「上げなくても上がるから上げないので上がらない賃金」ってどういうこと?
大手企業を中心に初任給引き上げの動きが加速し、大卒で30万円超の企業が続出していることが話題です。人手不足が深刻化していることが大きな要因ですが、40代~50代前半のいわゆる就職氷河期(ロストジェネレーション)世代の人からは「初任給20万円もらえる企業に就職できるだけで御の字だったのに」「結局、俺たちはいつ報われるのか」と複雑な声も上がっています。
1984年生まれの私も氷河期ど真ん中の先輩たちの気持ちは少しわかります。ただ足元で物価が上がっていることも事実で、昨年夏に〝令和の米騒動〟が起こって、新米が出回ってもなおスーパーに並ぶお米の価格は前年比の約1・5倍。最近ではキャベツ1玉1000円など信じられないニュースも報じられ、給料がこのままでこの先増えていかなければ「今までと同じフツーの生活ができないよね」って不安感を抱く人も少なくないでしょう。
大学卒業後、ニートを経てサラリーマンになって早16年。毎月振り込まれる給料で生活してまいりました。そうはいっても仕事をいくら頑張っても部数減少に歯止めがかからない新聞業界はとても厳しく、「会社四季報 業界地図2025年版」内の業界天気予報でも6段階で一番悪い〝大雨〟の予想となっています。紙売れずベアは遠くになりにけり、とでも詠んでおきましょうか。やまない雨はないと祈りながら(苦笑)。
そもそも給料とは何かを一から考え直すべく、『賃金とは何か 職務給の蹉跌と所属給の呪縛』という本を読みました。ベア(ベースアップ)を身をもって知らない私にとっては、この奇妙な和製英語が1950年に初めて使われた、意外と古い言葉なんだと知っただけで読む価値がありました。当時の日本はまだ占領下で、GHQによる緊縮政策が進められる中、賃金抑制の手段に対する呼び名であった「賃金ベース」という言葉が、労働組合運動によってそれを突破していつしか賃金引き上げを図るための言葉として使われるようになったというのは数奇な話でしょう。また、ジョブ型雇用をめぐる議論が60年前に行われていて、まったく実現しないまま終わったというのも皮肉めいたものを感じます。
一番膝を打ったのが、タイトルにも入れた「上げなくても上がるから上げないので上がらない賃金」という文言です。一読したときにはまるで意味が飲み込めず、お笑いコンビ「かまいたち」のUFJ・USJ漫才の中に登場する魔のフレーズ、「もし俺が謝ってこられてきてたとしたら絶対に認められてたと思うか?」を思い出してしまいました(笑)。漫才はさておき、どういうことなのかを見ていきましょう。
「失われた30年」を象徴する賃金の推移としては上のようなグラフがよく使われますが、著者の濱口桂一郎氏はグラフのように賃金が上がることなく完全に低迷していた人は少数派だろうと言います。
ベアと定期昇給の違いを理解していない方にはさっぱりでしょうが、ざっくり言うと定期昇給だけでは最年長の労働者が企業を離れ、新入社員が給与のエスカレーターの最下段に入れ替わるだけで人件費総額は常に一定に留まり続けます。ベアがなければ全体の人件費が上がらないのでグラフの線は上向きません(労働人口が極端に増えれば上がるのでしょうが、実際には労働人口は減少しています)。それでは、「上げなくても上がるからから上げないので上がらない賃金」の答え合わせといきましょうか。
賃金の世界と歴史は想像以上に複雑怪奇でしたが、これは実にわかりやすくて面白いですね!給料のために働いていますが、私は面白いことを面白く伝えるために働いている気がしないでもないでも過言ではないような気がしています(笑)。(東スポnote編集長・森中航)