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「ウマ娘」に実装されたカツラギエース!三冠馬との死闘と〝日本馬初〟を「東スポ」で振り返る

 今週、ゲーム「ウマ娘」にカツラギエースが実装されました。明るく前向きに壁に立ち向かうカッコよさにハマるファンが続出していますが、史実ではどんな馬だったのか。活躍したのは1984年。競馬界で奇跡が起こったあの秋、その奇跡に真っ向から勝負を挑み、別の奇跡を起こした名馬を「東スポ」で振り返ります。もう40年も前になるんですね。当時の新聞はだいぶ色あせていましたが、何とか発掘してみました。あの頃の空気感が伝われば幸いです。(文化部資料室・山崎正義)


同期

 ABC

 逆から読むと

 CBA

 CBA

 シービーエース

 2頭は切っても切れない関係でした。「ウマ娘」でカツラギエースを育成すると分かりますが、ミスターシービーとの絡みが非常に多いです。では、どんな関係だったか。「ウマ娘」の公式HP、カツラギエースのキャラ紹介にはこうあります。

「ミスターシービーに憧れているが、超えるべき目標としても強く意識している」

「ウマ娘」公式HPから

 憧れにして目標。そう、エースとシービーは同期なのですが、AにとってCBは高い高い壁でした。何せこれです。

 3冠馬――

 皐月賞、ダービー、菊花賞のすべてを常識破りのレースぶりでぶっこ抜いた名馬。そのすべてを、後ろから見ていたのがエースでした。新聞における扱いの差を見ながらエースの3歳時を追ってみましょう。まずは皐月賞。

 ◎ズラリのシービー。一方でエースは〇1つの7番人気です。地味な血統ながら芝1200メートルの新馬戦をぶっちぎり、その後さらに1勝を加えて2歳を終え、年明け2戦目の芝2000メートル戦を2着に3馬身半差をつけて東上してきたのですが(エースは関西馬)、5戦4勝で前哨戦の弥生賞を完勝していたクラシックの大本命シービーとは実績で大きな差がついていました。結果は道悪も響いて11着。が、エースは続くダービートライアルのNHK杯(東京芝2000メートル)で素質の片りんをうかがわせます。9番人気ながら先行して抜け出し、2着に1馬身4分の3差をつけて完勝するのです。これが翌日の紙面に載った写真。

 しかし、この紙面を〝引き〟で見てみると…

 なんと、カツラギエースの「カ」の字も見出しになっていません。最重要トライアルが伏兵の勝利の終わったことで、「シービーの2冠が濃厚になった」という記事になっているのです。それぐらい、この年のクラシックはシービー一色だったんですね。で、肝心のダービーも…

 3枠7番のエースにも印はついており、トライアル勝ち馬として3番人気に支持されましたが、ほとんどの人の目はシービー。しかも、レースでは勝負所でシービーが外に出そうとして他馬に接触し、そのあおりを受けたエースは外に吹き飛ばされてしまうのです。直線、大きく内に切れ込みながら他馬を飲みこんだシービーの後ろ、さらに大外から伸びましたが、6着に終わります。レース後、鞍上の崎山ジョッキーはこう話しました。

「あんなに外を回るつもりはなかったんだが、押される感じでそうなってしまった。あの不利さえなければもう少し差が詰まったと思うのに…」

「詰まった」という表現から、不利がなかったとしてもかなわなかったことがよく分かります。で、この勝利で一気にスターダムに上り詰めたシービーには、秋、19年ぶりという大きな三冠への期待が集まります。だから、前哨戦の京都新聞杯で2頭が対決し、カツラギエースが勝って、シービーが4着に敗れても翌日の本紙はこうでした。

 2着に6馬身差もつけていたのですから、少々やりすぎな気もしますが(苦笑)、それくらいこの秋のシービーフィーバーはすごかった。何せ菊花賞、2番人気に支持されたエースが行きたがる気性と距離適性で惨敗(20着)したことについても、レース翌日の紙面では全く触れられていません。

 というわけで、同じ三冠を戦いながら、しかもトライアルを2勝しながら、エースはものの見事にシービーの陰に隠れたまま、3歳を終えます。正直、歯が立たないように見えました。しかし、翌年、この馬はとんでもないことをやってのけるのです。


本格化

 2400メートルのダービーで伸びあぐね、3000メートルの菊花賞は大敗。エースの適距離を2000メートル前後だとにらんでいた陣営は、古馬初戦で、改めてテストを行います。2500メートルの鳴尾記念を使うのです。

 4コーナー2番手

 絶好のポジション

 伸びず――

 やっぱりそうか、と続いて2000メートルの大阪杯(当時はまだGⅡ)を使うと…

 4角先頭

 持ったまま

 楽勝

 2着に2馬身半!

 さらに同じ2000メートルの京阪杯

 4角先頭

 持ったまま

 ほとんど追わず

 59キロを背負って

 2着に2馬身半!

 さあ、宝塚記念(2200メートル)です。

 単枠指定となり、◎もズラリ。

 適距離です。

 サラブレッドが本格化する4歳です。

 唯一の不安はこれ。

「この馬、トライアルホースなんじゃ…」

 そう、GⅠではまだ結果を出していなかったので、そのような声もあったんですね。ただ、エースは完全に覚醒していました。

 絶好の2番手

 4コーナー

 ジョッキーが後ろを確認していました。

 それぐらいの手ごたえ

 しびれるような

 抜群の手ごたえで

 完勝!

 初GⅠ!

 やっと見出しに馬名が載りました。

 馬名通りのポジションに立ちました。

「古馬の〝エース〟に」

 さらに

「秋の役者」

 という見出しにもご注目。実はこの年から、秋の天皇賞が3200メートルから2000メートルに変更されることになっていたのです。ベスト距離のエースにとって、これ以上の目標はありませんし、この強さです。だからこそ「当確」だというのですが、そろそろ皆さん、あれ?と思っているでしょう。

 あの馬は?

 三冠馬は?

 はい、実はミスターシービーはこの春、体調が整わず休養していました。ただ、大けがをしていたわけではありません。

 万全を期して復帰へ

 戻ってくる世代の大エース

 待ち受ける同期の新エース

 CBとA

 立場を変えて再び相まみえる秋がやってきます。


天皇賞・秋

 2頭はいきなりぶつかります。今と違い、ぶっつけでGⅠなんてことはほとんどありませんからまずは前哨戦、毎日王冠(GⅡ)に名を連ねることになりました。

 昨年の2頭を知っている人間からしたら、印の付き具合が「こんなに変わるのか」といったところでしょう。本紙においては、◎の数はエース優勢。いくら三冠馬といえども、この頃は長期の休み明けはかなりの不利、常識的に考えてしんどいものだったんですね。ただ、常識破りの追い込み脚質と豪快なレースぶりでアイドル的な人気を博していたシービーには多くのファンがついていました。単勝オッズは、印通りとはいかず

 ミスターシービー 3・9倍

 カツラギエース  6・4倍

 正直、ここまで差がついていることには驚きを隠せません。春に3連勝でGⅠを勝ち、誰もが認める〝中距離王〟となっていたのに、ここまで売れないとは…。ベストに近い1800メートルで、苦手な雨は降りそうもなく、調教だって絶好。陣営だって豪語していました。

「8月半ばから速いところをやって(速い調教タイムを出して)、準備してきた」

「夏前に比べ、馬はひとまわり大きくなり、精神的にも成長した」

 なのに、それほど売れなかったのこそ、カツラギエースの持つ星なのかもしれません。自分より目立つヒーロー属性の馬を引き寄せる星…実はこの毎日王冠、もう一頭、エースの票を奪う馬が出走していました。なんともう一頭、三冠馬がエントリーしていたのです。

 サンオーイ

 前年、地方競馬・南関東のクラシック三冠を勝ち、さらに〝地方版有馬記念〟東京大賞典まで制し、この年、鳴り物入りで中央入り。春の安田記念でいきなり3着に入った後、北海道で1→2着と中央の水に慣れてきた実力馬は、秋の飛躍を大きく期待された存在でした。日本人が大好きな〝地方出身〟ということもあり、「中央のエリートに一泡」と願ったファンが食いついたのです。その支持はすさまじく、なんと、人気ではシービーの上をいきます(単勝3・6倍)。

 中央の三冠馬

 地方の三冠馬

 しかも同期

 エースだって同期なのですが、この〝物語性〟にはかないません。だからこその3番人気なのですが、あのとき、エースと陣営は「何くそ」と思っていたでしょう。

「俺だって強くなっているのに」

「絶好調なのに」

 その意地を我々は目にすることになります。

 逃げ馬不在で逃げることになったエース

 淡々と流れたレース

 直線

 外から地方三冠馬

 その外から中央三冠馬

 並びかけられ

 差される!

 と思ったところからエースのエンジンがかかるのです。

 サンオーイを振り切り

 猛然と迫るシービーがきてさらにもうひと伸び

「負けるか」

「エースは俺だ!」

「中距離のエースは俺だーー!!」

 昨年のNHK杯、紙面を〝引き〟にしたところ、馬名はありませんでしたが…

 さすがにありました。右端、「直線差し返したカツラギの力は本物」と絶賛する見出しがついています。でも、大見出しは、主役はやはりシービー。これは仕方ないでしょう。アイドルホースが、11か月ぶりというハンディを克服し、頭差の2着に入ったのです。

「やっぱりシービーは強い」

「天皇賞で逆転だ!」

 ファンの思いを反映させる、時に大げさに反映させるのが東スポですからお許しください。ただ、一方で原稿ではしっかりとエースの強さが書かれています。また、大一番の天皇賞に向けて、関係者の強気のコメントも並びました。まずは調教助手さん。

「ハッキリ言って体にはまだ余裕がある。大目標がある馬だから当たり前や。それでもこの距離ならいけると思った。こうなったら天皇賞もジャパンカップも有馬記念もいただきや」

 さらに主戦の西浦勝一ジョッキーは…

「確かにシービーは怖い。でも、中距離ではこれで二度負かしている

 と、2000メートルの京都新聞杯でもシービーに勝っていることを指摘しつつ、こう言い切りました。

「一番の強敵はシービーよりも(苦手な)雨やで」

 完全本格化

 超充実

 陣営のボルテージはますます上がっていきます。天皇賞前、シービーが一気に調子を上げてきても…

 エースだって絶好調。助手さんはズバリ。

「これまでにない最高のデキだ」

「今度は段違い」

 それでも単勝オッズはアイドルホースにはかないません。

 ミスターシービー 2・3倍

 カツラギエース  4・6倍

 とはいえ、3番人気のサンオーイは9・3倍でしたから、2頭は抜けていました。シービーがアイドルホースじゃなかったら、ほとんど並んでいたと思います。それぐらい、実力的には認められていた。中距離の王者として、凡走は想像できませんでした。おそらく、エース自身も気合満点だったでしょう。

「今度はGⅠで」

「大舞台で、シービーを超える!」

 そうです。前哨戦で勝っても「超えた」とは言えません。

「やってやる!」

「正真正銘、エースになってやる!」

 その気合が空回りするとは誰が思ったでしょう。スタート直後、外から他馬にこられてムキになったエースは、完全に引っかかってしまいます。西浦騎手がなんとかなだめますが、明らかに余計な力を使ってしまっていました。そして、そんな馬に、府中の直線は長すぎました。いつものように直線を向いてしばらくは持ったままだったんです。

 でも、突き放せない。

 もうひと伸びが効かない。

 そこへ…

 そこへ…

 シービー!!!!

 他馬すべてを飲み込む常識破りの追い込み

 ファンすべてを取り込む常識破りの勝ち方

 大地を揺らしてミスターシービー

 三冠馬、復活

 アイドルホースが四冠

 熱狂!

 熱狂!

 大熱狂!

 ライバルだったのに

 エースになる予定だったのに

 2番人気だったのに

 カツラギエースの馬名はまたまた紙面から見当たらなくなってしまいました。敗因の分析すらされていません。

「いや、気合が空回りしただけだから」

「今度こそ!」

「ジャパンカップで雪辱だ!」

 エースと陣営はその意気だったでしょう。しかし、距離は2400メートルに伸びます。そしてもうひとつ、とんでもない出来事が起こります。

 2年連続三冠馬誕生

 史上初の〝無敗で三冠〟

 皇帝シンボリルドルフ

 ジャパンカップ参戦!

 その意味するところは…

 三冠馬×2でVS世界!!

 エースの名前はどこかに吹き飛んでしまいました。


ジャパンカップ

 ミスターシービーのnoteでも書きましたが、本当にあれは「とんでもない週末」でした。競馬ファンは大興奮。2年連続で三冠馬が誕生するだけでも奇跡的なのに、その2頭が共演するのです。しかも、

 世界を相手に!

 まだ日本馬が勝ったことのないジャパンカップで!

「信じられない」

「二度とないぞ、こんなこと」

 メディアの盛り上がりもハンパじゃありません。当時は〝競馬の東スポ〟と言えども、まだまだ平日に競馬が1面になることはまれだったのですが、追い切り速報でいきなり2頭の馬名が1面に踊ります。

 週末にかけても1面はジャパンカップ。見出しになる馬名はやはりシービーとルドルフでした。

 両陣営が互いを意識したコメントを出していたことで、ファンの「どっちが強いか」論争も盛り上がりました。直接対決をしていないからこそ、想像力をかき立てます。

「どっちが強いんだ?」

「やっぱり古馬のシービーだろう」

「あの破壊力なら世界も怖くない」

「いや、ルドルフも負けてないぞ」

「無敗だし、レースぶりも優等生」

「菊花賞から中1週だけど…」

「もともとジャパンカップを見据えていたらしい」

 そして、このどちらが強いか論争が楽しくて仕方なかったのは、誰もがこんな期待と核心を持っていたからかもしれません。

「いずれにせよ、どちらかがやってくれるはず」

「日本馬が初めてジャパンカップを勝つ!」

 というわけで、やってきたとんでもない週末。とんでもない期待を背負った三冠馬2頭が、どちらも〝らしいポジション〟で直線を向いたとき、とんでもない歓声が、東京競馬場に集まった11万人超のファンから上がりました。

 教科書通りの好位からルドルフ

 いつも通り最後方からシービー

 とんでもない興奮

 とんでもない熱狂

 ファンはとんでもないものを目にします。

 全く伸びないシービー

「え?」

「ダメなのか…」

「ならば…」

 と前に目を移すと、3番手に上がったルドルフが前を追っていました。

「いけっ!」

「ルドルフ!」

 が…

 追いつけない

 前が止まらない

 届かない…

「ウソだろ…」

「三冠馬2頭でもダメなのか…」

 11万人のため息

 静寂

 誰もが確認に数秒の時間を要しました。

「おい…」

「勝ったのって…」

「逃げ切ったのって…」

「10番…」

「10番?」

「それって…」

「カツラギエースじゃないか!」

 誰もが顔を見合わせました。

「ってことは…」

「日本馬初制覇…」

「ルドルフでもシービーでもなく」

「カツラギエース…」

「カツラギエース!?」

 歓声というより驚きの声で揺れた東京競馬場。ファンは自らの記憶映像を懸命に巻き戻します。

 カツラギエースは…

 逃げていた。

 スタート直後、ゆっくりと先頭に

 向こう正面で5馬身

 3コーナーあたりでは10馬身ぐらい

「こりゃ無理だ」

「オーバーペースだろう」

 そう思って無視していた。

 実際、大ケヤキを過ぎると差は縮まっていき…

 4コーナー、さらに差が詰まり…

「ああ、飲み込まれるな…」

 と思って僕らは探したんだ。

 シービーを 

 ルドルフを

 で、その後、どうなったんだっけ

 シービーが伸びなくて

 ルドルフは伸びているけど追いつけなくて

 気が付いたらゴールがきていた

 カツラギエースが逃げ切っていた…

 いったい何が…

 何が起こったんだ…

 だって、全然人気なかったはずじゃ…

 単勝4060円 

 10番人気 

 そうだよ

 天皇賞・秋で結果が出なかった

 ベストの距離で負けたんだから

 距離が伸びるジャパンカップじゃキツイ

 世界の強豪もいるし

 さすがに無理だろう

 みんなそう思っていた

 だから買わなかった 

 だからノーマーク

 みんな無視していた

 みんな…

 みんな…

「あっ!」

「あっ!」

 一人、二人、三人

 気付いた人がいました。

 競馬の教科書に載っている格言

ノーマークの逃げ馬…」

 そうです。

 ドラマを求めるなら、「ウマ娘」的にはこうでしょう。

「同期の三冠馬に一矢」

「ついに憧れを超えた」

「逆襲のエース!」

 しかし、当時の雰囲気はやや違いました。

「人気薄の逃げ馬」

「無欲の一発」 

 多くの人はそう受け取りました。

 正直、見誤っていたと思います。

 どちらかというと「ウマ娘」の解釈の方が正しいと思います。

 憧れを超えるために必死に努力した反逆のエース

 実際、宝塚記念を完勝していた馬です。

 シービーに次ぐ古馬ナンバー2だった。

 天皇賞後も調子は落ちていなかった。 

 そんな馬が単騎で逃げればあり得る物語――

 でも、片付けたかったのです。

〝競馬あるある〟として

〝よくある穴のパターン〟として

 なぜなら…

 シービーとルドルフ

 2年連続の三冠馬誕生

 揃い踏みでの世界戦

 物語はできていた

 ハッピーエンドにならないなんて信じられなかった

 信じたくなかった

 実力負けにしたくなかった

 だから「人気薄の逃げ馬」

 で片付けたかったのです。

 陣営はきっちり仕上げ

 エースもそれにこたえ

 西浦騎手は馬をリラックスさせるために手綱を長く持ち

 大逃げと見せかけてスローに落とし

 追い出しをギリギリまで待ちました。

 そもそも全くの無欲ではなかったはずです。

 念のため紙面も確認しました。調教速報には

「追い切り前日も勝手に好時計が出るほど絶好調」

 レースに向けての土門調教師のコメントはこうです。

「問題は距離の壁だが、脚質も幅が出てきたので心配はない。体調も変わりないし、稽古も十分にした」

 でも、やっぱりファンは

「無欲の一発」

 にしたかったんだと思います。

 責められません。

 夢を見すぎたときには反動が出るのです。

 そして…

 あきらめきれないファンはもう一度夢を見ます。

 今度は大丈夫だよな。

 悪夢は2度続かないよな。

 三冠馬2頭

 スターホース2頭

 2年連続で誕生した奇跡の2頭

 シービー

 ルドルフ

 有馬で再戦

 再びの共演

 もう負けないよな…

 ハッピーエンドだよな…

 そんなムード

 逆風の中にカツラギエースは突っ込んでいきました。

 ここは「ウマ娘」のキャラとかけ離れていません。

 まさに反逆

 スーパー主人公キャラ2頭に

 堂々と

 果敢に

 ガチバトルを挑むのです。


有馬記念

 ジャパンカップで謎の大敗(10着)を喫したシービーは、汚名返上に燃えていました。

 鬼気迫る追い切り。加えて、追い込み一手の乗り方に批判の声が上がっていたこともあり、陣営はプライドを捨てた先行策を示唆していました。一方のルドルフは、菊花賞から中1週だったジャパンカップ3着時と違い、明らかに体調が良さそうで、陣営からは自信満々にも見える泰然自若な雰囲気が伝わってきます。

「先輩の三冠馬が中心」

 だったジャパンカップ前と立場は大きく変わり

「後輩の三冠馬が中心」

 単勝オッズが非常に分かりやすかったです。

【JC】
 シービー 4・4倍
 ルドルフ 8・8倍

【有馬記念】
 シービー 4・0倍
 ルドルフ 2・3倍

 そんな中、この有馬を引退レースとして走ることを発表していたカツラギエースも、全く調子を落とすことなく、しっかり仕上がっていました。

 下馬評は「3強」です。3頭とも「単枠指定」となっているのを、馬柱でご確認ください。ついでにエースの印も。

「これが3強の一角?」というほど、印が薄いのがお分かりいただけると思います。単枠指定とは思えない薄さです。ファンならずとも、記者もまたフロックで片付けようとしていたのか…いや、それもあるとは思いますが、冷静に見れば見るほど、常識的に考えれば考えるほど、このカツラギエースに重い印は付けづらいです。

「距離延長は歓迎できない」

 そのうえ

「今度はマークされる」

 のですから。

 そんな記者の評価に加えて、ファンの感情が加わった単勝オッズは…

 9・5倍――

 前述のようにルドルフ2・3倍、シービー4・0倍なのですから、これじゃ「3強」じゃありません。

 冷静な目を持つ専門家

 ヒーロー誕生を期待するファン

 そのどちらの〝常識〟からもエースは外れていた。

 だからこその離れた3番人気

 陣営は、エースは、どう感じていたでしょうか。

「常識的には勝てないかもしれないけど」

「脇役かもしれないけど」

「頑張ります」

 そういったスタンスもあるでしょう。でも、当時の紙面には、本紙記者がエースの土門調教師に「他の2強をどう見ていますか?」と質問した記事が載っていました。答えはこうです。

「やはり手ごわい相手だと思う。しかし、JCでは実際に負かした馬。気おくれはしていない」

 伝わってくるのはカツラギエースに対する圧倒的な信頼。

「引き立て役になるつもりはない」

「主役はうちの馬だ」

「うちの馬だって強いんだ!」

 そうです。「三冠馬×2」というミラクルと熱狂によって、冷静に判断できない人が多かったですが、宝塚記念、毎日王冠のエースは掛け値なしに強かった。そして、府中の2400メートルを世界の強豪を相手に逃げ切ることは、フロックでは無理。馬が強くないとできないことを、陣営はよ~く分かっていたのです。

「常識がなんだ」

「見てろよ!」

 まさに「ウマ娘」のキャラそのもの。常識なんて覆そうとする反逆のエースは、ゲートが開き、誰もいかないのを見るとすっとハナを奪いました。スピードに乗りながら、それでいて天皇賞・秋のようにムキになるわけでもなく、スタンド前にやってきます。一気に後続を離していく玉砕覚悟の大逃げに出る様子はありません。なぜなら、西浦ジョッキーは信頼していたのです。先ほど言ったように、エースの強さを。

 自分のペースで

 自分の走りをすれば

 三冠馬二頭にも負けない!

 だから勝負所でも焦りません。4コーナーでも一気にスパートせず、後続を引きつけます。最後の最後、少しだけ適性距離を超えた先に待つ中山の急坂を上り切れる体力を温存しつつ、直線へ。温存できれば勝てると信じていたからです。

 エースは強い!

 ジャパンカップはフロックじゃない!

「いけっ!」

「エース!」

 計算外だったのは、その強さを西浦ジョッキーと同じぐらい理解していた人がいたことでしょうか。

 ルドルフの背中

 岡部幸雄ジョッキー

 直線に向いたエースに早々に並んだ皇帝並ばせた名手

 さすがでした。

 でも、エースもさすがでした。

 早々にかわされたのに止まらない。

「何くそ!」

「負けるか!」

 食らいつき

 食らいつき

 食らいつくA(エース)

 そこに襲い掛かるは

 後ろからやってきたのは

 同期の三冠馬

 雲の上の存在だった憧れ

 CB

 ミスターシービー!!

「負けるか!」

「負けるかーー!!」

 意地で残した2着――

 ファンは夢から醒めました。

 三冠馬フィーバーから醒めたのです。

「強い…」

「強いじゃん…」

「カツラギエースも強い!」

 そう気づいた後にもう一度、ジャパンカップを振り返って鳥肌が立ちました。

 地道に力をつけてきた馬が

 人気先行の馬に隠れ

 ひそかに爪を研ぎ

 後方で控える人気馬を尻目に逃げ切る

 真っ先にゴールを駆け抜ける――

 これぞ競馬の醍醐味!

 そうだ。

 これだから競馬は面白い!

 そしてもうひとつ

 競馬の神様はエースに関するこんな数字も残してくれました。

 シービーとの対戦成績

 CBとA

 2勝2敗

 そして皇帝とも

 1勝1敗

 やはりエースは三冠馬に負けていなかった

 三冠馬二頭と互角に渡り合ったその馬が

 引退レースで三冠馬二頭に真っ向勝負を挑み

 三冠馬に挟まれてゴールするなんて

 やっぱり競馬は面白いです。

 そしてカツラギエース

 お疲れ様でした。


JCからJCへ

 ジャパンカップで世界をアッと言わせたカツラギエース。その鞍上、〝世界のニシウラ〟こと西浦勝一ジョッキーは後年、あのときのことを本紙にこう語っています。東京競馬場のスタンドから2度、歓声が巻き起こったのを馬の上で聞いたそうです。

「あの年はミスターシービーとシンボリルドルフという2頭の3冠馬が出走していて、〝これで勝てなかったら日本馬は、ずっと勝てない〟とまで言われていたからね。直線でファンの人たちからルドルフとシービーに対して、すごい歓声が起こったんだけど、ゴールして結局2頭とも勝てなかったと分かった瞬間は、スタンドがシーンと静まり返ったんだ。で、〝勝ったのは何だ〟ってなって、日本のカツラギエースと分かった時、また歓声が起きたんだよ」

 ちなみに今回、紙面を発掘していたところ、私の知らなかった事実が分かりました。このジャパンカップ前、カツラギエースには乗り替わりの話が出ていたというのです。期待の大きかった天皇賞で引っ掛かってしまったことで持ち上がったのは「有馬記念では柴田政人にスイッチ」――そんな中で、エース同様、西浦ジョッキーも意地を見せたのでしょう。

 もうひとつ付け加えるならば、その西浦ジョッキーの逃げ切りを見て、騎手を目指したのが佐藤哲三ジョッキーです。19年後、同騎手が、あこがれたジャパンカップの舞台をタップダンスシチーで逃げ切ることになるのですから、やはり競馬は面白いし、〝継続のスポーツ〟ですよね。なお、「ウマ娘」でタップダンスシチーが慕っているキャラクターこそカツラギエース。こちらもさすがです。

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