「咳をしても一人」から「一緒にいてもスマホ」へ
ピース又吉も愛した尾崎放哉
自由律俳句をご存じでしょうか? 五七五の十七音や季語といった定型に縛られない俳句の形式で、尾崎放哉や種田山頭火が代表的な俳人として知られています。なかでも放哉の「咳をしても一人」という句や、山頭火の「分け入つても分け入つても青い山」という句は教科書に載るほど有名なので知っている人も多いかと思います。パッと見ると、俳句らしからぬ俳句なので「なんじゃこりゃ…。オッサン、ルールに縛られないでだいぶ勝手なことするんだな」というのが私の学生時代の印象でした。
しかし、大人になって改めて読んでみるとこれが味わい深い。特に、不治の病を抱えた放哉が孤独をうたった「咳をしても一人」という俳句が、本来とは違う意味合いで心にしみたのです。まずは、『孤独の俳句「山頭火と放哉」名句110選』(小学館新書)の中にあるピースの又吉直樹さんの解説を読んで、句本来の魅力を見てみましょう。
めちゃめちゃ孤独で不憫と思われるかもしれませんが、放哉の人生を知るとちょっとだけイメージが変わるかもしれません。1885年、鳥取市に生まれた放哉は超優秀で東大(旧東京帝国大学)卒のエリート。ところが、酒に溺れて数々の失敗をします。彼の才能を買う周囲の人たちが何度手を差し出して就職しても同じ過ちを繰り返すのです。38歳で無一文になり、独居無言の生活を求めて寺男となるも師匠である荻原井泉水が寺を訪れ再会を果たした際には、ハメを外してどんちゃん騒ぎ。その結果、住職激オコで追い出されます。41歳のときに不治の病だった肺結核がわかり、死に場所を求めるようにたどり着いた小豆島で3000近い俳句を詠んで死去します。貶める意味ではなく、フツーに生きることができなかった奇人なのだと私は思います。そしてお酒の飲みすぎ、怖い…。
スマートフォンと孤独
さて、山頭火も酒と縁が深い人生で、これまた破天荒極まりないのですが、長くなるので割愛します。私が考えてみたいのは、「2023年に放哉や山頭火が感じたような〝孤独〟はあるのか」ということです。「生涯未婚率は上がっているし、単身世帯も増加しているから孤独を感じている人は多いんじゃないのか」という意見もあるでしょう。それはごもっともだと思います。しかし、自分自身が「孤独だ、孤独だ、孤独だ…」と思っている時間にすら、スマートフォンがブブっと鳴り、孤独が満ちる前に自意識が引きはがされるのではないでしょうか。その通知があなたに寄り添おうとしてくれている人だったらありがたいことです。けれど、どうでもいいニュースやメルマガやSNSだったら…、少なくとも私はイラっとします(笑)。もしも放哉や山頭火がスマホを持っていたらこんなに寂しさが凝縮された俳句は書けなかったのではないか、9割以上の人がスマホや携帯電話を持っている2023年にそんな〝孤独〟は存在しないのではないかとすら思うのです。
自由律俳句みたいな書名
スマホ依存までいかなくてもスマホが私たちの考える時間を奪っている可能性があるよなぁと思いながら本屋を歩いていると、衝撃的なタイトルの本に出会いました。臨床心理学者であるシェリー・タークルの『一緒にいてもスマホ』(青土社)です。本のタイトルが既に自由律俳句になってるじゃないか!と驚いたのです。
タークルは米国人なので原題を調べてみると、「Reclaiming Conversation:The Power of Talk in a Digital Age」。私は英語が得意じゃないので自信はありませんが、そのまま訳すなら「会話の再生 デジタル時代におけるトークの力」でしょうか。これを『一緒にいてもスマホ』と意訳するのがすごいですね(500ページもある分厚い本なのでゆっくり読んでいるところです)。
暴論に聞こえるかもしれませんが、私は「一緒にいてもスマホ」が現代版「咳をしても一人」ではないかと思っています。同じ時間、同じ場所にいるのにもかかわらず、それぞれがスマホを見つめ画面の中の世界とつながっている状態。他の世界とつながっているから厳密には孤独ではないのだとしても、目の前にいる人との間に生まれるはずだった会話がスマホによって遮られている状態もまた新たな〝孤独〟と呼べるのではないでしょうか。
スマホは超絶便利です。いろんなことが調べられるし、音楽も聞けるし、道案内もしてくれるし、東スポWEBも読めます(いっぱい読んでね!)。この便利さを否定するつもりはないし、おそらく誰もできないでしょう。でも、1日に何度も飛んでくる通知が煩わしいと思うことがあるのも事実で、放哉や山頭火のように意識を研ぎ澄まさなければ見えないものもあるような気がしています。それゆえ、現在の仕事用iPhoneSEと私用GooglePixel5aには、高校生のときに初めて手にしたF502iのような愛着がわいていないのかもしれません。光るアンテナ好きだったんだけどな。(東スポnote編集長・森中航)