「ウマ娘」で育成実装!なので即出し!アストンマーチャンを「東スポ」で振り返る
今年になって新キャラとして「ウマ娘」に追加されたアストンマーチャン。あふれるかわいさと、あり余る不思議ちゃんぶりで既に多くのファンを獲得していましたが、今週、育成キャラとしても実装され、さらにハマる人が増えています。実は私も先ほど育成を終え、何とも言えない気持ちになりましたし、正直、彼女のあの言葉が耳に残って離れません。ただ、まだお楽しみじゃない方もいるでしょうし、ネタバレにもなりますから、このnoteにはなるべくゲームのストーリーは反映させないようにします(ちょっとだけ引きずられているとは思いますが苦笑)。というわけで今回は、「あふれる」「あり余る」をキーワードに、史実のアストンマーチャンを「東スポ」で振り返ってみましょう。希代のスピード馬の走りが、皆さんの心に、決して消えなくなるぐらい刻み込まれますように…そのお手伝いができれば幸いです。(文化部資料室・山崎正義)
才能
アストンマーチャンは何にあふれていたのか。
何があり余っていたのか。
それは、スピードです。
速さです。
「本気を出したら一番速いんじゃ…」
「過去最速なんじゃ…」
そう思わせるぐらいの馬でした。
あふれるスピード
あり余るスピード
褒め言葉です。
でも、
あふれちゃうと
あり余っちゃうと
困っちゃうのが競馬でもあります。
制御から解放――
その道のりを追ってみましょう。まずはデビュー戦の馬柱です。
父は安田記念と朝日杯を勝っていたアドマイヤコジーン。新種牡馬だったため、初年度産駒がやっと走り始めた7月の段階ではまだ正体が見えませんでしたが、スピード寄りではないかと言われており、マーチャン自身が調教で好タイムを叩きだしていたことで、◎が集まりました。鞍上が武豊ジョッキーなのも期待の表れですし、実際、武騎手も期待していたのでしょう。今後のためを見据え、ガンガン逃げるのではなく、少し控える競馬をさせます。そんな中、直線でキョロキョロしてしまったマーチャンはまっすぐ走らず、2着。続く未勝利戦も勝つには勝ちますが、2番手から逃げ馬を半馬身かわしただけだったので、3戦目で挑戦した小倉2歳ステークス(GⅢ)の印はこんな感じでした。
単勝は5・0倍の3番人気。ポンとスタートを切ると、乗っていたデビュー2年目の鮫島良太ジョッキーはやはりガンガンいかせず、2番手に控えます。でも、スピードが…
あふれちゃってました
あり余っちゃってました
普通に走っているのに
気が付けば先頭に並びかけていました。
普通に走っているのに
気が付けば楽勝していました。
1、2戦目はまだレースを理解しておらず、3戦目でやっと〝普通〟に走ったのでしょう。でも、その〝普通〟が他馬とは明らかに違いました。直線でキョロキョロしていたのに、最後は追ってもいないのに、過去10年で2番目に速いタイム。鮫島ジョッキーはこう話しました。
管理する栗東の石坂正調教師は、さも当然といった表情。
ただ、「勝った」「すごい」だけじゃ終わらないのが東スポ。記事は最後にこう締めています。
やはり、本職の競馬記者さんはすごいです。これ、マーチャンの将来を完璧に予言しています。そう、競馬において、マイラーとスプリンターは似て非なるもの。スピード色が強すぎる1200メートルがベストの馬は、どうしても距離が伸びると、結果が出づらくなります。同じスピードでひと息に走り抜けられるスプリント戦と違い、マイル戦は競走馬の心肺能力的にどこかで息を入れ、スピードを使うところを調整しなければいけません。つまり、一気に走り切ることができないので、一気に走り切る能力に秀でている馬や前進気勢が強く一気に走り切ってしまうタイプには難しいのです。そういった視点で見ると、スピードがあり余っており、気性が前向きすぎるマーチャンの走りは明らかにスプリンターのものでした。だから、距離が200メートル伸びた続くファンタジーステークス(京都1400メートル)では、記者たちの印は半信半疑。
鞍上が武豊ジョッキーに戻っているのに3番人気(単勝4・8倍)なのは、記者だけではなく、ファンも1200メートルと1400メートルが違うことを理解していた証拠です。で、レースが始まると、ファンは「やっぱり」と思いました。武ジョッキーが必死になだめているのです。なだめないと先頭に立ってしまいそうになっていたのです。
あふれちゃってました
あり余っちゃってました
だから、天才が困っちゃってました。
でも、なんとかガマンさせて直線を向き、GOサインを出すと…
馬なりで2着に5馬身!
レコードタイム!
「おいおい…」
「これ…」
「距離云々の馬じゃないんじゃないか?」
はい、それぐらい強烈なインパクト。「ウマ娘」で勝利したマーチャンは私たちに「ドキドキしました? ワクワクしました?」と聞いてくるのですが、このときは本当にワクワクしました。スプリント向きなのは明らかなのに、搭載エンジンが違い過ぎて、距離なんて関係ない名馬なのでは?とさえ思ったわけです。翌日、本紙もそのあたりを探っています。
キョロキョロする癖が矯正されつつあり、前半も何とかガマンができたのだから、距離延長も大丈夫なんじゃ? 質問を受けた武ジョッキーにの答えは…
やはりスプリンターか…。しかし、記者もこう締めていました。
はい、専門家さえマーチャンの底知れぬ能力に魅了されていました。それぐらい圧倒的な強さだったわけで、ファンも同様でした。ドキドキしました。ワクワクしました。
「とんでもない馬かもしれない」
「怪物かも…」
重い印が並んでいる専門家以上に、ファンはマーチャンを推しました。
1番人気
単勝1・6倍!
マーチャンの〝底知れなさ〟に期待していた人がいかに多かったか分かる数字です。だって、レース前半からメチャクチャ前に行こうとする馬なんです。速すぎて前の馬に追いついちゃいそうな、誰が見てもスプリンターなんです。それが、「距離をごまかせる」と言われる京都の1400メートルから「ごまかせない」と言われる阪神1600メートルになっているのに、しかも、この年から阪神競馬場が改修され、今までより直線が長く、差し馬有利になっていたのに、スピードより瞬発力勝負のコースに変貌していたのに、1倍台なのです。
「大丈夫かな…」
そんな不安よりはるかに勝った期待。
「1600メートルでもぶっちぎったら」
「歴史的名牝かもしれない」
ゲートが開き、やはり、前へ前へ行こうとするマーチャン。
あふれちゃってました
あり余っちゃってました
でも、天才は困りつつも、やはり天才でした。
なだめて
なだめて
内の5番手
「さすがユタカ」
「うますぎる…」
「このまま…」
「ぶっちぎれ!」
ファンのそんな期待に応えるかのように内から抜け出したマーチャン。
ギュイーン!
一気に伸びた
伸びたんですが、追いかけてくる馬が1頭
並び…
差したのは…
歴史的名牝!
ウオッカ!
今考えると相手が悪かったとしか言いようがありません。翌年、牝馬として64年ぶりに日本ダービーを制し、天皇賞・秋やジャパンカップなど、最終的にはGⅠを7勝する馬が相手だったのですから。しかもその馬はマイルが得意で、瞬発力タイプでもあったのですから、コース形態的にも圧倒的に向いていました。武豊ジョッキーもレース後、サバサバしていたといいます。
さらにもう1回つぶやいたそうです。
後に自分が乗るとは思ってもいなかったでしょうが、完敗を認めていました。逆に言うと、相手が悪かっただけで、マーチャンが弱いわけでも、失敗したわけでもありません。3着とは3馬身半も離れており、ウオッカという強すぎる馬がいなければ、GⅠ馬だった、いや、GⅠを完勝していたのは間違いないのです。
向かうは当然、桜花賞。
あふれちゃうスピードを
あり余っちゃうスピードを
マーチャンは制御できるのでしょうか。
VSウオッカ
始動戦は3月11日のフィリーズレビューでした。桜花賞への2大トライアルのひとつで、距離は1400メートル。もうひとつのチューリップ賞は1600メートルですから、ひとまず適性に近いところで再スタートを切ろうという狙いです。
印がとんでもないことになっているのには理由があります。距離が短くなったのに加え、阪神ジュベナイルフィリーズでクビ差の接戦をしたウオッカが、1週間前のチューリップ賞を楽勝していたのです。
「今年の牝馬クラシックはウオッカが抜けている」
「ウオッカが大本命で、対抗がアストンマーチャン」
「ポイントはマーチャンの距離適性だけ」
「ま、1400メートルのここは楽に通過するだろうけど」
というわけで単勝オッズは…
1・1倍!
そんな中、やっぱりスタートすると前へ前へ。
あふれちゃってました
あり余っちゃってました
でも…
楽勝でした。ただ、テレビのインタビューで武豊ジョッキーがこう口にしました。
これ、褒めてはいますが、手放しで喜んではいません。
スピードがある
ならいいのですが
スピードがあり過ぎる
だと、やっぱり困るのが競馬なんですね。
スピードあふれる
ならいいのですが
スピードがあふれ過ぎる
スピードがあり余る
だと距離がもたないわけです。
記事でも武ジョッキーはこうコメントしています。
極めつけはコレ。
天才がここまで言っているのですから、もう、正真正銘のスプリンターです。
ベストは1200メートル
1600メートルは長い
いや、長過ぎる
桜花賞前、大方の見方もそうでした。
では、記者の評価は…
はい、重い印がしっかりついています。なんなら◎さえあります。そう、やっぱり誰もがマーチャンに惚れていたのです。
あふれちゃってる
あり余っちゃってる
それはスピードだけじゃない
競走馬自体の能力も
才能も
あふれ
あり余ってる
そう判断した人がたくさんいたのです。ファンがチューリップ賞でウオッカとクビ差だったダイワスカーレットより上の2番人気に支持したのも、そこを拠り所としていました。
「ウオッカもすごそうだけど」
「マーチャンもすごいはず」
「逆転もある!」
そんな中、外枠からスタートしたマーチャン。前に壁を作れず、いつも以上にムキになってしまいます。
あふれちゃってました
あり余っちゃってました
天才は…
さすがに手を焼いていました
さすがに困っちゃってました
制御不能――
ガマンできず2番手へ上がっていってしまったマーチャンは、直線を向き、伸び切れずに7着に敗れました。レース後の武ジョッキーのコメントです。
さらに、こう付け加えました。
もともとスプリンターなのを何とかマイルまで持たせようとしたけど、さすがに限界…という雰囲気で、ファンもそれに勘づきました。とはいえ、距離適性を凌駕する化け物ではなかったのは残念だったものの、正直、どこかで「そうだよな」とも思っていましたから、ガックリではありません。それに、スプリンター色が強かっとしても、強い牝馬なら桜花賞まではクラシック路線を歩むのは当然のこと。というか、現在のように3歳スプリント路線が充実していない当時は、それしか選択肢はありませんでした。
「仕方ないね」
「次はどこだろ」
「オークスは絶対にないから」
「NHKマイルカップかな」
「でも、それも1600メートルじゃん」
「う~ん…」
そんな会話をしていたファン。5月になり、NHKマイルカップの出走表にアストンマーチャンの名前はありません。6月、新聞をチェックしてもなかなかその名が出てきません。
「放牧に出たのかな」
「ケガをしてなければいいけど…」
私も心配していました。だから7月になり、こんな記事が自分の勤める新聞に載ったときはホッとしました。
読んだ後に湧き上がってきたのは、とてつもない期待感。なんと、9月のスプリンターズステークスを大目標に、夏以降はスプリント路線に舵を切るというのです。
「きた…」
「ついにきた!」
「1200メールなら…」
「スプリントであのスピードを活かしたら」
「負けようがないだろ!」
マーチャン同様、ファンも待ちわびた〝解放の時〟。ドキドキしました。ワクワクしました。しかし、事はそうすんなりとはいきませんでした。
解き放て
8月12日、マーチャンは小倉競馬場で行われる北九州記念(GⅢ)に出てきました。待望の1200メートル戦です。
◎がズラリも当然。専門家から見ても、「ついにベスト距離に使ってきた」というところでしょうし、古馬相手とはいえ、3歳牝馬ですからハンデも軽く、単勝1・8倍の圧倒的な支持を受けたのも当然かもしれません。で、スタートが切られると、ファンはすぐに気付きます。やはり、電撃のスプリント戦は1400メートルや1600メートルとは全然違うのです。マーチャンは、このとき乗っていた岩田康誠ジョッキーに強く制御されているように見えません。ペースが速いので、本来のスピードを発揮するぐらいでちょうどいい。
あふれるスピード
あり余るスピード
それを活かして、悠々と先行していました。歴戦のスプリンターが必死こいて前に行こうとする中、悠々と3~4番手。なんなら岩田ジョッキーが軽くなだめるぐらいなのですから、見ていたファンは興奮しました。
周りがこんなに速いのに
あふれちゃってる!
あり余っちゃってる!
「ぶっちぎるんじゃないか?」
「ぶっちぎれ!」
高まりに高まった期待。だからこそ、その反動も大きかった。何と、直線を向き、満を持して先頭に立とうとしたマーチャンは伸びきることができず、5頭の馬に差されてしまうのです。
「え?」
「ベスト距離なのに…」
「どうした?」
敗因はペースだと想像できました。上位の馬の位置取りをご覧ください。
はい、後方からいった差し馬ばかりです。実はこのレース、前半3ハロンが32・1秒という驚異的なハイペースになっていました。先行馬にとっては〝殺人的〟とも言えるもので、だからこそ差し馬が台頭したわけです。ただ、頭でそれを理解しても、あのとき、ファンは驚くほどガッカリしていました。
「楽々ついていってたじゃん」
「ハイペースがちょうどいい…」
「そのぐらいのスピードがあったはずじゃないか」
「ぶっちぎってくれると思ってたのに…」
華々しい再スタートを期待していたからこその、才能を信じていたからこその落胆。そしてそれは1か月半後のスプリンターズSに向けて、こんな感情に変わっていきます。
「そこまでの馬じゃないんじゃ…」
「もしかして早熟だったんじゃ…」
そう、2歳の夏からいいスピードを見せていた馬が、3歳になって伸び悩む。成長がなく、成績が尻すぼみになる…というのは〝競馬あるある〟なのです。ファンは、そういう馬を何頭も何頭も見てきました。特に牝馬で多く見てきました。
「もう終わってるんじゃ…」
期待から疑念へ。
揺れていました。あの頃、マーチャンのファンは本当に悩みました。競馬を知っている人間ほど悩みました。殺人的ペースをついていけたのは高いスピード能力の証明。先行馬で上位に残ったのはマーチャンぐらいだったのですから強いレースをしたのも間違いない。でも、伸び切れなかったのは成長が足りないとも言えるし、春にガマンさせすぎて精神的に参っている可能性もある…。専門家も迷っていたのでしょう、印はこんな具合です。
◎もあれば無印もあるというのは、半信半疑感が漂っている証拠。5・6倍という単勝人気も、ファンの迷いを表していました。
完全に終わっているのなら、これほど売れることはありません。
一方で
終わっていないのなら、こんな数字で収まるような馬ではないのです。
この年はかなりメンバーが手薄で、前哨戦のセントウルステークスで突然覚醒したサンアディユにはフロック感が漂っていましたし、そもそも既に5歳になっていた牝馬。春のスプリント王者・スズカフェニックスもまだ1200メートルはその1戦のみで信用ならず、5歳という年齢から上がり目があるとも思えません。春までに見せたスピードを考えれば、そして阪神ジュベナイルフィリーズで接戦したウオッカがダービーを勝ったことも加味すれば、どう考えてもポテンシャル的にはマーチャンの方が上でした。でも、人気の順番で言うとその2頭に劣る、上から3番目…。
「信じていいのか…」
「信じられるのか…」
そんな中、最後の最後にマーチャンの馬券を買ったファンは、何を信じたか。もちろん、「早熟かどうか」「終わっているかどうか」という〝走ってみなければ分からない〟という不確定要素を、「俺は信じる」と、ギャンブル的に信じた人もいました。でも、そんなあやふやなものではないもの、やや確実性のあるものを感じ取ってマーチャンを信じた人も少なくありませんでした。実は陣営から、メッセージが出ていたんです。それは
騎手の乗り替わり
です。春のスプリント王・スズカフェニックスに乗っていたのが武豊ジョッキーだったので、天才は空いていませんでした。だからといって、前走と同じ岩田康誠ジョッキーでもありませんでした。指名されたのは
中舘英二――
レースの数週間前、このことが明らかになったとき、ファンは少なからず驚きました。1990年代半ば、〝女傑〟ヒシアマゾンの主戦として活躍し、2000年代に入ってからも全国10位以内に入るような上位ジョッキーとなっていたのですが、この頃の中舘騎手はローカル競馬場を主戦場としていたのです。第3場となるような競馬場で、地味に、コツコツと勝ち星を稼き、年間100勝を挙げる年もあった一方で、大舞台に顔を出す回数は明らかに減っていました。GⅠであまり見かけないジョッキーとなっていたのです。
「厩舎との関係もあるんだろうけど…」
「意外だな」
「もっと大舞台向きのジョッキーもいただろうに」
しかし、レースが近づくにつれ、結構な数のファンが気付き始めました。
「もしかして…」
「いや、そうだ」
「そうに違いない」
何が〝違いない〟のか。答えはこうです。
「逃げる」
「マーチャンは逃げるぞ」
そう、ツインターボ(師匠!)の主戦でも有名だった中舘ジョッキーは〝逃げ〟を大得意としていました。逃げるために依頼されたのでは…という想像が、容易につく乗り替わりだったのです。そしてこれは、レースが近づくにつれて大きくなってきた早熟の不安を打ち消すには、いや、打ち消したい人、振り払いたい人、何よりマーチャンを信じたい人にはもってこいでした。
「今までは大事に乗っていたけど」
「制御なんてしないんだ」
「ガンガンいくんだ!」
その戦法が意味するのは
あふれるスピード
あり余るスピード
それをMAXで解放する
ことでした。今までの戦法が悪かったとは思えません。武ジョッキーも岩田ジョッキーも距離や将来のことを考え、逃げの手には出なかったんだと思いますが、前走の敗戦で、陣営もこんな思いを強くしたんだと思います。
マーチャンを気持ち良く
思いっきり走らせてあげたい!
そう、馬のための決断でした。
だからこその中舘英二
レースの週、ハッキリと「逃げる」とは宣言していなかった陣営ですが、本紙には助手さんのこんなコメントが載りました。
メッセージ――
受け取ったファンは同時に、リスクも理解したでしょう。
「これで負けたら…」
そう、ある意味、残酷なテスト
背水の陣
一か八か
丁か半か
乗るか反るか
いや、それじゃ博打ですね。違いました。競馬はスポーツです。
陣営の思い
マーチャンの才能
それを信じるか信じないか
極めてスポーツ的なキャッチボールが行われたスプリンターズステークスのファンファーレが鳴りました。
信じよう!
信じたぞ!
そんな人は、あのスタートで昇天したに違いありません。外の馬がロケットスタートで真っ先に飛び出したのですが、そんなのお構いなし。中舘英二とアストンマーチャンはいきなりアクセル全開、ぶっ飛ばしてハナを奪ったのです。
「速っ!」
「速ぇ!」
スプリントGⅠなのですから、全世代から快速自慢が集まっているんです。日本一速い馬が集まっていたんです。でも、そのどの馬よりもマーチャンは全然速かった。アッと言う間に3馬身差をつけて逃げていきます。
雨でした。
不良馬場でした。
スピードが活かせない。
マーチャンには不利…
そんな声もありました。
でも、お構いなし。
42歳・中舘英二
逃げの中舘
やることはひとつ!
その覚悟がマーチャンを解放させました。
スピードが
あふれちゃってました
あり余っちゃってました
でも、誰も困ってはいません
楽しそうに
気持ちよさそうに
マーチャンは逃げていきました
逃げたまま
リードを保ったまま直線
リードがあるのに
さらにスパート!
「そのまま…」
「そのまま!」
「そのままー!!」
マーチャンも
ファンの心も
解放!
最大限に能力を発揮させようとした陣営と
最大限の覚悟でガソリンを残さなかった騎手により
最大限に発揮されたスピード
あふれるどころか
あり余るどころか
フルに使い切ったとき
大歓声とともに
新スプリント王が誕生しました。
テレビのインタビューでも言っていましたが、中舘騎手は石坂調教師にこう言われたそうです。
開き直っていいぞ、ということです。さらに、記事ではこう明かしていました。
人気を背負っての大舞台が久しぶりだったベテランの背中をそっと押してあげたトレーナーも見事ですが、〝馬の力を出し切ってくれればそれでいい〟はまぎれもなく陣営の本音だったでしょう。
あふれるスピードを
あり余るスピードを
適距離でMAXにすれば負けない!
マーチャンの才能を最後まで信じた陣営の勝利に、マーチャンを信じたファンはさらに期待を膨らませました。
「名スプリンターの誕生だ」
「マーチャン時代の到来だ」
「これは長期政権になるぞ」
そう、マーチャンはまだ3歳なのです。この年齢でのスプリンターズステークス制覇は、あのニシノフラワー以来、2頭目。ただ、ニシノフラワーが勝ったときのスプリンターズSは12月でしたから、初秋になってからは〝初〟でした。そういう意味ではあの時点では、最も若くスプリンターズSを勝った馬と言えますし、この勝利で早熟というレッテルは吹き飛びましたから、まさに前途洋々。記事では、石坂調教師が翌年以降の、グローバルスプリントシリーズ(当時行われていた日本、香港、イギリス、オーストラリア、UAEを舞台にした国際競走シリーズ)への参加もほのめかしていました。
「今日は不良馬場だったけど…」
「良馬場ならもっと速いはず」
「通用するぞ」
「マーチャンならいける!」
「マーチャンなら世界一のスプリンターになれる!」
止まらないワクワク。続くスワンステークスは1400メートルだったこともあり、14着に大敗しましたが、暮れの香港スプリントで巻き返してくれるに違いないと思いました。残念ながら馬インフルエンザの影響で回避→放牧となってしまったものの、まだ3歳です。女の子とは思えないボリューム満点のボディーがさらに成長する可能性さえあります。
「来年はまず高松宮記念か」
「楽勝でしょ」
「うん。その後に世界だ!」
あふれちゃってました。
あり余っちゃってました。
ファンの胸から
マーチャンへの期待が
だから、まさかでした。
あんな記事を見ることになるなんて。
春、シルクロードステークスで謎の敗戦を喫したマーチャンは、その後、原因不明の出血性大腸炎を発症し、天国に旅立ちました。
「ウソだろ…」
「これからだったのに…」
だからこそ、「ウマ娘」で彼女が帰ってきたときは本当にうれしかった。育成実装前に公開されたアニメーションの中で、ウオッカとダイワスカーレットという同期に怒られる不思議ちゃんが、こう口にしたときは涙が止まりませんでした。
「明日も明後日も百年先も。あなたの心の隅っこに、アストンマーチャン」
大丈夫。
隅っこどころじゃありません。
千年先だって忘れるわけがありません。
あなたとの思い出
あなたの速さは
今でも私たちの心の中で
た~くさん
あふれちゃってます。
あり余っちゃってます
あなたのスピードのように。