「走りますよ」っていう雰囲気を全身から醸し出した上で走る!これが機動力野球だ【高橋慶彦 連載#4】
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「走りますよ」っていう雰囲気を全身から醸し出した上で走る!これが機動力野球だ【高橋慶彦 連載#4】

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古葉監督以外、全首脳陣が反対したショート起用

 1977年のシーズン終盤にスイッチヒッターとして新たな野球人生を歩み始めた俺は、9月10日のデビュー以降もコンスタントにチャンスをもらった。この年は開幕前に優勝候補と期待されながら、カープは最下位に低迷。75年の初優勝からメンバーは大きく変わっていなかっただけに、古葉竹識監督としても若くて足が使える俺を起用することで何とか突破口を開きたいという思いもあったんだろう。

 実際、俺は残り24試合全てで使ってもらった。最初のうちはスタメンでもライトだったり、時には代打や代走での起用もあったけど、ショートで14試合にスタメン出場。相手の先発が大洋の平松政次さんや巨人の小林繁さん、ヤクルトの鈴木康二朗さんといったエース級の右腕でも、2番や8番などの打順で経験を積ませてもらった。9月10日以降に限って言えば、74打数25安打で打率は3割3分8厘。未知の世界への船出としては、まずまずだった。

左から小林繁、平松政次、鈴木康二朗

左から小林繁、平松政次、鈴木康二朗

 そんないいイメージを持ってシーズンを終えた俺は、翌78年に背番号も「40」から「2」に変更してショートでレギュラーをつかむことになるんだけど、首脳陣の間では俺のショートでの起用には反対意見が多かったらしい。っていうか、古葉さん以外は全員反対だったそうだ。77年はショートで42試合に出場して7失策。守備率も9割5分2厘と褒められたものではなかったからね。

 それでも古葉さんは、俺のショートでの起用を押し切った。外野には山本浩二さんライトルギャレットと長距離砲が揃っていて外すことはできない。一塁には水谷実雄さんがいて三塁は衣笠祥雄さんがいる。俺の足を生かすには、守備に目をつぶってでもショートで使うしかないというのが本当のところだったんじゃないかな。

左からライトル、山本浩二、ギャレット(79年2月、日南・天福球場)

左からライトル、山本浩二、ギャレット(79年2月、日南・天福球場)

 それだけに古葉さんからのプレッシャーも相当なものだったよ。実際に「お前が出てくるか、俺がクビになるかだ」とも言われたから。そして俺は、徹底的に古葉野球を叩き込まれていった。

 今みたいにミーティングとかするわけじゃなくて、シーズン中だとベンチがレクチャーの場だった。古葉さんは怖い人だったけど、打席での結果や守備でのエラー、盗塁死などの失敗に関しては寛大だった。ただ、配慮や思慮が足りないばかりに相手走者を次の塁に進めてしまったり、投手が試合展開を考えずに打者と勝負してしまった時などは、問答無用でキレのいいローキックが飛んできた。パシッとね。

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広島市民球場での古葉監督の定位置はベンチ右奥だった

 余談になるけど、当時の広島市民球場の一塁ベンチは古葉さんの定位置から一番離れた外野寄りの奥に給水用のタンクが置いてあって、監督に怒られる恐れのあるピッチャーは危険回避のため、マウンドからスススーッとそこに直行するんだ。でも、古葉さんは自分も水を飲みに行くそぶりをしてパシッと蹴りを入れる。当時はそうやって、体で野球を覚えていったもんだよ。

ノーサインでセーフティーバントの古葉野球

 プロに入って投手から内野手に転向し、3年目でスイッチヒッターになった俺は、古葉竹識監督の下で徹底的に鍛え上げられた。引退後に教える側の立場になって痛感したけど、特定の選手を注視するっていうのは、並大抵のことじゃないんだよ。監督ともなればチーム全体にも目を光らせなきゃいけないし。

 俺が特に注意されたのは、ゲーム中にボールから目を離すことだった。もちろん試合には集中していたし、目を切ったといってもほんの一瞬のことなんだけど、古葉さんは見逃さなかった。そりゃあもう、こっぴどく怒られたよ。いまだに語り草となっているローキックも込みでね。

 でも、そのおかげなんだよな。一瞬たりともボールから目を切らないという習慣が身についたのは。日頃の鍛錬でそういうことができるようになってくると、打席に立っていても相手投手だけでなく、守備位置や相手ベンチの動きにまで自然と目を配れるようになってくる。鉄は熱いうちに打て――じゃないけど、その場その場で言ってもらえるから、選手も吸収しやすいんだ。

 古葉監督の3年目、厳密に言えば1年目はシーズン中にジョー・ルーツ監督の後を引き継ぐ形だったから実質2年目かもしれないけど、1977年のカープは最終戦が終わってから5位に浮上するという実質的な最下位だった。ただ、俺をはじめとした若手にも古葉野球が浸透してくるにつれて、結果が伴うようになった。

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