BiSHができるまで/WACK渡辺淳之介社長インタビュー【後編】
「楽器を持たないパンクバンド」として大人気の女性6人組グループ「BiSH」。人気になった裏には“仕掛け人”として知られるプロデューサー、所属事務所WACKの渡辺淳之介社長(35)の存在がある。渡辺社長はいかにして独自のプロデュース術を手に入れたのか。今回は「BiS」始動時のエピソードから、「BiSH」が誕生しスターダムを駆け上がるまでの怒涛の展開を一気に語ってもらいます。(企画構成・アラフィフ記者F)
2019年渋谷O-EASTでライブを終えたあとのBiSHメンバー
プー・ルイは僕を困らせるために言いだした「アイドルグループを始めたい」
渡辺淳之介社長はまったくアイドルに興味がなかったと衝撃の事実を明かした
――大学生ながら「デートピア」から「つばさレコーズ」へ転職。きっかけは
渡辺氏 松隈ケンタさんとプロジェクトをやりたい!と考えた時、デートピアでは難しいと思ったんです。そんな時につばさレコーズともう一社の募集を目にして、とりあえず書類を送ってみました。つばさからはすぐに返信が来て、「すぐに面接に来い」と。実は返信があまりに早いから「やばい会社かもしれない」と思ったんですが(笑い)、川嶋あいのような有名なアーティストがいるから大丈夫だろうと受けに行ったんです。
――すんなり決まったんですか
渡辺氏 最初の面接から取締役の福原慶匡さんでした。同じ早稲田の出身ということもあり「君は絶対に来た方がいい。上にあげておく」と。次が社長の吉永達世さんで「明日から来い」みたいな感じで。
――展開早っ! 転職してすぐに希望の仕事はできないですよね
渡辺氏 面接で気に入っていただけたのか、すぐ社長の付き人みたいになって、1年半ぐらい社長の営業回りとか打ち合わせとか、全部くっついて出させてもらってました。正直、かなり大変だったんですが、ベンチャー企業ならではの社長の発言力みたいなのがあったから、「気に入ってもらえれば好きなことをやらせてもらえるかも」と思って必死にやってました。
――音楽関係の仕事はできたんですか
渡辺氏 音楽のことは何もできなかったです。でも体育会系の面白い方で、アイデアマンだし、営業とか超うまくて、本当に学ぶことが多かったです。そして1年半過ぎたころに「そろそろいろいろと分かってきたでしょ。ひとつ好きなことをやっていいよ」と社長が言ってくれたんですよ。それで「川嶋あいに続け!」ってオーディションをやって、合格したのがプー・ルイです。
――後の「BiS」の中心人物!
渡辺氏 最初はソロでやってたんですよ。当時、Perfumeがめっちゃはやっていたので、あれを一人でやったら面白いと思い、いろいろやってみたんですが、鳴かず飛ばずで数か月…。
――それがどうしてBiSを始めることに
渡辺氏 プー・ルイが僕のことを大嫌いだったからでしょうね。
――え? どういうことですか
渡辺氏 僕のことをすげー嫌いだったって言ってました。だから僕が絶対にやりたがらないことを言って、困らせてやりたいという気持ちがあったみたいで、「アイドルグループを始めたい」と言いだしたんです。
プー・ルイのひと言がBiSの運命を変えた
――今までのお話を振り返ると、ニルヴァーナから始まる“好きな音楽史”にアイドルのアの字もありませんでした
渡辺氏 アイドルは全く通らなかったし、知らなかったんですよ。学生の時にはやってたからモーニング娘。の「LOVEマシーン」(1999年)は知ってたけど、それぐらい。プー・ルイの話は2010年で、ちょうどAKB48の全盛期だったんですが、僕はAKBというグループがいるのは知っていたけど、それ以外何も知らないという状態でした。
――その状態からアイドルグループをプロデュース!? それが後のBiS!?
渡辺氏 本人がやるって言うし、今のままではどうしようもないから、やってみようかと…。
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