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ノーヒットならピザだけ、猛打賞のときは…【野球バカとハサミは使いよう#31】

家庭内ニンジン作戦の効用を証明したポンセ

 時は1980年代、現在の横浜DeNAベイスターズの前身である横浜大洋ホエールズは、決して強いわけではなかったが、実に個性的なチームだった。かの有名なスーパーカートリオ(高木豊、加藤博一、屋鋪要)がダイヤモンドを走り回り、オバQ・田代富雄が豪快なスイングで本塁打を量産。その他、名遊撃手・山下大輔の華麗な守備やエース・遠藤一彦の高速フォークなどにも魅了された。

 そんな80年代大洋が誇る代表的な外国人大砲といえば、カルロス・ポンセだ。86年に来日するや、いきなり打率3割2分2厘、27本塁打という好成績を残したポンセは、2年目に3割30本を達成し、3年目も2年連続30本塁打以上を記録し本塁打王のタイトルに輝いた。先述した田代が衰えた後の大洋の4番打者に堂々君臨した。

加藤博一コーチ(左)の出迎えを受けるポンセ(1989年、横浜スタジアム)

 そんなポンセは、実力もさることながら子供たちに絶大な人気を誇った。それはポンセの風貌が、当時の人気ゲームソフトであった「スーパーマリオブラザーズ」のキャラクターに似ていたからで、多くのちびっ子ファンから「マリオ」というニックネームで親しまれた。

 おまけに性格も非常に紳士的で、チャーミングなところもあった。中でも有名なのは、奥様との二人三脚エピソードだ。

 なんでも大洋在籍当時のポンセの奥様は、夫が試合でノーヒットに終わった日は罰として食卓にピザしか出さなかったという。しかし、その代わりヒットを1本打つごとにごほうびとしてメニューを増やし、猛打賞や本塁打を記録した日は大変なごちそうを用意したとか。

 要するに、ポンセの奥様は夫の活躍を促すために、日本で言うところの“ニンジン作戦”を実行していたのだ。そして、ポンセはこれに応えるべく、グラウンドで奮闘した。何日もノーヒットが続けば、食事はピザばかりの日々になるのだから、必死になって当然だろう。

大洋のカルロス・ポンセ

 こういったニンジン作戦は人間の奮起や底力を促す方法として広く認知されており、ともすれば古典化された方法だ。しかし、例えばサラリーマンの仕事において、実際にこれを実行している人は意外に少ないのではないか。自分の仕事の成果について、会社や上司にニンジンを求めるのは難しいかもしれないが、ポンセのように家庭の中で小さなニンジン作戦を実行するなら簡単にできるだろう。

 特に仕事がうまくいかなかったときはそうだ。落ち込むだけでなく、自分に罰を与えることも重要だ。それがあるからこそ、ごほうびも生きてくるのだ。


部下愛あふれる岡田彰布監督の観察力

 理想の上司とはなにか――。これを球界に置き換えると、理想の監督ということになり、少し前では野村克也や星野仙一、現在は落合博満が人気なようだ。

 そんな中、一部で独特な存在感を放っているのが、かつて阪神やオリックスで監督を務めた岡田彰布である。もっとも、一見すると彼は決して世間から好かれそうな監督ではない。思ったことをなんでも口にしてしまう不器用さ、言葉足らずの奇抜な口調、年を重ねるごとにすごみを増す仏頂面。どれをとっても大衆受けが悪そうである。実際、岡田監督の過激な言動はたびたび批判の対象になってきた。球団にも平気で文句を言うし、自軍の選手を名指しでこき下ろすことも珍しくない。

 しかし、その一方で一部の選手からは強烈に慕われていたりするから興味深い。いきなり一軍監督に招聘されたオリックス時代はうまくいかなかったようだが、二軍監督からの叩き上げの末、一軍の指揮を執った阪神時代はそれが顕著だった。なかでも藤川球児(現シカゴ・カブス)は、2008年限りで岡田監督が阪神を退団することになったとき、人目をはばからず号泣し、「岡田監督以上の監督なんているのか」と発言。他にも多くの選手が嘆いていた。

退任する岡田監督(右)は号泣する藤川と握手(2008年10月、京セラドーム)

 このカラクリは岡田監督のツンデレぶりにあると思う。彼は辛辣な言葉を放つ一方で、選手のことを誰よりも観察していることで有名だ。全選手のフルネームや家族構成、生年月日といったデータを細かく把握しており、阪神監督時代には二軍調整中だった今岡誠を「今日は誕生日だから」という理由で一軍に上げたこともあった。

 また、試合後に車を走らせていた岡田監督が、ある選手の車がコンビニ前に止まっているのを何度か目撃した結果、その選手のトレードを決めたこともあったという。毎晩コンビニで買い物しているのは家庭がうまくいっていない証拠だから、環境を変えてやったほうがいい、と考えたのだとか。実際、当時その選手は奥様との離婚問題に悩まされており、岡田監督の観察力の高さを知らしめた。

 結局のところ、部下に慕われる秘訣とは、こういった資質なのだろう。派手なパフォーマンスを振りかざす上司には、どこか自己愛に満ちたナルシシズムが感じられ、それは“部下愛”とは異質のものだ。

 そんなことより上司が自分のことをよく見てくれている、よく知ってくれているということが、部下にとってはどれだけうれしいことか。これは生徒に信頼される教師の条件と一緒でもある。

リーグ優勝で胴上げされる岡田監督(2005年9月、甲子園)

山田隆道(やまだ・たかみち) 1976年大阪府生まれ。京都芸術大学文芸表現学科准教授。作家、エッセイストとして活躍するほか大のプロ野球ファンとして多数のプロ野球メディアにも出演・寄稿している。

※この連載は2012年4月から2013年9年まで全67回で紙面掲載されました。東スポnoteでは写真を増やし、全33回でお届けする予定です。

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