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この夏、「大人の自由研究」をやってみたくなる〝好奇心くすぐり本〟に出会った話

 ゆる~い読書ログをご紹介する「東スポ読書部」の更新が久々となってしまいました。本を読んではいるんですけど、YouTubeとかTikTokの見すぎかもしれませんね、気をつけます。(デジタル・事業室 森中航)

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 今回ご紹介するのは理系研究者の「実験メシ」科学の力で解決! 食にまつわる疑問(光文社新書)という本。著者の松尾佑一さんは放射線生物学と分子生物学が専門の研究者です。ふとした疑問に体当たりで実験されるのですが、発想がとにかくクレージー(※褒めてます)。私は文系出身で、物理とか化学はさっぱりですが、目次に並んだ「遠心分離コーヒー」「ソーラー炊飯器」「自転車バター」「超音波泡盛」「タクアン製造マシン」といった字面だけで、がぜん興味がわいてきました。ふだん隣り合うことがない単語がくっついてるのを見るとサンドウィッチマンの漫才を見るくらいに興奮してくるのは私だけでしょうか…。

 それではさっそく、松尾先生が「自転車バター」を作ることになったきっかけの描写を見てみましょう。よほどの目的がないと運動する気が起きない松尾先生に対して、奥さんがある任務を与えます。

「生クリームをふると、バターとホエーになるから」
 これぐらい運動しなさいよ、と突かれて、僕はペットボトルを振り始めた。すると5分ぐらいで液体だった生クリームが固形化してきた。
「お、何かできたぞ」
 手をとめて眺めていると、
「もっと振れ、それはまだバターではない、ホイップクリームだ」
 そんな嫁の叱咤を受け、無我夢中で振り続けると、やがてうっすら透明な「ホエー」と呼ばれる液体と、固体のバターに分かれた。
ホエー、これは珍妙な」
 僕の言葉を無視して、嫁はペットボトルからそれらの物体を取り出して、スコーン作りを始めた。(158ページ、※太字は筆者) 

 見事な親父ギャグ、いい味出してますね。でも、親父ギャグじゃなかったとしても「ホエー」って思いませんか? 生クリームを混ぜるとホイップクリームになることは知ってましたが、その先にも変化があったなんて私はまったく知りませんでした(かろうじてホエーの存在を知っていたのは、「伝説のすた丼屋」の豚丼がイタリア産ホエー豚を使っているというのを見たことがあったから)。

 なんでも生クリームの中にある脂肪はうすい膜で覆われていて、振ると膜が破れて中の脂肪同士がつながり、間に空気が入った状態がホイップクリーム。そして、さらに振り続けて水分が離れていくと脂肪同士がくっついてバターとなるんだそうです。さて、ご褒美のスコーンを食べた松尾先生は子供のような発想力を披露します。

スコーンをかじりながら僕はふと思った。もっと効率よくバターを作ることができれば、もっと大量のスコーンにありつけるのでないかと。手で生クリームを振るよりも、もっと簡単な…。
 そうだ、自転車に乗って、バターが作れないか?(160ページ)

 もっとスコーンを食べたいがためにとんでもないことを大真面目に純粋に考える。私はこういう食いしん坊を尊敬します。なぜなら、歴史上数多くの食いしん坊がいなければ、現在ほど多くの食材を私たちは安全に味わうことができなかったと思うからです。ちょっと想像してみてください、食べられるとも知らずにホヤとかナマコとかドリアンを口に入れるところを…。かなり勇気がいるし、罰ゲームでもキツイと思いませんか? 私たちは「食べられると知ってるから食べられる」のであって、食べられるのを知るためには食べられるかどうかもわからないけど「とりあえず食べてみたよ~」という食いしん坊な祖先がいたおかげなんだと思うと胸が熱くなってきます。

 松尾先生は実際に、生クリームを入れたペットボトルをリュックサックに入れて自転車に乗ります。15分おきにペットボトルを観察し、クリームの様子を観察します。どう考えてもクレージーです(※褒めてます)。しかし、1時間自転車を漕ぎ続けても何の変化も起きません。

 自転車はできる限り低速にして左右にしっかり揺れていた。なぜだ。手で振った時はバターができたではないか?
 思いつく理由は一つくらいだ。自転車で左右に揺れる周期が、手で振った時と比べて長いのだ。(中略)僕はある装置を考えた。自転車のタイヤの回転を使って、クランクの仕組みにより生クリームを入れたペットボトルを振動させるというものだ。(167ページ)

 40歳を過ぎた大学教員が本気を出している感じが最高です。結果的に努力は実を結び、松尾先生は「自転車バター」を31g製造することに成功しています。もちろん、というか案の定(?)「自転車バター製造機」を作ったコストのほうが高くついてしまいました。

 しかし、コストなど関係ない。自転車に乗ることが億劫だった僕が、2時間近く自転車を漕いだという奇跡に伴って、副次的に生まれたバターなのだ。
 出来上がったバターは、その夜、切り分けたフランスパンに塗って食べた。ことのほか美味しく感じられた。(172ページ) 

 文章も素敵ですよね。私はこの本を読んで「松尾先生と一緒に飲んでみたいな~」と思ったんですが、残念なことに松尾先生はアルコールアレルギーでお酒がまったく飲めないんだそう。それなのに好奇心全開で「超音波泡盛」の実験をしちゃうところでさらに好きになりました。

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 振り返ってみると、小学生のころの夏休みには自由研究がありました。当時はめんどくせーと思ってましたが、自分が疑問に思ったことを自分なりに調べてみるというのは貴重な学びの機会であったように思います。大人になると、ついついわかったフリをしてやり過ごしてしまうこともありますが、実は気になっていたあの問題をこの夏〝大人の自由研究〟をしてみてはいかがでしょうか? 私も本を読みつつ自由研究をして東スポnoteで発表しようと思っています。

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