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GⅠがない日はウマを読もう【オススメ競馬ミステリー小説】

「先輩、これって読みました?」――競馬が好きすぎるのに競馬の現場記者ではない愛すべき後輩が,、競馬が好きすぎるのに競馬記者ではない私に年始に教えてくれた本が一気読みするぐらい面白かったのでペンを執りました。昨夏に当noteで3本ほど書いた「GⅠがない時期に〝競馬本〟なんかいかが?」に対して「勧められたから読んでみたけど良かったよ」「競馬の本もいいね」という声をいただいてすごく嬉しかったので、調子にのって続けてみます。だって、競馬は読んでも面白いんですもん。(文化部資料室・山崎正義)

思い

 著者は様々な競馬メディアに寄稿されている島田明宏氏。「競馬ライター」というイメージが強いかもしれませんが、小説も書いていて、私は全て読んできました。なのにうっかりしていましたね、新作ミステリー小説が出ていたとは。

「ブリーダーズ・ロマン」(集英社文庫)

 主人公はスポーツ新聞の競馬担当記者。その彼が追いかけることになるのが「トナミローザ」という3歳の牝馬です。オークストライアルのフローラステークスを完勝するところから物語は始まるのですが、それまでの戦績をチェックしてみると少しおかしいことに気づきます。

 新馬戦    中山ダ1800メートル 1着

 葉牡丹賞   中山芝2000メートル 1着

 京成杯    中山芝2000メートル 2着

 伏竜S    中山ダ1800メートル 1着

 これ、牝馬クラシックを歩む馬にしては奇妙です。ダート→芝と連勝したのはいいとしても、その後、牡馬にぶつけ、さらにまたダートに戻している。そもそも桜花賞には見向きもせず、中山競馬場ばかりかと思いきや、次は東京競馬場のオークストライアル…何がなんだか分かりません。しかも、鞍上もおかしい。平地のレースにも乗るものの、主に障害レースを中心に活動しているジョッキーを配しているのです。

「何が狙いなんだ…」

 疑念を抱く主人公。しかし、管理する調教師はマスコミにしゃべらないことで有名なので、意図は全く見えてきません。真実は自らつかむしかない…はい、一気にミステリーっぽくなってきました。ミステリー小説の王道が「謎解き」だとするなら、このローテーション自体が「謎」。我々は予想をする際に、その馬のローテから狙いを読むことがありますが、競馬における「レース選択」というのは予想の根幹になるだけではなく、ミステリーになるぐらい、人間の思いや欲を如実に表しているのだと思うと感慨深いですよね。

 ただ、今までも〝おかしなローテ〟の裏に潜むものを追った競馬ミステリーはありました。事件や八百長です。まさにミステリー小説の王道でしょうが、今回の小説が面白いのは、話がそっちにいかないこと。ストーリー展開がスリリングなので、いきそうには見えるのですが、記者は、トナミローザの血統をたどることで、日本初の民間洋式牧場の存在にたどりつきます。生産者やオーナー、陣営が150年前から連なる血脈をなぜ現代によみがえらせようとしているのか。そこにある「思い」がこの小説のテーマだからこそ、タイトルが「ブリーダーズ・ロマン」なのでしょうが、そのロマンにより、トナミローザが障害レースを走ることになる展開には本当にワクワクしました。

2018年、中山グランドジャンプを制したオジュウチョウサン㊥はこの年の有馬記念に挑戦

 しかも、オジュウチョウサンのような平地と障害の「二刀流」という話題性だけではなく、思いはサラブレッドの強さ、海外挑戦にもつながっていく。障害を走らせることが、あのレースの制覇という夢につながるのです。ネタバレ回避のため、これ以上書けないのが心苦しいですが、とにかく読んだら競馬がもっともっと好きになるのは間違いありません。血統に詳しくない人は「ちょっと勉強してみようかな」となり、普段、小説をあまり読まない人も「おもしれ~」となるはずですよ。

その他の視点

 競馬を長年取材してきた人はついつい昔話をしたがるものですが、この小説の舞台は明らかに〝今〟です。外厩制度、外国人ジョッキー、マスコミとの関係など、描かれる内容はほぼ現在の競馬界と言っていい。「ウマ娘」ブームから競馬を知った人には、生産、育成、トレセン事情、さらには業界が抱える問題点がよく分かるはずですし、古い競馬ファンも「今はこんなことになっているのか」「へ~」となると思います。あまりにリアルで、内部の人からすると正直、「書きすぎだろ」かもしれませんが、登場人物たちのサラブレッド愛すらもリアルで感動的なので、誰も文句は言えないでしょう。

 また、前述した日本初の民間洋式牧場が青森にあり、そこには明治時代の東北の歴史、さらには寺山修司がかかわってきます。競馬を始めたばかりの頃、寺山修司の競馬エッセイを読みまくった私のような中高年にはどこか懐かしく、この小説の読了後、本棚の奥に手を伸ばしてしまいました。

つながり

 ミステリーというのは点が線になるのが醍醐味。私は今回、物語ではなく、読書という行為においてもそれを感じました。実は今回の小説に出てくる「エピジェネティクス」という耳慣れない遺伝のこと、実は昨夏、読んでいるのです。

 実はこれを勧めてくれたのも冒頭の後輩。やられました(笑)。でも、こんなふうに点が線になるのも読書の喜び。やり返さないといけませんね。

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