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超豪華バトルロイヤルで鬼軍曹がリング内を区画整理【プロレス語録#10】

 今も伝説とされる小社主催の「8・26夢のオールスター戦」(日本武道館)。メーンイベントで当時8年ぶりに復活したBI砲(馬場&猪木)の雄姿が語り継がれる。ところが今振り返ってみると、大変貴重な顔合わせが実現しているのが新日本、全日本、国際プロレスから計19選手が参加して争われた前座のバトルロイヤルだ。

 このセリフはバトルロイヤルに出場した山本小鉄が試合中、リング上で新日本の若手選手に命令した言葉。自軍の若手を利用して、次々と全日本、国際の選手を失格に追い込んだ小鉄は、最後に全日本のホープ・大仁田厚をカナダ式背骨折りで仕留めて、見事に優勝をさらっている。

全日・百田光雄のアシストでコーナーから飛ぶ山本小鉄(79年8月、日本武道館)

 この超豪華バトルロイヤルに参加したのは新日本から山本小鉄、魁勝司、小林邦昭、前田日明、ヒロ斎藤、平田淳嗣、ジョージ高野。全日本からミスター林、伊藤正男、百田光雄、肥後宗典、大仁田厚、渕正信、ハル園田。国際プロから若松市政、米村勉、デビル・ムラサキ、高杉正彦、鶴見五郎。

最後は鬼軍曹が後の邪道をカナダ式背骨折りで仕留めた

 この19人が団体の威信をかけて、リング狭しと暴れ回ったのだからリング内は無法地帯。そこで小鉄が指揮官となり、新日本の若手を先導して、リング内を区画整理。ここ一番のみで動き、ムラサキをボディープレス、園田をヒップドロップで粉砕した。

 大仁田が鶴見を頭突きでKO、小鉄は魁をボディースラムで葬り、最後は超異色の「鬼軍曹対邪道」の一騎打ちへと突入した。大仁田を破って優勝した小鉄は「若い人たちには負けたくなかった」とベテランの意地を見せつけていた。



 ちょうど40年前の9月。オクラホマ、カンザス、アーカンソー州など米国の中西部地区を荒らし回り、中西部地区のUSタッグ王者として活躍していたのがミスター・イトー(上田馬之助)とシャチ横内のタッグチームだった。

 これは9月9日(日本時間10日)、オクラホマ州タルサのミュンシバルオーデトリアム大会で、ロレンゾ・バレンチェとのタッグで上田、横内組に挑戦しながら敗れたダニー・ホッジの試合後のコメントだ。

NWA世界ジュニア王者に君臨していた鳥人・ホッジも、上田の実力を認めていた

 レスリング・フリースタイルの五輪銀メダリスト、アマチュアボクシングの全米王者を経てプロレス入りしたホッジは、当時、NWA世界ジュニア王者に君臨し、その底知れぬ強さは、全プロレスラーから恐れられていた。

 そのホッジとバレンチェを挑戦者に迎え、11度目の防衛戦に臨んだ上田と横内は、ワンショルダータイツの腹部にデカデカと日の丸を縫い付け「神風」と描かれた日の丸ハチマキ姿で出陣。

 3本勝負の1本目はホッジが回転エビ固めで横内から3カウント。続く2本目は横内が空手チョップ連打でバレンチェを下しタイに。勝負は3本目に持ち越される。

 ここでボクシング流の構えを見せるホッジに対して、上田は長い脚を使ったキックでけん制。ホッジのドロップキックをはたき落とすと、シュミット式バックブリーカーからの逆エビ固めで絞り上げギブアップ勝ち。最強挑戦者を下し、王座防衛に成功した。

 試合後のホッジは「ウエダの実力は今、全米でもベスト10に入ると思う。シャチとのコンビも一流だ」と上田の強さを手放しで絶賛。まだら狼に変身する以前、若き日の上田の強さは実力者・ホッジに、ここまで言わせるほどだったのだ。

中西部地区を荒らし回ったミスター・イトー(右)とシャチ横内(68年9月、オクラホマ州タルサ)

※この連載は2008年4月から09年まで全44回で紙面掲載されました。東スポnoteでは写真を増やし、全22回でお届けする予定です。


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