「ウマ娘」では覆面美少女!日本の競馬ファンが夢を見たエルコンドルパサーの凱旋門賞挑戦を「東スポ」で振り返る
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「ウマ娘」では覆面美少女!日本の競馬ファンが夢を見たエルコンドルパサーの凱旋門賞挑戦を「東スポ」で振り返る

 次の日曜日はいよいよ凱旋門賞。今年も2頭の日本馬がチャレンジする世界最高峰のレースです。今回は、ワールドレベルになった日本競馬がどうしても届かないその頂に、最も早く、最も近づいたエルコンドルパサーの凱旋門賞挑戦を「東スポ」で振り返ります。「ウマ娘」ではアメリカ生まれの帰国子女で、アニメでも海外に殴り込みをかけた〝ターフを舞う怪鳥〟は1999年、欧州への長期遠征を敢行しました。覆面の下に隠された美フェースも話題のエルちゃんのリアルとは…。(文化部資料室・山崎正義)

凱旋門賞

 このシリーズでは、凱旋門賞を〝世界一決定戦〟と言ってきました。競馬を知らない方々にも伝わりやすいように大雑把なイメージとしてその言葉を使ったのですが、今回はもう少し詳しく説明してみましょう。

 競馬は距離別に路線が確立されており、2000~2400メートルが最もメジャー。俗に王道路線とも呼ばれるその路線には各世代のトップホースが集まるのですが、世界的な有名レースがいくつか存在します。競馬の本場ヨーロッパでは秋の凱旋門賞と、上半期の総決算「キングジョージ(正式名はキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス)」が双璧。あとはアメリカの「ブリーダーズカップ・クラシック」に、近年では「ドバイワールドカップ」あたりが〝勝ったら世界一〟レベルのレースです。

 欧州の2レースは芝の2400メートルで、ブリーダーズカップとドバイワールドカップはダートの2000メートル。そうなるとやはり芝のレースが中心の日本馬にとっても、〝最高峰〟と言えるのは凱旋門賞かキングジョージになるんですが、明らかに凱旋門賞の方がネームバリューは上です。これは単純に挑戦してきた日本馬がキングジョージより多いというのもあるんですが、ぶっちゃけ、日本人にとってはレース名のインパクトとカッコ良さも関係していると思います。なんか、凱旋門ってすごそうに聞こえません?

凱旋門

 フランスでやるんだってことも一発で分かりますし、世界一決定戦っぽさが伝わってくる名前というか…実際にそう言って差し支えない立ち位置なんですが、ある意味、最も世界一決定戦というフレーズがしっくりくるレース名なんですよね。同じ甲子園でも、「春の選抜より夏!」といった感じでしょうか。世界的には、凱旋門賞に対して様々な理由で「そこまで評価すべきレースじゃないだろ」というツッコミもあります。年によってメンバーレベルが落ちることもあります。でも、創設100年超と歴史も古く、〝最高峰〟であることは間違いありません。雰囲気も華やかですしね。

ロンシャン華やか1

ロンシャン華やか2

 で、このレース、今では〝手が届きそうで届かない〟存在になっていますが、ひと昔前は雲の上の存在でした。1969年にスピードシンボリという当時の実力馬が挑戦して惨敗。その後、72年のメジロムサシ、86年のシリウスシンボリも全く歯が立たず、以降、99年まで挑戦する馬は現れませんでした。81年にジャパンカップが創設され、凱旋門賞馬が日本にやってくるケースも出てきたので、「わざわざ遠征しなくても力試しはできる」という気持ちもあったのかもしれません。また、そのジャパンカップを85年に制した〝皇帝〟シンボリルドルフが86年に米国に遠征して敗れたことも二の足を踏ませたはずです。一方で、90年代に入り、そのルドルフの息子トウカイテイオーが勝利するなど、ジャパンカップで日本馬が通用しはじめます。レベルが上がっているとも言われました。でも、それはあくまで地の利がある国内で行われるレースでのこと。ジャパンカップで凱旋門賞馬に勝っても〝世界一〟ではない…そんなことは海外のホースマンはもちろん、日本の競馬関係者も分かっていました。

「いつかは凱旋門賞に挑戦したい」

「真の世界一を勝ち取りたい」

 誰もが心の中では願っていたはずです。ただ、史上最強馬といわれたルドルフも遠征に慎重になったように、検疫やケガのリスクもつきまといます。お金もかかります。ジャパンカップにやってきた外国馬が実力を発揮できないまま終わるのを間近で見て、海を渡っての体調維持がいかに困難かもよく分かっていました。何より、これだけリスクがあるのに、通用する保証がありません。あまりに挑戦しない期間が長くなっていたことで、「通用するかどうか」がますます見えない状況になっていたのです。シリウスシンボリから13年という時間は、チャレンジ精神を削ぐほど長すぎるブランクでもあったわけですが、ついに果敢な挑戦者が現れます。エルコンドルパサーです。

凱旋門3

 1999年1月25日、前の年に活躍した馬を表彰するJRA賞の授賞式で、エルコンドルのオーナー・渡邊隆氏はこう宣言しました。

「凱旋門賞はポンといって勝てるようなレースではありません。勝とうと思ったら欧州仕様の馬にする必要があるので、ある程度、腰を据えて挑戦しないといけないと考えています」

 この時点で7戦6勝。唯一の2着も最速馬サイレンススズカに逃げ切られただけ。歴戦の古馬や世界の強豪相手に3歳馬ながらジャパンカップを制した時点で「来年は海外へ」という話は出ていました。当然、凱旋門賞の名前も挙がっていたのですが、思い切った長期遠征プランに、ファンや関係者は驚きつつ、「それならいけるかも」と思ったはずです。渡邊オーナーが口にした通り、海外競馬に詳しい人の間では「凱旋門賞はポンといって勝てるレースではない」が定説でした。向こうの環境に順応させるのはもちろん、ヨーロッパの芝は日本とは全く質が異なるので、慣れていないと好走はできない。だからこそ慣れるために現地で何度かレースを走り、最終的に凱旋門賞に挑戦する…という計画は非常に理にかなっていたのです。

ロンシャン芝2

 では、芝の質の違いとは何か。それは「芝が長く深く」「日本より力が必要」で「雨が降ったらさらにパワーが必要」だということです。スピード優先ではなくスタミナ優先で時計を要します

ロンシャン芝1

 同じ2400メートルのジャパンカップのその頃の勝ちタイムが、速くて2分23秒台、遅くて25秒台後半だったのに対し、凱旋門賞の勝ちタイムは速くても2分25秒ぐらい、少し馬場が重くなると2分30秒を超えることもあります。実際に、エルコンドルのジャパンカップの勝ち時計は2分25秒9で、同年の凱旋門賞は2分34秒5。下手をすれば10秒ぐらい時計がかかるんですから、これはもう全く別の芝でしょう。いきなり走ったら「うわっ」「走りづれー」「無理だ~」となるに決まっています。実は、現在でもこの馬場差に日本馬は苦しんでおり、毎年毎年「長期遠征で慣れておけば…」という声が上がるんですが、そうは簡単にいきません。莫大な費用がかかる上に、先ほど言ったようにケガのリスクもあります。安全な日本で走っていればたくさん賞金を稼げるのに、下手すればそれより賞金の低い海外のレースに、勝てる保証もないのに出走するのも現実的ではありません。よっぽどオーナーが寛大だったり、夢を持っていないと難しいのです。その点、エルコンドルはオーナーに恵まれました。競馬の血統や生産に詳しく、勉強熱心な渡邊氏だったからこそ、普通はできない長期遠征が実現したのです。夢を背負い、コンドルは日本を飛び立ちました。

フランスへ記事

 4月半ばに渡仏。無事に受け入れ先となるフランスの厩舎に入って1週間後、初戦が発表されます。5月23日に行われるイスパーン賞というGⅠで、芝の1850メートル。舞台は、凱旋門賞と同じロンシャン競馬場です。GⅠとはいえ格は低く、もっと大きな目標に向かう馬のステップに使われるレースであり、まずは慣れていない状態でエルコンドルがどの程度走れるのか、文字通りの足慣らしでした。ただ、ファンとしてはワクワクと同じぐらい、いやそれ以上に心配でもありました。

イスパーン賞・追い切り

 こんなふうに追い切りの動きもなかなか良さそうなのに、不安だけが日に日に募っていきました。半年ぶりというブランクもあるし、あくまでトライアル的な位置づけとはいえ、「やっぱり歯が立たないのか」となるのが怖かったんですね。残酷な事実を目にしたくなかった。前年、タイキシャトルとシーキングザパールが、日本調教馬として初めて海外のGⅠを勝っていたからこそ余計に怖かった。2頭は1600メートルと1300メートルのGⅠを勝ったんですが、欧州は短距離のレベルはそこまで高くないと言われていたんです。逆に言えば、王道路線のレベルは高く、短距離路線で通用した日本馬が、中長距離で通用するとは限らない。現時点で日本最強といわれる馬が気合十分に遠征してあっさり負けたら、「やっぱり王道では無理なのか」と強烈なガッカリに襲われますから、ぶっちゃけ本音はこうでした。

「目も当てられない惨敗だけは勘弁してくれ…」

 8頭立てのレース、エルコンドルは中団につけました。

 「大丈夫だろうか」

 やっぱり不安でした。4コーナーで3番手まで進出しても半信半疑。直線を向いて、持ったままで先頭に躍り出たときにやっと「惨敗はない」とファンはホッと一息ついたはずです。そして、当のエルコンドルは蛯名正義騎手のムチにこたえてさらに脚を伸ばし…。

イスパーン

 勝利目前でクロコルージュという馬に差されてしまうのですが、この2着には誰もが安堵しました。「やっぱり強い」という安心ではないんです。強いのは分かっていました。その能力がヨーロッパの王道路線で通用したこと、何よりその能力を無事に発揮することができたことに「良かった~」となったのです。

イスパーン・結果

 日本時間日曜夜のレースを速報した翌日の本紙では、陣営がファン以上に手ごたえを感じたことをリポートしています。クロコルージュはフランスのGⅠ馬で前年の凱旋門賞でも4着に入っている実力馬でしたし、レースぶりも及第点以上。こなせるかが焦点だった馬場に関しても、蛯名騎手によると「今日ぐらいの馬場(稍重)だったら全然問題なし」でした。日本のファンもメディアも、俄然、盛り上がります。レース前の不安はウソのように消え、ワクワクに変わっていました。休み明けをひと叩き、調子を上げて次こそは!です。

サンクルー大賞

 次走に選んだのは7月4日の「サンクルー大賞」というGⅠ。芝の2400メートルで、フランスでは日本における宝塚記念のような位置づけのレースでした。イスパーン賞同様、特派員を送り込んだ本紙も、月曜から連日、紙面で徹底リポートです。

サンクルー・月曜

 日本でも休み明け2戦目で調子を上げるタイプだったエルコンドルは明らかに体調をアップさせていました。しかし、それ以上にアップしていたのはメンバーレベルです。水曜日、本紙も分析しています。

サンクルー・水曜

 ライバルはまず地元フランスの古馬2頭。ドリームウェルは前年のフランスダービーとアイリッシュダービーを制した欧州年度代表馬で、サガミックスは前年の凱旋門賞馬です。さらに前年のドイツの年度代表馬タイガーヒルも加わり、近年まれに見る好メンバーになっていました。記事では舞台となるサンクルー競馬場がロンシャン競馬場ほどトリッキーなコースではないので期待できるとしていますが、最後に気になる材料も挙げています。それは日本の競馬ファンも驚いたであろう、斤量です。

 61キロ――。

 日本のGⅠで背負わされることのない重さでした(国内GⅠでは重くても58キロ)。そもそもエルコンドルは日本では57キロまでしか経験がなく、前走のイスパーン賞で58キロを克服したとはいえ、61キロは国内では出走を回避するぐらいの酷量です。他馬も同じ条件ではありましたが、さすがに「大丈夫か?」となりますよね。そうなると、他にも不安点が見えてくるからファンの心理は困ったものです。特に、気になったのはその斤量を背負っての2400メートルという点。もともとエルコンドルは距離延長を歓迎するタイプだと思われていませんでした。ジャパンカップで2400メートルをこなしたとはいえ、日本の軽い芝とは異なる重い芝での2400メートルでは「スタミナがもつか」という危惧があったのです。

「通用するはずだけど…」

「やってくれるだろうけど…」

 ワクワクに少しだけ不安が入りまじる中でスタートが切られました。ファンの心配をよそにエルコンドルは堂々たる4番手。強い敵と、スタミナを削られかねない馬場と斤量に、体力を温存しようと消極的なレースになることも予想されました。しかし、ここが蛯名正義騎手の素晴らしいところ。当時の日本でトップを取ろうとしていた勢い十分の名手は大一番で腹をくくれるファイターでもありました。馬を信じ、ヒヨることない真っ向勝負を挑めるジョッキーは、「これで負けたら仕方がない」という位置を積極的に取ったのです。そして、馬はそれに応えます。しっかりと折り合い、直線を向いて〝持ったまま〟で前をいくタイガーヒルに並びかけ、蛯名ジョッキーのGOサインが出ると、一気にパワーを爆発させました。力のいる馬場もなんのその、2着に2馬身半差をつけて完勝するのです。

サンクルー・ゴール前

 エルちゃんも陣営の皆さんもヨロコンドルパサー。

サンクルー・喜び

 もちろん、列島も沸きました。本紙も大きなスペースを割いて快挙を報じます。

サンクルー・結果

 記事では蛯名ジョッキーの喜びの声とともに、ライバル陣営のコメントも拾っています。1番人気で4着に敗れたサガミックスのペリエ騎手は…。

「サンクルーの馬場で2400ならヨーロッパの馬のほうが強いと思っていた。それを覆したんだから見事。オメデトウだよ」

 フランスのトップジョッキーであり、何度も来日して日本の競馬、そして欧州との違いも知り尽くしてもいる騎手の言葉には説得力がありました。そしてレースから一夜明け、現地の新聞にもエルコンドルの名前が躍ります。これはその紙面を読む蛯名騎手。

サンクルー一夜明け

 フランスの紙面に「エルコンドル、欧州勢に完勝」という見出し。「異次元の強さ」と評価する新聞もありました。また、こんな報じ方も。

「凱旋門賞は今年の仏ダービー馬モンジューとエルコンドルの年間最大の戦いになる」

 そう、エルコンドルは一躍、凱旋門賞の有力馬となったのです。

フォワ賞

 少し休ませて前哨戦をひと叩き、調子を上げて本番へ…という青写真のもと、エルコンドルは9月12日、GⅡのフォワ賞に出走します。凱旋門賞と同じロンシャン競馬場で、同じ距離の2400メートル。足慣らしにうってつけですが、私も含め、ファンはまた驚かされました。

 3頭立て――。

 海外の競馬にはそういうことがあるとは知っていましたが、さすがに「少なっ!」と思いましたよね(苦笑)。レースが始まって、エルコンドルが逃げて、後ろに2頭。いやいや、調教じゃないんだからっていうぐらい、緊張感がないレースに映りました。

「直線はどうなるんだろう」

 エルコンドルが順調だと知っていたので余裕を持って見ていた人も多かったと思います。ただ、直線を向くと一気にレースっぽくなったから2度ビックリ。ボルジアという馬がスパートして内に入り、先頭をうかがいます。後ろからは、仏初戦のイスパーン賞でエルコンドルを差し切ったクロコルージュが虎視眈々。3頭でも、それは間違いなく競馬でした。そして、多頭数での大本命馬の競馬のように、エルコンドルは直線半ばになって余裕十分に本気を出し、先頭でゴールするのです。2着のボルジアとはクビ差ほどしか差がありませんでしたが、力の違いを見せつける完勝でした。

フォア賞

 エルちゃんもヨロコンドルパサー。

フォア賞レース後

 順調な滑り出しに、日本のメディアも一安心。本紙もしっかりとレースの模様をリポートしました。蛯名騎手のコメントも自信にあふれています。

「マイペースで競馬ができた。直線で詰め寄られたが、余力があって勝てると思った。今日は休み明けだし、1回使うと間違いなく良くなる馬だから本番が本当に楽しみです」

 もはやファンには楽しみしかなくなっていました。海外で次々と襲い掛かる難題を、楽々とクリアしてきたエルコンドルには、どんな壁だって越えられる気がしました。この時になって、ファンは日本時代をしみじみ振り返ります。国内でもそうでした。デビューからダートで3連勝した後、ニュージーランドトロフィーという重賞に出てきた時、誰もが「芝を走れるのか?」と心配する中で楽勝。

ニュージーランドトロフィー

 NHKマイルカップもぶっこ抜き、秋初戦の毎日王冠では、サイレンススズカ、グラスワンダーと世紀の一戦。「距離も延びているし、相手も強いし…」と心配させておいて、サイレンススズカに食い下がる強い強い2着。さらに距離が延び、同期のダービー馬・スペシャルウィーク、女帝エアグルーヴが待ち構えたジャパンカップの時だって、ファンは半信半疑の3番人気でしたが、2着に2馬身半差の完勝でした。

ジャパンカップ1

 そうなんです、「大丈夫か?」という不安を、エルコンドルは吹き飛ばし続けてここまできたのです。フォワ賞後、ファンはもう「大丈夫か?」と言いませんでした。

「きっとやってくれる」

「頼むぞ!」

 しかし、世界一決定戦はやはり一筋縄ではいきませんでした。レースが近づくにつれ、再びファンを不安にさせるファクターが次々と持ち上がってくるのです。

凱旋門賞

 ライバルは先ほどサンクルー大賞後の新聞記事で触れたこの年の仏ダービー馬・モンジューだと言われていました。アイリッシュダービーも勝っているのに加え、3歳馬というのが大きな要因です。実は凱旋門賞の負担重量(斤量)は3歳馬有利で、エルコンドルら古馬のオスが59・5キロなのに対し、56キロで出走できました(今は56・5キロ)。3・5キロ差はめちゃくちゃ大きく、欧州では3歳のトップホースが秋に凱旋門賞を狙い、好走するのは当たり前の光景です。しかも、このモンジューはエルコンドルがフォワ賞を勝った日に、別の前哨戦を完勝しており、未対戦組では最も怖い存在でした。

 他にも、クロコルージュやタイガーヒルの名前もありましたが、既に負かした相手。10日ほど前の時点ではモンジューとエルコンドルの一騎打ちと見られていたのですが、レース1週間前になって新たなライバルが登場します。回避濃厚と伝えられていたデイラミという馬が急遽、参戦を表明したのです。冒頭で触れた欧州2大頂上戦「キングジョージ」を5馬身差でぶっちぎった上に、秋初戦も9馬身差で圧勝していました。しかも、乗っているのは世界ナンバーワンジョッキー・デットーリ!

凱旋門賞・月曜

 というわけで、記事にある通り、構図は「3強」に。世界ナンバーワン決定戦で3強に数えられるだけでもすごいのですが、千載一遇のチャンスなのですからライバルは少ない方がいい。「よりによって…」という状況が、週の頭に判明したわけです。で、この後レースまで、日本の競馬ファンは海の向こうから届く様々な情報に踊らされる、気の休まらない、でも楽しくて仕方がない1週間を過ごすことになります。

「いける!」と「ヤバイ!」

「頼むぞ!」と「大丈夫かな」

 エルコンドルにとっていい情報に歓喜し、不利なデータに落ち込む。今みたいにネットからガンガン情報も入ってきませんから片っ端から新聞記事を読むわけです。チェックしなければ不安にもならないのですが、チェックしないなんて考えられません。私もその一人で、あの週は間違いなく変なテンションだったと思います(苦笑)。だって、強力なライバルが出たことでヘコんでいたら、「エルコンドルが調教ですごい動きをした」なんていうニュースが入ってくるんですから。

凱旋門賞・追い切り

 正直、この記事はかなりアガりました。体調が前回よりも確実に良くなっているのはもちろん、普段は冷静な二ノ宮調教師のコメントに自信が満ち溢れていたんです。

「デイラミは非常に強い。ほかにもまだ強い馬が出てくるが〝何かがいなかったから勝てた〟と言われたくない」

 いや~、シビレます。そしてさらにアガるコメントが。

「4月にこちらに来たが、今のエルコンドルは走法も体形もヨーロッパ型になっている

 おおおお!と思いましたね。そうか!と。もともと適性もあったのでしょうが、欧州の馬場で調教し、現地の水に慣れると、走り方も馬体さえも変わるとは知りませんでした。これぞ長期遠征の効果。日本最強馬は、いつの間にか欧州仕様になっていたのです!

「いける!」

「もっといい情報を!」

 私も含め、ファンはさらに情報を集めました。集めなきゃいいのに、集めるからまた不安要素が出てきます。

「現地の天気が悪いらしい」

「ただでさえ重い馬場に雨が降ったらヤバイ」

「いや、エルコンドルは欧州仕様になってるから平気なはず!」

「甘い甘い。ヨーロッパの重馬場はハンパじゃないみたいだぞ」

「大丈夫、蛯名騎手は『こっちが考えているより道悪はうまいかもしれない』と言っている」

「希望的観測じゃないか?」

「そんなことないよ。『よほどヒドくならない限りはクリアできる』って言ってるじゃないか!」

 友人同士で話したらもはやケンカです(苦笑)。これぐらい変なテンションでファンは週末を迎えました。そして土曜日、新聞を買った我々は、いや~なものを目にします。

凱旋門賞・前日

 日本で言う枠順が決まったのですが、エルコンドルは1番ゲートだったのです。

「ロスのない最高の枠順じゃん」

 そんな声も聞かれました。でも、長年競馬を見てきた人間には強烈な不安材料でもありました。

「ヤバイ」

「これはマークされる

「つぶされるかもしれない!」

 そうです。最内枠というのは、距離損はないのですが、他馬からはポジションや動きが〝丸見え〟で、狙われやすいのです。欧州で最も有名なレース、しかも欧州調教馬以外が勝ったことがないレースをアジアからやってきた馬に勝たせるわけにはいかない…。他馬がそう考えるのは必然。エルコンドルを囲んで抜け出させないようにしたり、馬体をぶつけてくる可能性がある中、最内枠は決して〝いい枠〟ではないのでした。海外競馬を見てきた人が知ったかぶりで言ってきます。

「外国では勝負にならない馬は味方を助けるんだぞ」

「〝圧〟は日本とは比べ物にならないってさ」

全員が敵だね」

「1頭対13頭だな」

 やめてやめてやめて!と思いながらも耳を貸してしまう自分がいました。せっかくここまできたんだから、そんな結末だけはやめてほしい。せめて力を出し切って負けてほしい。もちろん勝ってほしいけど、不利とか、消化不良とか、それだけはやめてほしい。

 頼むよ、蛯名騎手。

 頼んだぞ、エビショー。

 悔いのないレースを!

 ガッチャン!

 その思いはファイターも同じでした。超好スタートを切ったエルコンドル。他のどの馬も行こうとしないのを見て、蛯名騎手はそのまま先頭を奪います。思い切った逃げ戦法に、最初は驚きました。でも、すぐに気付きました。マークはされるかもしれませんが、これなら内で控えて包まれたり、後方でゴチャつくことはありません。アウェーでもっとも力を出し切れる方法を、名手は一瞬で選択したのです。

 しかも、後続が近づいてきやすい超スローには落としません。2番手に2~3馬身差をつける絶妙なペースで逃げました。「ムキになっているんじゃ…」と心配になりましたが、3頭立ての前走で逃げる経験をさせていたのが生きたのか、エルコンドルはパニックになることなく、リラックスしています。ただ、馬場は相当悪そうでした。後で知ったのですが、この日は午前中まで雨が降っており、凱旋門賞史上最悪の不良馬場だったそうです。それは日本馬にとっても最悪な状況のはずでした。でも、エルコンドルの脚はしっかりと大地をつかんでいるように見えました。森の中の上り坂。馬場のヤバさを知らずに見ていたからかもしれませんが、苦しんでいるようには映りません。私は心の中で「欧州仕様、欧州仕様…」とつぶやきながら、長期遠征を決断したオーナーと陣営を讃えつつ、後続の動きを気にしていました。勝負にならない馬が、玉砕戦法でつぶしにくる可能性もあります。

「くるな」

「誰もくるな…」

 日本の競馬ファンのそんな祈りが通じたのか、エルコンドルの堂々たる逃げにビビッたのか、はたまたさすがの欧州勢も脚をとられるほど馬場がぬかるんでいたのか、中間地点を過ぎても誰もきません。モンジューは中団の内、デイラミも後方。エルコンドルは坂を下っていきます。画面を通してもかなりの下り。中山競馬場のほぼ倍、ロンシャン競馬場のコースには10メートルの高低差があるのでした。じわじわと奪われていくであろうスタミナ。幸いにして後ろから上がってくる馬はいませんが、エルコンドルのパワーがどれほど残っているのか…もはや他馬は目に入りません。逃げているのですから、あとはエルコンドルが止まるのか伸びるのか、そこだけ。シンプルです。最後のコーナー。手ごたえは悪くない。回ります。蛯名騎手が追い出しました。伸びるのか。体力は残ってるのか…。

「どうだ…」

「いけるのか…」

 必死に脚を前に出すエルコンドル。パワーは残っていました。残り400メートルで後ろを突き放します。

「いけ!」

「いける!」

 直線半ばでリードは2馬身。

「残せ!」

「残せるぞ!」

 残り200メートル。離れていく後続。誰もが夢を見ました。手が届いたと思いました。しかし、1頭だけ、後ろから伸びてくる馬がいました。何かきた。誰かきた。実況が叫びます。「モンジューがきた!」

「くるな…」

「やめてくれ…」

「こないでくれ!」

「エルコンドル!」

「エビショー!」

 ファイターの猛ムチ。応えるエルコンドル。どこにそんな力が残っていたのか、勢い十分のモンジューに怪鳥は必死で抵抗しました。

「がんばれ!」

「がんばれ!」

「やめてくれー!」

凱旋門賞・ゴール前

 日曜日の23時。日本の競馬ファンは肩で息をしていました。テレビの前で一緒に戦った2分半。

「すごいよ、エルコンドル」

「よくやった」

 でも、でも…。

「勝たせてあげたかったなあ」

 快挙を讃えつつも悔しさが消えない夜。私だけではなく、多くのファンが眠れぬ一夜を過ごしたといいます。どうして今日は日曜日なんだとも恨みました。明日は仕事です。行きたくない。行く気なんて起きない。でも、誰かと話もしたかった。「エルコンドル、がんばったね」と。

明けて翌日

 日本競馬の悲願は最後の最後で打ち砕かれましたが、「凱旋門賞で半馬身差の2着」はとんでもない快挙です。本紙も紙面で大展開。

凱旋門賞・翌日紙面

 見出しに「一番強い」とあるように、蛯名騎手はこう話しています。

「アウェーの地、それも90年代で最高のメンバーと言われた中で力と力の勝負をしてこれだけやれたエルコンドルの凄さは分かってもらえたと思う。みんなはどう思うか知らないけど、自分の馬が一番強いという気持ちはある」

 みんなもそう思ってますよ! 私はそう蛯名ジョッキーに声をかけたくなりました。敵地で正々堂々、自らレースを作り、3着を6馬身、4着を11馬身離しているのです。しかも、モンジューとは3・5キロの斤量差があったのですから、誰がどう見ても、一番強い競馬をしたのはエルコンドルでした。嬉しかったのは、現地のファンも、それを分かってくれたこと。記事によると、2着に敗れ、引き揚げてきたエルコンドルに対して、すさまじい歓声が上がったといいます。フランスではまずあり得ない光景だそうで、地元メディアはレース後、こうも評しました。

「チャンピオンが2頭いた」

 誇らしかったです。自分はただのファンなのに誇らしかった。世界中の競馬ファンに「日本にはこんな強い馬がいるんですよー」と叫びたかったです。でも、勝手なファンは、ふとした瞬間にやっぱり思うんです。

「どうにかならなかったのかなあ」

 ホント、勝手だと思います。遠征前は「惨敗だけは勘弁してくれ」ぐらいの期待度だったのに、エルコンドルががんばるたびに勝手に期待度を上げていくのですから。凱旋門賞だって「好走できたら儲けもの」ぐらいの感覚だったんです。それがいつの間にか「勝ってほしい」どころか「勝てる!」ですからね。で、終わったら「やり直せないかな」なんて人(私です)もいたんですから。ただ、火曜日の紙面を見て、私は反省しました。

凱旋門賞・翌火曜

 記事の中では、渡邊オーナーが事実上の引退宣言をしたことと併せ、二ノ宮調教師のコメントが載っています。

「とにかく夢を与えてくれた6か月間だった」

 ハッとしました。このことを忘れちゃダメですよね。見られるかどうかも分からなかった夢を、エルコンドルは見させてくれました。世界を感じ、世界に近づいた気になれた、まさに夢のような半年をプレゼントしてくれたスーパーホースに、私たちは感謝しなければいけません。そして、夢だけではなく、エルコンドルは日本の競馬関係者に勇気も与えました。

 凱旋門賞は雲の上の存在じゃない。

 届かない夢じゃない!

エピローグ

 渡邊オーナーも二ノ宮調教師も、やることはやったというニュアンスでした。上記の紙面にも載っていますが、レース後の蛯名騎手は笑顔も見せています。夢を見させてくれたのですから私もグズグズ言うのをやめないと。いつまでもタラレバを言っていても何も始まらないぞ! そう自分に言い聞かせていたんですが、翌週、エルコンドルに帯同していた本紙特派員の記事を私は読んでしまいました。

凱旋門賞・翌々終トレセン秘話

 死闘の末に2着。「騎乗には悔いはない」と胸を張ってロンシャンを後にした蛯名騎手は、数時間後の残念会で男泣きしたというのです。

 そうだよな。

 悔しくないわけがないよな。

 なのに…

 なのに…

 ファンなんかよりずっとずっとずっと悔しかったはずなのに、蛯名騎手をはじめ、レース後に下を向かなかった陣営に、私は改めて大きな拍手を送りました。下を向かなかったからこそ競馬の神様はもう一度チャンスをくれたのでしょう。2010年、10番人気で凱旋門賞に臨んだ日本馬ナカヤマフェスタが直線で先頭に立ったとき、誰もが1999年のロンシャンにタイムスリップしたのです。

 二ノ宮調教師の管理馬

 乗っているのは蛯名ジョッキー…

 エルコンドル!

 アタマ差の2着でしたが、前を向き、挑戦を続ければいつかきっと夢はかなうと、ファンは確信しました。ディープインパクトの3着、オルフェーヴルの2年連続2着。凱旋門を日本馬がこじ開けてくれるまで、私は死ぬに死ねません。

おまけ1 世界的評価と引退式

 世界的な公式レーティングで、欧州のハンデキャッパーはエルコンドルに「134」を与えています。この数字は90年代の古馬に限れば、米国が誇るスーパーホース・シガーの136に次ぐ高い数値。歴代の凱旋門賞馬と比較しても遜色なく、いかにあのレースがハイレベルだったかの証明にもなりました。

おまけ2 引退式

 ターフを去ることを決めたエルコンドルは、凱旋門賞のおよそ2か月後、東京競馬場で引退式を行いました。

引退式2

 何とも奇遇なのは、当日のメインレースはジャパンカップで、そこにはモンジューが出走。昼休みに披露されたエルコンドルの雄姿に「再戦させてあげたいな~」と思ったのは私だけではなかったでしょう。ただ、このシリーズで触れたこともある通り、そのモンジューを、エルコンドルの同期・スペシャルウィークが返り討ちにするのですから競馬は本当に最高です。

おまけ3 伝説のデビュー戦と共同通信杯

 エルコンドルパサーのデビュー戦は東京競馬場のダート1600メートルでした。

新馬戦・馬柱

 このレース、映像を見つけられたらぜひチェックしていただきたいのですが、マジでヤバイです。出遅れて、4コーナーまで最後方。直線だけで全馬を追い抜いた上に、2着に7馬身差をつけます。しかもその2着馬は後に重賞を勝つのですから、まさに伝説です。

 で、エルコンドルは続く2戦目に中山競馬場のダート1800メートルをぶっちぎり、3戦目で芝のレース・共同通信杯に挑戦します。

共同通信杯・馬柱

 先ほどの本文をしっかり読んでくださった方は「あれ? ダートで3連勝した後に芝に初挑戦したんじゃなかったっけ?」と思いますよね? そう、実はこの共同通信杯、雪が降ってダートに変更されてしまうんです(ダートは芝よりも除雪作業が容易なため)。

共同通信杯

 既に結果が出ているダート戦になったことで楽勝するのですが、芝を試すのが1戦遅くなりました。まあ、芝でも楽勝だったでしょうが。

おまけ4 アグネスワールド

 エルコンドルが凱旋門賞に出走した日、実はもう1つの快挙が同じロンシャン競馬場で達成されています。日本の快速馬アグネスワールドが、凱旋門賞の前に行われたGⅠ「アベイ・ド・ロンシャン賞」を勝利したのです。鞍上はご存じ天才・武豊。苦手だと言われていた不良馬場ながら、当時は日本になかった直線1000メートルのコース形態が合ったのか、スムーズに先行し、最後は叩き合いになった馬にいったん前に出られたものの根性で差し返しました。厩舎も騎手も前年のシーキングザパールと同じ。あまり注目されていなかったのも、その後に走る日本馬の注目度を上げたのも、同じでした。

アグネスワールド・結果紙面

お知らせ

 当シリーズで何度かお伝えした本紙の新サイト「東スポ競馬」がついにオープンしました。オープン記念の「100万円プレゼントキャンペーン」は10月3日までですのでご興味がある方はぜひご登録を。また、私が〝一ファン〟として使ってみた感想をリポートしてみました。どんなサイトかを知りたい方はご一読いただけると幸いです。


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褒められて伸びるタイプなんですよ
東京スポーツ新聞社の紙面で過去に掲載された連載がまとめて読めたり、ココだけしか読めないコンテンツがあったりします。できる範囲で頑張ります。