プロレスラーは年間300試合を戦う――。もはや伝説に近い言葉だが、藤波辰爾は実際に月25試合のペースで戦った経験を持つ数少ないレスラーの一人だ。
パスポートは瞬く間にスタンプを押すスペースがなくなった。それでも足りず、新しいページが追加される。パスポートはどんどん厚くなり、更新の時には文庫本並みに膨れ上がった。休む暇もないほどの試合と移動の連続。だが、不思議なことに当時の藤波につらさはなかったという。
巡業先では病院を探し回り、注射や点滴を打って会場入りした。肉体のメンテナンスには気を使っていたが、口に出すことはおのずと控えた。
長年の無理は藤波の腰を暴発させた。だが長期欠場を乗り越えた藤波は現役続行を決意する。2007年5月には国内通算3500試合を達成した。2年9か月に及ぶ海外武者修行での試合や、WWWFジュニア王者時代の試合が加われば…通算の試合数は想像もつかない。
試合があることが藤波の生きがい。今年でレスラー生活40年を迎えた藤波は回遊魚のごとく、戦い続ける。
※この連載は2009年4月~2010年3月まで全33回で紙面掲載されました。東スポnoteでは当時よりも写真を増やしてお届けします。