舞台「ウマ娘」のメインキャラ!ダイイチルビーお嬢様(とケイエスミラクル)を「東スポ」で振り返る
15日にスタートした舞台「ウマ娘 プリティーダービー ~Sprinter’s Story~」は新型コロナ感染者が出たため、残念ながら2日目以降、26日までの公演が中止になりました。関係者の皆さんの思いを想像すると胸が痛みますし、ファンとしては27日からの公演が無事に開催されることを祈るばかりですが、では、そんな状況で、「ウマ娘」を追いかけてきた当noteができることは何かと考えると、やはり書いて応援するしかない…というわけで今回は、舞台のメインキャラであるダイタクヘリオス、ヤマニンゼファー、ダイイチルビー、ケイエスミラクルに注目してみました。個性的で魅力的な馬ばかりなので、どんな馬だったか気になる人も多いでしょうし、この4頭、ちゃ~んと同時期にレースを走っています。ただ、実はそれ、およそ30年も前の話。古い、古すぎる…ってことで、微力ながらお手伝いさせていただきます。ダイタクヘリオスは既に書いてしまったので、まず今回は各馬のマッチアップが最も多かった1991年短距離路線のヒロイン、ダイイチルビーを「東スポ」で振り返りましょう。この子をまとめると、走ったのがこの年だけだったケイエスミラクルも一緒におさらいできますし、そしてダイタク、ちょっぴりゼファーも…。(文化部資料室・山崎正義)
華麗なる一族
「ウマ娘」のダイイチルビー、公式プロフィルにはこうあります。
華麗なる一族とは、これまたすごい言葉をぶっこんできたなと思った人もいるかもしれませんが、日本の競馬界には本当に華麗なる一族と呼ばれた血筋がありました。1957年に輸入されたマイリーという馬から連なる血で、その牝馬から次々とスピード豊かなサラブレッドが誕生したのです。まず、60年代にヤマピットという名牝(オークス馬にして3年連続で最優秀牝馬のタイトルを獲得)が、70年代に入るとその姪であるイットー(重賞2勝で最優秀牝馬のタイトルを2回獲得)が活躍します。そして、そのイットーが2冠牝馬ハギノトップレディ、宝塚記念馬ハギノカムイオーを産み、中興の祖に。70年代に、「華麗なる一族」というヒット小説があったことで、そう呼ばれるようになったのですが、80年代になり、勢いが衰えてきたかな…といったタイミングで、87年、ハギノトップレディが産んだのがダイイチルビーです。価格を聞いて驚いてください。
1億円!
まだバブル前ですし、昨今のようにポンポンと〝億超え〟が見られる時代じゃありません。79年、前述のハギノカムイオーに1億8500万円の値がついたときは大変な騒ぎになりましたし、まだまだ〝億〟は飛び抜けた値段。しかも、ダイイチルビーは牡馬よりも値段が低いのが当たり前の牝馬です(カムイオーは牡馬)。いくら華麗なる一族でも、ここまでは…という声もあったのですが、父親を聞いて納得でした。
トウショウボーイ――
GⅠを3勝し、一時代を築いた1976年の年度代表馬。三冠馬ミスターシービーを輩出するなど、種牡馬としても大成功していたのですが、「天馬」と呼ばれたこの馬の最大のウリは何と言ってもスピードでした。レコードタイムを次々と出す華麗なる一族の血と組み合わさったら、どんなに速い馬が現れるのか…スピード的に見ると、まさに夢のような配合だったんですね。近年の馬で言えば、ディープインパクトにアーモンドアイをつけるような…う~ん、ちょっと違いますかね。「ウマ娘」に出てくる馬だと、サイレンススズカやマルゼンスキーにウオッカやダイワスカーレットをつけるようなイメージでしょうか。それぐらい〝速さ〟を期待させる馬でした。
そんなダイイチルビーは関西の名門・伊藤雄二厩舎に入ります。それほど体質が強くなく、デビューしたのは3歳2月末になってからでしたが、期待の表れでしょう、鞍上には武豊ジョッキーが指名されました。前年、デビュー3年目で全国リーディングを獲得した天才は、シャダイカグラという馬で桜花賞も勝っており、その調教師さんが伊藤トレーナー。既に黄金タッグとなっていたわけで、単勝1・2倍も当然。そして、この馬は期待にたがわぬ、いや、期待以上のパフォーマンスを見せます。楽にハナを切ると、2着に5馬身差の大楽勝。武豊ジョッキーをこう言わしめました。
伊藤師もこう。
こうなったら目指すはクラシック。桜花賞までは1か月少々しかありませんでしたが、ルビーはトライアルの4歳牝馬特別(現在のフィリーズレビュー)に登録します。1勝馬なので抽選を通らないといけない状況でしたが、週の頭、本紙にはその名がしっかり見出しに取られました。
出走の可能性が低いのに主役レベルの扱いで、右下には血統を詳しく解説する記事も載っています。それぐらいの存在だったので、誰もが抽選結果に注目したのですが…
除外――
仕方なく、前日に行われた1勝クラスのレース・アネモネ特別に出走したルビーは、そこでも2着に2馬身差をつけて楽勝します。
「やっぱりすごい!」
「さすが華麗なる一族!」
誰もが期待しました。
「桜花賞に出てほしい!」
「出たら勝負になる!」
ただ、桜花賞も2勝馬は抽選対象でした。つまり、出られるか分からない。でも、追い切り速報には、その名がしっかり見出しになっていました。
中1週ながら動きも上々。扱いとしては完全に有力馬です。その証拠に、こんな馬柱をご覧ください。
これ、金曜の本紙、A版と呼ばれるものです。本紙は夕刊ですので、その日の午前中に新聞を刷るのですが、当時、競馬の出走馬と枠順が決まるのは金曜の午前中、確か10時過ぎぐらいでした。ただ、そこまで待っていると、輸送の関係で新聞が届かないエリアが出てしまうため、まずは枠順が出ていない「想定出馬表」を載せた新聞を1回発行(A版)。その後、枠順が出た段階でもう一度刷っていました(B版)。つまり、金曜日や土曜日の夕刊には2種類の「東スポ」が存在したわけです。店頭にはひとまずA版が並び、しばらく後にB版と取り替えられましたから(首都圏から遠いエリアはA版のみ)、都内で正午ごろに新聞を買うと「枠順が出てない!」「しまった!」なんてこともありました(苦笑)。私も何度もこの経験をしていますが、似たような失敗をしてしまった皆さん、今ここで謝ります。今はもうA版は存在しないので大丈夫ですが、あの頃は申し訳ありませんでした!というわけで、上に載せたのがまさにそのA版です。まだ出走馬も枠順も決まっていない、つまり抽選前なのでダイイチルビーの名前があります。そして、しっかりと▲がついています。やっぱり有力馬だったのは間違いないのですが、B版を見ると…
はい、名前がありません。
抽選は10頭中2頭
当選確率5分の1
ハズレ――
レースは1番人気だった無敗の良血アグネスフローラという馬が完勝します。翌日の記事は「このまま無敗でオークスも勝てるのか」という内容ですが、下のほうの見出しをご覧ください。
これ、どういうことかというと、無敗のアグネスフローラにとって唯一の脅威は同じ無敗で同じ良血のダイイチルビーで、オークスに出てきたら強敵になるはずだったものの、桜花賞を除外されたルビーが別のレースで負けてしまい、「どうやらそこまでの敵ではなさそうだ」「オークスも安泰だろう」という意味。そう、ルビーは除外された桜花賞と同じ日に行われた「忘れな草賞」を1・3倍で取りこぼすのです。重馬場が影響したのですが、この敗戦で〝底が知れない感〟は薄まりました。さらに、オークストライアルの4歳牝馬特別(現在のフローラステークス)も勝ち切れず2着。
「そうでもないのかな」
「人気先行だったか…」
ファンからはそんな声。しかし、これが競馬の面白いところで、無事に出走権を確保したオークスが近づいてくると、空気が変わってきます。メンバーを見渡すと、アグネスフローラが断然で、その他がパッとしないのです。そんなとき、ファンは血統に注目しはじめることがあるのです。
「大舞台で血が騒ぐかも」
「華麗なる一族の血が!」
追い切りが終わった後、武豊ジョッキーが言い切ります。
柱の印はそれほどでもないです。競馬記者としてはデビュー以来、休みなく走っていますし、トライアルを勝ち切れなかったのですから、印としてはこの程度でしょう。しかし、フタを開けてみると、ルビーは2番人気に支持されました。アイドルジョッキー武豊騎手が乗っていたのもあるのでしょうが、やはり、「華麗なる一族」という看板は大きかった。それぐらい期待させるものが、このお嬢様にはあったのです。あったのですが…
後方から伸び切れず5着――。武豊ジョッキー―はレース後、こう話しました。
いつもよりおとなしかったともいいますから、疲れもあったのかもしれません。
しばらくお休みください――
というわけで、しっかり休養したルビーは秋、ローズステークスで復帰します。
春は押せ押せでしたが、休ませて充電されたお嬢様。本領発揮!が期待された1番人気。
3番手
オークスでは見られなかった行きっぷり
さあいくぞ!
しかし、伸び切れず5着に終わります。さらに、当時は牝馬クラシックの3冠目的なポジションだったエリザベス女王杯の週になって…
回避――
「育ちはいいけど」
「まだ体も弱いのかな」
いかにも〝ひ弱なお嬢様〟感をファンに抱かせたルビー。正直、嫌な予感がしました。いるんです、こういう馬。
良血
箱入り
話題先行
人気先行
本格化せず――
そんな〝あるある〟に当てはまりそうに見えたルビーだったのですが、ご安心ください。お嬢様から貴婦人に成長する過程で、一族が持つ、あの能力が開花します。
鮮やかに
華麗に
1991年
年が明け、ルビーは洛陽ステークスというオープン特別から始動します。距離は1600メートル。伊藤トレーナーは、血統の持つスピード能力を確認しようとしたのでしょう。ミッションを依頼されたのは河内洋ジョッキー。まだまだ未完成の体なので、ソフトに乗ることができて、牝馬の扱いが上手な関西の名手は、以心伝心、後方からそろっとレースを進め、脚を計りました。すると、いかにも牝馬らしいキレ味を見せて2着に入ります。
「やはり適性はこのあたりか…」
3週後、同じ1600メートルの京都牝馬特別(GⅢ)で再確認。周囲は半信半疑だったので3番人気だったのですが…。
スパッ!
シュインッ!
中団からの鮮やかな差し切りには、スピード能力が高い馬ならではのキレ味がありました。
「おっ」
「良血開花か?」
はい、そんな空気が明らかに漂い始めていました。続く中山牝馬ステークスの追い切りも上々。
周囲のテンションも上がりました。しかし、伊藤トレーナーや河内ジョッキーがすごかったのは、お嬢様がこれでもまだ完成前だというのを理解していたことです。実際、このレースでは中山の急坂で脚が鈍り、3着に敗れます。ただ、寒い時期でもあり、ビッシリ仕上げたり、強引なレースはしませんでした。無理をせず、成長を待ったのです。
焦らず
じっくり
優しく育てられたお嬢様。おかげで、気温が上がるにつれて、ひ弱さが抜けていきます。陣営はさらに距離を縮め、1400メートルの京王杯スプリングカップ(GⅡ)にルビーをエントリーしました。
前2年の短距離戦線を引っ張ってきたバンブーメモリーをはじめ、なかなかの好メンバー。
「京都牝馬特別は強かったけど」
「前走は負けてるし」
「まだ完成前かな」
そんな6・7倍の3番人気で、ルビーは5番手の外からあっさり抜け出すのです。
「やっぱり強いじゃん」
「良血開花だ!」
陣営の繊細なタクトが実を結び始めていました。
距離短縮
気候
グンと上向く成長曲線
レース後、河内ジョッキーが「前走の中山牝馬Sと比べて数段、馬がよくなっていた」と話していたぐらいですから、すべてがかみ合い始めていたのでしょう。こうなると、一気に大人になるのがサラブレッドです。再び、東京に遠征してきた安田記念。
+10キロ
消えたひ弱さ
お嬢様から貴婦人へ
あまりいいスタートではなかったんです。道中は中団後方。なんなら、じっくり抑えているうちに3コーナーでは絶望的とも言える後方2番手でした。しかし、直線で外に持ち出されたお嬢様は、そこから10頭以上をごぼう抜きします。
鮮やかな直線一気
美しすぎる追い込み
その脚はまさにこの言葉がぴったりでした。
華麗――
一族が持つスピードをキレ味に昇華させたお嬢様。ついに、そのときがきたのです。
1億円
超良血
開花!
グレード制導入以降、GⅠ・安田記念を初めて制した牝馬として、歴史にその名を刻んだルビー。オーナーが「1億円で買った馬だけど、いまとなっては安い買い物です」と破顔一笑したように、収得賞金も2億5000万を超え、牝馬歴代1位(マックスビューティ=約3億4000万円)も見えてきました。
目指すはさらなる高み
華麗なる名牝道
立ちふさがるのが、舞台「ウマ娘」で共演するあの馬たちです。
ダイタクヘリオス
短距離で開花したお嬢様ですから、このまま夏は休ませ、秋のマイルチャンピオンシップ戦線に備えるのかと思いきや、7月になり、ルビーは高松宮杯という2000メートルのGⅡにエントリーしてきました。
「あっ」
「なるほど」
と思った人もいたかもしれません。そう、これこそ競馬ならではのロマン。実は高松宮杯は、華麗なる一族と切っても切り離せない重賞なのです。
母 ハギノトップレディ
祖母 イットー
も勝っていたので、ルビーが勝利すれば母娘3代制覇になるのですが、それだけじゃりません。
父 トウショウボーイ
叔父 ハギノカムイオー
も高松宮杯の優勝馬なのです。
「競馬って面白いなあ」
「血統って素敵だな」
距離は長くなりますが、体調は万全。
少し前まで慎重だった河内ジョッキーも自信を持っていました。
単勝は1・4倍の圧倒的な1番人気。レースでは堂々の3番手から、4コーナーで先頭に立った馬を追いかけていきました。追いかけていったんですが…。
届かず…。
「誰?」
「どの馬?」
押し切ったのはダイタクヘリオス!
時計の針を安田記念に戻します。ルビーが華麗な差し切りを決めたあの直線で、最後の最後に追い抜いた馬がダイタクヘリオスでした。
実はヘリオス、京王杯スプリングカップでもお嬢様と戦っており、そこでは6着。しかし、10番目まで人気を落とした安田記念で、穴を開けていたのです。穴だったので、フロックっぽくも映りました。だから高松宮杯でも、「まだ信用できないな」と5番人気でした。でも、この馬の実力は本物だったのです。
一度、当シリーズでも書いていますが、軽くおさらいしておきます。ダイタクヘリオスは類まれなスピード能力を秘めたルビーと同級生の牡馬。古馬になったこの年、マイラーズカップを5馬身差で勝つなど、本格化していました。ただ、この馬、気性に問題アリ。すんなり先行すればめちゃくちゃ強いのですが、馬群で揉まれたり、ゴチャついたりすると走る気をなくして惨敗してしまいます。で、人気を落としたときに一発かますのです。高松宮記念のときがまさにそうで、安田記念の後、CBC賞で人気を裏切ったのに、距離を伸ばしてすんなり先行したところ、ルビーを振り切るぐらいの力を発揮しました。
ちなみに、ルビーと走ったときに好走することが多く、「ルビーに恋をしていた」説も流れた馬でもありました。アニメ「ウマ娘」で「お嬢様がつれないんだよー」と井戸に向かって叫んでいるのを見たときはすぐに想像がつきましたからね、ルビーのことだろうと。で、癖馬でありながら実力もあるヘリオスは、秋もお嬢様を追いかけつつ、お嬢様と一緒にマイルチャンピオンシップを目指すのですが、その短距離戦線に一頭、新星が登場します。おそらく高松宮杯の時点ではほとんどの人がその存在を知らなかったはず。そのぐらい
駆け足で
猛スピードで
急浮上してきた馬
新たなライバル出現でした。
ケイエスミラクル
高松宮杯の後、英気を養ったルビーの復帰戦は10月末のスワンステークス(GⅡ・1400メートル)。GⅠウイナーですから、牝馬ながら57キロが課されたものの、本格化した良血には足かせになりません。道中、ひと足先に毎日王冠をひと叩き(5番人気2着)したヘリオスが先頭をうかがおうとすると、その後ろ、5~6番手の外にいたルビーの河内ジョッキーはじんわりポジションを上げ、プレッシャーをかけていきます。名手の意のままに動けるぐらい操縦性も高くなっていたのです。そして、その圧力で〝すんなり〟とはいかなくなってしまったヘリオスが、直線で下がっていく中、満を持して追い出します。
「いけっ!」
ファンが声を上げた瞬間でした。内からギュインと抜け出した馬が一頭。
ケイエスミラクル!
5番人気ですから、ほどほどには売れていました。ただ、4番人気だったヘリオスの6・8倍からはかなり離された12・5倍という数字は、伏兵の域は出ていなかったことを表しています。当然、ファンはビックリ。「え?」という感じだったのですが、タイムを見て「あっ」となりました。
日本レコード――
そして、「はっ」となったのです。実はこの馬、レコードを出したのが初めてじゃありませんでした。
4走前・札幌1200メートルでレコード
前走・京都1200メートルでもレコード
なんと3回目!
じゃあ、なんでそんな馬が5番人気だったかというと、2走前に初めて重賞に挑戦したとき、13着に敗れていたから。もう一段階上にいくには〝壁〟がありそうな負けだったんです。その後に走った京都1200メートル戦は重賞ではないオープン特別だったのでレコードで勝てたものの、さらに距離が伸びた1400メートルのGⅡはさすがに敷居が高いんじゃ…という評価だったんですね。とはいえ、現実に日本レコードを出されると、そのスピードを評価しないわけにはいきません。しかも、2走前の大敗を除くと、この馬の成績は
7戦5勝2着2回
ほぼパーフェクトでした。札幌でレコードを出したのは1勝クラスのレースでしたが、あまりの強さに次走、単なる条件戦なのに単枠指定になったほど。
なかなか珍しいです。しかも、このレース、レコードは更新しなかったものの、着差のつきにくい1200メートル戦で2着に9馬身差をつけています。
「スワンS勝ちはマグレじゃない」
「2走前をノーカウントにすれば…」
「大物だ」
「とんでもない快速馬じゃないか!」
まだデビューして半年しか経っていない3歳馬だったというのも底知れなさをあおりました。さらに、ミラクルが外国産馬だったことが、拍車をかけます。本格的な外国産馬ブームはこの後にやってくるのですが、以前からチラホラ輸入されていた〝外車〟は、時に、とんでもないエンジンを積んでいることがあるのです。伝説の〝スーパーカー〟マルゼンスキーのように、日本馬には出せないスピードを備えている可能性を予感した記者やファンは震えあがりました。
「エンジンが違うんだ」
「モノが違うかもしれない!」
マイルチャンピオンシップが近づくにつれ、ケイエスミラクル株は急騰しました。
駆け足で
猛スピードで
急浮上
追い切り速報でもひと叩きして本番に向かう女王に次ぐ扱いです。
僚馬をアッと言う間に置き去りにした最終追い切り。計測された破格のタイムがますます「搭載エンジンが違う」感をあおり、さらに評価は上がりました。その〝スピード出世〟ぶりには厩務員さんも舌を巻くほど。
加えて、レース前、鞍上の南井克巳ジョッキーがこんなことを言い出します。
外国産馬は〝速いだけ〟で精神的にモロいことも多いのに、ミラクルは違うというのです。こうなると印も回ります。
もちろん、春のマイル王で、前走から斤量が2キロ減り、体調も絶好だったダイイチルビーが大本命ですが、注目は明らかにケイエスミラクルでした。
「ダイイチルビーは速い」
「でも、ケイエスミラクルはもっと速いかもしれない」
2番人気となったミラクルのオッズはルビーの1・8倍につぐ4・3倍。3番人気のバンブーメモリーが10・6倍でしたから、構図としては完全に2強でした。2頭とも速い。でも、成長の速さは対照的だったのが実に興味深いです。
じっくり育てられ、ついに本格化したお嬢様
デビュー半年足らずで一気に頂点を狙う快速馬
華麗なる一族の貴婦人か
舶来の若者か
「どっちだ」
「勝つのはどっちだ!」
ガチャン!
ゲートが開き、あまりスタートが良くなかったルビーは後方に控えました。ミラクルもあまりいいスタートではなく、初めての1600メートルでガンガン飛ばしていくわけにもいかなかったのでしょう、後方に控えます。するとちょうど右隣にルビー。もしかして南井ジョッキーは狙っていたかもしれませんが、自然とマークするような形になりました。
3~4コーナーの下り
勝負所
一気に動くルビー
ついていくミラクル
直線
一緒に追い込んできました
「差せ!」
「差せ!」
5番がダイイチルビー
11番がケイエスミラクル
が!
その前に一頭
ダイタクヘリオス!
「えー!」
スワンステークスの9着で、単勝11・8倍の4番人気にまで評価を落としていた癖馬の一発。いや、一発なんですが、マグレじゃないことに、すぐにファンは気付きました。
「やられた」
「やりやがった…」
「ホントにこの馬は…」
「いつ走るか分からない」
「でも、走ったときは強いんだった!」
そうです。ヘリオスはすんなり走れば強い。この日は主戦の岸滋彦ジョッキーが上手に〝すんなり〟を引き出していました。いや、上手なんですが、レース後に「イチかバチかだった」と語っていた通りのギャンブルだったかもしれません。スタート直後、抑えようとしたところ、ヘリオスはムキになってひっかかりまくり、頭を上げ、大きく口を割って(開けて)いたのです。それはファンから失笑が漏れるほどで(ヘリオスは口を開けて走ることが多かったので「笑う馬」と呼ばれていました)、このままじゃヤバイと思った岸ジョッキーは3コーナー過ぎで「えーい、こうなったらいっちゃえー」と先頭を奪い、一気にスパートしたのでした。乗り方としてはメチャクチャで、超早仕掛けです。でも、先頭に立ってからは邪魔するものもいませんでしたし、人気馬が後ろにいたのでプレッシャーもなく、〝すんなり〟走ることができました。すんなり走れば、この馬は本当に強いのです。もしかして、恋するお嬢様にいいところを見せたかったのかもしれませんが(苦笑)。
レース後、2着を死守したルビーの河内ジョッキーはこう話しました。
3着・ミラクルの南井ジョッキーはこう。
お嬢様と快速外車の対決は〝引き分け〟といったところ。勝負は翌月に持ち越されます。戦いの場は中山競馬場。
電撃の1200メートル戦
スプリンターズステークス!
再戦
マイルGⅠ春秋制覇を阻まれた上に、よくよく考えれば高松宮杯では母娘3代制覇も阻まれているのですから、ルビーにとってヘリオスは「またお前かーい!」といったところでしょう。もしかしたら、「スプリンターズステークスでギャフンと言わせてやる!」と意気込んでいたかもしれませんが、気まぐれヘリオスは、レース選択でも気まぐれでした。
スピード馬なのに
前年スプリンターズSに出て5着に入っているのに
次走は有馬記念(2500メートル)!
ルビーからしたらこうだったでしょう。
「出てこないんかーい!」
周りが速い馬ばかりの1200メートル戦では、勝ちパターンの〝すんなり〟に持ち込めないからこその選択だったのでしょうが、実はこの年のスプリンターズSには徐々に力をつけつつあったヤマニンゼファーもこっそり出走していたので、4頭そろい踏みとなっていたと思うと少し残念です。まあ、気まぐれヘリオスらしいですけど(笑い)。
というわけで、スプリンターズSはルビーとミラクル、再びの一騎打ちとなりました。印はこんな感じです。
マイルCSと比べて、印がミラクル寄りになっているのがお分かりになると思います。冷静に考えると当然です。ルビーが1200メートル未経験の一方で、ミラクルは2度も1200メートルでレコードタイムをマークしています。しかも、鞍上には中山を熟知した名手・岡部幸雄ジョッキー。追い切りに乗った辛口の名手が「体が柔らかく気性も素直なタイプ。雰囲気もなかなかいい」と褒めたことで、さらに評価は上がりました。単勝オッズは…
ダイイチルビー 3・0倍
ケイエスミラクル 2・2倍
ついに1番人気を譲ったお嬢様
ついに1番人気まで上り詰めた快速外車
「どっちだ…」
「どっちが勝つんだ!」
運命のファンファーレが鳴りました。スタートがイマイチなこともあるルビーは「引きたい」と言っていた後入れの偶数枠・12番ゲートから、遅れることなく好スタート。ただ、初めての1200なので自然とポジションは後方になりました。揉まれない位置を追走しているあたりはさすが河内ジョッキーですが、直線の短い中山ですからファンはやや不安げにその走りを見つめます。反対に、中団に控えたミラクルは手ごたえ十分。
「やっぱり1200ならミラクルか…」
「スピードではこっちが上か…」
その思いが確信に変わったのは4コーナー手前。勝負所で岡部ジョッキーがGOサインを出すと、外車のエンジンに火がつきました。絶好どころから、鬼のような手ごたえで、カーブを曲がり、先団を飲み込もうかという「ギュイ~ン」というポジションの上がり方は、1200戦では見たことのないものでした。やはりこの馬はモノが違いました。
ケイエスミラクル
舶来の快速馬
希代のスプリンター
「すげえ…」
「速ぇ!」
昂ぶるファン。その直後でした。
「あ!」
直線を向いて故障を発生したミラクル。
下がっていくミラクル。
その横を
その外を
風のように
ダイイチルビー!
一瞬でした。
美しすぎる直線一気
その鮮やかさが
華麗さが
華麗だからこそ
ミラクルの不運を吹き飛ばしてくれたような…
そんな気がしました。
ありがとう、ルビーお嬢様
お疲れ様、ケイエスミラクル
あなたは速すぎました
いろいろな意味で
戦いは続く
残念ながら重度の骨折となったケイエスミラクルは安楽死となりました。競走期間はわずか8か月。まさにはやてのように現れて、はやてのように去っていったのですが、今でもファンが多く、古い競馬好きから「歴代最速では?」という声が上がるのは、その8か月のインパクトが大きかったからでしょう。
話をお嬢様に戻します。無事に先頭でゴールテープを切ったルビーの勝利には多くの記録がついてきました。
レースレコード
日本レコードタイ
牝馬としては牡馬相手に初めてGⅠを2勝
収録賞金歴代牝馬ナンバーワン
華麗なる一族のお嬢様は、その血にたがわぬ名牝となり、一族の名をさらに上げることになりました。良血が良血らしい結果を残すケースは決して多くはありませんから、馬にも陣営にも本当に頭が下がります。1億円の馬を預かった伊藤師もホッとしたでしょうが、もしかしてルビーもホッとしたのかもしれません。
「超良血なんだから」
「華麗なる一族なんだから」
これほどの重圧はないですよね。だから、結果を残してひと息ついたのかもしれませんし、血の宿命を背負い続け、必死になって期待にこたえたルビーの精神と肉体は、私たちの想像以上に削られていたのかもしれません。実は翌年、お嬢様は不振に陥ります。
マイラーズカップ 5着
京王杯スプリングカップ 6着
連覇をかけた安田記念 15着
名伯楽も分かっていました。
無理をさせられません。
ルビーには大事な仕事が残っているのです。
母として華麗なる一族の血を残す仕事が。
では、ルビーのいなくなる短距離戦線はどうなったか。改めてこの92年安田記念の馬柱をご覧ください。
印を集めていたのはダイタクヘリオス
前年のマイルCS覇者
この年のマイラーズカップも完勝
1番人気
はい、もう皆さんお分かりですよね。
こういうとき、気まぐれヘリオスは走りません(苦笑)。
では、どの馬が勝ったかというと…
次回、ルビーお嬢様からバトンを渡された、この馬について書いてみようと思います。
ウェイウェーイ
ヘリオスの面白さについては、一昨年、メジロパーマーとの関係を中心に書かせていただきましたので未読の方はぜひ。改めて読んでみると、ヘリオスはやっぱりパリピです。自分だけじゃなく、その気まぐれっぷりにより周囲も光らせ、競馬を盛り上げるのですから。