がんばれ!タグチくん!~野球ミステリーでトレードを読む~
企画意図
東スポの記者だって本は読む。では、いったいどんな本を?という当ブログ。今回の担当は45歳・猫背記者です。
令和のトレード
先週末に開幕したプロ野球、盛り上がっていますよね。そんな中、ヤクルトの開幕第2戦(27日)に先発したのが田口麗斗投手。
そう、先月、巨人からヤクルトに移籍した左腕です。残念ながら阪神の大物ルーキー・佐藤輝明内野手に記念すべきプロ1号を献上してしまいましたが、本拠地2戦目の先発を任されたのは、いかに期待された即戦力だったかが分かる起用ではないでしょうか。
それにしても、ヤクルト・広岡大志内野手との今回の交換トレードはビックリでしたよね。開幕まで1か月を切ったタイミングでの〝サプライズ〟を、東スポも様々な切り口で報じました。
昭和のトレード
大きな話題となったのは、両選手の立ち位置が関係していたと思います。侍ジャパンにも選ばれた左腕と将来の大砲候補…何より2人とも若いです。ひと昔前とは、ちょっぴり味わいが違う気がするのは私だけでしょうか。昭和や平成の〝驚き〟は、こういった選手ではなく、ベテランや大物が常でした。
例えば、1975年オフ、巨人が高橋一三と富田勝を放出してこの人を喝、じゃなく獲得。
76年には江夏が阪神から南海へ
78年オフは田淵幸一がまさかの放出
80年代と言えば何と言っても落合博満の中日入り
88年オフには巨人・西本聖が中日へ
平成のトレード
西武・秋山幸二が渡辺智男、内山智之とともにダイエーにトレードとなったのは93年オフ。ダイエーからも3人で、佐々木誠が含まれていました
97年オフには近鉄・石井浩郎が巨人へ(吉岡雄二、石毛博史とトレード)
2003年11月には小久保裕紀の巨人への無償トレードが世間を騒がせました
いや~、錚々たるメンバーですし、すったもんだの人もいました。〝ミスタータイガース〟田淵は、トレードを通告されて涙を流しましたし、いろいろと勘繰りたくなるケースがあるのもトレードの面白いところですよね。で、今回、左腕、トレード…ときたので読み返してみたのがこの「サウスポー・キラー」(宝島社文庫)。2005年に発売された水原秀策氏の野球小説で、第3回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞しています。
プロ野球今昔物語
人気球団の左腕が、身に覚えのない八百長疑惑に巻き込まれるところから物語はスタート。調べを進めていくうちに、トレードに関する意外な事実が明らかになっていきます。ネタバレになるのでこれ以上は書けませんが、テイストはハードボイルドで、練習、試合、遠征などのシーンはなかなかリアル。野球ファンなら楽しめること請け合いです。
私はそれこそ15年ぶりに読み直したんですが、今回のトレード以上に、時の流れを感じました。「昔のプロ野球界ってこうだったよなあ」という気持ちになれるんです。例えば、主人公が所属するチームは、明らかに読売ジャイアンツをモデルにしています。ただ、これが〝昔の巨人〟なんです。全試合がテレビ中継され、どんな選手もうらやむ人気球団で、金満な感じが出ています。セ・リーグ至上主義も漂っていて、何て言うんでしょう、ちょっぴり懐かしいんですよね。
選手をとりまく環境もまだまだ古いです。今は相当減っている精神論をかざす指導者や、昭和のトレーニング方法に固執するコーチも出てきます。ウエイトトレーニングに関するやり取りがその典型でしょうか。大リーグ流を取り入れ、筋トレを重視している主人公に対して、投手コーチはこんなふうに言ってきます。
「ウエイトなんて百害あって一利なしだぞ。筋肉は固くなるし、スピードも落ちる」「迷信ですね」「なんだと?」「アメリカでは普通に行われていることですよ」「馬鹿か、おまえは。おまえほんとに大学出たのか? それはアメリカでのことだろう。日本人とやつらは体が違うだろうが。昔の先輩たちは誰もウエイトなんてやってない。みんな投げ込みと走り込みで体をつくっていったもんだ。妙な器具になんか頼ってなかった」
ひと昔前なら現実的な場面なのかも…なんて想像すると、これはこれで面白いですよね。当事者ではない、読者だからこその楽しみ方だと思いますし、野球を好きだとなお良し。そもそも、こういった〝あの頃〟を経て今の日本のプロ野球があるわけですし、昭和世代にとってはノスタルジーを感じながら読める一冊として、平成世代にとっては少し前のプロ野球界の状況を知ることもできるミステリーとして、令和の今、手に取ってみるのもいいかもしれません。
ちなみに、これはページをめくりはじめてから気付いたんですが、一匹狼でもある主人公の名前は沢村です。昨年、巨人からロッテへのトレードで我々を驚かせ、さらにFAを使って大リーグ・レッドソックスに入団したあの投手と同じなのですから、今回の読書、これはもう何かに導かれたとしか思えませんね。