美学と信念の「ウマ娘」!タニノギムレットの挑戦と娘へつながる物語を「東スポ」で振り返る
タニノギムレットはこの1年、一部でかなり話題になっていました。2020年に種牡馬を引退した後、北海道の「Yogiboヴェルサイユリゾートファーム」という牧場でのんびり余生を送っているのですが、気性はのんびりしていないようで(苦笑)、牧場の柵をしょっちゅう折ってしまうのです。後ろ脚で豪快にキックするその様子を牧場の方が動画などでアップしてくれたおかげで多くの人の知るところとなり、ファンが激増。正直、直しても直しても折られるのですからかなり大変だと思います。なのに、笑顔で修理している牧場の方々の愛情たっぷりな姿にほっこりする人も多く、一気にファンが増えました。そして、そんなギムレットの様子が、「ウマ娘」に反映されたのですからビックリ。5月5日に新キャラクターとして追加されることが発表されたところ、その公式プロフィールにこうあったのです。
翌日、牧場のツイッターが反応します。
ちなみに、6月中旬の時点で、今年破壊した柵は「34」! いやはや、恐るべしですが、現役当時は、この破壊神っぷりは話題にはなっていません。ただ、その末脚の破壊力はケタ違いで、ローテーションにおいても競馬の常識を破壊したと言えます。そして、それを通じて教えてくれたのは競馬人の美学、信念、信頼…。ウオッカにつながる物語を「東スポ」で振り返ってみましょう。(文化部資料室・山崎正義)
異質ローテ
ギムレットのデビュー戦。その条件と着順、ジョッキーを完璧に当てたら、相当の競馬マニアだと思います(苦笑)。クイズとしたらかなり〝いい問題〟。答えは
はい、札幌のダート1000メートル。横山典弘ジョッキーが大事に乗って(ガンガン前に行くようなことをせず)、2着に追い込んだところがゴールでした。「すぐに勝ちあがれそうだな」と感じられるレースぶりだったものの、その後、尻尾を骨折(馬の尻尾には骨があります)してしまったギムレットは、しばらく休養し、12月末にターフに戻ります。阪神の芝1600メートル、鞍上はこの2001年、リーディング5位だった四位洋文ジョッキー。
騎手名の横にある数字をご覧ください。「1・2」。つまり、2着に1・2秒、7馬身差をつける大楽勝でした。
「なんかすごいかも…」
ただ、未勝利戦での楽勝は、「他馬が弱かっただけ」という場合もありますから、まだ半信半疑。年が明けて早々、シンザン記念という重賞に出てきたときの印はこんな具合でした。
鞍上が天才・武豊ジョッキーに替わっていたこともあり、最終的には2・2倍の1番人気に支持されますが、記者もレース前は正体をつかみかねているような印ですよね? そんな中、ギムレットは先団につけて内から力強く抜け出してきます。
最後は余裕もあったので、完勝です。武ジョッキーも高評価。ただ、2着に半馬身差だったので、それほどインパクトはありませんでした。
「クラシック候補…」
「かな?」
ファンとして見ていた私の感覚はこんな感じでしょうか。で、当然、次は皐月賞トライアルかと思っていたのですが、出てきたのは1か月後、アーリントンカップという1600メートル戦ですから意外でした。
「クラシック候補…」
「なんだよな?」
はい、こんな感情。NHKマイルカップ(1600メートル)を最終目標とした短距離路線を歩むなら別ですが、2000メートル以上のクラシックを目指すのに、シンザン記念とアーリントンカップというマイル(1600メートル)の重賞を連戦する馬は非常に珍しかったんですね。もちろん、賞金を加算するために連戦する馬はいるでしょうが、ギムレットはシンザン記念の勝利で賞金は既に稼いでいます。ひと息入れて、2000メートルの弥生賞か若葉ステークス、1800メートルのスプリングステークスを使うのが普通でしたから、少し驚いたわけです。しかもギムレットの父はブライアンズタイムという、中距離で力を発揮する種牡馬でしたから、記者も疑問に思ったのでしょう。アーリントンカップの前に、このレース選択について管理する松田国英調教師に聞いています。当時の本紙に掲載された回答はこうです。
馬場の改良やサンデーサイレンスの輸入によるサラブレッドのレベルアップにより、日本の競馬では、よりスピードが求められるようになっていましたから、短い距離でそのあたりを磨きつつ、クラシックに向かう…ということなのでしょうが、やはり異質には映りました。とはいえ、前走以上にメンバーも弱く、印は圧倒的。
単勝は1・3倍。そして、ここでギムレットはまさに破壊的な脚を見せます。中団から直線、外に出すと…。
ギュイーーーン!
アッと言う間に突き抜けたその脚に、周りが止まって見えたほど。それは私のような素人が見ても〝全身バネ〟といった感じが伝わってくるもので、誰もが目を丸くしました。
「クラシック候補どころか…」
「大本命じゃないか?」
が、やっぱり気になるのはこれがメンバーの弱いレースの1600メートルだということです。
「皐月賞も中心の一頭になるんだろうけど…」
「距離は持つのだろうか…」
血統的には問題ないのに、マイルを連勝したことで不安になるのだから競馬ファンというのは困ったものですが(苦笑)、面白いのは、このとき、ファンの半分ぐらいは続くレースが皐月賞だという前提で話をしていたことです。1月2月と続戦して、賞金も十二分に足りていますから、「さすがにトライアルは使わないだろう」と思っていたんですね。しかし、ギムレットは、3月のスプリングステークスに出走してきます。これにはやっぱり、記者は質問をぶつけました。「出走の意図は?」。当時の紙面に載った松田調教師の回答をこうです。
馬が成長するタイミングでしっかり課題をクリアさせていきつつ、さらに強くなってもらおうという考え。理論派だけあって、しっかりとした理由があったわけですが、もうひとつ、こんな理由もありました。
そう、実はギムレットは四位ジョッキーで皐月賞に向かうことが決まっていました。なぜかというと、アーリントンカップで破壊的な勝利を収めた翌日、こんなことが…。
武豊ジョッキーが落馬で骨盤を骨折してしまったんですね。春シーズンの復帰は絶望的といわれていたので、ギムレットは代わりの騎手にお願いするしかなくなってしまいました。未勝利戦で一度乗っていたトップジョッキー・四位騎手が空いていたのは僥倖でしたが、本番前に一度乗っておいた方が安心なのは間違いありません。そんな状況も後押しして、スプリングステークスに出ることになったわけです。
ぶっつけ本番でも人気になるであろう馬が、正直、そこまでメンバーは強くないトライアルに出てきたのですから1番人気も当然。1・3倍という圧倒的な支持を得ます。圧倒的だったからこそ、見ている方は4コーナーで不安にもなりました。後方2番手を進んでいたギムレットが上がっていったものの、前の馬がずら~っと横に広がっており、超大外をぶん回すしかなかったのです。コーナーを回りながらも、まだ前に10頭以上。で、直線を向いて一気に伸びてくると思いきや、すぐには反応しません。
「あれ?」
「大丈夫か?」
直線の短い中山です。誰もが「間に合うの?」と不安になった直後の脚は、まさに破壊的でした。急坂を上りながら徐々にエンジンがかかりだすと…
ズッシ…
ズッシ…
ギュイーーーン!
誰もが声を失いました。
「あへ…」
「ほえええ…」
めったに見られない中山での直線一気
レースレコード
最後は手綱を緩める余裕
何より、その大きなストライドは…
ド迫力!
「モ、モノが違う…」
「クラシックは」
「決まりだ!」
時計的な裏付けに加え、別路線にめぼしいライバルも不在だったので、「主役」という見出しも当然。本番でも重い印が集まりました。
単勝2・6倍の1番人気。2番人気のローマンエンパイアが4・3倍、3番人気のモノポライザーが6・0倍でしたから頭ひとつ抜けていましたし、四位ジョッキーも前走で自信を持っていたのでしょう、焦らずスプリングステークス同様、後方に待機します。そして最後の直線、まさに前走と同じく外からとんでもない脚で追い込んでくるのですが、競馬というのは本当に分かりません。思ったほどペースが上がらない中、内をソツなく回った馬に届かず、3着に敗れるのです。
連対を外していますから「人気を裏切った」という形。しかし、2番人気や3番人気は大敗していましたし、勝ったノーリーズンが15番人気、単勝115・9倍だったという波乱ぶりに注目が集まったのもあり、ファンの間でギムレットを「戦犯」として扱うような雰囲気はありませんでした。むしろ、超ガッカリではなく、迫力十分の追い込みに抱いた確信。
「これは…」
「次だな」
皐月賞で追い込み届かなかった実力馬が広い東京競馬場の大舞台で巻き返す典型的なパターンに映りました。頭に思い浮かべたのは4年前のスペシャルウィーク。明らかに内の芝状態がいい中で外を回っての3着は、前哨戦の完勝ぶりも含め、うりふたつでした。
「この馬は…」
「ダービーだ!」
レース後、四位ジョッキーはこうコメント。
ところが、ギムレットはダービーの前にちょっとだけ寄り道をするのです。
変則2冠
皐月賞後しばらくして、ギムレット陣営から驚きの発表がありました。
NHKマイルカップを使ってダービーへ向かう――
2000メートルの皐月賞から2400メートルのダービーに向かう間に、1600メートルのGⅠを挟むというのです。距離は伸ばしていくのが普通なのに、短くして、また伸ばす…
「おいおい」
「そんなローテーションあるの?」
ゼロではありません。皐月賞→NHKマイルC→ダービーという連戦は、97年にショウナンナンバー、99年にマイネルタンゴという馬が実行しています。ただし、ダービーの結果は前者が12着、後者が16着。成功事例とは言えませんし、しかも、この2頭とは違い、ギムレットはダービーで1番人気必至なのです。ホースマンの夢がすぐ目の前にあることを考えれば、レース間隔が短くなることからくる疲労やケガのリスクが高すぎますから、誰もが心配になりました。
「1か月半でGⅠを3戦…」
「しかも、その前にも今年に入って3戦…」
「本当に大丈夫なのか?」
はい、記者だって聞きました、NHKマイルカップの1週前追い切りの日に。松田調教師の答えはこうでした。
関西から関東への輸送もあったのに、にわかには信じられないタフさ。ギムレット恐るべしですし、ファンを大事にしつつ、メディアを通じてしっかり発信してくれる松田調教師の言葉ですから信じたいのですが、やはりファンとしては心配の方が大きかったのが正直なところです。救いは、骨折からの復帰が絶望視されていた武豊ジョッキーが驚異的な回復力で鞍上に戻ってきたこと。加えて、1週前追い切りでまたがった後、こんなふうに絶賛していたことでしょうか。
もしかして、スプリングステークス前に言っていた「この時期の牡馬は一度勢いがつくとどんどん良くなる」状態が現実のものとなっているのか…。レースが近くなっても松田調教師のコメントは決して弱気な方向には振れませんでした。
ここまで言われたら、記者も信じるしかありません。印はこんな感じです。
単勝オッズは圧倒的とも言える1・5倍ですから、ファンは記者以上に陣営の決断を支持したと言えるでしょう。それはこの年の3歳マイル路線がタレント不足だったのもありますが、もうひとつ、理由があったと思います。
「見てみたい」
「NHKマイルとダービーの連勝を」
「前代未聞の二階級制覇を!」
そうです、ギムレットのチャレンジは未知なるものを望む心理をビンビンに刺激したのです。すごいことが起こるかもしれない。起こってほしいという期待は、いつの時代も、人の心を震わせるんですね。だから、レースが始まり、4コーナーまで後方でじっとしているギムレットを見てもワクワクの方が大きかった。もとより、年の初めにマイルで連勝してきた馬です。アーリントンカップなんて、ギュイーーーンでした。それよりも広く、直線の長い東京競馬場であの破壊的な末脚が炸裂したらと思うと楽しみで仕方ありません。手ごたえも悪くない。直線を向きます。
「さあ、こい」
「前代未聞の…」
「2階級制覇に向けて!」
そのときでした。残り400メートル付近で、ギムレットの武豊ジョッキーが立ち上がるようなしぐさを見せたのと同時に競馬場に悲鳴がとどろきます。前の馬が突然、自分の前に入ってきたため、完全に進路をなくしてしまったのです。
「え?」
「ウソだろ?」
ギムレット以上に強い馬は見当たりませんでした。
ギムレット以上の末脚を持っている馬は見当たりませんでした。
なのに、ギムレットは届きませんでした。
スピードに乗ろうとしたときに大ブレーキをかけ、エンジンをかけ直すのは並大抵のことではないのでしょう、結果的には「時すでに遅し」の3着――
温厚な武豊ジョッキーも怒ったという不利。審議にもなりましたが、結果は変わりませんでした。
「まともなら」
「突き抜けていただろうに」
そう言いたくなる気持ちはよ~く分かります。何せ、このNHKマイルカップの勝ち馬テレグノシスと2着馬アグネスソニックは、スプリングステークスの2着と3着なのです。つまり、小回りの中山で、ギムレットが楽々と差し切った相手なのです。
「まともなら」
「勝っていただろうに」
一方で、こんな声も上がるようになりました。
「何かおかしい」
「これはダービーも分からんぞ」
そうです、歯車が狂っているように見えました。そして、その原因を誰もがつつきはじめます。
「NHKマイルなんて使うからだよ」
「変なローテーションを組むからだ」
おそらく、陣営の耳にも入ったでしょうし、前代未聞のチャレンジを支持していたファンも迷いはじめました。裏切られた腹いせに、そっぽを向きはじめる人も現れました。
「やっぱり無理なんだ」
「2階級制覇どころか」
「〝二兎追う者は一兎も得ず〟じゃないか?」
怖いぐらい空気は変わりました。ギムレットと陣営の挑戦を応援する場だったはずの2002年ダービーはまるでリトマス試験紙のよう。
正しいのか
ギムレットと陣営の決断は
白か黒か――
信念
ダービーまでは中2週。競馬におけるこの表記は3週間あることを示していますが、まず、最初の1週間、ファンの心は完全に揺れていました。
「ギムレットを買うか買わないか」
「信じたいけど、本当に大丈夫なのか」
「1600メートルから2400メートルの距離延長も不安だし…」
2週目。少し、風向きが変わります。
「買ってもいいのかもしれない」
「信じてみようかな」
おそらく、そう思い始めた人は新聞記事を読んだはずです。まだまだネットでの競馬情報は今ほど充実していませんでしたし、SNSなど普及していない時代ですから陣営側がメディアとなって発信することはできません。そうなるとファンは新聞を通じて情報を得るしかなかったのですが、1週前の木曜日、ギムレットの記事が本紙に載ります。
見出しには「疲れなし」。記事冒頭を抜粋してみます。
そのアクションは豪快そのもの。疲れなど微塵も感じさせないというのです。松田調教師のコメントも載っています。
極めつけはこれです。
度肝を抜かれましたね。「せめて状態キープを…」なんていう私のような後ろ向きな願いとは裏腹に、超前向き。それどころか、まだまだ鍛えるというのです。
「ここまで言うなら…」
「信じてみてもいいかも」
「ただ、一気の距離延長はやっぱり気になるなあ」
揺れつつもギムレット側に傾いていくファンの心を、ダービーウイークになり、さらに松田調教師は後押しします。競馬新聞での勤務経験もあり、メディアの大切さを知っていた名トレーナーは、変則ローテーションの理由を、新聞などを通じて誠意を持って説明しつつ、ファンの心に引っかかっていた距離延長の不安を吹き飛ばそうとしてくれたのです。本紙の記事ではこんなQ&Aがありました。
――マイルを使ったあとの2400メートルが一番懸念されます
松田 競馬の本質はマイルと2400メートルでは似たところがある。マイルを使ってもマイナスにならない。
――ギムレットのセールスポイントは
松田 これだけ能力の幅の広い馬は珍しい。かかる馬ではないし、最後までしっかり伸びきってくれる。ここ2走の負けは負けで真摯に受け止めているが、能力の絶対値が違うと思う。
言わんとしていることは、おそらく、こうです。
競馬の大レースに多い距離というのは400メートルで割り切れる場合が多いのをお気づきの方も多いと思います。1200、1600、2000、2400、3200。おそらくサラブレッドが最も能力を発揮しやすく、能力差が出やすいからこそそうなったのでしょうが、中でも、1600と2400は、馬の能力が如実に出ると言われています。すなわち、強い馬が強いレースをする距離。強さを丸裸にするという意味で1600と2400は〝近い〟。だから使ってもマイナスにならないし、ギムレットほどの能力があれば、すなわちギムレットぐらい強い馬であれば、強い馬が強いレースをする1600でも2400でも勝てるはず――。
いかがでしょう、伝わるでしょうか。ただし、これは後に、私がいろいろなものを見聞きして解釈したものです。すなわち、当時はここまで分かってはいなかった。競馬関係者や記者ならまだしも、競馬ファンにとって、この理屈はまだまだ身近なものではありませんでした。実は、松田調教師自身は後年、NHKマイルとダービーにこだわったのは「種牡馬としての価値を高めるためだった」と明かしています。スピード化が進む近代競馬においては、ダービーだけではなくマイルのGⅠも勝っていた方が価値が上がるからこそ、変則2冠にこだわったというのですが、これについてもギムレットのダービー前の時点では、ハッキリとは口にしていなかったと記憶しています。つまり…
なぜ1600と2400のGⅠを両方勝とうとするのか
どうして二階級制覇にこだわるのか
それを完璧に理解しているファンは少なかったのです。
なのに、面白かったのは、〝なんとなく〟は伝わってきていたこと。1600と2400が競馬において大事なのはファンなら分かっていました。種牡馬になったときの価値にまでは考えは至りませんでしたが、松田調教師がその2つの距離にこだわっているのは発言等で十分に伝わってきたんですね。しかも、揺れ動いていたファンの心とは逆で、全くブレていませんでした。
絶対にやる!
私とギムレットはこのチャレンジをやり遂げる!
難しいことはよく分かりませんが、その信念はビンビンに伝わってきたのです。逆に言えば、信念と呼べるほどのものだということが伝わってきたからこそ、ファンは何かを感じようとしたのかもしれません。あとは、信じるか信じないか。それは個々に委ねられました。追加の判断材料として、本紙はレース前日、次のような1面をつくっています。
まずは左下にあるタニノギムレットのオーナー・谷水雄三氏のインタビューを抜粋してみましょう。
――ギムレットは2戦続けて惜敗しています。日本一のレースで巻き返したいですね
谷水 勝負事に運、不運はつきものですよ。
――中2週のローテーション、距離も一気の延長。心配は?
谷水 NHKマイルを使って良かったと思ってますよ。母系の種牡馬シーバードは20世紀屈指の名馬。タフでピークが長い特徴を持っています。レースで負荷を与えただけの結果を出してくれる。ギムレットはその伝統の血を受け継いでいます。
――自信のほどは
谷水 先代がタニノハローモア(68年)、タニノムーティエ(70年)でダービー2勝していますが、私は未勝利。今度こそ取りたいですね。ウチの馬が一番強いと思っています。その自信は揺るぎないです。このメンバーで3度も取りこぼせまんよ。
生産者でもありますから、この春、松田調教師と同じぐらい悔しい思いをしていたはずなのに、泰然自若。まず、レースというのは思い通りにいかないことを理解しつつ、「レースで負荷を与えただけの結果を出してくれる」血がギムレットに入っていることを明かしています。すなわち、血統的にも今回のローテーションは間違っていないこと、松田調教師と同じ方向に向かっていることが分かります。その信頼関係に加えて、最後を締める揺るぎない自信…。私は「カッコイイなあ」と思いました。
一方で、メイン見出しになっているのは武豊ジョッキー。クールな天才が、アツいものを秘めていたことが記事になっています。
追記されているのは、事故からの復帰についてです。2月下旬に落馬したときは上半期は絶望だと言われていたのに、早々にターフに戻ってきました。ギムレットのダービーに合わせたとしか思えない〝驚速復帰〟は本人の強い意志がないとできないことで、武ジョッキーはこう話していたそうです。
「無理でしょ」という声にあらがっていたのは、松田調教師や谷水オーナーだけじゃなかった――。というわけで、常識の壁を越えようとする人馬が、ダービーにその名を連ねました。
ギムレットを信じるのか信じないのかは記者も同じ。◎もいれば△もいます。本紙だけじゃなく他紙でも評価は分かれていました。では、実際に馬券を買うファンはどう判断したか。単勝オッズは
2・6倍――
クラシック2冠の間にNHKマイルを挟み、そこで負けているのに、倍率は大本命だった皐月賞と変わりませんでした。2番人気はその皐月賞の勝ち馬・ノーリーズンで5・0倍ですから、状況も1冠目と似ています。
1強――
そう、2002年のクラシック、多くのファンは最後まで信じたのです。
陣営の信念を
美学を
ギムレットの強さを
誰にも邪魔されない外に持ち出されたギムレット
その末脚はやはり
破壊的でした。
信念は娘へ
レース後、松田調教師はまず馬に頭を垂れました。
ファンの期待は膨らみます。前代未聞のローテーションを走り切り、ダービー馬の栄冠に輝いたタフすぎる名馬が、異能のトレーナーのもと、今後、どんな新しいチャレンジをしていくのか…。だから、やっぱり残念でした、ギムレットが秋になり、屈腱炎を発症し、引退となってしまったのは。
その秋、3歳馬ながら天皇賞・秋と有馬記念を勝ったのが、ダービーで2着に下したシンボリクリスエスだったことも、ファンの悔しさを倍増させました。
「ギムレットが無事だったら」
「どこまで強くなっていたのだろう」
しかし、競馬というのはやはりブラッドスポーツです。ギムレットのチャレンジ精神とタフさ、信念はしっかりと子供に受け継がれました。
5年後のダービー
東京競馬場の直線
「牝馬がダービー?」
「無理でしょ?」
そんな声を揺るぎない信念と挑戦ではね返したのはギムレットの初年度産駒でした。
谷水オーナーは馬名に思いを込めたそうです
父より強くなってほしい――
だからギムレットより強いお酒で
ストレートの方が度数が高いから「タニノ」はつけずに
ウオッカ――
その末脚はやはり破壊的でした。
おまけ
「ウマ娘」のギムレットは右目に黒い眼帯をしています。これはギムレットの左目が白目が目立つ三白眼だったことを示唆しているといわれています。馬の目というのは、色素の関係で白い部分が白く見えないので、三白眼は結構目立ちます。
もちろん生まれつきで、決して怒っているわけではありません。怒ってるぐらい強かったですが(苦笑)。