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〝映画を見る難しさ〟を知ったのち「七人の侍」を改めて見てみたら…

 3年前に「午前十時の映画祭」というリバイバル上映で「七人の侍」(1954年)を見た。黒澤明監督の名前は知っていたものの、それまで一度も見たことがなかった。「近くの映画館でやっているし、せっかくだから見てみるか」と軽い気持ちだったが、帰り道に興奮が冷めやらなかったことを今でも覚えている。特に感銘を受けたのが三船敏郎の演技だった。渋くてかっこいい侍かと思いきやおどける一面もあり、敵と戦うシーンでは生身のド派手アクション…とギャップのオンパレード。それを余すことなく伝える黒沢の撮影手法にも魅了された。この話を親戚に伝えると「もう何度も見たからあげるよ」とDVDをもらったが、実は一度も見ることなく棚に眠らせてしまった。フツーの映画の上映時間が約2時間なのに比べて「七人の侍」は約3時間半。他にも見たい映画次々出てくる中、さすがに腰が重すぎた。(デジタルメディア室・佐藤悠樹)

東スポで働き始めて2年目になりました

映画を見ることは難しい…?

 映画鑑賞は私にとって趣味の一つ。いわばエンタメだが、『仕事と人生に効く教養としての映画』(PHP研究所)という本を見つけたので、読んでみた。好きな映画を見ることで仕事と人生が良くなるなら、そんなにうれしいことはないし、一体どんなことが書いてあるのだろうか?

いきなり衝撃的だった。

映画を見ることは難しい。

伊藤弘了『仕事と人生に効く教養としての映画』(PHP研究所、2021年、p8)

デヴィッド・フィンチャー監督の「ファイト・クラブ」(1999年)やスタンリー・キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」(1968年)など難解と言われる映画があることはわかるが、映画を見ること自体が難しいなんて考えたこともなかった。椅子に座ってポップコーンを食べながら見ていることの何が難しいんだ? そんな私の問いを待っていたかのように著者からの強烈なカウンターパンチがさく裂した。

 映画がわかりやすいものだという認識は一面の真理を突いています。じっさい、映画はそのわかりやすさゆえに長らく「大衆娯楽の王者」として君臨してきました。
 ですが、それはまやかしの真実にすぎません。
 むしろ難しさを押し隠し、いかにも簡単そうな顔をして現れるところに映画の深さがあると言ったらいいでしょうか。一度見ればすべてを理解できるほど、単純なものではないのです。

前掲書、p8

 奥深さが隠れている映画として筆者が挙げたのは「トイ・ストーリー」(1995年)。本当は動いたり話したりできるおもちゃ達が、人間の前では動いてはいけないというルールを守りながら冒険するファンタジーアニメ。私も幼少期から何度も見たが、一度も難解だと思ったことはない。子供も大人も笑って泣ける大衆エンタメのお手本の作品のどこをどうやって見れば難しいというのか? 筆者はカウボーイ人形(ウッディ)とスペースレンジャー人形(バズ)の職業設定に注目するべきだという。

 カウボーイとスペースレンジャー。
 一見すると何も共通点もないように思われるかもしれませんが、アメリカ人はこの二つのキーワードによって結びつけます。
 それは「フロンティア」です。
アメリカにとって西部フロンティア開拓は「明白な天命(マニフェスト・ディスティニー)」でした。
(中略)
カウボーイとは西部劇の主人公にほかなりません。しかし、西部が開拓され尽くしフロンティアが消滅したのと同様に、ジャンルとしての西部劇の人気もやがて下火を迎えます。
そこでアメリカ人(ハリウッド映画)が次に見定めたフロンティアが「宇宙」でした。
(中略)
カウボーイとスペースレンジャーは新旧のフロンティアを象徴するヒーローであり、この二人がバディを組んでいるのはアメリカ人にとってきわめて理にかなったことなのです。

前掲書、p10

 大好きな作品であったのに、2人を結び付けているものがあることにまるで気づけなかった…。映画の中に押し隠された「横のつながり」を探し、映画の見る幅を広げること教養が深まり、細かいセリフや演出の工夫に気づく観察力・注意力がビジネスにつながると筆者は言う。

「コスパ」がいいのは古典的名作

 若い人を中心に「タイパ」と「コスパ」を気にする人が増えている。動画コンテンツもTikTokやYoutube Shortsなど短時間でも楽しめるものが人気だ。その影響もあってか、映画を倍速で見る人も増えてきている。時間をかけてみた作品が駄作だったときのやるせなさは半端じゃないからよくわかる。私も一時期「同じ2時間費やすなら、倍速で2本見たほうコスパがいい」と考え、倍速視聴していた時期もある。ただ大事な伏線を見落としたり、理解が追い付かなかったり、見終わったときに話がまったくわからないこともあったので、通常の速度で見るようにしている。

 ネットやSNSの話題先行で、内容を確かめるような見方がとくに若い人のあいだで広まっています。会話の無いシーンや、風景が映し出されているシーンなどは飛ばしてしまうという話です。
NetflixやYouTube、Amazon Prime Video、ニコニコ動画などには再生速度を調整する機能や10秒送りの機能が実装されていますので、もはやそれが当たり前の時代なのかもしれません。
それを「けしからん」と言う人もいますが、私はそれほど否定的ではありません。

前掲書、p122

 意外なことに筆者は倍速視聴に寛容だったが、フツーの速度で見るにしてもいい作品には効率的に出会いたい。そのヒントが本書にあった。

 1955年に日本で製作された映画は423本ありますが、このなかで古典として今日まで生き延びているのは成瀬巳喜男の『浮雲』くらいでしょう。
(中略)
 つまり、ここで言いたいのは、時の篩(ふるい)にかけることで423本という大量の作品のなかから見るべき1本を絞り込めるということです。
(中略)
 新作映画のなかから1本を見るのと、半世紀以上の時を超えて現代に伝わっている1本を見るのとでは、単純に「打率」が違ってきます。
 わかりやすくいえば「ハズレを引く可能性が低い」ということです。

前掲書、p130

改めて黒澤明を見る

 そうか、名作を見ればいいのか! 「映画 名作」で検索すると「パラサイト 半地下の家族」(2019年)や「ボヘミアン・ラプソディ」(2018年)など最近の映画も出てくるが、「ゴッドファーザー」(1972年)や「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(1985年)など私が生まれる前の作品も多い。そしてその中に「七人の侍」のタイトルを見つけてしまった。本棚に並んだままのDVDを久しぶりに取り出して改めて視聴した。約70年前の作品であるため、映像にノイズが乗っていたり、音が割れていたり聞き取れない箇所があるものの面白さは段違いだ。シリアスとギャグ、平穏なシーンとアクションシーンがバランスよく織り交ぜられ飽きることがない。やっぱり三船敏郎演じる菊千代の殺陣は惚れ惚れする。

久しぶりに開封しました

「横のつながり」を見つけることもできた。盗人が農家の子供を人質にして立てこもっている場面で、志村喬が演じる侍の島田勘兵衛が自らの髪をそり落とし、お坊さんに扮して盗人を油断させる。そのまま、立てこもっている住居に入り、盗人を退治し、子供を救出するシーンだ。

 これを見たときマンガ「キン肉マン」で、子供を人質に取って強盗が立てこもったところに、キン肉マンソルジャーが神父に変装し、救出する場面を思い出した。「もしかして、『七人の侍』のオマージュなのでは? 作者のゆでたまごも黒沢明の影響を受けていたのでは?」と頭の中にクエスチョンが浮かんだ。ニコニコ大百科を調べてみると、やはりそのような記述を多く確認することができ、「元ネタの元ネタ」として上泉信綱という武将の名前も記されていた。知らないことなので調べてみると、上泉信綱は戦国時代の剣豪で、柳生新陰流が生まれるきっかけを作っていたようだ。

 黒澤作品に熱が入ってきたので、次はスター・ウォーズシリーズのモチーフにもなった「隠し砦の三悪人」(1958年)を見て、また新しい「横のつながり」を発見したい。


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