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「自分が生まれた日の東スポ」が〝あたおか〟だった!

こんにちは、2024年の東スポ新人note2番手を務めます松岡と申します。
今年で3年目を迎える新入社員note、第1回は佐藤が先陣を切ってくれました。「東スポの就活」について語っておりますので就活生はじめ興味のある方、是非ご一読ください。

というわけで2番手の私が何をやるかですが、タイトルにもある通り「インターンで自分の生まれた日の東スポを見た話」をさせていただこうと思います。

「いや、もっと会社のことを説明したり自己紹介をしたり他に話すことがあるでしょ」

と思われる方もいるかもしれません(主に同期に)。しかし新人noteも今年で3年目。我々にも”攻め”の姿勢が必要なのではないでしょうか。MLBでは「2番最強打者論」が完全に定着した昨今。日本の国民的スター、大谷翔平選手もドジャースで2番を務めています。

2026年のWBC出場が期待される大谷選手

大谷選手には遠く及びませんが、私も勝手に「2番最強論」を唱えスラッガーになったつもりで好き勝手noteを書いていこうと思います。お付き合いいただけましたら幸いです。


東スポのインターンシップについて

内定が出たあとの内定者インターンだった

本題に入る前に簡単に東スポのインターンシップについて説明します。
ここまで読んで「え?東スポにインターンがあるの?参加してないよ!」と思った就活生の方がもしいましたらご安心ください。東スポは世間一般で言われるような就活インターンは実施しておりません。東スポで行っているのは主に内定が出た後の”内定者インターン”です。

内定が出てから翌年4月に入社するまでの約半年間、内定者がインターンという形で都合の合う時に会社に来て業務を行います。もちろん学生生活が優先ですので、強制参加ではありませんし、週に〇回は必ず来なければいけないということもありません。住まいが遠方であれば長期休みの少しの期間でまとめて参加することも可能です。賃金も発生します。私は大学4年次は長期バイトをしていなかったのでこれが意外とありがたかった…(あくまで去年の話ですので参考程度にお聞きください)

インターンでは何をするの?

ではインターンでいったい何をするのかですが、一言でいえば
「新聞記者になるための土台作り」です。東スポでは入社するとわりと早く現場に出ることになります。もちろん先輩記者が指導してくださいますが、文章を書くための基礎を早めに身につけておくことは重要です。そうした基礎をインターンの中で学びます。

例えば総合制作部の「校閲」部署。ここでは記者が書いた原稿に間違いがないか徹底的に調べ、ミスがあれば訂正します。誤字脱字だけでなく新聞特有の漢字表記や数字の表記など、原稿を読むだけで学びがたくさんあります。

他には同じく総合制作部の「整理」部署。ここでは原稿にどのような見出しをつけ、どう紙面にレイアウトするかを決定します。原稿の主題がいったい何かをつかむ力などを養います。

自分が生まれた日の東スポを見てみたい

そんな感じで私もインターンをしていたのですが、整理部でお世話になっていたある日、部長のYさんがこんなことを言ってくれました。

「昔の東スポの記事が縮刷版に残ってるからさ!面白いから見てみるといいよ!」

その言葉を聞き「へ~、昔の東スポはどんな感じなんだろう」と思った私は縮刷版の眠る部屋に行ってみることに。その移動途中、私の頭を1つの興味がよぎりました。「自分が生まれた日の東スポってどんななのだろう」と。

東スポの創刊は1960年。当然20代の私が生まれた日の記事だってファイリングされているはずです。

皆さんは知りたくありませんか…?
自分が生まれた日、東スポが何を報じていたのか。
自分が生まれ落ちた日、東スポの一面には何が選ばれたのか。
自分がこの世に生を受け、産声を上げた時!東京スポーツ新聞社は世の中のいったい何を捉えていたのか!!


いても立ってもいられません。私の生年月日は2000年9月11日。
さっそくその日の東スポを見てみると……

「長嶋監督へのカンチョー、禁!!」
でした。

端的に言います、頭がおかしいです(笑)。

だってそうでしょう。なんですか、長嶋監督へのカンチョー禁って。長嶋監督がカンチョーされる世界線がどこにあるんでしょうか。

しかし元来、東スポの見出しはインパクトが強いもの。
実際に記事を読んでみればきっとまともなことが書いてあるはずです。

2000年9月12日付紙面(実際に発行されたのは11日です)

内容を要約すると「巨人が優勝して長嶋監督が胴上げされる瞬間に、監督がカンチョーされたら大変なことになる」というものでした。見出しのまんまです。さすが東スポです。「不適切にもほどがある」とはこういうことを言うのかもしれません。
とはいっても、やはり一面はインパクトが必要なもの。
他のページはもっとまともなことが書いてあるはず。

ダメですダメです。不適切です、不適切にもほどがあります。自分の入社する会社の積み上げてきたもの、ある種の貫禄すら感じます。

これこそが東スポの魅力なのかもしれない

自分の生まれた日の東スポを読み圧倒された私。整理部のデスクに戻るとY部長は気さくに「どうだった?」と話しかけてくださいました。私は伝えました、自分の生まれた日の東スポが気になったこと、その日東スポが報じたのはカンチョーだったこと。

すると…Y部長をはじめ、周りで聞いていた先輩たちも大爆笑。朝から社内は笑いに包まれました。

その時感じたのです、「これこそが東スポの魅力なのではないか」と!

20年以上前の記事でも、今こうして見返した時に笑顔になれる。読んだ人の肩の力をフッと軽くできる、そんな媒体はそう多くはないはずです。エンターテインメント新聞として読者の方々を少しでも楽しい気持ちにする、それが東京スポーツ新聞社の役割なのだと私はこの日肌で感じることができました。

インターンを終え、無事に4月1日に入社した私は、野球担当の運動一部へ配属となりました。今はまだ右も左もわからず苦戦する日々ですが、後々は皆さんを笑顔にできるようなカンチョー記事を
書けるよう精進していきたいと思います。ここまで読んでいただきありがとうございました。(運動一部・松岡直生)

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