「愛の説教部屋」で涙した鳥谷敬と関本健太郎【下柳剛連載#22】
ベンチで暴れて思い出した矢野との「約束」
何もかも順調だった2005年。キャンプ最終日に岡田彰布監督の前で「10勝しますから優勝しましょう!」と宣言したオレは、松山で行われた8月6日の広島戦で“ノルマ”の10勝目をマークした。後ろには鉄壁のリリーフ陣「JFK」が控えているし、同い年の金本知憲を中心に打線も援護してくれる。まさに、怖いものなしだった。
でも、思わぬ落とし穴が待っていた。11勝目をかけて臨んだ8月19日のヤクルト戦で2回を持たずに7失点でKOされたあたりから、急に正捕手の矢野輝弘(現燿大)との呼吸が合わなくなったんだ。どう考えても変化球でゴロを打たせたい場面なのに、やたらと追い込んでからストレートのサインばかりを出してくる。
次の広島戦は特にひどくて、初回に嶋重宣の先制2ランを含む3連打を浴びるなど大乱調。2回二死からストレートで投手のロマノを三振に仕留めて、史上116人目の通算1000奪三振を達成したけど、立ち直りのキッカケもつかめないまま、3回に緒方孝市、4回には前田智徳と倉義和にホームランを打たれて降板した。
ベンチに戻ったオレは大荒れだった。グラブを叩きつけ、ベンチを右手で殴り、備え付けの冷蔵庫まで蹴飛ばした。そして大事なことを思い出した。矢野に「通算1000奪三振はストレートで飾りたい」とお願いしていたことを。
通算999個目の三振は、最短KOされた前述のヤクルト戦で2回にアレックス・ラミレスから奪った。それからずっと、矢野はオレとの約束を守ってくれていたんだ。つらかったと思う。チームの勝利とオレからのお願いの板挟みになって。
それまでも、同い年で気心の知れていた矢野のことは信頼していた。でも、この2戦連続KOを境に、矢野への信頼はより強固なものになり、サインにもほとんど首を振ることはなくなった。
勝負事は勝つに越したことはないけど、負けて学ぶこともある。そういう意味では価値のある1敗だった。目を覚ましたオレは、次回登板となった9月1日の中日戦で白星を挙げると、そこから10月5日の最終戦まで5連勝して、最多勝のタイトルまで手にした。もちろん矢野のおかげだ。
リードはもとより、特に好きだったのは、矢野がピンチを脱したときに見せる満面の笑みでのガッツポーズだった。あれを見るたびに「抑えられて良かった」って思うと同時に「次も矢野のリードを信じて頑張ろう」って気になれた。
在籍中に2度も優勝を経験することができたのは、紛れもなくチームメートに恵まれたおかげ。つくづく阪神に残って良かったと思った。
最多勝をプレゼントしてくれた鳥谷敬
優勝したチームだけができるビールかけは、何度やっても飽きることはない。岡田彰布監督のもとでペナントレースを制した2005年もそう。特にこの年はキャンプ終了時に「10勝しますから優勝しましょう!」と宣言していただけに、なおさらだった。
楽しい楽しいビールかけ。でもオレは、東京・銀座のクラブを貸し切りにして行われた祝勝パーティーの席で、鳥谷敬を相手に延々と説教を続けた。トリのプレーで以前から気になっていたことがあったので「こんなときだからこそ」と思って、切り出したんだ。
「オマエが必死にプレーしないで追いつかれたり負けたりしたら、勝ち投手の権利を失うヤツがおる。それだけやない。勝ち星が減ったら裏方さんの待遇だって悪くなる。オマエだけじゃなくて、一緒にやってるもんの生活もかかってるんや。そのプレーにすべての選手やスタッフの生活がかかっていると思ってやれ」
トリはシクシクと泣きながらうなずいていた。なぜかトリの隣では、関本賢太郎までが号泣していた。それでもオレは何時間も説教を続けた。
もともと闘志を前面に出すタイプじゃない。でも、生え抜きでドラフト1位のトリはチームを背負っていかなきゃいけない選手。いつまでも先輩たちの陰に隠れているわけにもいかない。格好よく言うなら、そんな思いも込めた説教だった。
性格や生きざまなんて、そう簡単に変わるもんじゃない。でも、トリはトリなりに応えてくれた。「愛の説教部屋」から数日後の最終戦だ。最多勝をかけてマウンドに上がったオレを救ってくれたのが、他でもないトリだった。タイトルを争っていた広島の黒田博樹(現ヤンキース)はすでに14勝を挙げていて、残り試合も2つ多い。10月5日の横浜(現DeNA)戦は、オレにとってラストチャンスだった。
試合は横浜が4回に2点を先制。直後に今岡誠のタイムリーで1点差に迫ったけど、勝ち越さないことには白星にはつながらない。そんな息詰まる試合で6回に同点弾を打ってくれたのも、延長10回にサヨナラアーチを放ってオレに15勝目をプレゼントしてくれたのもトリだった。
そしていつしか、トリは誰に言われることなく早めに球場に来てウエートトレをしたり、夏場でもジョギングをするようになった。昨年からはユニホームの胸にキャプテンを表す「C」のマークをつけて試合に臨んでいる。オレや金本知憲、矢野燿大といったベテラン勢もいなくなったチームを引っ張れるのは、やっぱりトリしかいない。今年はそういう意味でも、虎の背番号1に注目している。
※この連載は2014年4月1日から7月4日まで全53回で紙面掲載されました。東スポnoteでは写真を増やし、全26回でお届けする予定です。