見出し画像

底抜けに明るいテキサス野郎マードック【タイガー服部が語る強豪外国人#2】

リングでは悪役だが全米のファンに愛された

 俺の付き合ったレスラーの中で希代のトンパチといえばディック・マードックだ。

 最初の出会いは70年代のフロリダ州タンパ。ダスティ・ローデスとのテキサス・アウトローズで大活躍していたころだ。

マードック(左)とローデスのテキサス・アウトローズ(73年6月、東京都内)

 名前通りリングでは悪役だったけど、全米のファンから愛されていた。どこの地区でもトップを張っていたし、タンパの常連だったバーでは歌のうまいダスティとカントリーミュージックの即席コンサートで喝采を浴びるほどだった。理由はおそらくアメリカでいうところの荒くれ者のレッドネック(肉体労働者)を体現していたからだろう。陽気に練習、プロレス、ケンカ、ビールに明け暮れるマードックはその典型だ。日本マットでも長く活躍して、ファンも多かった。

 酒のエピソードは尽きない。傑作だったのは新日本での巡業中の大阪でのイタズラだ。来日経験豊富なマードックは巡業で一緒だった後輩のデイブ・フィンレーを「今日はお前の歓迎パーティーをやってやる。日本で最高級のナイトクラブに連れてってやるから、いい格好して来いよ」と誘った。

 すっかり信じ込んだ英国出身のフィンレーは三つ揃いのタキシードを着込んでくるほどの熱の入れよう。しかし、マードックはいつもの“正装”。フィンレーが首をかしげていると、マードックが連れて行ったのは何と屋台だった。しかも、マードックがビールをメチャクチャ飲ませたから、フィンレーのタキシードはゲロでメチャクチャになってしまった。

ビールが入ったジョッキがダンベル

 酔っ払い運転もしょっちゅうだった。しかもとんでもないスピードを出すから同乗する方はたまらない。マイアミからタンパまで車で5時間半かかるところをヤツは4時間で来た。たぶん200キロは出していただろう。スピード違反と飲酒運転で警察に止められることも日常茶飯事だったけど、陽気にうまく丸め込んで「マードックだからしようがない」と思わせて逮捕されなかった。 

 彼は49歳の時に心臓まひで亡くなった。理由はおそらくビールの飲みすぎだ。オレに「練習しているか」と聞かれるとビールの大ジョッキを口元へやる動作をしながら「毎日これを30回やっているから大丈夫だ」なんて言うほどだ。ジョッキがダンベルとはマードックらしいが、そんなに飲んでいたら体がもたない。本当に残念だ。

底抜けに明るかったマードック。若き日の格闘王・前田相手でも余裕タップリ

 勝ち名乗りを受ける時はよくファンに「ミラー・タイム」と言っていた。ミラーというのは大好きなビールの銘柄だ。「みんな、ビール飲んで楽しんでいけよ」っていうマードックなりのアピールだったんだろうな。

 底抜けに明るいテキサス野郎マードック。彼はプロレスとビールに生きた男だった。

※この連載は2006年4月9日~5月まで全6回で紙面掲載されました。東スポnoteでは写真を増やしてお届けします。

カッパと記念写真を撮りませんか?1面風フォトフレームもあるよ