馬が動ける…

 競馬は怖いです。ダービーは教えてくれました。

「完璧に乗っても勝てないことがあるのが競馬」

 レースは生き物。勝負は時の運。で、今見返すと、渡辺ジョッキーの強い気持ちと覚悟が、それを引き寄せたように思えます。もともと引っかかるところもある馬ですから、正直、スタートで後手を踏んだ時は、もっとゆっくり構えて、後ろから外々を回してロングスパートをかける手もあったはずです。でも、「とにかく前で」「前で勝負する」という強い気持ちがあった渡辺ジョッキーは、しっかり馬を促して4番手を確保しました。馬を信じ、シンプルに「2頭より前で」を実践したところ、「内で包まれそうにはなったのに結果的には最高のポジショニングだった」ということが起こったのです。さあ、勝利の女神に微笑まれ、馬の影を長く伸ばす西日に照らされ、金色の馬体が疾走していきます。

「いけっ!」

「渡辺!」

「粘れ!」

「しのげ!」

「男になれ!」

 オペラオーの猛追をしのぎきった栄光のゴールに競馬場は祝福の声であふれました。

「おめでとう~」

「わななべ~」

「くにひこ~」

 そして、言葉少なく、真面目でひたむきな青年が見せた照れくさそうなガッツポーズに再びの〝父親目線〟。

「よくやった~」

「良かったよ~」

「がんばったもんな~」

「俺もうれしいぞ~」

 部活や受験をがんばっていた息子が初めて結果を残したような、成長を見届けたような、そんな気持ちにさせる名コンビ。そのGⅠタイトルが、古馬になってどんどん強くなるのがお決まりの「菊花賞」だったことを考えると前途洋々に見えました。どの〝父親〟も、この若い人馬が上っていく大人への階段が、まさかあんなに険しいものになるとは、微塵も思わなかったでしょう。

大人ロード

 菊花賞馬となったトップロードは年末の有馬記念に挑戦します。

 いや~、何度見ても錚々たるメンバーです。前年の有馬記念を制したグラスワンダーが2・8倍の1番人気。前年のダービー馬で、この年、天皇賞春秋制覇に加え、ジャパンカップも勝っていたスペシャルウィークが3・0倍で続きます。他にも個性的な実力派がズラリなのですが、トップロードは有力馬の一頭に数えられていました。前年の天皇賞・春を勝っているメジロブライトの6・5倍に次ぐ、6・8倍の4番人気。5番人気のオペラオーが12・0倍でしたから、「クラシック組ではトップロード!」と評価されていたのが分かります。レースでも菊花賞のように果敢に先行し、絶好の2番手追走に映りました。しかし、1枠1番だったため、馬場が悪くなってきていた内側を走らされたこと、そもそも力が必要なこの時期の中山の芝が合わなかったことで、最後は伸びを欠きます。結果は7着。

 ただ、敗因は明確でしたし、年が明け、良馬場で迎えた京都記念で、トップロードは順調に古馬としてのスタートを切ります。斤量が1キロ軽かったオペラオーにクビ差競り負けた2着とはいえ、先輩ホースにはしっかり先着したのです。

 記事ではレース後に、オペラオー陣営が「同斤量だったら負けていたかも…」とトップロードの強さを認める発言をしていることが書かれていました。で、続く阪神大賞典では実際、2頭は同斤量で出てきます。

 印的にも互角ですよね? しかし、ここでトップロードはオペラオーに2馬身半差をつけられます。2キロ軽い同級生のラスカルスズカにも競り負けた3着。ただ、翌日の本紙の記事はこんな具合です。

 雨が降ったことで、馬場適性の差が大きく出てしまっただけ。天皇賞では逆転も可能だとう論調でした。確かに、オペラオーは重くて力が必要な馬場が上手で、トップロードが下手なのは既にみんなが知っていました。だから、「いくら何でも負けすぎじゃ…」「オペラオーの本格化っぷりがハンパじゃない」と思いつつも、トップロードファンはまだ全然、あきらめていませんでした。しかも、大目標である天皇賞・春は、菊花賞を勝った京都競馬場が舞台です。

「あの走りができれば…」

「先行して押し切るあのスタイルができれば逆転できる」

「あの乗り方だぞ」

「分かってるよな」

 はい、渡辺ジョッキーも当然、分かっていました。しかし、それはオペラオーの和田ジョッキーも分かっていたことでした。絶好の良馬場、絶好の2番手でレースを進めるライバルを放っておくほど、甘い騎手ではありません。坂の下りでトップロードが動き出すと、ぴったりとついていき、4角先頭で粘り込もうとさせる前に、かわしていきます。トップロードも伸びてはいるんです。でも、かわされた差をかわし返す決め手は持っていません。追いすがるものの追い付けず、最後は後ろからきたラスカルスズカにもかわされてしまいました。

 対オペラオー3連敗――。

 厳しい現実に、そろそろファンも勘づきはじめました。

「成長度で負けているんじゃ…」

 でも、まだ信じたくない。アドマイヤベガは戦線離脱していましたが、「3強」と呼ばれた同世代なんです。菊花賞では勝っているんです。

「あきらめない」

「渡辺、俺たちはあきらめないぞ」

「だから前を向け!」

 言われなくっても陣営はあきらめていませんでしたし、前を向いていました。成長度に差があるなら成長を促せばいいと、天皇賞後にしっかりと休みを取らせます。競走生活で初めての完全休養--リフレッシュされたトップロードは秋になり、京都大賞典で始動します。

 そこにはまたオペラオー。しかし、宝塚記念を使い、さらに秋の古馬王道3連戦を控えていた世紀末覇王は、いかにも〝叩き台〟という仕上げでした。だから、オペラオーの単勝1・8倍に対し、トップロードも2・6倍。春の天皇賞時の1・7倍対3・5倍より差が縮まっています。幸い、馬場もいい。

「ここで一矢報いて」

「主役を奪い返せ!」

 ファンも力が入りました。結果は…

 残酷なまでに、きっちりとかわされたアタマ差。仕上げに差があったことを考えれば、完全に力負けに見えました。

「ダメか…」

「やはり成長度が違うのか…」

 下を向くファン。そろそろオペラオーに負け続けるのを見るのはしんどく、苦しくなってきていたのです。お伝えしていよるように、トップロードと渡辺ジョッキーは、自分たちの子供のようでした。だからこそ、父親としては苦しかった。がんばってがんばって、全力を出し切っているのにライバルにかなわない様子を見るのは正直、しんどい。だから思いました、「無理しないでも…」と。次は天皇賞・秋です。

「ダービーでオペラオーを負かした東京競馬場だけど…」

「去年とは違うから…」

「やっぱり厳しいよな…」

 あきらめ半分でレースの週を迎えたファン。しかし、曜日を追うごとに、丸まっていた背中が伸びていきました。水曜日、絶好の追い切りを消化したトップロード陣営からこんなコメントが出ます。

「今回の条件は馬にマッチしているから完全燃焼できれば面白い」

 レース前日にはこれ。

「本質的にはベスト距離」

「(2枠3番という)最高の枠を引いたよ。逆にテイエムは外枠(7枠13番)でしょ? ウチのにも運が向いてきたかな」

「渡辺には、『能力を出し切れば負かせる』くらいの気持ちで乗ってほしいね」

 このファイティングポーズに心が動かされた人は多かったはずです。あれだけ「前を向け」と渡辺ジョッキーに言っていたファンが、今度は陣営から逆に「前を向け」と言われているようでした。

 エールの交換――

 叱咤のキャッチボール――

 競馬にはこんな要素もあるんですね。で、再び火がついたファンに、東京競馬場の2000メートルは絶好の舞台にしか見えなくなりました。ほんの少しだけ決め手不足ですが、長くいい脚を使えるトップロードに、これほど適した舞台はないのです。だから買いました。馬券を買いまくりました。完敗の4連敗を喫していたのに、オペラオー2・4倍、メイショウドトウ4・4倍に次ぐ、負けてたまるかの4・9倍。

「あきらめない」

「俺たちもあきらめない」

「頼むぞ…」

「頼むぞ、渡辺」

 しかし、競馬の神様は意地悪でした。

 雨――。

「なんで…」

「どうして今日に限って雨なんだ!」

 行きっぷりの悪いトップロードが見せ場もなく5着に終わったのを見て、ぶつけどころのない怒りと悔しさに拳を握りしめたファン。さすがに下を向く人がいた一方で、再び自らを奮い立たせる人もいました。

「ジャパンカップがあるじゃないか」

「ダービーと同距離、同舞台」

「もう一度…」

「もう一度…」

 もちろん、陣営もそのつもりでした。しかし、今度は雨ではなく、ルールがトップロードの前に立ちはだかります。過去1年間の重賞実績を重視する新選定基準により、まさかの除外になってしまうのです。

「ウソだろ…」

「なんで…」

「どうして今年からそんな基準が!」

 ルールはルールですから仕方がないのですが、やり切れません。そして、同じくやり切れなかったであろうトップロードは仕方なく、12月頭の「ステイヤーズステークス」に出てきます。単勝は1・3倍。当然です。菊花賞馬が出てくるようなレースではないのです。

「横綱相撲で圧勝してくれ」

「せめてうっぷんを晴らして…」

「再スタートを!」

 が、トップロードは馬券圏外を外す、よもやの4着――。これにはほとんどのファンがガックリきました。ただでさえ、天と地ほど離れてしまったオペラオーとの立場の差を痛感していたのに、馬場状態とか、ルールとか、そんな言い訳すらできない結果に、誰が前を向けるでしょう。

「もうダメだ…」

 悔しさを通り越したあきらめ。そして、中にはこんな声を上げるいました。

「渡辺も…」

「どうにかできなかったのか…」

 確かに、天皇賞・秋は後手後手の競馬で、馬群もさばけていません。実際は馬場に脚を取られていたのですが、思い込んでしまった人間の脳みそは困ったものです。

「もっと他に乗り方がなかったのか」

「ステイヤーズステークスだってもっと強気にいっても良かった」

「トップロードを勝たせてやれよ」

 憎いわけじゃないんです。言いたいだけなんです。昨年から報じられていた沖調教師と渡辺騎手の固い絆、強固な師弟関係を知っていたから、これからも渡辺ジョッキーが乗ると分かっているからこそ、また、父親的な目で見守っていたからこそ、言いたくなるのでした。それだけあの人馬を子供のように思っている人が多かった、それぐらい人気のあるコンビだったのですが、ステイヤーズステークスからおよそ10日後、衝撃のニュースが飛び込んできます。

 乗り替わりでした。

真相

 発表された新パートナーは、グラスワンダーで有馬記念を連覇するなど、中山競馬場を熟知した関東の名手・的場均ジョッキーでした。

「え…」

「でも…」

「渡辺は…」

 あれほど複雑な感情を私は知りません。渡辺への厳しい言葉を口にしていたファンも、なぜか浮かない顔をしていました。レースに勝つには、オペラオーに一矢報いるには、これ以上のパートナーはありません。でも、消化できなかった。どうしても受け入れることができなかった人が少なからずいたことを、競馬記者ではなく、単なる競馬ファンとして毎週、競馬場やウインズに通っていた私は書いておく必要がある…そう思って、今、キーボードを叩きました。一方で、純粋な馬券好きや、オペラオーが強すぎるため古馬王道路線への興味を失いつつあったファンには好奇心を刺激する格好のネタになりました。メディアもその雰囲気を察知します。これは有馬記念ウイークの月曜日に行われた有馬フェスティバルをリポートした本紙の紙面です。

 まず、乗り替わりについては2週間ほど前から噂されていたそうで、トレセン内で次のような様々な憶測が流れたことが書かれています。

「ステイヤーズS(4着)に関しては渡辺のミスじゃないと思うけどね。でも武豊で復活なんてドラマかも」

「いや、四位が乗るって聞いたよ。四位なら、もう少し大胆な競馬をすると思う」

 渡辺騎手の乗り方は教科書通りで決して間違ってはいません。でも、〝それ以上〟がないと復活はできない。だからこその乗り替わりなのが伝わってくる声でもありますが、最終的に的場ジョッキーになったことで、関東の上位騎手で、この有馬記念でキングヘイローに乗ることになっていた柴田善臣ジョッキーはこんな話をしていたともあります。

「うっそぉ~、的場さんなの? ズルいよ、それ」

「ナリタは終わっちゃいない」

「どの馬でも勝手に選んでいいって話ならナリタに乗りたかったね」

「乗り方によってはテイエムとそんなに差はない」

 そう、騎手から見てもトップロードの能力は魅力的なのです。記事は的場騎手のコメントで締められています。

「せっかくもらったチャンスだし気合が入るよ。先週の稽古に乗った感じでは背中の力が少し弱い。だから道悪はダメだろうけど、中山の2500メートルというのはまぎれがあるからね。うまく立ち回れば…」

 最後に飲み込んだ言葉が「何とかなるかもしれない」だということは誰の目にも明らか。これは不気味でした。トップロードファンじゃなくても買いたくなりました。何せ、的場ジョッキーは、かつてライスシャワーの主戦として、ミホノブルボンメジロマックィーンという大本命馬をマークして負かしてきた人です。この年全勝の、単勝1倍台が予想される大本命オペラオーに挑むには最高の人選に映りました。

 印はそこまでついていませんが、トップロードは、単勝1・7倍のオペラオー、6・8倍のメイショウドトウに次ぐ、7・6倍の3番人気。私の周囲にも、今までトップロードを評価していなかったのに「この有馬記念に限っては買いたい」という人がたくさんいました。それぐらい的場騎手への乗り替わりを好意的にとらえた馬券好きが多かったのでしょうが、トップロードファンはやはり複雑でした。馬のためを思えば、勝利が一番の喜びかもしれません。でも、何かが違う。だから、3コーナーで外からグーンと上がっていくトップロードを見ても、「おおお!」とはなりませんでした。4コーナーを回って先頭に立つものの、直線で伸びあぐねる姿を見たとき、陣営と馬には心の底から申し訳ありませんが、少しホッとした自分もいました。謝ります。本当にごめんなさい。けど、やっぱり私たちが応援していたのは渡辺薫彦が乗るトップロードなのです。

 レース後の的場騎手のコメントを見て、ここでもホッとした自分がいました。

「荒れた馬場が合っていなかった。直線に入った時には手ごたえがなくなっていた」

 乗り方云々じゃない。渡辺が悪かったんじゃない…。そう思ってホッとしたのです。だから、モヤモヤしつつも、何とか前を向きました。乗り替わりなんて当たり前の世界です。今も昔も、若手騎手が乗って勝った馬が、次のレースでリーディング上位ジョッキー、今なら外国人ジョッキーに替わっているのなんてよくあることです。

「そうだよな」

「勝利を目指すのが競馬」

「仕方ないか」

 父親のような目線で渡辺ジョッキーを見ていた人、人馬セットで応援していた人からすると、どこか寂しい世紀末。「これが競馬なんだよな」という思いを胸に、21世紀を迎えました。トップロードの初戦は2月の京都記念。背中には的場騎手。1番人気です。でも、差し届かず3着。悔しさもなく結果を受け入れる自分にもう一度「これが競馬なんだよ…」とつぶやいた我々は、あのとき少しだけ競馬に失望していたのかもしれません。しかし、人と馬がともに生み出す世界的スポーツはそんなやわなものじゃありませんでした。調教師になるため、その2月で引退した的場騎手に替わり、誰が乗るのかと思っていたトップロードの鞍上に、予想外の男が指名されたのです。

「え?」

「え?」

「え?」

 考えられませんでした。降ろされたはずの、きつい言い方をすればクビになったはずのジョッキーが戻ってくることは、ほとんどありません。なのに、なのに…。

「渡辺…」

「渡辺!」

「渡辺だ!」

「トップロードの背中に渡辺が帰ってきた!」

 うれしかった。また、あのコンビが見られる。あの人馬を応援できるのです。

「こんなことがあるのか」

「競馬はすごい」

「沖調教師は偉い!」

 ただ、一抹の不安もありました。トップロードの成長力に疑問符がつくからこそ、オペラオーにはもうかなわないからこそ、勝利ではなく馬と人との絆や師弟関係を優先したのではないか、と。さらに「まさか1回だけの思い出づくりじゃないよな」とも。そして、そこまで勘繰った自分を、私は阪神大賞典の最後の直線で猛烈に恥じました。絶好の手ごたえで4コーナーを回り、早々に先頭に立ったトップロードがグングングングン後続を引き離していったのです。

「渡辺…」

「渡辺!」

「渡辺!!!!」

 ぶっちぎりでした。2着に8馬身差。タイムは3000メートルの世界レコード。

「やっぱりこのコンビだ」

「トップロードの復活だ!」

 あれだけヘコんでいたのに、ウィナーズサークルで涙ぐむ渡辺ジョッキーを見て、父親目線も堂々と復活しました(笑)。

「わたなべ~」

「それでいいんだ」

「よく帰ってきた!」

「大きくなったな~」

 いやいや、別に大きくなったわけではないのですが、笑みが止まりませんでした。そして後に、私は自分の勤める新聞で、沖調教師がトレーナー生活を振り返る連載を読み、涙が止まらなくなります。講談師の旭堂南鷹さん(本紙競馬予想でもおなじみ。この方の競馬講談は素晴らしいです)が聞き役で、あのときのことが明かされていました。何と、ファンから非情采配だと批判もあった有馬記念の乗り替わりの真実は逆だったというのです。引用します。

「暮れの荒れた中山の馬場はトップロードに合わない。負ければ渡辺の株が下がる恐れもありますから。もちろん、的場君が勝ってくれても渡辺の株は下がります。ただ的場君は調教師試験に受かっていたからね」
 来春には調教師になる人だ。となれば、もし勝ったとしても渡辺に戻せる。沖の算段だった。
「だから余計に、翌年の阪神大賞典(2001年)はうれしかったね」

 そうだったのか!でした。まず、今後の騎手人生を考え、弟子の評価をあれ以上落とさないための乗り替わりだったのです。そして的場騎手以外、それこそ武豊ジョッキーや四位ジョッキーといった現役のトップジョッキーに頼んでいたら、もう渡辺ジョッキーには戻せないから、引退することが決まっている的場騎手だったのです! いやはや、何という師弟愛でしょうか。中山競馬場を知り尽くしているからとか、大本命をマークできるからとか、そういうことじゃない。渡辺ジョッキーに戻したいから的場ジョッキーだったのです!

「ありがとうございました」

 思わずつぶやいた2019年の私を、もう一度2001年に戻します。そんな裏話なんてつゆ知らず、「競馬って最高だ」「沖調教師も最高だ」「OKした馬主さんも最高だ」「渡辺ジョッキーも、もちろんトップロードも最高だ!」とテンションが上がっていたトップロードファンはなぜか腕をぶしました(お前がぶしてどうする)。

「とことん追いかけてやる」

「どこまでも応援してやるぞ!」

 もう一度、頂きへ!

「渡辺!」

「やってやれ!」

せめて一矢

 今までにない圧勝は、トップロードの変化を感じさせました。これは阪神大賞典後の記事。

 渡辺ジョッキーはこうコメントしています。

「またがった感じが去年の秋以降とは違うと思ったんです」

 しかも、

「まだ良くなる余地があります」

 その通りに、トップロードは調子を上げていきました。天皇賞・春ウイーク、今度は沖調教師が並々ならぬ覚悟を語ります。

「昨年と同じで、これで秋まで休養に入ります。ですから、なんとかいい結果を出したいですね」

 後のことは考えない。メイチの仕上げだということです。加えて、王者にはつけ入るスキがあるようにも見えました。年明け初戦の大阪杯で4着に敗れ、連勝が止まっていたのです。

 無敵を誇った昨年、◎ばかりが並んでいたオペラオーとは様子が違います。勢いが止まったのなら、2着を続けていたメイショウドトウの逆転もある。いやいや、復活したトップロードだって!というわけで単勝オッズはオペラオー2・0倍で、ドトウが6・5倍。トップロードは…。

 3・4倍!

 2番人気!

 めちゃくちゃ期待されていました。

「流れは変わっている」

「今度こそ…」

「今度こそ!」

2001年4月29日

京都競馬場は…

雨!

OH MY GOD!

 馬場に脚を取られたトップロードは残り200メートルで力尽きました。オペラオーにかわされ、最後の最後にドトウにも差される3着は、まるで昨年のリプレーのよう。

「なんで…」

「どうして今日に限って!」

 昨年の秋と似たような言葉を漏らすファン。しかし、昨年とは違い、すぐに前を向きました。もはや、一緒に戦っているような気分で闘志を燃やしたのです。

「馬は良くなっている」

「昨年より調子もいい」

「秋にもう一度!」

 10月の京都大賞典の前に、沖調教師はこう話していました。

「夏を越して馬が成長した」

 ファンはこう解釈しました。

「オペラオーより成長のタイミングが1年遅かっただけなんじゃ…」

「ということは逆転も」

 印は互角。宝塚記念でドトウに敗れていたオペラオーが1・4倍。トップロードは2・4倍。3番人気のステイゴールドは10・8倍でしたから、一騎打ち濃厚でした。頭数も少なく、マッチレースになることも考えられたため、ファンはいきり立ちました。

「GⅠじゃなくてもいい」

「GⅡでもいいからオペラオーに一矢報いてくれ」

「渡辺!」

「頼んだぞ!」

 ファンの声が届いていたのか、2番手のオペラオーをすぐ後ろでマークする渡辺ジョッキー。3コーナーを過ぎて、オペラオーを閉じ込めながらその外を交わしていったときの京都競馬場の大歓声はすさまじかった。それだけいたんです、トップロードの「一矢」を見たい人が。目の前ではそれが現実味を帯び始めていました。オペラオーより先に仕掛け、4角で先頭に並ぶトップロード。手ごたえも絶好です。

「渡辺」

「いけ!」

 内からステイゴールド、オペラオーは外へ。

「渡辺!」

「負けるな!」

 期待を込めたエール。しかし、先に仕掛けたとはいえ、すぐに他2頭もついてきたため、リードを持って直線に向いたわけではありません。レースは3頭の叩き合いになりました。こうなると、トップロードの決め手不足があらわになります。伸びている。バテてもいない。でも、速い脚がないから、まず、ステイゴールドに前に出られました。食い下がってはいます。でも、追いつけない。

「渡辺!」

 食い下がる

「渡辺!」

 そのうちに外からオペラオー。

「ダメか…」

 苦しくなるトップロードの前で、オペラオーがステイゴールドに迫っていきます。負けじと、内のステイゴールドに猛ムチが飛びました。こちらもファンが多い馬です。競馬場のいたるところから声、声、声。

「負けるな!」

「負けるな!」

「負けるな!」

 そのときです。叩き合いから遅れ、盛り上がりからやや取り残されたトップロードのファンが声を出すのをやめた残り100メートルで事件は起きました。抜かせまいとしたステイゴールドがオペラオーの方に寄っていった瞬間、その後ろ脚と、トップロードの前脚が交錯してしまったのです。止めていた声が出ます。

「あっ!」

「渡辺!」

 つまずくようにガクンと頭を下げたトップロード。でんぐり返しをするように宙を舞う渡辺ジョッキー。

「落ちた…」

「落馬だ!」

 あの日のゴール映像を思い出せないトップロードファンもいるかと思います。覚えているのは、レース後、競馬場のモニターに映ったターフに横たわる渡辺ジョッキーの姿と、主を失った馬が向こう正面に走っていく姿。人馬とも無事だったから良かったものの、最悪のケースを想定したファンの中には泣いている人もいました。大きすぎた。ショックが大きすぎたんです。ただでさえ、完璧なレース運びの先にあった競り負けに絶望していたのに、追い打ちをかけるようなアクシデント…私はあの日、どうやって家に帰ったか覚えていません。

「なんで…」

「どうして…」

 これは娯楽か、それとも修行か。

 トップロードと渡辺薫彦とファン

 その物語はまだ終わりません。

子離れ

 奇跡的に無事だったトップロードは天皇賞・秋こそ大事を取って回避したものの、ジャパンカップには出てきました。昨年、新ルールで出ることができず、悔しい思いをしたレースです。ただ、ファンは少しだけ、熱を失っていました。

「大丈夫かな」

「無理してなければいいけど」

 追い切り速報には沖調教師の慎重なコメントが載っていました。

「動きは好調時と変わらない。あとは精神的な面が…」

 そう、それはファンも心配していた落馬の精神的後遺症

「まずは無事に」

「無事にレースを…」

 そんな中で、大外から追い込んできたトップロードにどれだけ勇気づけられたでしょう。1、2着には離されましたが、過去最低の5番目まで落とした人気に反発するような3着

「トップロード…」

「偉いよ」

「君は本当に偉い」

 有馬記念にも出てきました。思い出してください。この時期の力のいる中山競馬場の芝は、トップロードの力を奪います。苦手なのは明らか。それでもファンはトップロードを4番人気にしました。渡辺ジョッキーは、そんな期待にこたえようと、馬に負担をかけないよう、なるべく馬場のいい外目を選んだのかもしれません。結果的に、超スローペースでコーナーのたびにロスを強いる最悪の展開で10着に敗れます。そしてこのレースで一つの時代が終わりました。

 テイエムオペラオー、引退――。

 これはトップロードとファンにとって、大きな出来事でした。何度も何度も挑んだ相手。古馬になって一度も先着することができなかった目の上のタンコブ。世紀末覇王に一矢報いるチャンスはもう、ないのです。

「潮時か…」

 トップロードもターフを去るような気がしました。年齢的に上がり目もありません。

「潮時かもな…」

 下を向いたファン。覚悟をしていたファン。年が明けました。何も発表はありません。2月。京都記念。

 彼らの名前と斤量の「60キロ」を見たファンは気が気じゃなかったはずです。

「まだ頑張るのか」

「その年で」

「そんな酷量で…」

 大きくなっても子供は子供。馬がベテランの域に達しても、ファンの視線は親。子供を心配する親でした。

「無理するなよ」

「渡辺、無理はさせるなよ」

 昨年のジャパンカップ。落馬後のレースと似たような気持ちで見守ったファンの前で、トップロードは先頭をうかがうように直線に向きました。並んできたマチカネキンノホシという馬との叩き合い。苦手な叩き合い。やはり前に出られてしまいます。でも、いつものようにトップロードが食い下がっていました。今までと何ら変わりません。今日も必死に、ただただ必死に食い下がり、食い下がり、差し返しそうとしている栗色の勇者。その姿に「無理するなよ…」という言葉をかけようとして、自分たちが勝手に悲劇的なストーリーを作ろうとしていたことに、ファンは気づきました。この言葉で合っているか分かりませんが、さわやかなスポーツマンというか、トップロードの走りに悲壮感がまるでなかったのです。応援にこたえたい! 勝ちたい! ただただ前を向き、闘志あふれる瞳で走る姿に、下を向いていたファンはその頭を上げました。

 俺は何をやってるんだ…

 俺たちがあきらめて…

 俺たちが応援しないでどうするんだ。

「渡辺!」

「渡辺!」

「渡辺!!」

 気が付けば声が出ていました。年齢なんて、60キロなんて関係ない。オペラオーがいなくたって関係ない。再び立ち上がったトップロードに、気が付けばエールを送っている自分がいました。そして、負けるものかと差し返し、ねじふせたその姿に、ファンは謝りつつ、再び立ち上がりました。

「悪かった」

「信じられずに悪かった」

「戦おう」

「もう一度!」

「もう一度、一緒に!」

 いつの間にか大きくなった息子は、もう大人でした。力強く相手を差し返す、強き心を持った大人。このレースを機に子離れを決意した親もいたはずです。それは別れではありません。親子ではなく、同志に、友になったのです。見守るのではない。ともに戦う。「そうだよな?」という問いに、トップロードからの「そうだとも!」という返事は、続く阪神大賞典。

 完勝でした。59キロを背負い、昨年のダービーとジャパンカップを制したジャングルポケットを完封したのです。

「終わっちゃいない」

「トップロードは終わっちゃいない」

「今度こそ」

「今度こそ」

「3度目の正直だ!」

何度でも

 3度目の、3年連続の天皇賞・春。ライバルは順調に春を迎えた4歳馬でした。前年の菊花賞と有馬記念を制したマンハッタンカフェと、阪神大賞典をひと叩きして調子を上げてきたジャングルポケット。年齢を考えれば、1、2番人気はその2頭になるのが普通なのに、前者が2番人気、後者が3番人気でした。そう、何度も何度も立ちがってきた勇者に、ファンは1番人気をプレゼントしたのです。調子は絶好。あとは、あとは…そう、ここまでお読みくださった皆さんはもうお気づきですよね? トップロードの天敵。好走へのラストピース。

 馬場は?

 天気は?

 2002年4月28日

 京都競馬場は…

 曇り!

 良馬場!

 神よ!

 ありがとう!

 だから悔いはありません。絶好の5番手から、4コーナーで4番手の外に上がって先頭をうかがおうとした瞬間、マンハッタンカフェに内から先に抜け出され、必死に追ったトップロードが追い付けなかったとしても悔いはない。

 追いすがって

 追いすがって

 追い付けず

 最後に差されて3着という、喜劇としか思えない3年連続のリプレー映像を見せられても、ファンは決して下は向きませんでした。

「わたなべ~」

「またダメだったか~」

 トップロードと歩んでいると、スポーツマンシップが備わるのでしょうか。相手が強かったんだ。ライバルも頑張った。成長した後輩にも拍手! そんな気持ちにもなっていたから不思議です。

「もう一度だな」

「もう一度一緒に」

「何度でも!」

 もう、前しか向きません。春がダメなら秋に頑張ればいい。渡辺ジョッキーがケガをして乗れなくなっても、ファンは下を向きませんでした。「渡辺じゃないから応援しない」なんてことも言いません。

「四位ジョッキー?」

「最高じゃないか!」

 始動戦は昨年落馬した京都大賞典。

 完勝でした。天皇賞・秋へ向けて上々すぎる滑り出し。だけど、だけど、知っています。知っていました。昔だったらこう言っていたでしょう。

「なんで…」

「どうして今年に限って」

 そう、聞いて驚いてください。長くいい脚を使うトップロードに最も向いているであろう東京競馬場。天皇賞・秋とジャパンカップが行われる東京競馬場が、なんと、なんと…。

 改修中!

「じゃ、どこでやるの?」と思いますよね。はい、答えは…

 中山競馬場!

 トップロードの苦手な中山だったんです!

「なんで…」

「どうして今年に限って」

 何度も言いますが、1年前だったら絶対にこう嘆いていたはずです。でも、ともに強くなったファンとトップロードは前を向いて、中山競馬場に向かいました。先ほど言った通り、メンバーは正直、強くありません。朗報もありました。例年以上に使用するため、中山競馬場の芝は絶好の状態を保っていたのです。有馬記念のときのような冬の、力が必要な状態とはほど遠い、トップロードにそれほど不利にならないような馬場…だからこそ、印も集まりました。

 主役不在のまれにみる大混戦の中、5・1倍の2番人気に支持されたトップロード。さあ、皆さん、一緒に天気を確認しましょう。

 2002年10月27日

 中山競馬場は…

 晴れ!

 良馬場!

 神よ!

 いや、OH MY GOD!

 なんと前日が雨でした。

 良馬場なのに走るとジュクジュク音がするような状態。そんな馬場の中で一番その状態が悪いのが最内。トップロードの枠番は…

 1枠1番――

 スタート直後、押しても押してもトップロードが進んでいかなかったのはそれが理由でした。枠順が出た後、四位騎手と沖調教師は「内枠からいったん下げて外に持ち出すロスは避けよう」「ハナに行くつもりで好位の内を確保しよう」と作戦を練っていたそうで、実際、ジョッキーもそうしようとトップロードを促しました。なのに、脚を取られてしまったのです。あそこの馬場さえ良かったら、前日に雨さえ降らなければ…。

 中団やや後ろでじっと体力を温存し、4コーナーではしっかり外に出して追い込んできたトップロードと、ロスなく回ったシンボリクリスエスとの着差はたった4分の3馬身。3年ぶりのGⅠ制覇を、ほんのわずかな差で逃したのですから、さすがのファンもタラレバを言いたくなりました(苦笑)。

 これはレース後、悔しさをかみ殺しながらトップロードの脚元をチェックする沖調教師。記者は聞いたそうです。「仮に外目の枠だったら?」と。すると、さすがの人格者も「勝ってたかもしれないな」と口にして、しかし、すぐこう付け加えたとか。

「ただ、競馬でタラレバを言っても仕方ない」

 そうタラレバは勝者に失礼だというのを、沖調教師は分かっていたのです。また、かすかに光明もありました。中山の芝状態は、なんとかトップロードがこなせるぐらいでガマンできていたのです。あまりに馬場が悪ければ、そして天皇賞で結果が出なければ、ジャパンカップはやめて12月は香港の大レースに出走するプランもあったそうですが、予定通り、トップロードは再び中山にやってきます。

 それほど実績のある外国馬は来日していませんでしたからトップロードは3・9倍の2番人気。1番人気のシンボリクリスエスが3・4倍で、3番人気のジャングルポケットが4・2倍ですから、三つ巴の構図でした。沖調教師のコメントにも力が入ります。

「もうひとつGⅠを勝たせてやりたい」

「今度は希望通りの外枠を引いてスムーズに競馬を運べそう」

「仕上がりも後半戦では一番」

「距離の延長も望むところ」

 言葉にはしていませんでしたが、「これがラストチャンス」という雰囲気も漂っていました。馬場は週を追うごとに悪くなっています。間もなく師走。良馬場でも、例年、脚を取られる重く、力が必要な馬場は間近です。ファンは願いました。良馬場で。なんとか良馬場で!

 11月24日

 中山競馬場は…

 曇り!

 良馬場!

 でも、トップロードは勝てませんでした。前走後ろから届かなかったので、今度は外から位置を取りに行って1コーナーは4番手。強気にいったのですが、どうしてもコーナーコーナーで、ドタバタしていました。「そうか、中山が苦手なのは馬場だけじゃないんだな」とファンが気付いたときは、もう手遅れ。大跳びで、器用さがないので、小回りコースだと、カーブがスムーズじゃないのです。後方でじっとしていれば別ですが、攻めの騎乗で先行馬についていってしまうと、カーブのたびに、置いていかれそうになる。チョコチョコ走る馬ならなんなくついていけるペースでも、カーブでの加速が下手なので、ついていこうとすると、余計な体力を消耗してしまうのです。しかも、東京や阪神、京都と違い、小回りで直線が短い中山競馬場は、勝負どころで一気にペースが上がる傾向があります。この突然のギアチェンジが、大跳びの馬は苦手なのでした。3~4コーナーでついていけなくなったトップロードはまさかの10着に大敗します。

「ダメだ」

「中山のGⅠは勝てない」

 さすがのファンも気づきました。

「もう一度」

「もう一度」

「でも、有馬に出るとしても…」

「中山か…」

 沖調教師は週明け、こんなコメントを出しました。

「オーナーと相談して有馬記念の出否と引退への道を決めたい」

 そう、年齢的にさすがにもう引退です。だから余計に慎重になっていたんだと思います。過去2年、大敗している有馬に出るべきなのか。無様な姿をもう一度さらす可能性もあるのですから、ここで引退する選択肢もありそうでした。

「どうするんだろう」

「トップロードは出るのだろうか」

「無理を承知で走るのか」

「それとも引き際は潔く…」

「あきらめるのか…」

 しばらくして、もたらされたニュースはこうでした。

 有馬記念で引退――

 沖調教師の背中を押したのはファン投票の結果だったといいます。そう、有馬記念はファンが出走させたい馬に投票をすることができます。走らせたい馬を選ぶことができます。だからこそ人は有馬をドリームレースと呼び、自らの夢を馬に預けるのですが、では、あのときのファン投票で、この年、1度もGⅠを勝っていなかったトップロードが何位だったかというと…。

 1位だったのです。もう一度言います。この年、1度もGⅠを勝っていないのに! ファンを大切にする馬主さんと沖調教師らしい決断に、投票した人々は頭を垂れました。

「ありがとうございます」

「応援します」

「今までで一番のエールを送ります」

 無理はしてほしくないと心の中で願いながらも、やっぱりうれしかったです。カッコ良く言えば、最後にトップロードにありがとうを伝える場を与えてくれたことに感謝…といったところ。いやいや、もちろんそれもありますが、違いました。レースに出るのがうれしかった。

 悪い条件だからあきらめる…

 チャレンジせずに引退する…

 そんなのトップロードじゃありません。私たちが応援してきたのは…

 どんなときも

 どんな相手でも

 どんな競馬場でも

 どんな天気でも

 どんな馬場でも

 走り続けるトップロードでした。

 負けても

 負けても

 何度でも

 何度でも

 何度でも立ち上がる

 トップロードでした。

 今、「何度でも」と書いて、私の中にはドリカムの同名曲が流れています。吉田美和さんはこんなふうに歌っていました。10000回ダメでも10001回目は何か変わるかもしれない。明日がその10001回目かもしれない、と。

 いけ!

 トップロード!

 ともに戦おう!

 暮れの中山、力が必要な馬場を、4番人気に支持されたトップロードは絶好の3番手を進みました。3~4コーナー、逃げていく馬を1番人気馬が追いかけていきます。負けずについていく栗色の勇者。直線に向き、いつものように、長い脚で、大きなストライドで、苦手な馬場を前に前に、進んでいました。

 いつものように

 必死に

 歯を食いしばり

 いつものように

 伸びているのに

 バテもせず

 いつものように前には届かない

 でも、いつものように前を向いていました。

 何度でも

 何度負けても

 何度でも

 何度でも

 立ち上がった

 いつもいつも立ち上がった

 引退レース

 その背中にはいつもの青年

 ケガの癒えた

 渡辺薫彦ジョッキーでした。

 ありがとう。

 ありがとうございました。

 馬主さんへ、調教師さんへ、そして競馬というスポーツへ。私たちは心の底から感謝しながら叫びました。

「渡辺!」

「渡辺!!」

「渡辺!!!!!」

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ダンケシェン!
東スポnote
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