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サラブレッドがサイボーグ化!?異端のSF小説に震える【夏のオススメ競馬本】

 GⅠはないけど時間はある夏にお届けしている特別企画。オススメの競馬本紹介も3回目となりました。今回は、超異端の競馬SF小説です。その名も

『競馬の終わり』

 物騒なタイトルですが…。(文化部資料室・山崎正義)

著者は杉山俊彦氏

現実が追いかけてきた

 10年ほど前だったと思います。書店で見つけたときは「おっ、競馬の小説じゃん」と気軽に手に取りました。解説も、敬愛する文芸評論家・北上次郎さんでしたし(藤代三郎としてもおなじみ)、しっかりと絶賛されていたので早速、購入して読んだのですが、SFに慣れていない私が感じたのは

 SFってすげぇ

 何やってもいいんだ

 でした。何せ小説の舞台となる近未来では

 サラブレッドのサイボーグ化

 が進められているのです。

 脚を機械に

 もっともっと速く!

 それが3年後。つまり、現1歳世代は

 非サイボーグで走る最後のダービー世代!

 当時は「なんじゃそりゃー」と思ったのですが、この夏に読み返してみて、ちょっと怖くなりました。この10年、競馬のスピード化がますます加速していますし、世の中、小説みたいな、信じられない出来事もたくさん起こります。何より、この小説の設定が、10年前より、リアルに感じられるんです。だって、小説の中で

 日本はロシアに占領されています。

 首都は新潟になっています。

 今のロシアを見ると、なんだか怖くなってくるのですが、読み直して「あー、そうだ」「だからこの本はすごかったんだ」と思い出しました。第10回の日本SF新人賞を受賞した傑作SFであるのと同時に、競馬の描写にところどころ唸らされるのです。

レースが目に浮かぶ

 例えば、追い込み馬の走り。時にシンプルに、時に詳細に。まずはとんでもない能力を持った馬が新馬戦で見せた、他馬が止まって見える追い込み。

追い込み馬、それは一瞬だ。一瞬ですべてが精算される。

「競馬の終わり」

 続いては、下級条件のレース。

 先行馬は多いが、逃げ馬は一頭もいなかった。スローペースになるという予測がされていた。実際は、内枠の先行馬二頭が競り合ってハイペースになった。それでも二頭は残り三百メートルまで粘ったが、そこでばったりと脚が止まった。中団にいた有力馬三頭がぐっと先頭に躍り出た。直線上で競う三頭は、四コーナーを回り最後の直線に入るとき、三頭ともインを突いていた。今日の芝コースはイン、アウトの荒れ具合が同じだ。ならばインを突いたほうが有利だが、それは周知の事実のため、ジョッキーは皆そこを狙うので、ごちゃつく危険がある。だがペースが速いために馬がばらけ、三頭ともインにもぐり込めた。しかしハイペースはやはり彼らの脚に負担をかけ、余力が無い。伸び切らない。そのうちの二頭は残り百メートル地点で力を喪失した。一頭がどうしようもない状態でゴールに向かう。すると最後方にいた人気薄の馬が、切れる脚ではなくなまくらな刀のような脚で大外から走り込んできて、最後の最後でかわし切った。クビ差だった。

「競馬の終わり」

 実際の競馬、下級条件のレースで見かける典型的な〝ハイペースの前崩れ〟ですが、頭打ちの馬がもがき合っているのがこれほど伝わってくる文章を初めて読みました。最後の「なまくらな刀のような」という表現も見事すぎます。また、競馬エッセイの大家・寺山修司が書きそうで、でも、寺山修司よりちょっと冷めたこんな文章も。

 絶望に向けて新馬たちが走り出した。馬はなぜ走るのか。何かから逃げるためとも言うし、単に走りたいからとも言う。とにかく、走るという現象がある。コース上にいるサラブレッドは走る。彼らは狭き門に向けて走る。門をくぐったところで、幸せが訪れるわけでもないのに。でも、門の先に何もないということはないだろう。生命にとって必然で、逃れることができず、触れることを望み、そのくせやはり後悔するものが先にあるのなら、馬が走り人が見るこの行為は、世界の有り様と重なる。

「競馬の終わり」
ターフを疾走するサラブレッド

 根底に潜む絶望感は、物語の舞台設定につながります。主人公は、前述のようにロシアに支配された日本でサラブレッドの生産を行っているのですが、間もなくやってくる競馬のサイボーグ化というのは、彼らの仕事を無意味化させる可能性が高い。この小説では、心肺機能はそのままですが、脚は機械化され、アップしたスピードは均等化されてしまうのです。

「馬をサイボーグ化すれば格段に速くなるだろう。メンテナンスが楽になるだろう。故障した脚を取り替えればよいのだから。しかし、そんなものをサラブレッドと呼べるのか」

「競馬の終わり」

 まさに生産者にとっては絶望的な状況です。でも、そんな中で、日本にきているロシアの高官が、非サイボーグ馬の最後のダービーを勝とうとします。最後の生身のダービー馬のオーナーになろうとするのです。

栄光のゴール

 それに対し、生産者たちは何を思うのか。人間の根本を見つめ直すのに、競馬という題材が大きな役割を果たし、そしてその競馬の描写については、著者が競馬に詳しいとしか思えないほどリアル。SFなのにリアルです。やや怪談チックな香りもするので夏にオススメの一冊ですよ。


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