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漫画「ウマ娘」でもオグリの同級生!ヤエノムテキ、メジロアルダン、サクラチヨノオーを「東スポ」で振り返る

 ヤエノムテキ、メジロアルダン、サクラチヨノオー。「ウマ娘」のゲームや漫画でも〝同級生〟として登場する3頭は、1988年、春のクラシックの中心でした。なのに、「ウマ娘」でも、現実世界でも、ちょっぴり影が薄い…今回は、その理由となっているあのスーパーホースの存在と合わせ、3頭が世代の頂点・ダービーを目指すまで、そして古馬になっての戦いを「東スポ」で振り返ってみました。もちろん、天皇賞・秋の週にアップしたのには理由があります。(文化部資料室・山崎正義)

サクラチヨノオー

 3頭のうち、最も早くデビューしたのはサクラチヨノオーです。1987年8月8日、函館の芝1000メートルの新馬戦を楽勝したチヨノオーの単勝オッズは…

 1・0倍!

 まだ走ったことのない馬同士の戦いなのに、なぜ、お金をかけても増えないような状況になっていたかというと、相手が弱そうだったこと、調教で動いていたこともありますが、やはり血統が大きかったのでしょう。父は「ウマ娘」でもおなじみ、伝説の〝スーパーカー〟マルゼンスキー。既に種牡馬として大成功しており、同じ父を持つ兄サクラトウコウもこの時点でGⅢを2勝していたのです。そして、2番手から危なげなく抜け出した勝ちっぷりとセンスに、陣営は北海道で続戦させず、大物のローテーションらしく、秋を待ちます。10月の芙蓉特別。

 血統に加え、調教では古馬をアオる動きを見せていたそうで、断然の評価。レースでも2番手からあっさり抜け出し、2着に2馬身半差をつけます。単なるオープン特別なのに、月曜日の紙面でもしっかり触れられていました。

 続くいちょう特別は2着に取りこぼしますが、不良馬場という敗因があったこと、さらに調教の動きが明らかに2歳馬離れしていたことで、朝日杯3歳ステークスというGⅠでも高い評価を得ました。

 少頭数ながら1・9倍の1番人気。で、ここをしっかり勝ち切ります。直線、外から並ぶ2着馬とずーっと並走する形になり、いかにも差されそうだったのに抜かせませんでした。

「なかなか渋いじゃないか」

「距離が伸びても良さそうだな」

 玄人受けする勝ち方でのGⅠゲットですから期待も膨んだのですが、やはり今回紹介する馬は何かの影に隠れてしまう運命なのかもしれません。翌日の紙面をご覧いただきましょう。

 何と、見出し「チヨノオー」のチの字もありません。代わりに名前が出ているのはサッカーボーイ。このころは、3歳ナンバーワン決定戦が西にもあり、同日、そちらをぶっちぎっていたのです。しかも、1分34秒5というレコードで2着につけた差は8馬身。似たような勝ち方だった「テンポイントの再来」という声が上がったほどで、同じGⅠ馬になったのにチヨノオーとは明らかにインパクトが違いました。そして、あっさりと最優秀3歳牡馬の栄誉も奪われてしまったチヨノオーは、同じGⅠ馬なのに、影が薄いまま、翌年2月、共同通信杯でクラシック初戦を迎えるのですが、なんとここで負けてしまいます。

 2番手から正攻法で伸び負けた内容が明らかに物足りません。主戦の小島太ジョッキーも首をひねりました。

「まだトモに本当の力がついていないんだ。馬体が太かった(プラス4キロ)のも影響したかな」

 翌日の紙面では、その敗戦すら大きな記事にはなっていないほど目立たない存在になってしまいました。代わりに大きく扱われているのは再びサッカーボーイ。レースを走ったわけじゃなく、弥生賞に向けて関西から東上してきただけなのにこの扱いなのもすごいですが、とにもかくにも、チヨノオーが一気に評価を下げてしまう中、ライバルとなる馬がやっとデビューします。


ヤエノムテキ

 共同通信杯の2週後、2月27日にダートの1700メートル戦でデビューしたヤエノムテキは2着に7馬身差をつけて楽勝します。同じくダート1700メートルの続く3月19日の沈丁花賞では2着を2秒も離す大差勝ち。

「これはひょっとするかも」

「大物かもしれない」

「クラシックに間に合うんじゃ…」

 陣営は思い切って、連闘(2週連続出走)策に出ます。翌週の毎日杯、初めての芝ですから道中は後方でした。しかし、3~4コーナーにかけて上がっていった脚はなかなか見どころがあり、大外から直線を向いたときにはぶち抜けるかという手ごたえでしたが…

 4着――

 ただ、見どころはあったとのと、陣営がこの馬の素質を買っていたのもあるのでしょう。ヤエノムテキは、出走できる保証がないまま、東に向かいます。この年は、2勝馬でも皐月賞出走のチャンスがあり、6分の3の抽選にかけたのです。望みをかけて追い切りも行い、管理する荻野光男調教師はこう話していました。

「馬なりであれだけ走ってくれればいうことなしやね。やるだけのことは十分やったつもり」

 抽選の結果は…

 通過!

 しかし、実績が実績です。1枠1番のヤエノムテキは、記者たちからも完全にノーマークでした。

 一方で、注目を集めていたのは隣に入っていたサクラチヨノオー。そう、実は、共同通信杯で評価急落だったのに、雪辱を期した弥生賞で逃げの作戦に出て、後続を完封していたのです。

 噂の怪物サッカーボーイ(3着)にも勝ち、再びクラシックの有力馬というポジションに戻ってきたチヨノオー。ひと叩きしたサッカーボーイが調子を上げてきたらやはりそちらが主役になったでしょうが、脚部不安で回避したため、記者からの印も集まり、単勝4・2倍の2番人気に支持されます。戦前の構図は、モガミナイン(単勝2・9倍)、トウショウマリオ(4・8倍)との3強。中山競馬場の改修で、12年ぶりに皐月賞のファンファーレが東京競馬場に鳴り響きました。

「ここで勝てば主役…」

 こういうときの小島ジョッキーは手綱が冴えます。好スタートを切ってガンガン飛ばす先行2頭の直後、絶好の3番手をキープ。持ったままで4コーナーを回り、先頭に並びかけるのです。

「いける!」

 チヨノオーの馬券を買っていた人は確信したでしょう。しかし、堂々と先頭に躍り出たチヨノオーの内からするすると、四肢に白い模様、額に美しい流星を持った馬が…。

 ヤエノムテキ!

 絶好のスタートを切り、チヨノオーの左斜め後ろの内でぴったりマークしていた鞍上の西浦勝一ジョッキーも見事ですが、その抜け出しっぷりは人気馬による完勝劇のよう。

「え?」

「なんだ、あの馬」

 9番人気での激走に呆気に取られたファン。内枠を活かし切ったとはいえ、強い勝ち方ではありましたが、やはりフロック感は否めず、翌日の紙面でも、負けた1番人気馬にスポットが当てられました。

「ずいぶん荒れたな~」

「抜けた馬がいないとこういうこともあるか」

「メンバ―が小粒だったからなぁ」

 ファンも記者もそんな感じで受け止めたのには、やはり素質では抜けているといわれるサッカーボーイと、もう一頭、ある馬の存在があったのですが、関東の競馬記者たちは、この皐月賞当日、その馬とも違う一頭の馬の勝利に「ひょっとしたら…」の思いを抱きます。

 もしダービーに間に合ったら…

 関東の秘密兵器になるかもしれない――。


メジロアルダン

 皐月賞当日の8レース「山藤賞」。

 大外枠でメジロアルダンが印を集めていました。弥生賞も終わった3月末になってようやくデビューし、ダート1200メートルの新馬戦を地味に勝ってきただけの馬なのに1番人気になった理由は血統。お姉ちゃんが、とんでもない馬だったのです。

 2年前の三冠牝馬メジロラモーヌ――

 牧場や厩舎からの期待も大きく、この山藤賞の前、厩務員さんはこう話していました。

「当初は2歳の函館で初陣を飾る予定だったが、調教中に右トモの飛節を痛め、無理せず放牧に出していた。そのため使い出しは遅れたが、隣に並ぶ馬がいればいくらでも走る。とにかく相当な器だから、前走の勝ちタイムが遅いのも気にならない」

 かなり素質を買っているのが分かります。そんな中、アルダンは、初めての芝をもろともせず、逃げの手に出て好時計勝ち。2番手の馬に並びかけられたのに抜かせず、ラスト2ハロンを11秒8、11秒7でまとめたレースぶりは見る人が見たら「おっ」となるものでした。

「着差はクビ差だけど」

「勝負根性もありそうだし…」

「ダービーに間に合ったら面白い存在になるかもしれない」

 陣営も手ごたえを感じたのでしょう。中2週で、ダービーの最重要トライアル・NHK杯に駒を進めました。

 注目を集めていたのは皐月賞を回避し、ここからダービーを目指すサッカーボーイ。ただ、一頓挫あったのと、〝とりあえずのひと叩き〟が明白だったので、1番人気とはいえ、抜けた存在ではありません。〝他馬にもチャンスあり〟という状況で、単勝1ケタ台に6頭がひしめく混戦模様となっていました。大外枠のアルダンもその中の1頭(単勝9・8倍)。

 どこまでの器か

 試金石――

 3番手から勝ちにいっての2着は、世代上位の力を証明するもの。それを、他の有力馬にはない出自が後押しします。

 名門メジロ家

 姉は三冠牝馬

「まだまだ奥がありそう」

「相当な器かも」

 正直、駆け足すぎる気がしますし、NHK杯も勝ったわけではありません。それでもアルダンには期待したくなる〝スター候補感〟がありました。加えて、クラシック戦線のメンバーが小粒だったことも大いに影響していたのですが、逆に言えば、新星も加わったダービーはレース的にも馬券的にも非常に面白くなりました。

 まれに見る大混戦

 戦国ダービー

 勝つのは誰だ?


ダービー

 まずは馬柱からご覧いただきましょう。当時は24頭も出走していましたから(現在は多くても18頭)、めちゃくちゃ横に長い(苦笑)。

 印通り、完全な主役不在です。人気最上位だったサッカーボーイは、クラシックの大本命といわれながら皐月賞回避後のNHK杯で4着。ひと叩きだったとはいえ物足りない結果でもありましたから、単勝オッズは5・8倍という、およそ1番人気らしからぬ数字でした。2番人気はヤエノムテキで6・4倍。フロックとはいえ、皐月賞は強い勝ち方でしたし、戦績も4戦3勝ですから妥当なところでしょうか。管理する荻野調教師はレース前に、こんなふうに話していました。

「左回りがめっぽううまい。典型的なサウスポーやなあ」

「この馬のいいところは気性が素直で馬込みの中でも平気なこと。しかも先行できて、しまいもいい脚を使えるんだ。皐月賞も自分なりに自信があった」

 ムードは悪くありませんが、ドンとこい!とまではいかない立場…というわけで、3番手グループにはNHK杯好走組が横一線で続きました。勝ったマイネルグラウベンが10・4倍、3着だったコクサイトリプルはいかにも東京向きの末脚を持っており9・4倍に支持されます。もちろんメジロアルダンも10・9倍でこの一角に加わりました。調教の動きは絶好。鞍上に2戦目で乗った名手・岡部幸雄ジョッキーが戻ってきていたこともあり、当時を生きた人間から言わせると、数字以上にアルダンを買っていた人はたくさんいました。未知なる魅力もあり、ダービーという大舞台で買いたくなる馬だったのでしょう。

 そんな中、存在感を失っていたのがサクラチヨノオーです。クラシックの王道を歩んできたのに、単勝オッズはトライアル組と同レベルの9・4倍。馬柱を見ても、驚くほど印が薄くなっていました。理由は、皐月賞の負け方。

「絶好の手ごたえで伸び切れなかったもんなあ」

「ちょっと物足りない」

 安定した先行力を持っているので大崩れはしなさそうですが、勝ち切るイメージが沸かなかった。突き抜ける感じがしなかった。アルダンとは反対の意味で大舞台でこそ食指が動かない馬になっていました。一言で表すと…

 パンチ不足――

 だからこその9・4倍なのですが、当時のチヨノオーへのこの評価を思い出し、改めてこの馬は88年クラシック組の象徴だったことに気付きました。そう、この年のクラシックはどうしてもインパクトが弱かったのです。大混戦、馬券的にも非常に面白いダービーでした。でも、何か物足りなかった。それはメンバーが小粒だったことに加え、あの馬の存在があったからでしょう。

 オグリキャップ――

 この年、地方競馬・笠松から中央入りした〝芦毛の怪物〟は、重賞を連勝した後、前述のNHK杯と同じ日に行われた京都4歳特別という芝2000メートルのGⅢをぶっこ抜いていました。本気も出さずに2着に5馬身…

「化け物だ!」

「世代最強だ!」

 しかし、オグリはクラシックへの登録がなかったため、ダービーに出走することは不可能でした。ルールはルールですから仕方ありません。ただ、ファンは思いました。

「オグリが出れば勝つだろうね」

「ダービーなんて楽勝だろう」

 その裏返しで、こうも感じてしまうのです。

「誰が見ても一番強い馬が出ていないダービー」

 だから物足りない。パンチ不足なのでした。クラシックを戦った馬に非はありませんが、当時の空気には間違いなく〝オグリの影〟がありました。心のどこかに「オグリが出ていたら…」という気持ちを秘めたまま、あのダービーのファンファーレを聞いた人がいたはずです。何か引っかかるものを感じていた人がいたはずです。まさか2分半後、彼らの中からオグリキャップの名前が吹き飛ぶとは知らずに…。

 ガチャン!

 ゲートが切られると、外の方から、短距離戦のようにガンガン飛ばしていく馬が1頭。向こう正面にかけて大逃げのような形になる中、持ち前の先行力で3番手にチヨノオー。18番枠から好スタートを切ったアルダンもセンス抜良く5番手につけました。ヤエノムテキは中団。マイネルグラウベン、コクサイトリプル、サッカーボーイは後方からレースを進めます。3~4コーナーでその中団から後方にかけてはややゴチャつきますが、先行していたチヨノオーに影響はなく、4コーナーでは2番手。同じく勝負所を静かにやり過ごしたアルダンは、名手・岡部騎手に操られ、チヨノオーの内をロスなく回っていきます。ヤエノムテキ以下、後方勢は外。

「どうなるんだ」

「どの馬が抜け出してくるんだ」

 広い府中のターフを目一杯使い、大きく広がる24頭。先頭に躍り出ようとしていたのはチヨノオーでした。競馬としてはやや強気すぎます。しかし、大事に乗って、追い出しもややガマンした皐月賞で伸びなかったことを踏まえ、小島太ジョッキーは思い切って勝負に出ました。

「いけっ!」

 小島騎手らしい大きなアクションでのGOサイン。誰の目にも分かりやすい桜色の勝負服が躍動したとそのときでした。

「アルダン!」

 岡部ジョッキーらしい、さすがの手綱さばき。馬場の真ん中で先頭に立とうとしたチヨノオーのすぐ内に、ロスなく、いつの間にか、まるで忍者のように並びかけてきたのです。外からヤエノムテキが豪快に追い込んでくるのも見えた残り150メートル。

 チヨノオーとアルダン

 関東の名手を背にした2頭

 どっちだ!?

 一騎打ちかと思った瞬間、グンと伸びたのは内。

「メジロだ!」

「アルダンだ!」

 前に出たスター候補性。応援していたファンは勝ったと思ったはずで、チヨノオーを応援していたファンは絶望しつつ、「やっぱり…」とつぶやきました。

「決め手が足りない」

「パンチ不足か…」

 残り100メートル

 半馬身前に出たアルダン

「ダービー馬はアルダンだ!」

 そう確信するような2頭の脚色だったからこそ、誰もがそこからの100メートルの間に起きた出来事に身を震わせました。

 完全に前に出られた

 誰の目にも競り負けた

 半馬身差をつけられた

 チヨノオー

 驚異の粘り

 驚異の差し返し

「ウソだろ…」

「ウソだろ!」

「ウソだろーー!!」

〝頭ひとつ〟からの差し返しならよくあります。

 でも、〝半馬身〟はない。

「勝負あった!」からの逆転

 そんな大逆転、見たことない。

「初めて見た」

「こんなことあるんだ」

「こんな勝ち方があるんだ!」

 圧勝よりも

 ぶっちぎりよりも

 100倍アツい勝利

 それがダービーで

 大舞台で起こるなんて…

「すげぇ」

「すげぇ!」

「すごすぎる!」

 小粒?

 スター不在?

 最強馬が出てない?

 そんなこと、どうでもよくなりました。

 オグリキャップ?

 その名前も忘れさせるほどのチヨノオー。平凡な一戦だったら「やっぱりオグリがいないから」と言われたでしょうが、そう言わせないだけの伝説の差し返し。

 チヨノオーの意地

 それは

 この世代の

 オグリに対する意地だったのかもしれません。


残りし者

 歴史に残る激闘、いや、死闘だったことを物語ることが、この後、2頭には降りかかるのですが、余韻が残るようなダービーに、ファンはさらに競馬にハマりました。しかも、あの熱闘を忘れさせるぐらい、強烈な出来事が起こります。ダービーのゴール前に一瞬、どこかにいったはずのオグリキャップの名前が翌週、再び、大きなものとなるのです。

 ニュージーランドトロフィー4歳ステークスで重賞の連勝を4に伸ばしたのですが、その強さたるや…2着に7馬身差をつけ、怪物感はますます強くなっていきました。とはいえ、ダービーが終わったことで、既に「どうしてクラシックに出られないんだ!」という声は消えており、ファンの視線は秋、古馬とどんな戦いを見せるかに向いていました。

 そんな中、ダービーで外から4着に追い込んだヤエノムテキは、すぐに放牧に出ず、およそ1か月後、中日スポーツ賞4歳ステークスという1800メートルのGⅢに出てきます。単勝は1・8倍で2着に敗れはしましたが、相手がやっと復調した未完の大器サッカーボーイだったことを考えれば仕方のない面もあったでしょう。

 その後、少しだけ休みをもらったヤエノムテキは9月に函館のオープン競走で古馬を一蹴し、10月半ば、菊花賞トライアルの京都新聞杯に出走します。

 単枠指定

 単勝1・4倍

 大楽勝!

 菊花賞の大本命に躍り出た翌日の記事がこれです。

 1行目に載っている、主戦・西浦ジョッキーのコメントが素敵でした。

「こんなところで負けていたら、サクラチヨノオーやメジロアルダンに面目が立たないからね」

 そう、オグリの影がちらつく中でともに春のクラシックを盛り上げたチヨノオーは屈腱炎に、アルダンも骨折をしていました。ダービー3着のコクサイトリプルも不在だったので、ある意味、残ったのはヤエノムテキのみ。ライバル不在、いや、ライバルに代わり2冠を目指す馬の印はこうなります。

 単勝は2・1倍。2番人気が7・9倍ですから頭ひとつ抜けていました。そして、レースでもしっかり先行しました。しかし、勝負所で手ごたえがなくなります。結果は10着惨敗――。

 敗因は距離でした。レース前、荻野調教師は「こなせる」と言っていましたが、スピード系の母系だったこともあり、やはり3000メートルには無理があったんですね。ただ、トレーナーとしては、「こなせるものならこなしてほしい」「もう少し短ければ何とかなるのでは」という思いもあったのでしょう。ヤエノムテキは菊花賞の後、2500メートルの鳴尾記念を使います。ここを楽勝するようなら有馬記念も…という狙いでした。

 結果はハナ差の辛勝。ヤエノムテキはグランプリを断念します。

「適性は中距離なのか…」

 その思いは翌年、叩き2戦目で使った2000メートルの大阪杯で確信に変わります。

 2着に3馬身半差。

「中距離馬だ」

「2000メートル前後なら相当だぞ」

 こうなったら目指すのは宝塚記念(2200メートル)しかありません。幸い、メンバーは手薄でした。オグリキャップが戦線離脱中で、対抗馬は春の天皇賞を勝ったイナリワンぐらいしか見当らず、自身の体調も絶好。

 萩野調教師は断言しました。

「言うことなし!」

 担当厩務員さんも超強気でした。

「いろいろ考えたけど死角が見当たらんのや」

 単枠指定も当然といった雰囲気です。

 単勝2・5倍の1番人気。2番人気のイナリワンはフィーバーを巻き起こしていた武豊ジョッキーが乗っても4・8倍で、キリパワーという馬も4・9倍で続いていましたから、ヤエノが一歩も二歩もリードしていたのは間違いありません。

 皐月賞以来のGⅠタイトルへ。

 菊花賞のような無様な姿は見せられない。

 ファンへはもちろん、同志にも――

 はい、屈腱炎から復帰したサクラチヨノオーが、7枠12番に、その名を連ねていたのです。不治の病からのカムバックは簡単なものではなく、復帰戦となった安田記念で大敗していましたが、不屈の魂で春のグランプリに出走してきた同級生のダービー馬。

 負けられない!

 見ててくれ!

 ファンもエールを送りました。

「そうだよな」

「負けられないよな!」

 4本の脚すべてに靴下のような白、顔にも白い模様。「四白流星」というグッドルッキングホースとしても人気を集めつつあったヤエノムテキに訪れた大チャンス。ダービーでしのぎをけずった友の前で、中距離の頂点へ!と思っていたから、信じられませんでした。

「どうしたんだ…」

「全然前に行けない…」

「何があったんだ!」

 終始手ごたえが悪く、見せ場もなく敗れた謎の敗戦。後に「オーバーワークだったかもしれない」とトレーナーは語りましたが、あの時点でのファンの落胆は相当でした。

「ヤエノムテキ…」

「どうにも煮え切らない」

「主役キャラじゃないのか…」

 復活が難しいことを如実に表したチヨノオーの最下位とも合わせ、再び浮上してきたのはあの声。

「やっぱりこの世代は物足りない」

「オグリ以外はパンチ不足」

 しかし、そんな声を吹き飛ばす救世主が現れます。

〝ガラスの脚〟を持つあの馬です。


大器完成

 骨折で菊花賞を断念し、古馬になった春は天皇賞を目指したもののヒザの不安で無念のリタイアとなったメジロアルダンは、5月末、メイステークスというオープン競走でターフに戻ってきました。

 2週間前、同じく約1年ぶりにレースに復帰したチヨノオーが厳しい現実を突きつけられていたのもあり(安田記念16着)、ファンにとっては不安の方が大きかったのですが、アルダンはここをサクッと勝ち切り、見ている人たちを安心させます。そして、続く高松宮杯(中京2000メートル)ではファンを驚かせました。悠々と先行し、絶好の手ごたえで4コーナーを回ると、後続を楽々と突き放したのです。

 2馬身半差の2着がGⅠ馬のバンブーメモリーで、3着はさらに4馬身後ろ。

「おいおい…」

「めちゃくちゃ強いじゃん!」

 見出しにある通り、秋の主役を予感させる走りでした。記事では、2着のバンブーに乗っていた松永昌博ジョッキー―が「あの馬は強すぎる」と舌を巻けば、3着シヨノロマンに乗っていた武豊ジョッキーはこう話しました。

「前の2頭は強すぎる。特に、アルダンはこの秋、強敵の一頭となりそう」

 武ジョッキーには、スーパークリークというお手馬がいたので、ライバルとして強く意識したのでしょう。一方で、岡部騎手に代わりアルダンの手綱をとった河内洋ジョッキーは前年に乗っていたサッカーボーイ(マイルチャンピオンシップ勝利)や、オグリキャップと比較してこんなふうにコメントしました。

「タイプは全然違うけど、同程度の実力を秘めた馬や」

「秋の戦いはすごいもんになるで」

 まるでダービー直前のように、一気に浮上してきたメジロの良血は、大きな大きな期待を背負い、秋に向かいます。毎日王冠をひと叩き(3着)して天皇賞・秋へ…明らかに調子は上がっていました。馬も成長していました。ファンも注目していました。

「いける…」

「いけるぞ!」

 しかし、競馬というのは本当に分かりません。あれだけ主役に躍り出そうだった高松宮杯直後とは立場が変わっていました。同世代のスターが、アルダン以上に輝きを増していたのです。馬柱がそれを如実に表しています。

 オールカマーの圧勝で復活したオグリは毎日王冠でアルダンに力の違いを見せつけ、ファンや記者から圧倒的な支持を得ていました。一方、昨年の秋、ヤエノムテキが敗れた菊花賞でクラシック最後の1冠をさらっていったスーパークリークも本格化。オグリと同じく上半期を充電期間にあてたのが良かったのか、秋初戦の京都大賞典を驚異のレコードで圧勝してきたのです。アルダンだって絶好調。人気だってこの2頭につぐ、3番人気。でも、華やかさに差があることは否めませんでした。

 国民的アイドルホース・オグリキャップ

 国民的アイドルジョッキーを乗せたスーパークリーク

「同期なのに…」

「クラシックを引っ張ってきたのは俺なのに…」 

 アルダンがそう思ったかは分かりません。ただ、絶好調に仕上げた陣営と、名手・岡部幸雄ジョッキーの腕が、2頭を脅かします。オグリが後方に控える中、2番手から先に仕掛け、直線を向いて先頭に立とうかというクリークより一足先に、内からスルスルと先頭に躍り出るのです。

「アルダン!」

「いけ!」 

 良血支持派から興奮の声が出る中、別のところから上がった馬名に、はっ!となったのは私だけではなかったでしょう。

「ヤエノ!」

「いけ!」 

 クリークの外から四白流星! 宝塚記念惨敗からの巻き返しを期し、皐月賞制覇と同じ舞台にぶっつけ本番で挑んでいたヤエノムテキが伸びてきていたのです。6番目にまで人気を落としていましたが、誰もが「そうだ!」「この馬もいたんだ!」「強いんだ!」となりました。宝塚の敗戦理由は謎でしたが、春の時点でヤエノも本格化していたのです。しかも、適性は中距離。府中の2000メートルはピッタリなのです。

「いけ!」

「差せ!」

 アルダンファン、ヤエノファン。そして、その2頭の真ん中で、天才に導かれ、クリークが負けじとひと伸び。

「クリーク!」

「ユタカ!」 

 3頭のガチンコ勝負

 同期のガチンコ勝負

 そして…

 大外からも同期…

 オグリキャップ!

 残り150で休み明けのぶん、ヤエノが息切れ

 残り50でアルダンを突き放したクリークに

 芦毛の怪物!

 ここまでの道のりは別でした。

 立場も変わりました。 

 オッズにも差がありました。

 なのに…

 なのに…

 運命が交錯した直線

 しのぎを削った直線

 名勝負を演じたその4頭が同期だなんて!

 これだから競馬はやめらません。

 しかもこの4頭、1年後に同じレースを目指すのです。


天皇賞・秋、再び

 意地を見せたヤエノムテキはその後、有馬記念に出走しますが、オグリやクリークの後塵を拝します。距離も長かったようで、翌年は中距離からさらに距離を縮めて春のマイル王決定戦・安田記念へ。アルダンが屈腱炎で戦線離脱していたので、鞍上は岡部騎手に替わっていました。ヤエノ陣営としても「なんとかもうひとつGⅠを!」と、名手に依頼したのでしょう。そして、名手はしっかりその期待にこたえ、5番手から完璧な競馬を見せます。見せたんですが…

 オグリが強すぎました。続く宝塚記念でもう一度GⅠ取りを目論みますが、3着。

「強いことは強い」

 でも…

「やっぱりパンチ不足」

 そんなヤエノにとって、天皇賞・秋はラストチャンスでした。東京競馬場の2000メートルは適性的には最高の舞台。陣営は渾身の仕上げを施します。出てきた言葉はコレです。

「生涯最高のデキ」

 一方、前述のように屈腱炎に苦しんだアルダンも、秋になり、復活を果たしていました。オールカマーの結果は4着でしたが、天皇賞・秋に向け、体調は急上昇。厩務員さんはこんなふうに話しました。

「前走はトウ骨が痛くて15点ぐらいだったが、今回は100点に近いデキ。去年の天皇賞よりむしろいいかもしれない」

 両陣営の鼻息の荒さが伝わってきます。その理由はまず、春の天皇賞を制し、秋初戦の京都大賞典を完勝していたスーパークリークが脚を痛め、直前で回避したこと。そしてもうひとつ、オグリキャップの調子が上がっていないという情報があったからでした。宝塚記念で2着に敗れた後、脚元に不安が出て、調整に狂いが生じていたのです。

 印には半信半疑感が漂っているものの、国民的人気ホースですからオグリの1番人気が動きません。ただ、2・0倍という数字以上に「今回は危ないかも…」という声が上がっていました。では、オグリが負けたとき、浮上してくるのは? 残念ながら、その筆頭はヤエノでもアルダンでもありませんでした。宝塚記念でオグリをぶっちぎり、なんならその後ろを走っていたヤエノもぶっちぎっていたオサイチジョージが出走してきていたのです。

「オグリに何かあったらオサイチかな」

「ヤエノは大事なところで弱いし」

「アルダンもどこまで調子が戻ってるか怪しいもんなあ」

 長期休養があったアルダンの5番人気(10・7倍)は致し方ないところ。しかし、適性はバッチリで、なんならアルダンに乗る選択肢もあった岡部騎手にも選ばれているヤエノの8・0倍という数字は、やはり、パンチ不足感が影響していたと思います。オサイチ5・3倍に及ばないとしても、もう少し接近してもいいような…という中でファンファーレが鳴りました。レースが始まり、ファンの注目を一身に浴びていたのはやはりオグリです。

「ずいぶん前にいるな」

「あれだけ先行できるってことは」

「体調も悪くないのかな」

 直線を向いても持ったままのオグリ。しかし、怪物の体調と闘志は戻っていませんでした。

 直線半ば

 伸びない

 悲鳴

「じゃ、誰だ?」

「オサイチか?」

「いや、違う」

「内から抜け出しているのは…」

 ヤエノムテキ!

 馬場の最内を突いたゴールへの最短距離は、昨年のアルダンを導いたときのよう。誰よりも先に、スルスルと先頭に立った四白流星に、ずっと追いかけてきたヤエノファンは燃えました。

「そのまま!」

「そのまま!」

「粘り込め!」

 興奮の声が出る中、別のところから上がった馬名に、はっとなったのは私だけではなかったでしょう。

「アルダン!」

「差せ!」

 ヤエノに猛然と襲い掛かったメジロの良血。

 エースが馬群に沈めど

 俺たちがいる

 この世代には強い馬が何頭もいる

 物足りない

 パンチ不足

 そう呼ばれた馬が

 代わりを

 いや、代わりじゃない

 主役をもぎとった天皇賞・秋

 同期の怪物が下がっていく直線で

 同期が演じた名勝負

 同期のチヨノオーも喜んでいたでしょう。


アルダンにGⅠを

 ラストチャンスをモノにしたヤエノムテキ。完璧な手綱さばきに、クールな岡部ジョッキーもレース後は興奮していたそうですが、翌日の紙面の中心はやはりオグリでした。

 レースは別としては、マスコミでのこの扱いはもう慣れっこ。この世代にとっての宿命と言ってもいいかもしれません。で、ヤエノとオグリはジャパンカップに続戦します。

 復調ならないオグリは11着。「天皇賞以上のデキ」と陣営が豪語していたヤエノは「距離が長いけど、名手が何とかしてくれないか…」というファンの期待を受けて疾走しますが、やはり距離が長く、6着に終わります。で、2頭はこのまま有馬記念に駒を進めるものの、いずれも、ムードとしては〝矢印下向き〟。ヤエノに2500メートルは長いですし、状態の上積みも期待できません。オグリには「終わった」の声が出ており、引退レースとなったことで注目度は高かったものの、馬券的には非常に買いづらく、記者からの評価も急落していました。馬柱がそれを証明しています。

 そんな中、重い印を集めていたのがメジロアルダンだというのが、私はすごく好きです。世代のエースにして国民的アイドルホースが「終わった」と言われる中で迎える引退レース、ともに戦ってきたヤエノムテキも2つ目のGⅠタイトルをとってこの有馬で引退を予定していた中、同世代のトップグループの中で唯一GⅠに手が届かないアルダンに夢が託される…いやはや、競馬の神様はさすがです。しかも、ジャパンカップをパスして、有馬一本に備えたアルダンは調教でとんでもない動きを見せていました。あまりのすごさに、1面で見出しが取られるほど。

 4・2倍の2番人気に支持されたアルダン。絶好の2番手を進んだアルダン。4コーナーを前に先頭をうかがおうとしたアルダンに、多くの人が声援を送りました。

「なんとかGⅠを!」

「タイトルを!」

「アルダン、いけ!」

 オグリ世代のアンカー

 最後のバトンを受けて

 頂点へ――

 そうならないのも競馬

 想像以上のドラマが起こるのも競馬

 勝ったのはオグリ

 奇跡の復活――

 10着に終わったアルダンの敗因が「太かった」というやや謎含みの残念なものだったのもまた、ヤエノの宝塚記念っぽくて〝いかにも〟でした。やはり、助演タイプだったのかもしれませんが、この世代らしい不屈の魂を持ったアルダンが、翌年も脚元に爆弾を抱えながら必死に走ったこと、その姿を多くのファンが応援したことを書き残しておきます。そしてもうひとつ

 ヤエノムテキ

 メジロアルダン

 サクラチヨノオー

 あなたたちがいたから

 オグリ1頭だけじゃなかったから

 あの世代は語り継がれているのです。

 そりゃ、漫画にもなりますよね。


カッパと記念写真を撮りませんか?1面風フォトフレームもあるよ