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伝説の〝競馬周辺雑記人〟!今こそ読みたい「かなざわいっせい」

 この時期になると「かなざわいっせい」さんのことを思い出します。古い競馬ファンにはおなじみ、別冊宝島の「競馬〇〇読本」シリーズや週刊競馬ブックの連載「八方破れ」における独特の文体と世界観で人気を博したライターさんです(本人はご自身のことを「競馬周辺雑記人」と称していました)。亡くなったのは2年前の3月5日。「東スポ」でも長年コラムを書いてくれて、私はその担当でしたから、名前を思い出すのは当然かもしれませんが、ちょうど先週「中山牝馬ステークス」があったことで、「そういえば、かなざわさんが書いた中山牝馬ステークスの文章が面白かったような…」となりました。本棚やパソコンを発掘してみると…。(文化部資料室・山崎正義)

だけんども、しかし

 2020年の年末に出版された「かなざわいっせいさんの仕事」という本があります。かなざわさんと40年来の友人である美浦トレーニングセンターの小檜山悟調教師を中心とした有志による追悼本です。

三才ブックスから発売中

 ページをめくってみると、あったあった、ありました。週刊競馬ブックで26年も続いた「八方破れ」のベストセレクション、1998年3月30日号に載った「クロカミ体験の大失敗」。書き出しはこうです。

「米を買ったのだ。」

「かなざわいっせいさんの仕事」製作委員会編『かなざわいっせいさんの仕事』(三才ブックス、2020年、156p)

 唐突です。いきなりのかなざわワールド炸裂です。10キロの米を買ったというのですが、実はかなざわさん、あることをやろうとしていました。少し前に行われた中山牝馬ステークスでクロカミという馬(懐かしい!)が背負ったハンデ56・5キロを人間が背負ったらどんな感じなのかを試そうとしたのです。クロカミの体重で背負う56・5キロは、かなざわさんの体重で計算すると7・2キロになるそうで、それを背負って中山牝馬Sと同距離・1800メートルを走ってみよう、と。

 わしが7・2キロの「ささにしき」をリュックサックにぶち込み、そいつを背負えば中山牝馬当日のクロカミと同じである。違いはクロカミが馬でわしが人間であり、クロカミは56・5キロを背負って走りレースで勝てば4200万円を獲得することができるが、わしが7・2キロの「ささにしき」入りリュックサックを背負って走っても賞金は1銭も出んというところだけである。同じ負担を背負って走るのに、クロカミは4200万円獲得の可能性があり、わしにはまるでないのだから、こりゃあ馬に生まれて来たほうが良かったのかもしれん。春うらら寸前のやわらかな日差しがほんわりと差し込んで来るアパートの六畳間で、ふとそんなふうに思いもしたんだけども、しかし。
 事が終了した後に、背中から降ろした56・5キロの岡部をクロカミは食うことはできんが、わしは7・2キロの「ささにしき」をほかほかのご飯にして腹の底にぶち込むことができるのじゃ、うはは、どーだ、まいったか。やはり人間に生まれて来て良かったとしみじみ思うわしだった。

「かなざわいっせいさんの仕事」製作委員会編『かなざわいっせいさんの仕事』(三才ブックス、2020年、157p

 初めてかなざわさんの文章を読む方も、既に〝味〟にお気づきかと思います。うまく説明できないのですが、癖になる。で、もっと癖になるのは、この1回6000文字以上もある文章が、最終的に何かとんでもない結論を出すことがあまりないということです。この「クロカミに関するハンデ重賞における身体的かつ心理的負担の実践的鋭い追求」(この表現も最高です)は、途中で理論的にやや行き詰まり、結局、かなざわさんはビールを飲みたくなって「またいつか今度」としちゃうのですが、いいですねえ、こういうの。かなざわさんの文章を読んでいる時間って、コスパならぬタイパ(タイムパフォーマンス=時間的効果)が求められる今と真逆のひととき。「何か1つでも得るものを!」なんて思って読む文章に疲れたら、ぜひかなざわさんの文章に触れてみてほしいので、もうひとつ、中山牝馬ステークスにからんだ、その真骨頂を。以下、本紙の2018年4月5日付に載った連載「どもならん」です。改めてご冥福をお祈りしつつ、こんな文章を書く人がいたことを、そして競馬にはこんな楽しみ方があることを、少しでも多くの皆さんに知っていただけたら嬉しいです。

 先月10日、中山牝馬ステークスの朝、会社員A氏・38歳の携帯が鳴った。出ると同僚のKである。Kは慌てた様子で、こう言ったのだ。「中山3Rの16番の馬名が、なんと、パンチラだぞ!」
 そんなバカな…とA氏が新聞を見たら、ほんとにパンチラだった。しかも3歳牝馬である。人間なら女子高生のパンチラである。妄想して思わず目を伏せたA氏は直後に、しかし、と思う。パンチラという名前をJRAが許可するかな、と。実は南米のどこかの国の言語に「パ=とても」「ンチ=かわいい」「ラ=娘」というのがあったりするんじゃないか?と。
 そしたらKがぶっ放した。「頼む、パンチラの単勝を100円で買ってきてくれ。オレんちから場外までは電車で1時間かかる。お前なら錦糸町場外まで自転車で5分だろ。締め切りまであと15分しかないんだ!」
 パンチラの単勝馬券を酒の席で見せたら大ウケ間違いない!とKは付け加えたそうである。バカバカしいとは思ったが、親友の頼みだから聞いてやるか、とA氏は急いで部屋を出た。
 A氏の新聞では⑯パンチラに打たれた印は「○△△△△△」となっているので人気馬である。が、場外でオッズを見たら15倍の7番人気だった。Kに頼まれた単を100円で買い、彼は何度もつぶやいた。「来たらデカイぞ…」。締め切り時間が迫ってくる。あああ、あ、ヤケクソだ!と彼はぶっ放し⑯パンチラの単を1万円で買ったのだ。
 そして発券機から出てきた馬券をよく見たら、馬番⑯の馬名はパン「チ」ラではなくパン「テ」ラと印字されていたではないかああッ! Kがパンチラと言ったので、A氏には新聞文字のパンテラがパンチラに見えてしまったらしい。トホホで、⑯パンテラは5着。あとで調べたらパンテラとはスペイン語で豹の意味だったそうだ。
 ところで、「テ」が「チ」に見えたら、昭和の悲運の名馬、あのテンポイントは…わしは恥ずかしくてとても口にできん。ほほほ。

「東京スポーツ」2018年4月5日付

おまけ

 ちなみに、これはクロカミが出走した1998年の中山牝馬ステークスの馬柱。56・5キロはトップハンデ。1番人気で3着でした。

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