白毛遺伝子が持つ特別な〝何か〟とは…科学の先に見えたロマン【夏のオススメ競馬本】
「GⅠがない時期に〝競馬本〟なんていかが?」と、前回、珠玉の小説を紹介させていただきました。今回は「馬券本」にしようかな、と思っていたのですが、競馬に関してリスペクトしている信頼できる後輩から「読みました?」と渡された本が興味深かったので紹介させていただきます。ネットなどでは賛否両論あるようですが、白か黒か、正しいか間違っているかではなく、競馬、特に血統に関する「ひとつの見方」として、「へ~」となる部分が多かったので。(文化部資料室・山崎正義)
インブリードの誤解
血統――私は正直、詳しいわけではないのですが、競馬における重要なファクターのひとつですよね。それが全てだ!という人もいるほどですが、「競馬サイエンス 生物学・遺伝学に基づくサラブレッドの血統入門」(堀田茂/著・星海社)は、その血統を、獣医師でもある著者が、生物学・遺伝学的な観点で説明しようという意欲作です。
でしょうね、とうなずきつつ、では、遺伝の仕組みを皆さん、ちゃんと理解していますか?というところから、本は始まります。例えば、一番分かりやすいのが、インブリード(インブリーディング)についてです。私と同じく、こんなふうに理解している人はいないでしょうか。本でも例に挙げられているラッキーライラック(2017年阪神ジュベナイルフィリーズ、19年と20年のエリザベス女王杯を勝利)という名牝の血統表を眺めると
父方の4代祖先と5代祖先に「ノーザンテースト」
母方の5代祖先に「ミスタープロスペクター」が2つ
見受けられます。これ、インブリード的には
ノーザンテースト 4×5
ミスタープロスペクター 5×5
と理解していませんか? 実は「遺伝」というものを理解すると、全く違うのです。遺伝子が代々伝わってきたところで、その効果はあくまで父方と母方の双方から受け取らないと「伝わった」ことにはなりません。つまり、どちらかがゼロなら、いくら掛け算しても答えはゼロ。なので、ラッキーライラックはノーザンテーストとミスタープロスペクターのインブリードとは言えないのです。
私が知識不足なだけかと思っていましたが、この勘違いをしている人は意外と多いらしく、マジか!と思いながら読んでいるうちに、どんどん遺伝に関する知識が頭に入ってきます。「どうして全きょうだいなのに全然違う馬が…」なんてケースも競馬をやっているとよく目にするのですが、そのあたりについてもしっかり説明してくれます。その内容は科学です。でも、勉強すればするほど、知れば知るほど、科学では説明できないことが出てくるから面白い。
科学なのに非科学的なこと
オカルトではありません。科学的な仕組みを理解するからこそ「説明しようとしてもできないこと」が出てくるのです。
白毛一族の奇跡
本の後半、科学が壮大なロマンに発展していきます。言わずと知れた白毛のアイドルホース・ソダシ。
そのおばあちゃん・シラユキヒメからつむがれる一族について、筆者はこんな仮説を披露するのです。
論点は2つ。
筆者は母数がたかだか12であること、つまり科学的には「偶然に過ぎない」と片付けられてもおかしくないサンプルだと理解しつつも、「偶然ではないかもしれない」という仮説を立てています。仮説なのですが、この本のページをめくりながら遺伝の勉強をした上で読むと、「なくもない」と思えてきます。さらに著者は「突拍子もない発想であるのですが」と言いつつ、この一族における「白毛」は「すぐれた競走能力」と関係があるのではないかともいいます。
超ざっくり言うと「シラユキヒメの白毛の血を引いた子孫からは競争能力が高い馬がたくさん出る可能性がある」ということ。そもそも、白毛を誕生させる確率がやたら高いという特異なこの遺伝子は、〝脚が速くなる〟ことも遺伝させているのでは?ってわけです。遺伝子が載る染色体の話、白毛ではないメイケイエールにもその〝脚が速くなる〟が伝わっているかもしれないという仮説を理解するための詳しい説明がこの本には書かれているのですが、つまりはそれぐらいシラユキヒメの白毛遺伝子は
奇跡の遺伝子
かもしれないのです。
ソダシのますますの活躍を期待するとともに、その子供を、遺伝子の行き先を早く見たくなったきましたが、この本を読んで強く感じたことがもうひとつ
科学ってすごい
仕組みを理解した上での仮説は妄想ではなく、妄想なんかより説得力のある立派な推理になるんだと、今回知りました。私のような科学が苦手な人間は、この本のほとんどを正直、めちゃくちゃ頭を使って理解しようとしました。疲れました。ただ、今までの科学本はそれでも分からなかったんですが(苦笑)、この本は大好きな競馬に関係しているからか、説明が上手だからか、何とか理解できました。で、理解できたからこそ、たどりついた仮説の壮大さにやられました。科学とロマンって相反すると思っていたのですが、まさか逆だとは…。
高校のとき、この本からスタートできれば、科学が好きになったかもしれないのになぁ。