ちょうど40年前に〝文通〟の楽しみを語っていたプロ野球選手
加藤伸一にはプロ生活に意外な励みができている。今季高校出身のプロ1年生投手として5勝4敗4セーブの出色の活躍を見せた加藤。穴吹監督以下首脳陣もエース級の信頼を寄せているが、持ち前の甘いマスクで人気度もうなぎ登り。女性ファンも急増している。
意外な楽しみというのは、そんな女性ファンから送られてくるファンレター。「平均して1日約2通です。大半が近畿地区から送られてくるんだけど内容がバラエティーに富んで面白いんだ」
弱冠19歳で海千山千のプロの強打者に立ち向かう。ピシャリと三振に切って取る快感もあれば、無残に打ちのめされることもある。傷心で堺市内にある合宿所に戻ってきた加藤の心をいやしてくれるのがこうした女性ファンからの手紙なのだ。
「読んでいるうちに嫌なことも忘れてしまうんだ。僕も男だから女性からの手紙は興味あるし、なかには自分の写真まで送ってくる子もいる。まるでお見合い写真みたいで夢がありますね」
年間に約700通にもなるファンレター。そして本当の、この手紙の送り主に必ず返信を書くことなのだ。
「1日に2通くれば必ず2通分の返事を書くんですよ。それが唯一の趣味でもありますね」
夜になると机に向かい辞書を片手にせっせと手紙を書く。「両親にはまり送ったこともない」加藤が女性ファンにはコマメな姿勢を見せるのもそれなりの理由があってのこと。
厳しい生存競争が繰り広げられるプロ野球の社会。チームメートの畠山準、藤本修ともライバル同士でしかない。心の悩み、迷いを簡単に打ち明けられるものではない。加藤にとって唯一の心の交流の場が同年代の女性ファンとの手紙の交換なのだ。そして〝野球バカ〟にならないために長い文章を書くことに大きな意義を見出しているのだ。
自らを無趣味男と呼ぶ加藤の唯一の楽しみ、励みこそ女性ファンとの文通。19歳の青年の悩みを返信に書き込み、味気ないプロ生活のハケ口にしているのだ。加藤は今夜もねじりハチマキ、辞書を片手にファンレターとの闘いを演じている。
※このコラムは1984(昭和59)年12月9日付、東京スポーツ紙面「来年もプロ野球通でいられるための『人』データ 85球界ガキ大将」を再掲したものです。