「ウマ娘」では天才!乗っていたのは元祖天才!!マヤノトップガンを「東スポ」で振り返る
「ウマ娘」では直感やひらめきで我々をワクワクさせてくれるマヤノトップガン。史実でもアッと驚く走りで競馬の魅力、面白さを教えてくれた名馬でしたが、重要な役割を果たしていたのが主戦の田原成貴ジョッキーです。そう、昨年から本紙「東スポ」に登場した元祖天才(だからウマ娘のトップガンも天才キャラなのでしょう)。GⅠ予想を披露するだけではなく、今年になってからは展開予想や直前予想、反省会を動画で配信し、大きな話題になっていますが、トップガンとのタッグをファンはどう見ていたのか。競馬記者としてではなく、一ファンとして競馬場やWINSに通っていた人間として、その〝空気感〟を令和にもってこようと思います。(文化部資料室・山崎正義)
マッハの天下取り
若駒特有のソエ(骨膜炎)が出るなど、脚元にやや不安があったマヤノトップガンは、3歳になった1月にデビューしたものの、当初は脚に優しいダートを走っていました。初勝利は3月末の4戦目で、次に勝ったのは5月28日、中京競馬馬の7戦目。その日、同期のトップホースたちはどこにいたかというと…。
そう、トップガンは、ダービーの日にダートでやっと2勝目を挙げた馬だったのです。続く8戦目で初めて芝に挑戦し、3着に入ると、7月9日には同じく芝で3勝目を挙げます。
「徐々に力もついてきた」
「芝適性もありそうだし」
「秋には大きなところも…」
陣営は夏は無理をさせず、じっくりと調整し、秋の菊花賞トライアルを目指します。出走したのは9月半ばの神戸新聞杯。
圧倒的な印を集めているのは、ダービー馬のタヤスツヨシ(単勝オッズ1・3倍)。トップガンは「どこまで通用するか」という5番人気(13・5倍)でしたが、先行し、もうひと息で勝利!という2着に入ります。ただ、スポットが当たったのは「ダービー馬の敗退(5着)」であり、正直、それほど目立っていません。で、前哨戦を連戦する昔ながらのローテーションを組んだトップガンは、そのダービー馬とともに1か月後の京都新聞杯を使います。
メンバーは小粒でしたから、ひと叩きで体調アップのタヤスツヨシに次ぐ2番人気(4・4倍)になります。レースは中団から追い込んで2着。
レース後、主戦の田原成貴ジョッキーはこうコメントしていました。
やや決め手不足を感じているような口ぶりから分かるように、記者やファンも〝勝ち切れないけど相手なりに頑張る馬〟といった印象を持ちました。インパクトは決して強いわけでもなく、続く本番、菊花賞の印も地味。
本紙では◎がありますが、どちらかというと◎はつけづらい立ち位置でした。
「上位にはくるだろうけど…」
「頭(1着)までは…」
といったところ。そんな中、トップガンはすんなりと先行し、4コーナーで先頭に立つとあっさり勝ち切ってしまいます。
タイムは菊花賞レコード。しかし、翌日の紙面はこうでした。
はい、見出しがまさに当時のファンの心境です。
「強さは本物か」
正直、ビミョーでした。陣営は「一戦ごとに力をつけている」とレース後に語っていましたが、この菊花賞はメンバーがかなり低調だったのです。ダービー馬タヤスツヨシは復調に手間取り、その他のクラシック組もパッとしませんでした。先ほどの馬柱を見て驚いた人もいるかもしれませんが、海外遠征帰りのオークス馬・ダンスパートナーが出走してきているのがその証拠で、「牝馬でも何とかなりそう」なぐらいなメンバーだったんですね。また、レコードタイムといっても、どんな馬でも好タイムが出るぐらい芝の状態がめちゃくちゃ良かったので高い評価は与えられません。なので続く有馬記念で、古馬と対戦することになったトップガンの印はこんな具合でした。
どこまで強いか分からないのに加え、少なからず菊花賞の反動があり、陣営がなかなか出走を決断しなかったことも記者の印を薄くさせた理由かもしれませんが、現実に、その陣営から威勢のいい声も出ていませんでした。レース前日の本紙に載った坂口正大調教師のこのコメントが、当時のトップガンの立ち位置を最もよく表しています。
単勝13倍の6番人気というのもまさに立ち位置通り。ぶっちゃけ、あまり目立っていませんでした。注目されていたのは牝馬ながらジャパンカップで2着に入っていた〝女傑〟ヒシアマゾンと、前年の三冠馬で、秋の復帰後、12着→6着とまさかの大敗を続けていたナリタブライアンの「復活なるか」。だから、レースでは誰もがブライアンの位置取りを気にしていました。中団の外で、なかなかの行きっぷり。3~4コーナーですーっと上がっていきます。4コーナーで2番手。スタート後、積極的にいく馬がいないのを見て逃げの手に出たトップガンの後ろに迫ったときの中山競馬場の歓声はすさまじいものがあったのですが、ブライアンの加速はここで終わってしまいました。
「ダメだ…」
「ブライアンはやっぱり厳しい」
「なら、アマゾンは?」
「後ろの馬は?」
誰もが自分の買った馬や他馬の様子を確認しているころ、シャドーロールの怪物に追いつかれることなく直線を向いたトップガンがどうなったかというと…。
後続を突き放していました。スローペース、マイペースで逃げたトップガンの脚色は中山の急坂でも全く衰えず、悠々と逃げ切ってしまったのです。
ゴール後、勝利ジョッキーが見せた投げキッスに、〝ブライアン復活ならず〟というファンのモヤモヤは少し晴れ、少しだけ納得しました。
「やられたね」
「田原の作戦勝ちだよ」
「こりゃ、仕方ないわ」
はい、それぐらい鮮やかすぎる逃げ切り、「してやったり」の逃げ切りでした。どうしても逃げたい!という馬がいない中、田原ジョッキーが主張したからこそのハナ(先頭)。トップガンは先行していたことは多かったですし、菊花賞も4コーナーでは押し出されて先頭に立ちましたが、レースの最初から逃げたことはありません。この大舞台、世界一馬券が売れる暮れのグランプリで、今までやったことのない戦法に出るのは相当の勇気がいるはず…。ただ、ファンはどこか納得していました。
「さすが田原」
「さすが天才」
そうです。デビュー2年目で関西リーディング、83、84年には全国リーディングを獲得した田原ジョッキーは、その卓越した技術はもちろん、時に常人では思いつかないようなひらめきや作戦でファンを驚かせる騎乗で知られていました。80年代後半はケガで苦しんだものの、90年代に入り、第二の全盛期が到来。その〝魅せる騎乗〟にはますます磨きがかかっており、2年前の有馬記念では1年ぶりの出走だったトウカイテイオーを奇跡の復活に導いていました。武豊ジョッキーが現れる前の「天才」と言えばまさにこの人で、だからこそ「元祖天才」とも呼ばれるのですが、そんな人だからこそ、このトップガンの思い切った逃げの手も、〝さもありなん〟だったわけです。翌日の紙面でも、やはりジョッキーにスポットが当たっています。
今振り返ってみると、トップガンも相当すごいです。ダービーが行われる5月にやっと2勝目を挙げた馬が、秋になってクラシック最後の一冠を制し、さらに有馬記念まで勝って、おまけに年度代表馬にも選ばれたのですから、成長力と、一気呵成の天下取りは驚異的でもあります。ただ、その力をハッキリと、しっかりと称賛しつつ、このnoteの役割、すなわち〝当時の空気感〟を令和に持ってくる使命を果たすとするならば、この当時、年度代表馬になったのに、トップガンに〝王者感〟は強くありませんでした。あまりにも鮮やかな田原ジョッキーの手綱さばきが目立ちすぎていたのと、もうひとつ、「あの馬が復活していないから」という〝暫定王者感〟があったのです。あの馬とは、そう、先ほど触れたナリタブライアン。
94年、三冠と有馬をぶっこ抜いた強さは圧倒的で、「史上最強」といわれました。トップガンが勝った有馬だって、ブライアンが全盛期の力を取り戻していたなら、あのまま追いつき、追い抜いていったのではないか…どうしてもその思いが頭から離れない。
だからこその暫定王者感――
ファンのこの空気、主人公にまでなっていない感じは陣営にも伝わっていたでしょう。だから、本当に強いことを示すために、トップガンは気合十分で年を越すのですが、「暫定」の文字を振り払う絶好の機会はいきなりやってきます。始動戦となった阪神大賞典に、ゆっくりゆっくり復調しつつあったシャドーロールの怪物が登録してきたのです。
君はあの阪神大賞典を見たか
「もう引退すべき」という声も上がる中での現役続行には賛否両論あり、だからこそブライアンが出る阪神大賞典は大きな注目を集めました。ブライアンのnoteでも紹介しましたが、前代未聞、土曜日施行のGⅡなのに、本紙は金曜の1面にしています。
全競馬ファンが待ち望む完全復活なるか…という内容で、トウカイテイオーの復活をレース前日に予言した本紙の渡辺薫記者が調教をチェックし、「今回はいける」と断言していました。印の付き具合は…
トップガンとブライアン、五分五分といったところ。とはいえ、やはり一度調子を崩した馬が完全に元に戻るのは簡単ではないことをファンも知っていたのでしょう。最終的にブライアンの単勝2・1倍をわずかにトップガンが上回ります(2・0倍)。そしてそして、1996年3月9日、あの3コーナーを迎えるのです。4番手にいたトップガンが一気に上がっていきました。正真正銘の王者に向かって、「今の競馬界の中心は俺だ」とばかり強気に先頭を奪ったその姿は、まさに「くるならこい」。そして、年度代表馬と元祖天才のこのメッセージが、シャドーロールの化け物とその背中にいた天才武豊ジョッキーの意地とプライドを刺激したことで、伝説のマッチレースが生まれます。
外から並んだブライアン
一歩も引かないトップガン
600メートル
時間にして約30秒
2頭は馬体を併せて走り続けました。
最後の最後、ハナだけ前に出たのはブライアン。競馬場で、ウインズで、テレビの前ですべてのファンが大興奮し、メディアも騒ぎました。
「復活だ!」
「強いブライアンが戻ってきた!」
田原とトップガンへはこんな声。
「さすが田原」
「助演男優賞!」
「怪物を目覚めさせてくれてありがとう」
3着以下を9馬身離したことで見方を改める人もいました。
「菊花賞も有馬もフロックじゃなかったんだ」
「田原マジックで勝ってきただけじゃなかったんだ」
「トップガンの実力は本物だ!」
一方で、陣営やトップガンファンの思いはいかばかりだったでしょう。菊花賞前からトップガンを追いかけ、有馬記念のゴール前で大騒ぎし、田原ジョッキーの投げキッスを真似するようになっていた(やや気持ち悪かったですが)私の友人は「なんだか複雑だよ」と漏らしていました。
「確かに素晴らしいレースだった」
「でも…」
彼の不安、私にも分かる気がしました。「暫定」を振り払うためのレース、振り払おうと強気に力を見せつけようとしたレースで、「元王者」を目覚めさせてしまったかもしれない。現役トップクラスの力があることや菊花賞や有馬記念がフロックではないことは示せたけど、トップガンは、眠れる獅子を起こしてしまったかもしれないのです。
「完全復活したら手に負えないぞ」
「天皇賞までにはもっと調子も上がるはず」
「ブライアン時代再び!」
巷の競馬ファンが喜々としてテンションを上げる横で友人は浮かない顔をしています。
「そうなると…」
「トップガン…」
「引き立て役になっちゃうんじゃ…」
しかし、週が明け、すぐにその友人から電話がかかってきました。
「どの新聞も『ブライアン劇的復活』と美談ばかりなのに…」
「お前のところの新聞はさすがだ」
「ひねくれてるだけあるな」
最後は嫌味なのに声が弾んでいました。私はすぐにあのことだと分かりました。実は本紙の記事では、田原ジョッキーのこんなレース後コメントが載っていたのです。
負け惜しみには聞こえません。言い換えれば、「あの手ごたえで俺たちを突き放せず、ゴール前で止まってもいるブライアンは本当に完全復活しているんですか?」ということです。その裏には「次は見てろよ」というニュアンスが潜んでいるのは明らかでした。
「あきらめてないぞ」
「トップガンと田原は次こそやってくれる」
「次こそ主役だ!」
そう、天皇賞が近づくにつれ、どんどん盛り上がっていくブライアンフィーバーの陰で、ひそかにトップガンファンも闘志を燃やしていました。もちろん、「暫定」という2文字を消し去ることができなかった陣営も必死だったでしょう。それにこたえ、トップガンはどんどん調子を上げていき、最終追い切りでは坂口調教師がこう断言します。
あとはレースを見てくれれば分かる…とでも言いたげにニヤリとしたと、当時の本紙の記事にはありました。印はこんな具合です。
単勝オッズはブライアン1・7倍。トップガン2・8倍。そんな数字以上にメディアや競馬場の空気がブライアンの勝利を望む中、やや肩身の狭いトップガンファン。友人は背中を丸めてブツブツ言っていました。
「ブライアンが強いのは分かってるし」
「復活もしてほしい」
「でも、トップガンだって強い」
「田原ならきっとやってくれる…」
しかし、この日のトップガンは気合が空回りしてしまいます。1周目3~4コーナーの坂を下る時点で完全にひっかかっており、田原ジョッキーの言うことをきかず前の方に進んでいってしまうのです。その後、なんとかなだめますが、勝負所でブライアンに後ろからつつかれるともういけません。2周目の3コーナーを過ぎ、前をいく2頭を早々にかわして先頭。ファンは「阪神大賞典のリプレーだ」と絶叫していましたが、あのときの「くるならこい」とは違う「もう我慢できません」という先頭で、ブライアンにビッシリついてこられたこともあり、4コーナーを回ったときには既にかなりの体力を消耗していました。直線を向き、あっさりとブライアンに交わされた5着。しかも、ブライアンも2着に負けてしまいます。
「主役にもなれず…」
「獅子も本当に目覚めてはいなかった」
あのモヤモヤ感をどう表現したらいいのでしょう。友人は下を向き、最終レースを待たず、家路につきました。一方で、ブライアンのファンは「力は戻っていなかった」という残酷な現実を突きつけられ、言葉を失っていました。そして、微妙すぎる空気が漂うまま夜が明け、翌日の晩、友人から電話が鳴りました。心配していた私が「大丈夫か?」と声をかけると…
「全然大丈夫だ」
「お前のところの新聞にも書いてあるじゃないか」
「ブライアンのことを考えたら、こっちなんか屁でもないよ」
そう、先ほど言ったように、ブライアンはしっかり走り切って完敗しました。だからこそ〝残酷な現実〟なのですが、トップガンは違うのです。「完全にひっかかってしまった」という明確な理由があります。つまり、力を出し切っていない。実力負けではないと言えます。実際、記事では陣営に落胆の色はなく、坂口調教師は「立て直して借りを返せるように頑張りたい」と前を向いていたと書かれていました。
「そうだよな」
「敗因があるだけマシなんだよ」
「ブライアンより恵まれてる」
「いや、ブライアンにも、もっともっと調子を上げてもらって、宝塚でもう一度やってほしいよな」
私も大いに同意しました。阪神大賞典のようなレースをもう一度見たい。見せてほしい。そのために陣営は大きな決断をします。天皇賞でひっかかりまくったトップガンの精神面を立て直すため、宝塚記念までの間に、1か月もの放牧に出したのです。3歳馬の出走を促そうと、この年から宝塚記念の施行時期が遅くなったからできたのですが、短期放牧が当たり前になった現代とは違い、当時は春と秋のオンシーズン中は、ずーっと厩舎に置いて調整するのが普通でしたから、この試みはかなり異質でした。一度馬体を緩めるわけですから、仕上げるのが難しくなる危険性もあります。
「大丈夫なのか…」
「トップガン…」
しかし、陣営とトップガンは、この大いなるチャレンジをプラスにしました。やや強引に位置を取りにいったのに、道中、なんとかガマンできたのはまさに放牧効果。4コーナーで先頭に並びかけると、しっかりと伸びて完勝しました。
思い切った放牧が失敗に終わらなかったこと、改めて年度代表馬らしい強さを見せられたことに陣営も安堵していた様子。ゴール後、隣にいる友人も、どこかホッとした様子でした。
「良かったよ」
「力は示せたね」
ただ、歓喜まではいっていません。
「このぐらいは当たり前…」
「トップガンは負けないさ」
「このぐらいのメンバーならね」
そう、実はこの宝塚記念は、かなりメンバーが手薄でした。1200メートルの高松宮記念に出走するというアメイジングなチャレンジの後にケガをしてしまったブライアンが不在だったのはもちろん、そのブライアンをあっさり負かしていた馬も出ていなかったのです。それこそ、宝塚記念を勝ったのに、トップガンがやはり本当に意味で王者感を持てなかった最大の理由。友人が歓喜までいかなかった理由…。天皇賞・春で目覚めたもう1頭の怪物でした。
サクラローレル――
「暫定」を吹き飛ばすための、もうひとつの戦いが幕を開けます。
秋
大きな骨折を克服し、2強対決の天皇賞・春でそのベールを脱いだサクラローレル。ブライアンを並ぶ間もなくかわした直線に、誰もが「こんなに強かったのか」と驚き、「今、一番強いのはこの馬かもしれない」と感じました。では、その天皇賞でひっかかってしまったトップガンと、まともに走ったらどっちが強いのか。その答え合わせの場が、秋初戦で早々にやってきます。2頭はともにオールカマー(GⅡ)で始動したのです。
単勝オッズはトップガン1・8倍、ローレル1・9倍と互角。結果は…
ローレルの完勝でした。トップガンは5馬身以上離されたまさかの4着。レース後、坂口調教師はこう絞り出すのがやっとだったそうです。
田原ジョッキーは首をかしげていました。
天皇賞・春みたいに豪快にひっかかったわけでもなく、2人とも敗因をつかみきれていない様子でファンも「あれ?」。一方で、秋の王道路線がローレル中心になることがファンにはハッキリとわかり、2頭の立ち位置は大きく変わります。続く天皇賞・秋の印を見てください。
ローレルに重い印がつくのは当然ですが、トップガンの印がここまで薄くなるとは…。確かに前走の敗因が不明で、もともと長距離で台頭してきた馬だけに久しぶりの2000メートル戦、つまりスピードに対応できるかという不安はありましたが、遅れてきた大物・マーベラスサンデーはもちろん、まだ3歳のバブルガムフェローにまで遅れをとる4番人気(単勝8・1倍)にまで落ちるとは、やはり馬券を買う人々はシビアです。実際、トップガンのファンも期待より不安の方が大きかった。友人も言っていました。
「周りが速いから簡単に先行できそうにないし…」
「どう乗るんだろう」
そんな中、5番手に収まり、スムーズに直線を向かせたのはさすが田原ジョッキー。ローレルが外枠の不利をはね返せず、直線でスムーズさを欠いていたので、勝つのはおあつらえむきの展開になったかに見えました。しかし、直線半ばで先頭に立というとしたところで内から馬体を併せてきたバブルガムフェローに競り負けてしまいます。
「主役にもなれず…」
「ローレルが勝つわけでもなく…」
またもや訪れたモヤモヤ感。今考えると、トップガンはニュースターを次々と誕生させた馬とも言えるのでしょうが、ファンの心は晴れません。しかも、ジャパンカップをパスして、万全を期したはずの有馬記念。
陣営から絶好調宣言が飛び出し、「天皇賞の雪辱を期すローレルに対抗できるのはディフェンディングチャンピオンのトップガンぐらいだろう…」という期待を背負った2番人気馬として走るのですが、そして、絶好の2番手から絶好の手ごたえで4コーナーを回ってくるのですが、ズルズルと下がっていってしまいます。
「どうしたんだ…」
「どうしたんだよ…」
隣で青ざめる友人。翌日、新聞を見たはずの時間にも彼から電話はありませんでした。田原ジョッキーは「今日の敗因は馬場。終始脚を取られっぱなしでスタミナをそがれてしまった」と語っていたのですが、それは他馬も同じで、勝負どころの手ごたえだって悪くなかったのです。長く競馬を続けていると分かります。こういう負けが何度か出てくるのは決して良い兆候ではありません。
「オールカマーのときもそうだし…」
「ちょっとおかしいかもしれない…」
嫌な予感に支配された友人は、今度は前を向けなかったそうです。そして、モヤモヤしたまま、年を越します。この言葉を私は友人にかけられず。そして友人自身もこの言葉を飲み込んで。
「まさか終わってないよな…」
ファンタジスタな春
1997年のトップガン初戦は前年と同じく阪神大賞典でした。
59キロを背負うとはいえ、メンバー的には断然の存在。だからこそファンは不安でした。
「ここで万が一負けたら」
「いよいよ終わってるかも…」
私は例の友人と一緒にウインズのモニターでレースを見ていたのですが、ゲートが開いた後のあのときの異様な雰囲気をしっかりと伝えておきましょう。何と、大外枠からスタートしてすぐ、トップガンがどんどん下がっていくのです。
「え?」
「何?」
ザワつく場内。レース実況に合わせ、先頭から順に馬が映し出されていくにつれ、そのザワつきはどんどん大きくなっていきました。
「いない」
「まだいないじゃん」
映ってビックリ最後方! しかも、後方2番手から2~3馬身離れたところをポツンとトップガンが走っていたから大変です。
「おいおい」
「何やってんだ」
「単勝1・9倍だぞ」
ザワつきからどよめきへ。次第にそれは怒号に変わります。3000メートル戦ですから一度、スタンド前を走るのですが、競馬場では「何やってんだ!」と田原ジョッキーに罵声が飛んだそうで、ウインズでも画面に向かって同じ言葉が投げかけられていました。田原ファンの隣の友人は怒ることもできず、ただひたすら目を見開いてワナワナしています。
2周目の1コーナーでまだ最後方
2コーナーでも最後方
向こう正面に入っても最後方
追い込み馬じゃないんです。
先行馬が最後方
断然の1番人気馬が最後方
今までにない位置取りで最後方
ドラマ「ホテル」(ふるっ)風に言えば…
姉さん、事件です――
そう、大事件でした。
友人の唇は青くなっていました。青い理由はこの感情。
「終わってしまったのかもしれない」
「トップガンはもうダメなのかもしれない!」
その後、まさかあんなことになるとは誰が思ったでしょう。3コーナーから動き出したトップガンがゆっくり、ゆっくり、1頭ずつ前の馬をかわしていきました。勝負どころですから、勢いよくマクっていく馬は今までもたくさん見てきましたが、それとは違う何とも不思議なマクリ。必死で手綱をしごく他馬を尻目にトップガンは気持ちよさそうに上がっていったのです。
大外を
悠々と
堂々と
絶好の手ごたえで4コーナーで先頭に並びかけたトップガン。気が付けば悲鳴は歓声に変わっていましたが、そこで誰もが唾をゴクリと飲み込みました。マクリきった後に止まる馬もいます。力を出し尽くし、ずるずる下がっていく馬を私たちはたくさん見てきました。
伸びるのか
どうなんだ…
「田原!!!!!」
急に聞こえた友人の叫び声がウインズに響き渡りました。叫んでいたのは彼だけ。では、その他のファンはどうだったか。はい、直線に向いたトップガンを見て誰もが唖然としていました。
「え?」
「余裕じゃん」
「楽勝じゃないか!」
そう、マクっていったときと同じでした。
悠々と
堂々と
トップガンは直線を駆け抜けました。2着に3馬身半差をつける楽勝劇、次元が違うと言えばそれまでですが、見たことのないレースに、ゴール後、ウインズは再びザワつき、どよめきはじめました。
「なんだったんだ…」
「何が起こったんだ…」
「田原か」
「ああ、田原だよ」
「またやった…」
「やりやがった!」
口々に叫ぶファン。私は友人に「田原らしいね」と声をかけました。すると彼は目に涙をためてこう言いました。
「ホント…」
「ハラハラ、ドキドキ…」
「心配させやがって…」
私が「アハハ、困ったもんだね」と言うと、うれしそうに答えました。
「ああ、困ったもんだ」
「でも、最高だよ…」
「トップガンも田原も最高だ!!!!」
さあ、続いては天皇賞・春。
昨年の雪辱。
相手はもちろん…
サクラローレル!
君はあの天皇賞・春を見たか
阪神大賞典の後、田原ジョッキーはサラリと言ってのけました。
シビれました。そしてワクワクしました。
「次はどんな乗り方をするんだろう」
「どうやってローレルに立ち向かうんだろう」
「また何かやってくるかもしれない」
こうワクワクしたのは私だけじゃなかったのでしょう。当時の状況を思い出すと、ファンが一気に増えたように感じたのを覚えています。まさかの最後方ポツン作戦に魅了され、今までそこまで〝推し〟じゃなかった人が、トップガンのファンになっているような体感…。それは数字にも表れており、戦前は、ぶっつけ本番のサクラローレルの次に人気になるのは、トップガンのような〝まさか〟ではなく、堂々たる正攻法で前哨戦を勝ってきたマーベラスサンデー(前年有馬の2着)になるといわれていたのですが、フタを開けると、トップガンが2番人気でした。単勝オッズは3・7倍。対するローレルは2・1倍。前哨戦を使い、勝ってきていたら「1強」の1倍台だったでしょうが、それができなかったことで、4・1倍のマーベラスともども「3強」という図式になりました。印もまさにその通り。
図式は「3強」ですが、ファンの見方、本音はこうでした。
「力が上だと思われるローレルを、トップガンとマーベラスがどうやって負かそうとするか」
実際、トップガンの坂口調教師はこう話していました。
肝心の田原ジョッキーは…
作戦は明かしていません。敵に手の内を見せるわけにはいかないので当然ですが、武豊ジョッキーもそうでした。だからこそ、ファンのワクワクは最高潮。
「ローレルに勝つ作戦はなんだろう」
「トップガンの田原と、マーベラスの武豊が何をしてくるか」
「特に田原が何をやってくるか楽しみ…」
鼻血が出るほどの興奮の中でゲートが開き、田原ジョッキーがトップガンをすーっと下げていったときのあのザワザワ、阪神大賞典のときは違うザワつきが今でも耳に残っています。
「後ろからだ!」
「この前の乗り方だ」
ニヤリとするファン。しかし、すぐにそれが「ん?」に変わります。1周目の3~4コーナーの坂の下りで、トップガンが内からするする上がっていき、中団にいたローレルやマーベラスをかわしていったのです。
「まずい…」
「去年もそれで…」
隣で友人が不安そうな声を上げました。昨年の同じ舞台で、ひっかかった悪夢がよみがえったのでしょう。スタート直後のワクワクが一瞬にして不安に変わるのだからたまったものではありません。そしてその不安は、この後、どんどん大きくなります。なんとか中団で落ち着いたトップガンですが、収まったところは馬群の内。その外にいたローレルや、さらにそのやや後ろでピタッとローレルをマークしていたマーベラスと違い、動くに動けないようなポジションだったのです。しかも、2周目の1コーナーから2コーナーにさしかかるころには、その位置はさらに下がっていました。さっきまで横にいたローレルより、その後ろにいたマーベラスより後ろ、後方から数えた方が早い…。
「後ろからなんだろうけど…」
「大丈夫か?」
ファンが再びザワつきはじめます。阪神大賞典のときは最後方だからこそ、いつでも外に出して動いていけましたが、今回は内にいるので違います。しかも、あのときは8頭立てなのに今回は16頭立て。追い越していくにはロスがありすぎる。そしてもうひとつ…隣の友人がつぶやきました。
「この馬場じゃ…」
はい、実はこのときの京都競馬場の芝は超高速馬場となっており、〝前が止まらない〟圧倒的な先行有利な状況だったのです。田原ジョッキーがどう乗るかは楽しみで、実際にスタート直後はワクワクしましたが、様々なファクターを考慮すると、明らかに雲行きが怪しくなっていました。
ドキドキ、ハラハラ
そんな浮かれたものじゃありません。
狼狽
困惑
3コーナー過ぎ、ファンの感情はさらにかき乱されます。掛かり気味に2番手まで上がったローレル。ピッタリついていくマーベラス。その人気馬2頭の動きにつられ、他馬もポジションを上げはじめました。4コーナーにかけ、馬群全体が…
前へ
前へ
なのに、トップガン動かず! 位置取りは
下がり
下がり
前には10頭以上!
ライバルが先にいっているのに
高速馬場なのに
外でもなく内で上がっていくわけでもありません。
「何やってんだ」
「田原の野郎…」
このときに限ってトップガン、そして田原ジョッキーの馬券を買ったファンから怒りの声。隣の友人は念仏のように唱えています。
「田原」
「田原…」
「田原…」
4コーナーを回りながら先頭に立つローレルと並びかけるマーベラス。トップガンもさすがに外に出し、上がっていこうとしていましたが、2頭の手ごたえより良さそうには見えません。しかも、阪神大賞典のように先団まで上がっていくわけでもない。コーナーを回り切ったとき、高速馬場では不利な馬群の一番外に出したのを確認したファンは絶望したはずです。隣にいた友人はこう漏らしました。
「田原さん…」
「そこから差すような…」
「そういう馬じゃないでしょう」
そうです。もともとトップガンはキレません。鋭い脚を使う馬じゃない。だからこそ今まで先行してきたのでしょうし、後方からいった阪神大賞典でも、直線で差したわけではなく、マクリきり、押し切る形を取ったわけです。
湧かない。
イメージが湧かない。
どうしても想像できない。
これが絶望の理由でした。
場内に流れるカメラも分かっています。
アップにしたのは前の2頭
ローレルとマーベラスの叩き合い
「勝つのはどっちだ?」
誰もがそう思い、一騎打ちを確認したその時、遠くから別の声。
勝つのはこっちだ――
少しだけ引いたカメラが、外を映したとき、追い込んできた戦闘機。小さかったその姿が、見る見る大きくなってきたことに、誰もが自分の目を疑いました。
「トップガン?」
「ウソだ…」
「ウソだろ…」
「差してきた」
「トップガンが差してきた!」
キレない馬がキレッキレ
まさに空を切り裂く戦闘機
競馬場の大外を戦闘機
パイロットは…
パイロットは…
「田原…」
「田原!」
「田原!!」
いつの間か私も、そして周りの人も叫んでいました。
「差せっ」
「差せ!」
「差せえええええーーーー!」
私と友人は抱き合い、周りにいた一緒に叫んだ見知らぬ人と、固く固く握手をしました。
「すごい」
「すごすぎる」
「トップガンを応援してきて良かった」
「競馬をやって良かった」
「最高だーーーー!」
あなたの日々で、自分の想像をはるかに超えてくる出来事に遭遇することはありますか?
なかったら、
なくて退屈なら、いいものをお勧めします。
競馬なんていかがですか?
真実
「東スポ競馬」で配信している「田原成貴、語る」では、トップガンについて、元祖天才ジョッキーが裏話を明かしてくれています。ファンは勝手に熱狂していましたが、トップガンの背中で田原騎手は何を考え、どう乗ろうとしていたのでしょう。例えば、ナリタブライアンとの阪神大賞典。
4歳時については…
そう、ファンは「終わったのでは?」と心配していましたが、ジョッキーとしてもかなり困っていたようです。で、初めて後方からいった阪神大賞典は…
もちろん、天皇賞・春のレースも実際にレース映像を見ながら解説してくれていますが、それは見てのお楽しみ。令和に伝説のレースの裏話を聞けるなんて、古い競馬ファンとしては嬉しい限りですよね。
この秋も田原節全開
田原ジョッキーが各馬の位置取りやレースの流れを事前に動画で解説する「直前展開予想」。春に2度、夏に1度公開したところ大好評だったので、この秋のGⅠは毎週、アップするそうで、ウォーミングアップがてら先週も行い、今週もやってくれます。また、前日予想やレース直後の反省会も予定されているので、詳しくは「東スポ競馬」をチェックしてみてください。すみません、宣伝でした。宣伝なんですが、やっぱり面白いですよ、あれだけファンの予想を裏切った乗り方をしていた人が、リアルに展開予想をして、それがウソみたいに当たるんですから。ただ一方で、私はこんなことも期待しています。
元祖天才の予想を超える乗り方をしてくれるジョッキーが出てきてほしい!