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自信家とは根拠が“ある”から美しいのだ【野球バカとハサミは使いよう#19】

一芸に勝るものなし

 昨年(※注2012年)、2リーグ制以降のプロ野球において、史上初となる規定打席未到達の本塁打王が誕生した。ヤクルトの外国人、バレンティンである。彼は典型的な一発屋で、昨年の安打数はわずか96本ながら、その約3分の1である31本が本塁打という驚異的なパワーを見せつけた。

 そして、そんな一発屋といえば、1987年に広島に入団した外国人、ランスを思い出す。豊かなヒゲを蓄えた牧師のような風貌が印象的な左打者だった。

広島のランス

 ランスの打撃の特徴は、あまりに極端なプルヒッターであることに尽きる。内外角や高低のコースを問わず、とにかく来た球をライトスタンドめがけて豪快に引っ張る。いつどんなときでもホームラン狙いなのだ。

 そのため、87年のランスは当然安定した打率を残せるわけもなく、開幕から2割前後の低打率にあえぎ、三振も量産。終わってみれば、規定打席到達者の中でリーグ最下位となる打率2割1分8厘。三振数はリーグトップの114を数え、安打数は昨年のバレンティンよりも少ない88本という散々な成績だった。

 ところが、ランスはこれでも本塁打王を獲得したのだ。たった88本の安打のうち、実に半数近くの39本がスタンドイン。昨年のバレンティンをも超える確率で「当たれば飛ぶ」を体現し、史上初となる「打率最下位の本塁打王」という、名誉なのか不名誉なのかよくわからない称号を手に入れたわけだ。

 だからこそ、ランスはいくら低打率でも試合に出続けられたのだろう。実際、開幕当初は4番だったが、6月ごろから7番に固定されるようになった。下位打線になら、こういう典型的な「三振かホームランか」の打者がいてもいいという、首脳陣の判断が推察できる。

阿南監督(左)と握手を交わすランス(88年4月、東京ドーム)

 このランスのような一芸に秀でた存在は、サラリーマンの世界でも重宝されるはずだ。たとえ他に欠点が多くあったとしても、それを補えるだけの長所を磨くことで組織に貢献することができる。大切なのはその一芸を中途半端にせず、誰にも負けないくらい極めることだ。

 また、ランスの場合、当時の広島がミスター赤ヘル・山本浩二の引退による大砲不足に悩んでおり、それを解消するためのパーツに見事にはまったという事情もあった。つまり、磨こうとする長所が組織の求めるニーズに合致するかどうか、それを見極めることも、とても重要なのだ。

 一芸を極めることと、ニーズを見極めること。この両者が揃って初めて、ビジネス界のランスが生まれるのである。

首脳陣のダイエット指令を拒否した杉山賢人

 最近、上司の命令に従わない社員が増えたという。それが業務の方法に関するものだとなおさらで、「僕には僕のやり方がありますから」と自信満々に突っぱねる社員も少なくない。なんとも強気な姿勢である。

 これはプロ野球界に置き換えると、首脳陣の命令に従わないということになる。それで思い出すのは、1990年代の西武黄金時代をセットアッパーとして支えた左腕・杉山賢人だ。

 杉山は92年ドラフト1位で西武に入団すると、1年目からセットアッパーとして頭角を現した。当時の西武リリーフ陣には鹿取義隆、潮崎哲也という二枚看板がおり、そこに杉山も加わったことで、より強固な三本の矢が完成。結局、1年目の杉山はリーグ最多54試合の登板で7勝2敗5セーブ、防御率2・80の好成績を挙げ、新人王を獲得した。

プロ入り初先発で勝利を挙げインタビューに答える杉山(93年4月、千葉マリン)

 そんな杉山だが、実は春季キャンプのとき、ある問題で物議を醸したことがあった。ルーキーにもかかわらず、西武首脳陣からのダイエット命令を堂々と拒否したのだ。

 杉山といえば、プロの投手にしては珍しく、丸々とした太り気味の体形が特徴的だった。一般論としては、それはやはり体のキレが悪くなるとされていたため、首脳陣がダイエット命令を下したのは当然の論理だ。

 しかし、杉山にはそれを拒否する確固たる理由があった。なぜなら高校時代の杉山は痩せており、そのせいかボールに力がなかったのだが、途中からあえて体重を増やしたところ、ボールの威力が格段に増したという経験があったからだ。

 だからこそ、太り気味の体形にこだわり、首脳陣の命令にも耳を傾けなかった。そこにあったのは、自分は動けるデブを目指せばいい、という強い信念だ。決して根拠の“ない”自信ではなく、それまでの試行錯誤の中で築き上げた根拠の“ある”自信だったのだ。

西武の杉山賢人

 話を冒頭に戻すと、この杉山のように根拠の“ある”自信や信念であるなら、それを貫くことは、どんな仕事においても大切な要素だ。たとえ相手が上司であっても、時にはその自信や信念を盾にして、互いの意見を戦わせることも必要だろう。

 しかし現実は、それを勘違いしているのか、明確な根拠の“ない”自信を誇示する人間がいかに多いことか。自分に自信を持つことは確かに素晴らしいのだが、そこに根拠が“ない”のであれば、ただの世間知らず、あるいは子供の妄想だ。

 自信家とは根拠が“ある”から美しいのだ。

山田隆道(やまだ・たかみち) 1976年大阪府生まれ。京都芸術大学文芸表現学科准教授。作家、エッセイストとして活躍するほか大のプロ野球ファンとして多数のプロ野球メディアにも出演・寄稿している。

※この連載は2012年4月から2013年9年まで全67回で紙面掲載されました。東スポnoteでは写真を増やし、全33回でお届けする予定です。

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