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今年の皐月賞は内が開く!?「ウマ娘」で人気のゴールドシップを東スポで振り返る!〝伝説のワープ〟&キャラ以上に常識破りの2レース

ゴルシ第2弾

 先日、「大人気ゲーム『ウマ娘』で話題沸騰中!東スポで振り返るゴールドシップ伝説」という記事を公開させていただきました。おかげさまでたくさんの人に読んでいただいたのですが、中にはこんなお叱りの声も…。

「どうして、皐月賞のワープが入ってないんだ!!」

 ごもっともでございます(汗)。古馬(大人になった馬という意味です)になってからの勝ったり負けたりの〝気まぐれ戦績〟でその強さをお伝えようとしたため、割愛させていただいたんです。でも、せっかくお叱りもいただきましたし、よくよく考えたら次の日曜は皐月賞。しかも、週末は天気が不安定だといいます。ひょっとしたらゴルシの時のようなことが起こるかもしれませんので、ファンにどう見られていたかも含め、改めて振り返ってみたいと思います。もちろん東スポの紙面や写真を使って、そして前回同様、なるべく競馬に詳しくない人でも分かるように。(文化部資料室・山崎正義)

ワープの理屈

 まずは何より、どんな「ワープ」だったのでしょうか。皐月賞というレースは中山競馬場の芝コースを1周します。

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 コーナー4つを1回ずつ回る2000メートルで、最後の直線は短め。明らかに先行有利なんですが、ゴルシは最初のコーナーを最後方で回ります。18頭中、18番手です。まだこの戦法は浸透していませんでしたから、見ている方からすると「おいおい、大丈夫か?」というか、軽く絶望を感じるレベルでした。

 3コーナー手前。騎手が押すと、ゴルシはやっとやる気になってくれます。で、4コーナーにかけてグングン上がっていくんですが、そもそもこれが常識外れなんです。当たり前ですが「グングン上がっていく」って、前に邪魔がいたらできませんよね。なので、外に出して馬群の外を回るのがフツーなんですが、このときのゴルシは内から上がっていきます。なぜそんなことができたかというと、前日から皐月賞当日の朝まで雨が降り続いたために内目の馬場が荒れていて、ほとんどの馬が外を回っていたんです。逆に、内にいたゴルシの目の前はポッカリ開いていたんですね。

「馬場が悪くてみんなが外を回る」というのは競馬ではよくあります。内を突くと馬場が悪くて伸びあぐねるので、距離損をしてでも比較的状態の良い外を回った方が結果的には得だからです。だからこういうときに内を突くのは奇襲と言えます。そもそもリスクが大きく、成功率が高くないわけです。でも、ゴルシをそれをやってのけました。陸上のセパレートコースで言えば、みんなが5コースや6コースを走っているのに1人だけ1コースを回っているようなものですから、かなりの〝近道〟。おかげで、みんなが4コーナーを回ったとき、後ろにいたはずのゴルシはいつの間にか先団にいたんです!

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 3コーナーの通過順(=前から何番目にいたか)が「17」なのに、4コーナーの通過順は「6」…めったに見ないこの数字が表すレースぶりこそが、伝説の「ワープ」です。で、ゴルシは失速するどころか、そのまま力強く抜け出して1着となります。

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 このときに2着につけた着差は2馬身半。ハッキリ言って完勝です。でも、実を言うと当時は「めちゃくちゃ強いじゃないか!」とはなりませんでした。まず、「ワープ」を演出したのはあくまで騎手です。本紙も翌日、馬の強さ以上に内田博幸騎手の名騎乗を讃えています。

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 メディアだけじゃなくファンも「騎手がうまく乗ったよね」という認識でした。この日、WINSにいた私の周りでもそのような声が聞かれましたし、「ワープ」というのは「距離を得した(ズルした)」とも言えます。インパクトは強かったものの、長年競馬を見ている人からすると、「たまたまかな?」となっちゃうわけです。しかも、ゴルシは続くダービーで5着に負けてしまうので、「皐月賞はフロックだったかな」「そこまでじゃないか」という認識で、春を終えることになりました。しかし秋になり、そんな半信半疑の声をゴルシが吹き飛ばします。実は今回、皆さんには、10月に行われたクラシック3冠のラスト・菊花賞と、12月に行われた有馬記念も紹介したいんです。ワープもすごいですが、競馬好きからすると、そっちも相当ヤバイんですよね。

常識破りの菊花賞


 まず、菊花賞。前哨戦を完勝したことで誰もがその実力を認めざるを得なくなり、めぼしいライバルもいなかったため、断然人気となります(単勝1・4倍)。ほら、◎がこんなに。

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 レースでは道中後方2番手。最後の1周(菊花賞は3000メートルで馬場を2周回ります)の2コーナーでもまだ17番手なのに、そこから徐々に上がっていき、3コーナーでは4番手、4コーナーでは2番手。皐月賞とは違って馬群の外を回ってグングン上がっていったのですが、今度は馬場がいいのです。馬場がいいのに外を回したら、単純に距離ロスになります。1コースが得なのに6コースを走ってスパートしているんですから当然ですよね。しかも、菊花賞というのは長距離レースで、なるべく体力を温存する必要があり、3~4コーナーで動くのはご法度。でも、ゴルシはそんなことおかまいなしに上がっていき、先頭に立ち、誰にも抜かせずにゴールしてしまいます。常識破りの勝利に翌日の本紙もこんな具合。

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ゴボウ抜きの有馬記念


 で、その2か月後、年上の先輩たちと初めて一緒に走った年末の有馬記念では、似たようなレース、いや、さらに衝撃的なレースを見せます。スタート直後はまったく進む気を見せず、道中は最後方。3~4コーナーで外を上がってはいくものの、4コーナーではまだ前から10番手でした。舞台は皐月賞と同じ直線が短い中山競馬場。誰もが「さすがにダメか」と思ったところ、エンジンが点火したゴルシは最後の最後、残り200メートルほどで前にいる馬を全部追い抜いてしまうんです。

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マダココ(・∀・ )っ

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キタ(・∀・)キタ!!

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キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!


 実は、この有馬記念の前でも、まだゴルシの実力を懐疑的な目で見る人はいました。レースが粗削りすぎること、菊花賞の相手が弱かったこと…しかし、有馬の勝利は誰もがその力を認めざるを得ないものでした。私は競馬場にいたんですが、「こいつ、マジで強ぇ…」と誰もが目を丸くしたのを覚えています。

 ゴルシは名実ともに実力ナンバーワンになったのです。そしてこの後、前回のnoteで書いたようにもっともっと面白くなっていくのです。そう、ウマ娘のゴールドシップのように。

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