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金田監督に顔面を蹴られたトレーバーに学ぶ〝ギャップ戦略〟【野球バカとハサミは使いよう#20】

仕事以外でも周囲の人の記憶を刺激しよう

 長いプロ野球史の中には「記録より記憶に残る選手」という存在も少なくない。たとえば元阪神タイガースの外野手・亀山努もその一人であろう。

 亀山はドラフト外入団という無名の存在ながら、プロ5年目の1992年にライトのレギュラーを獲得すると、シュアなバッティングとアグレッシブな走塁を武器に大活躍。中でも闘志あふれるヘッドスライディングは甲子園の名物となり、一躍スターダムに駆け上がった。

 この年、それまで低迷していた阪神が2位に躍進したこともあり、亀山人気は極限まで過熱した。同じく彗星のように現れたニュースター・新庄剛志とともに「亀新フィーバー」と呼ばれる社会現象まで巻き起こし、オールスターファン投票では両リーグ最多得票を獲得した。

ヒーローインタビューを受けた亀山(右)と新庄(94年7月、甲子園球場)

 しかし、そんな亀山も選手としては短命だった。93年以降は度重なる故障により満足に活躍できず、97年に28歳の若さで戦力外通告。たった1年間の記憶を残しただけで、引退してしまったのだ。

 それでも亀山は今も絶大な人気を誇っており、関西では多くのメディアに出演している。その人気の秘密は決して亀新フィーバーの余韻だけではない。亀山はそれに加えて、常に周囲のニーズに応えるサービス精神の持ち主でもあるのだ。

 中でもマスコミへのサービス精神は実に旺盛だった。

 たとえば、晩年は睡眠時無呼吸症候群に悩まされ、寝坊で練習に遅刻することも多かった亀山だが、これについて記者がひょんな噂をもとに「目覚まし時計を10個かけても朝起きられないって本当か?」と尋ねてきたことがあったという。そのとき、亀山はそんな事実はないにもかかわらず、わざと2個足して「違う、12個や」と返答。それが大きく報じられたのだ。

 引退後、ご本人が語ったところによると、これは一種の道化魂だったという。すなわち、「そう答えたほうが、マスコミが喜ぶから」という理由で、事実をねじ曲げたということだ。

阪神の亀山努

 こういった道化魂こそが亀山人気の長期維持に貢献しているのは言うまでもない。残した実績以上に人々の耳目を奪うという能力は、サラリーマンもぜひ養いたいところだろうが、そのためには常に周囲のニーズに応え、時にはプライドを捨ててまで自虐する心意気も大切だ。

 記憶に残る人間になりたければ、目の前の仕事を一生懸命やるのはもちろんのこと、プライベートでも周囲の人々の記憶を刺激しなければならない。記憶の刺激は能動的に行うものなのだ。


上司と深酒した翌日はチャンス

 例えば仕事で外国人と接する機会があったとする。そのとき、流ちょうな英語で会話をしたのがあまり賢そうに見えない高卒の非エリートであったら、周囲はさぞ驚くだろう。イメージとのギャップがある分、その人の評価が余計に上がってしまうことだってあるはずだ。

 こういったギャップ戦略は自己演出に非常に有効であり、かつてのプロ野球界にもそれを巧みに利用した選手がいた。元近鉄の外国人選手、ジム・トレーバーのことである。トレーバーは1990年に近鉄に入団すると1年目に打率3割3厘、本塁打24、打点92という好成績を残し、翌年は打点王も獲得するなど、打撃は間違いなく一級品であった。

家族と来日したトレーバー(1990年1月、伊丹空港)

 また、いかにも屈強そうな巨漢のプロレスラー体形は迫力満点で、たびたび乱闘劇を巻き起こしたことでも印象深い。

 中でも91年の対ロッテ戦は有名だ。死球に激怒したトレーバーが鬼の形相で相手投手を殴打しただけでなく、その後ロッテ陣営のやじにも激高し、同ベンチ方面に猛突進。しかし、あろうことかベンチ前でつんのめって転倒してしまい、待ち構えていたロッテ・金田正一監督に顔面を蹴られるという悲惨かつ間抜けな目に遭ってしまう。どうやらトレーバーは、やや鈍くさいところがあったようだ。

 しかし、この鈍くさいイメージを最大限に利用したのもトレーバーの特徴である。ひとたび塁に出れば、意外なことに幾度となく盗塁を成功させ、91年は年間11盗塁も記録したのだ。

 きっとトレーバーは相手バッテリーの油断を意図的に突いたのだろう。自分には鈍くさそうなイメージ(実際、足は速くなかった)があるため、盗塁は無警戒のはずだ。ならば、その油断を突けばたやすく盗塁できるのではないか。これもまた、ギャップ戦略のひとつである。

近鉄のトレーバー

 このギャップ戦略は、考え方ひとつで簡単に実践できる。サラリーマン社会なら、上司と深酒をした夜の翌朝など絶好のチャンスだ。上司が部下に対して「今日は二日酔いだろう」と予想しているはずだからこそ、部下は予想を裏切るように一番乗りで出社してみるといい。予想の裏切りがある分、上司はいつも以上に感心してくれるだろう。

 要するに、ギャップ戦略とは予想の裏切りなのだ。従って、それを意図的に繰り出そうと思ったら、自分が周囲にどう見られているかを分析する必要がある。自己演出のいしずえは、自己分析にあるということだ。

山田隆道(やまだ・たかみち) 1976年大阪府生まれ。京都芸術大学文芸表現学科准教授。作家、エッセイストとして活躍するほか大のプロ野球ファンとして多数のプロ野球メディアにも出演・寄稿している。

※この連載は2012年4月から2013年9年まで全67回で紙面掲載されました。東スポnoteでは写真を増やし、全33回でお届けする予定です。

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