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ピークアウト説があぶり出したキタサンブラックの強さとは アニメ「ウマ娘」最終話を「東スポ」で振り返る

 アニメ「ウマ娘 プリティーダービー Season3」の最終話をご覧になった人は余韻に浸っていることかと思います。キタサンブラックの引退レースとなった2017年の有馬記念を「東スポ」で振り返ることで、その余韻を膨らませることができればと書かせていただきました。ネタバレありなので、まだ見ていない人は避けていただければ幸いです。(文化部資料室・山崎正義)

2017年有馬記念

 アニメでも果敢にハナを奪ったキタサンブラック。史実でも他馬を引き連れて逃げ、先頭のまま直線を向きました。

 ファンの大声援に後押しされての見事な逃げ切りで有終の美。最終レース後の引退セレモニーでは、ファンから「ま・つ・り」コールが巻き起こります。期待にこたえない北島三郎さんではありませんから準備開始。で、「武さん、大丈夫ですよね」と豊ジョッキーに問いかけたものですから今度は「ユ・タ・カ」コールです。さすがに照れながら隣で手拍子しつつ口ずさむのみでしたが、場内はオーナー兼大御所歌手の熱唱に大盛り上がり。もちろん、歌詞はキタサンブラックバージョンです。

「まつりだ、まつりだ、キタサンま~つ~り」

「これが有馬の~まつり~だよ」

 サラブレッド、陣営、オーナー、ファンが一体となったハッピーすぎる結末。改めて、あの1週間を本紙で振り返ってみましょう。まずは月曜日。

 当然の1面です。で、追い切り速報。

 これまた当然の1面。調子も良さそうで、ファンからすると不安は枠順だけでした。先日も行われたばかりですからご存じの方も多いでしょう、有馬記念が行われる中山競馬場の2500メートルは外枠が圧倒的に不利。今年も1番人気すらあり得たスターズオンアースが大外に入っただけで7番人気になったほど〝競馬界の常識〟です。で、今年と同じように公開抽選会が行われ、6番目にキタサンブラックの名前が呼ばれた時、まだ8枠15番が残っていました。先行したい馬にとってピンク帽はヤバすぎます。

「まさか…」

「大丈夫だよな…」

 ファンがかたずを飲んで見守る中、武豊ジョッキーが開いた紙に書かれていた番号は…

 1枠2番!

 既に1枠1番が埋まっていたことを考えると、また、後入れの偶数枠の方が奇数枠よりいいことを考えても、最高の枠順でした。

 記事になっている通り、誰もがその強運ぶりに驚きました。もともとキタサンブラックという馬は、有馬まで19回走ったうちの14回が1ケタ馬番で、そのうち6回が1枠。前年なんて天皇賞・春とジャパンカップを1枠1番で勝って、有馬も1枠1番で2着という〝白帽ホース〟として有名だったのですが、引退レースでそれ以上に最高な偶数・1枠2番を引くなんて、ガチでスゴすぎます。

「楽に先手を取って…」

「逃げ切り濃厚!」

 ファンはニッコリ。一方、穴党は完全に降参でした。

 競りかけていくような先行馬はいませんし、メンバーもJCより強くなったわけでもない。ジャパンカップ制覇(キタサンブラックは3着)で本格化気配だったとはいえ、シュヴァルグランは5枠10番で、すべてがうまくいったJCのようにブラックをマークするほどいい位置を取れるとは思えません。この年のダービー2着の素質馬で、秋初戦のアルゼンチン共和国杯を快勝してきたスワーヴリチャードも7枠14番を引いていました。

「負けないだろ」

「負けようがない!」

 ファンの気持ちが単勝オッズに反映されます。

 1・9倍――

 あとは〝引退レースでこのオッズ〟というプレッシャーでジョッキーが何か判断ミスをすることぐらいしか突くべき〝重箱の隅〟はありませんが、そこもまた最もミスをしそうにない、日本で一番経験豊富な天才ジョッキーが乗るのです。競馬初心者も、長年見続けてきた人も、誰がレースを思い描いても結果はこうでした。

「逃げ切るイメージしかわかない」

「勝利以外イメージできない」

 そう、有終の美へのレールは完全に敷かれていました。

「導かれている」

 はい、そう思えました。そして、その通り、導かれるように栄光のゴールに飛び込んだのです。

 完璧なハッピーエンド

 美しすぎる結末

 アニメ以上にアニメ的なフィナーレでした。

 つまり…

 ほとんど感じている人はいなかったと思います。

 ピークアウト――

 全盛期を過ぎたことを自覚しつつ、衰えに抗い、苦しみながら、もがきながら勝利したようには見えませんでした。なんなら今がピークにすら見えました。だから今回、あの当時を見ていたファンは戸惑い、ネットがザワついたのですが、私は前回のnoteで、創作物をどうとらえるかは受け手次第とおことわりしつつ、こんな私見を述べさせていただきました。

「史実とは別のものになったかもしれないが、それによって史実とは別の視点を与えてくれることもある」

「『ピークアウトした』という設定が、キタサンブラックの別の強さ、リアルでは見えてこなかったすごさをあぶり出す可能性がある」

 以下は、最終回を見た私の個人的な感想です。


私見キタサンブラック

 先ほど私は、キタサンブラックの有終の美についてこう書きました。

「導かれている」

 これ、言い方を変えてみます。

「出来過ぎ」

 褒めてません。実はあのレースの前後で、穴党や、アンチから、ブラックの勝利に対するそんな声が挙がっていました。特に1枠2番を引いたあたりから声が大きくなり、ブラックの逃げに誰も競りかけない〝無風の〟、もっと言えば〝退屈な〟レースになったことで、声はさらに大きく、過激になりました。

「花道を邪魔するわけにいかないからみんな遠慮したんだよ」

「恵まれすぎでしょ」

「あんなの誰でも勝てるよ」

 私は悔しかったです。

 陣営も馬も必死だったのにそんなことを言われたから?

 いや、必死なのは当然ですし、他馬だって他陣営だって必死でした。私が悔しかったのは、「幸運」とか「恵まれた」とか言われることで、ブラックの努力が正当に評価されていない雰囲気があったからです。

 そんなことはない?

 努力は認める?

 いや、違うんです。どんな馬も努力をするのですが、私はブラックはちょっと違うと思っていたのです。

「名馬になった後に最も努力した馬」

 そうとらえていました。だから、このnoteでは、年度代表馬になった後の2017年春、調教の負荷をアップさせ、鍛えに鍛えまくったことを紹介しました。GⅠを複数回勝ち、既に名馬の域に達していたら、普通は手加減します。将来のことを考えます。なのに彼は坂路を登り続けた自らをいじめ抜いたのです。私は、めったにできないこの芸当が薄まってしまう気がして悔しかったのです。なんなら、当時を知らない人にもうひとつ、驚きのエピソードをご紹介します。実は引退レースとなった有馬記念の週、キタサンブラックは最終追い切りが軽くなってしまったため、普通なら厩舎周りの引き運動で済ませる翌日、坂路を駆け上がりました。

 記事にあるように「異例」です。引退すれば種牡馬。無事にゴールさえすればいい状況。なのにブラックと陣営はなまぬるい状態で走ることを良しとしなかった。最後の最後まで甘えなかった。その上で逃げ切ったのに、だからこそ逃げ切れたかもしれないのに、美しすぎる結末によって「出来過ぎ」という声ですべてを収めようとする人がいたことが私は本当に悔しかった。
でも…

 少し悔しさが晴れました。

 アニメが、彼の努力を描いてくれたからです。

 正当に描いたかは分かりませんが、途中から「あっ」と思いました。ピークアウトに気付いて引退を発表した後、キタちゃんがトレーナーさんにこう言ったのを覚えていますか?

「今まで以上に厳しいトレーニングをしてください!」

 言えますか?

 衰えを認めた状態で言えますか?

 これを言えるのがキタサンブラックなんです。GⅠ馬になった後に練習量を増やし、引退レースの週でもしっかり鍛える馬。

 名馬になった後に最も努力した馬

「諦めない」

 アニメのキーワードにもなっていましたが、私からするとキタサンブラックは単なる「諦めなかった馬」ではありません。

「強くなるのを諦めなかった馬」

 その強さを、ピークアウトという設定があぶり出してくれたような気がします。妄想かもしれません。でも、創作物の受け取り方は人それぞれ。私にとっては素晴らしいアニメでした。ありがとうございました。

予定

 ピークアウトという言葉が出たからこそ、あの馬の競走生活を最後まで見届けないといけません。年明けに、キタサンブラック引退後のサトノダイヤモンドの史実を振り返る予定です。お楽しみに。

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