バッティングというのは恋愛と似たところがあるんだ【高橋慶彦 連載#8】
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バッティングというのは恋愛と似たところがあるんだ【高橋慶彦 連載#8】

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ボールの内、外、上、下、真ん中を〝打ち分けた〟

 打撃論議を始めたら、「やめられない、止まらない」で「かっぱえびせん」の異名まで取った山内一弘さんの指導には、賛否両論ある。それは、門下生として結果を出したのが俺ぐらいしかいないからだ。失敗例といったら失礼かもしれないけど、1995年に山内さんが阪神の打撃コーチを務めた際には、劇的な飛躍を期待された新庄剛志や亀山努も、かえって成績が悪くなった。

座ってティーバッティングに挑む新庄剛志、後ろは山内一弘コーチ(95年5月、甲子園球場)

座ってティーバッティングに挑む新庄剛志、後ろは山内一弘コーチ(95年5月、甲子園)

 確かに山内さんの言うことは難しいんだ。最初に「おいヨシヒコ、ボールには打つ場所が何か所あると思う?」と聞かれたときには面食らった。俺はそんなこと考えたこともなかったから「1点ですか?」って自信なさげに答えると、山内さんはこう言った。「ボールの内側、外側、上、下、真ん中の5か所だ」。しかも、その5か所を打ち分けられるようになれって言うんだから驚いた。

 もちろん最初から、そんなことをできるわけがない。イメージとしては理解できていたけど、満足に打球を前に飛ばすことさえできなかった。それでも山内さんは「それでいい。打撃ケージから出なくてもいい」って言うんだ。

左から高木豊、山下大輔、高橋慶彦(83年、横浜)

左から高木豊、山下大輔、高橋(83年、横浜)

 今になって思うと、ここが運命の分かれ道だった。「何をさせたいのかさっぱり分からん」と諦めていたら、そこで終わっていた。でも、俺は諦めなかった。山内さんの言うことを信じて、来る日も来る日もボールの内、外、上、下、真ん中を意識して打撃練習を続けた。すると不思議なもんで、ボールの5か所を打ち分ける感覚っていうのが体に染み込んできたんだ。

 これは「俺だからできた」わけじゃない。続けたからこそ、できるようになったんだ。たとえて言うならはしと一緒なんだよね。日本人は当たり前のように使っているけど、誰もが最初から使いこなせるわけじゃない。

 朝、昼、晩と3度の食事で使っているうちに、こぼさず食べられるようになったり、米粒のような小さなものでも挟めるようになるわけでしょ。大事なのは、繰り返し続けることなんだ。

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宮崎・日南でのキャンプ中には宿舎で釣りを楽しむこともあった

 俺の取りえなんて足が速いことぐらいで、才能らしいものは一つもなかった。唯一、人より優れていたのは練習を続けても「飽きない」こと。謙遜でもなんでもなく、俺がプロで18年間も選手として食っていけたのは、そのおかげだったんだ。

 山内さんの指導で、飛距離を伸ばすための筋力アップも細部に及んだ。手首だったり、腕のインナーマッスルだったり、必要なパーツを全て鍛えて、その結果として飛距離を出すという手法を取った。

原辰徳(左)と高橋慶彦(82年7月、後楽園球場)

原辰徳(左)と高橋慶彦(82年7月、後楽園球場)

 オープン戦でもすぐに結果は出なくて、初本塁打を打ったのは3月20日に下関で行われた大洋戦の第1打席。でも、山内道場に入門してから2か月足らずで“つかんだ”んだから早い方だったのかな。もちろん練習量もハンパじゃなかったよ。スイッチヒッターに転向した時と一緒で、短時間のうちに新たな技術を体に染み込ませようとしたんだから。

調子を落とし、敵将の山内さんに指導を要求

 1983年のキャンプに臨時コーチとしてやってきた山内一弘さんと取り組んだ打撃改造は、予想以上の成果を生んだ。飛距離が伸びたことでホームラン数が3倍近く増えたことは既に触れた通り。新たな自信を得たことは打席内での精神的なゆとりにもつながった。

 それを顕著に表していたのが四球の数だね。82年までは77、78年のシーズン32個が自己ベストだったんだけど、それが一気に54個まで増えたんだ。要因として挙げられるのは、初球からガツガツと振りにいかなくなったことだろうね。

「いつでも打てる」という自信があったから、無理には打ちにいかない。悠然としているから相手投手も警戒する。そして投げる方は余計な力が入るから、思わぬコントロールミスをしてしまう。逃げてくれれば四球になるし、甘く入ってくればガツンといく。全てがいい方に作用してくれた。

 バッティングというのは恋愛と似たところがあるんだ。いくら「好きだ」とか「付き合いたい」という気持ちが強くたって、それがそのまま相手に伝わるとは限らない。むしろ「何とかしたい」という気持ちが強ければ強いほど、追いかければ追いかけるほど、相手は逃げていく。そういう面ってあるでしょ? 野球も一緒で、追えば追うほどボールというのは逃げていく。追うのではなく「これだ!」という球が来るまで待つ。これは大事なことなんだ。

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