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「ウマ娘」でも世紀末覇王!2000年テイエムオペラオーの古馬王道GⅠ完全制覇を「東スポ」で振り返る

 1年間、1回も負けずにGⅠ戦線を戦い抜く…あのシンボリルドルフもディープインパクトもアーモンドアイも成し得なかった偉業を達成した馬が1頭だけいます。20世紀最後の年、GⅠ5勝を含む8戦を全勝したテイエムオペラオーです。人気ゲーム「ウマ娘」のオペラオーが「天候程度でやる気を失うようじゃ、世紀末覇王には到底なれないさ」と自信満々で語るように、馬場や展開を問わなかった名馬の2000年を「東スポ」で振り返りましょう。「オペラオーを語るならあの馬もだろ!」という皆さんもご安心ください。なぜこのnoteを今週、アップしたのか…最後までお読みいただければ幸いです。(文化部資料室・山崎正義)

第1戦 京都記念(GⅡ)

 まずはオペラオーの立ち位置を確認しておきます。前年の春、5番人気ながら皐月賞を制し、ダービーは3着で、秋の菊花賞は2着。ナリタトップロード、アドマイヤベガとともに3強を形成し、クラシックを盛り上げました。その後、ステイヤーズステークス(GⅡ)を2着し、年末の有馬記念で3着に好走します。血統がいいわけでもなく、主戦の和田竜二騎手も20代前半の若手ながら調教師さんともども地味でしたので、3強の中でも最も〝キラキラ感〟はありませんでしたが、特筆すべきは年内最終戦となった有馬記念の内容。この連載のスペシャルウィークの回で紹介したグラスワンダーとの7センチ差の大接戦を覚えているでしょうか。あのときオペラオーは内からグイグイ脚を伸ばして2頭とタイム差なし、「あわや大金星」というレースをしたのです。

99年有馬記念


 ナイスネイチャの回で触れたように、3歳秋以降にグングン力をつけ、年末の有馬記念で大人相手に見所のある走りをした馬は、自分が大人になった翌年(競走馬が本格化する4歳)、競馬界を引っ張っていくのが〝あるある〟です。というわけで、大人になっての第1戦であるこの京都記念に出走したオペラオーに対するファンの目線は「主役になれるだけの器なのか」「有馬の強さは本物なのか」でした(ナイスネイチャみたいな例もありますので確認したいわけです)。

京都記念・馬柱

 新聞の印を見ても分かる通り、左隣にいるナリタトップロードがライバルでした。前年、しのぎを削った菊花賞馬で、実際に、この馬に外からマークされるようなレースになりました。しかし、トップロードに抜かされそうになるものの、なかなか抜かせません。

00年京都記念

 最後はクビ差退けて、単勝1・9倍の人気にこたえたオペラオー。「おっ、順調に強くなってるじゃん」「主役になれそうだな」というのが見ている者の感想でした。

第2戦 阪神大賞典(GⅡ)

 春の古馬王道路線の第1目標は、距離3200メートルの天皇賞・春になるのが普通です。オペラオーもそこを目指し、京都記念から1か月後の阪神大賞典(GⅡ)に出走します。天皇賞の前哨戦だけあって、距離も長丁場の3000メートル。

阪神大賞典・馬柱

 ナリタトップロード以外にもう一頭、印を集めている馬がいます。前年の菊花賞で3着に入り、ジャパンカップで5着した後にひと休みして、年明け初戦の万葉ステークスという3000メートルのレースを快勝してきた同級生・ラスカルスズカです。デビューが遅く、皐月賞やダービーには間に合いませんでしたが、距離に不安はなく、鞍上も武豊ジョッキー。スズカという名前+武豊がサイレンススズカを想起させ、〝遅れてきた大物感〟もあり、オペラオーに次ぐ2番人気に支持されました。結果は…。

阪神大賞典・結果


 オペラオーの勝ち。2着のラスカルスズカに2馬身半差。「やっぱり強い」「今年はオペラオーの年になる」。そう確信させる完勝でした。

第3戦 天皇賞・春(GⅠ)

 古馬戦線の図式は変わっていました。阪神大賞典時の単勝オッズはオペラオー2・0倍、ラスカル2・6倍、トップロード2・9倍。「同世代による3強」という見方でしたが、強さを見せつけたオペラオーの単勝オッズは、天皇賞・春では1・7倍になっていました。3頭以外に有力馬も現れず、ラスカル4・0倍、トップロードが3・5倍。「3強は3強だけど、どうやらオペラオーが一番強そうだ」という状況です。ラスカルは前走で2着に敗れた際、オペラオーより2キロ斤量が軽かったので、勝負付けが済んだとみられており、トップロードの人気が上がったのは、前走(3着)が同斤量だった上に、今回、条件が好転していたからです。阪神大賞典はオペラオーが得意でトップロードが苦手な重い馬場、天皇賞は天気が良くて良馬場濃厚で、しかも自身が勝った菊花賞と同じ京都競馬場が舞台です。競馬の人気はこのようなファクターで決まっていくんですね。というわけで、昨年からのライバルもかすかな望みをかけていたんですが…。

00年天皇賞春

 歯が立ちませんでした。ファンからすると「やっぱり3強じゃなかったんだ」「1強じゃん」「にしても強すぎるだろ」。まさにオペラオー時代到来。同級生たちとは明らかに成長力に差があることが証明されたとも言えます。レース後、和田ジョッキーは力強く宣言しました。

「今年はこのまま負けなしでいきたい。いきます」

 もはや敵はいないのか…。翌日の紙面をご覧ください。

天皇賞春・結果

 見出しにご注目。もはやこの連載のキーマン(キーホース)と言えるでしょう、1歳年上のアノ怪物が控えていたのです。

第4戦 宝塚記念(GⅠ)

 グラスワンダーは前年有馬記念でのスペシャルウィークとの激闘後、実はスランプに陥っていました。GⅠでもないGⅡを2回走って6、9着。当然、若さも勢いもあるオペラオーが1番人気になるんですが、馬柱の印としてはこんな具合。

宝塚記念・馬柱

 グラスにも◎が並んでいます。陣営から「いいころの調子に戻ってきた」「恥ずかしい競馬にはならない」というコメントが出ていたんですね。こうなると、ファンも記者も「よくよく考えれば…」という〝希望的復習〟を始めます(競馬あるある)。「オペラオーはライバルが不在なだけでグラスより強いとは限らない」「現実に昨年の有馬ではグラスが先着している」「宝塚記念といえば前の年にスペシャルウィークをちぎり捨てたグラスに適した舞台」。というわけで、ファンはグラスを単勝2・8倍の2番人気に支持。これまでの春の王道路線が似たようなメンバーばかりだったため「面白味がないからそろそろ刺激が欲しい」という心理も後押ししていました。

 怪物の復活を待ち望む空気が漂う中、レースが始まりました。向こう正面に入り、前から4番手で虎視眈々のオペラオー。3コーナー過ぎ、その外からグラスが並びかけていくと、オペラオーが必死に手綱をしごきはじめました。「あれ? どうしたんだ?」。その外で、グラスの手ごたえはなかなか。大歓声。正直、ここが一番盛り上がったとも言えます。そう、残念ながら今度はグラスの手ごたえが怪しくなってしまうんです。一方、オペラオーは手ごたえイマイチながらもジワジワと上がっていき、4コーナーを回って4番手。グラスは下がっていきます。「どうやら怪物は目を覚まさない…」「大丈夫そうだな」。ホッとしたオペラオー支持派。が!前を見て焦ります。「内に誰かいる!」。この日は雨が降って内の馬場が荒れていたため、誰もが避けて通らないようにしていたのですが、あえてそこを、ポッカリ開いた内を狙った馬がいたのです。ラスカルスズカ、前走で力勝負をしても勝ち目がないと悟った天才・武豊ジョッキーによる奇襲でした。さすがです。でも、ラスカルに荒れた馬場をこなすパワーは残っておらず、夢は一瞬だけ。こうなると、やはりオペラオーになります。ジワジワ伸びて、しぶとく食い下がった3着のジョービッグバン、2着のメイショウドトウを力でねじ伏せました。

00年宝塚記念

 上半期一番の苦戦に見えましたが、レース後、和田騎手はこう話しました。

「決して突き抜けるような勝ち方はしないが、前に出さえすれば止まらないし抜かせない」

 地味だけど強い。ハデな勝ち方ではないが絶対に負けないという自信がうかがえます。ファンもメディアも「秋の主役もオペラオーで間違いなし!」で一致しました。

第5戦 京都大賞典(GⅡ)

 夏休みを挟んでの秋初戦です。天皇賞・秋→ジャパンカップ→有馬記念という王道GⅠ3戦が控えているのですから、当然、目一杯には仕上げていません。調教量的にもそれは明らかでしたし、斤量も重くて59キロだったので、一抹の不安はありました。それでも、しっかり勝ち切るところが、先ほど和田騎手が言ったこの馬の強さ。アタマ差という地味な勝利でしたが、危なげなく勝ち切ります。

00年京都大賞典

 しかも、このレースは馬場が良い上でのスローペース。競馬において、その条件は典型的な瞬発力勝負となります。シュッとした、俗に言う〝キレる脚〟を使わないと勝ちづらく、実はオペラオーは、そういう脚を使うタイプではなかったんでが、それでも今回はほどほどにキレました。成長を感じさせましたし、苦手な展開でも勝ち切るのは馬が充実している証。瞬発力が必要となることが考えられる天皇賞・秋やジャパンカップに向けて、不安を1つ消したとも言えます。はい、万全です。

第6戦 天皇賞・秋(GⅠ)

天皇賞秋・馬柱

 メンバーを見て、どうお感じになるでしょうか。本紙ではオペラオーより◎がたくさんついているメイショウドトウが2番人気になるのですが、その馬は宝塚で下しています。他を見回しても、重い印がつくのは内のナリタトップロードぐらい(3番人気)。この馬に関しては春に何度も、それこそ前走の京都大賞典でも勝っています。つまり、まったくもってオペラオーをおびやかす馬は台頭していません。なのに、オペラオー8連勝の中で、この天皇賞・秋の単勝オッズは結果的に最も高くなりました(2・4倍)。

 なぜかというと、まず1年半ぶりの2000メートルだということ。この中距離はスタミナとスピードのバランスが求められます。オペラオーはどちらかというとスタミナ寄りの馬でしたので、スピード負けを不安視する声がありました。しかも、天気が良い東京競馬場ではその傾向はますます強まり、さらに前述のような瞬発力勝負になる可能性もあります。厳密に言えば、春の天皇賞や宝塚記念に比べ、オペラオーのキャラとレースの質はマッチしておらず、つつくべき〝重箱の隅〟があったのです。そう考えると、スタート直後にカーブが続くコース形態上、当時の東京競馬場の2000メートルは明らかに外枠が不利(今は改装されてだいぶ緩和されました)なところの7枠13番も不安点に見えてきます。面白いもので、競馬の不安データというのは、探せば探すほど出てきます(探さなきゃいいのに出てくると面白いんですよね)。なんと、和田騎手はこの時点で、まだ東京競馬場で1度も勝ったことがなかったのです。

天皇賞に入れる和田

 関西の騎手なのでそもそも経験が不足していたのですが、慣れていないのは明らかで、これもまた立派な重箱の隅になったわけです。新聞などでも取り上げられていましたから、「そうだったそうだった」と懐かしくなっているファンの方もいるのではないでしょうか。「あれを信じてオペラオーを買わなかったんだよ~」という人もいるかもしれませんね。

 ただ、それ以上にオペラオーへ懐疑的な目を向ける理由は、天皇賞・秋、略してアキテンというレースそのものに起因していました。実はこのレース、波乱が起きることで有名だったのです。この年まで12年連続で1番人気は勝っておらず、名だたる名馬が敗れてきた歴史がありました。単勝1倍台のオグリキャップやバブルガムフェローが2着に敗れるのはまだいいほう、トウカイテイオーやナリタブライアンが惨敗したり、メジロマックイーンにいたっては先頭でゴールするものの失格、サイレンススズカは競走中止…もはや呪われているとしか思えない結果が続いていたのです。根拠はありません。オカルトにも近いんですが、競馬の教科書に載っているレベル。すなわち競馬ファンにとっては〝何かが起こるレース〟なんですから、「オペラオーも危ないじゃないか」ということになるのです。

 馬券ファン、特に人気馬を蹴っ飛ばして穴馬券を買いたい人は「オペラオーが負けるならここしかない!」と、そんな重箱の隅とオカルトにすがりました(この作業もまた楽しいです)。天皇賞・秋を無事に通過したら距離が延びてスピード色が薄まるジャパンカップも有馬記念も勝つでしょうから、ここしかないと思いたかったんですね。でも、レース当日、そういう人をあざ笑うかのように雨が降ります。馬場はスピードよりもスタミナが問われる「重」。何よりオペラオーは、強すぎました。

00年天皇賞秋

 2着に2馬身半差をつけて完勝。重箱の隅は重箱の隅でしかなく、な~んにも起きなかったのです。オペラオーはアキテンに棲む魔物さえも寄せ付けなかったのでした。

天皇賞秋・結果

 翌日の紙面、重馬場が有利に働いたのでは?と聞かれた和田騎手はこう語っています。

「(重馬場を)ほかが気にしたことで着差が広がったとは思うけど、仮に良(馬場)でも結果は変わってない。あの強さですから」

 この「時計が速くなっても大丈夫だったはず」というコメントは非常に大きいです。やはり京都大賞典でも見せたように、時計の速さにも対応するぐらい成長しているわけで、続くジャパンカップ(東京競馬場)が良馬場の時計勝負になっても平気だと言っているようなもの。もはやコースや距離、馬場に関する不安要素は限りなく減っていました。

第7戦 ジャパンカップ(GⅠ)

 というわけで、あとは相手関係だけ。メンバーはこんな具合です。

ジャパンカップ・馬柱

 天皇賞・秋で2着に入ったメイショウドトウの印が薄くなっています。宝塚記念でもオペラオーに敗れており、勝負付けが済んだとみなされていたのと、なおかつ距離が延びることを不安視されていたからです。最終的に5番人気にとどまりました。このドトウをはじめとした古馬勢は〝いつものメンバー〟だったので、ファンやメディアの目は、1か月前にクラシックの3冠目・菊花賞を制したエアシャカールと、この年のダービーを勝ったアグネスフライトへ向きます。大人がダメなら…と若い力に期待したのでしょう、前者が3番人気、後者が4番人気に支持されました。ただ、正直インパクトに欠ける2頭だったのは否めません。そうなると2番人気は外国馬になります。理屈としては納得ですよね、日本馬では太刀打ちできそうにないから、未知なる外国の強豪の人気が押し上げられるのは自然の流れ。凱旋門賞を勝っているような超大物ではありませんでしたが、GⅠも勝っていましたし、何よりジョッキーが魅力的でした。5枠10番ファンタスティックライトの名前の下ににある「デットーリ」――世界ナンバーワンの騎手です。

デットーリ1

 10代で頭角を現し、90年代前半には既にトップジョッキーとして競馬の本場ヨーロッパで次々と記録を打ち立てていきます。96年にはアスコット競馬場で行われた7レース全てに勝つという伝説も残しました。外国のジョッキーですが、何度か来日していたのでその実力は日本でも知られており、96年にはジャパンカップも制しています。しかもオペラオーと対戦したこの2000年にはもう一つ奇跡を起こしていました。6月に、乗っていた小型機が墜落したのに助かっていたのです! そんな神に選ばれしジョッキーが、いざレースが始まると中団で控えるオペラオーの真後ろにいたから不気味でした。しかも最後の直線、さあ伸びてくるぞというオペラオーの外に、その青い勝負服が上がっていくのです。これには誰もが「うわわわ」となったはず。馬の実力と勢いはオペラオーが上なんです。地の利もありました。でも、相手は「デットーリが乗ると5馬身違う」と言われるほどの実力者。馬に100%以上の力を出させてしまうジョッキーなのです。

デットイーリ2

 残り200メートル。先頭に立とうとするオペラオーにファンタスティックライトが追い付きました。「一番怖い人がきた!」。しかし、そこからが世紀末覇者の真骨頂でした。止まらないし、抜かせない。勢い十分に後ろから迫ったのに、すぐに突き放されたのですから世界的名手はもちろん、馬も「こ、こいつ、強い…」と感じたかもしれません。少しだけ離されたファンタスティックライトは最後の最後まで必死に食らいつきましたが、結局、微差の3着。ゴール後、デットーリ騎手は、ガッツポーズをする和田騎手に手を伸ばし、勝利を祝福しました。世界的名手でさえ、その強さを讃えたのです。

ジャパンカップの握手

 さらにレース後にこんな脱帽コメントを残しました。

「勝った馬はクレージーストロング」

 さあ、古馬中距離GⅠの年間完全制覇までマジック1。いよいよ、伝説は最終章に突入します。

ジャパンカップ・結果

第8戦 有馬記念(GⅠ)

 クリスマスイブに行われた20世紀最後の大レースは「オペラオーのためにある」と言っても過言ではありませんでした。断然の主役、◎ズラリの1番人気。2番人気は宝塚記念、天皇賞・秋に続き、ジャパンカップも2着に食い込んだメイショウドトウになりました。前述のように距離に不安があったのですが、ジャパンカップで2400メートルをこなしたことで、堂々の対抗馬。ただ、3連敗しているわけで、オペラオーの単勝オッズ1・7倍に対し、ドトウは6・8倍と大きく差が開いていました。そして、その後に続くのがこの年、オペラオーに後塵を拝し続けていたナリタトップロードだというのが、メンバーの質を表しています。結局、この年は新星が全く現れなかったのです。

有馬記念・馬柱


 当時、競馬をやっていた人はよく分かると思いますが、馬券的には非常に魅力に乏しい有馬記念でした。ダントツの1番人気がいたとしても、そのほかが大混戦なら、2着を選ぶ楽しみがあります。でも、この有馬は、ドトウとそれ以外に差があり、なおかつ魅力的な穴馬もいませんでした。宝塚記念のときに話に出したスペシャルウィークとグラスワンダーの有馬記念は、2強といえども、その他にも「もしかしたら…」という馬がたくさんいました(オペラオーもその一頭でした)が、今回はいくら探しても見つからない。だからといってオペラオーとドトウの馬連を買っても4倍にもならないのです。そこに何十万、何百万とベットできれば別ですが、年末に夢を見たい人、世紀末に一攫千金を狙いたい人にはちょっぴり残念な有馬記念になりました(この時点では1・2・3着を着順通りに当てる3連単という馬券も発売されていません)。同じダントツ人気でも、サイレンススズカの天皇賞・秋とは違い、とんでもないタイムが出るとか、ぶっちぎりが見られる可能性も低かったので、「オペラオーの大記録を楽しみにしつつ、〝見るレース〟に徹するしかないな」「レース自体も何事もなくオペラオーが勝つだろうし」といった目で見ていたファンが多かったのが現実です。誰がどう見てもオペラオーが勝つようなメンバーで戦うのですから仕方ありません。「退屈だけど、これも競馬だよな…」なんて心持ちでファンファーレを聞いた冷めたファンもいました。でも、そんな人は数分後、競馬というのがいかに恐ろしいかを痛感するのです。

 ゲートが切られると、逃げると予想された馬が出遅れました。こうなると、みんなが敵の出方をうかがう形となり、ペースは上がらず、馬群は一団となるのが普通です。そんな探り合いの中、好スタートを切ったオペラオーは先行集団の後ろで納まる位置を探していましたが、前後左右からプレッシャーを受けます。断然の1番人気で、マークされるのは当然。ただ、その押圧が予想以上にキツく、和田騎手が一瞬立ち上がるようになり、ポジションを下げざるを得なくなりました。こうなると、強引に上がっていくわけにはいきませんし、その時点で各馬の位置取りが固まってしまったため、オペラオーは後方3番手でレースを進めます。

 1コーナーから2コーナー、向こう正面。逃げる予定ではなかった逃げ馬が先導するペースはなかなか上がりません。3コーナー手前、直線が短い競馬場ですから、外を回って早めに仕掛けて上がっていくのも一つの手ですが、すぐ外に並んでいる馬にフタをされていました(武豊騎手でした)。そうこうしているうちに4コーナー。まだオペラオーは馬群の中、11番手。さすがに誰もが「ヤバイんじゃないか?」と感じたはずです。カーブを回りながら外に出そうとしても、まだ外の馬が邪魔になっていて出せない。仕方なく内へ。でも、その前には、たいしてバラけてもいない10頭がいるのです。絶体絶命。でも、突っ込んでいくしかない。悲鳴が上がりました。アナウンサーが「残り310メートルしかありません」と叫んでいます。まだ馬群の中。時間がありません。残り200メートル。まだ前に5~6頭。万事休すか…というところから、オペラオーは大逆転勝利を果たすのです。

00年有馬記念


 前を行く馬をかわし、迫るメイショウドトウを振り切ったゴール前だけ見ればいつもと同じでしたが、危機一髪、地獄から天国。退屈そうにしていたファンも脇の下にじっとり汗をかいていました。単勝1・7倍の1番人気が期待にこたえ、2着に2番人気、馬連配当は3・8倍――この数字だけ見れば平穏です。でも、それ以上にドキドキハラハラ、競馬の怖さ、面白さ、そして勝つことの難しさを実感させた有馬記念を経て、オペラオーは晴れて世紀末覇者となったのでした。

有馬記念・結果

 考え得る最悪の展開をはね返したレースぶりについて、記事では「人馬一体のなせる業」としています。最後の最後に爆発的なパワーを発揮できたのは、力を温存していたことが大きいのですが、それは後方からになった段階で開き直り、直線を向くまでじっとしていたからです。3~4コーナーから直線にかけて外の進路をふさがれていたとはいえ、強引に動こうとすれば動くこともできました。でも、和田騎手がそこまでしなかったのは、「最後は絶対に伸びてくれる」という馬への信頼でしょう。無理やり外に出そうとして大きな接触を引き起こしたり、余計なパワーを使っていたら、最後の最後、脚が鈍った可能性もあります。馬と馬の間を割ってくるだけのエネルギーを残せたのは、つまり大逆転を招いたのは、馬と人との絆があったからこそ…では、その絆が生まれた理由は…はい、とってもシンプルですが、ずっと乗っていたからです。実は、ダービー(3着)や菊花賞(2着)は、「もう少し上手に乗っていたら勝っていた可能性もある」というもので、乗り替わりになってもおかしくありませんでした。でも、オペラオーを管理する岩元調教師は、自分の厩舎の所属騎手で弟子でもある和田騎手を乗せ続けました。オーナーの反対を押し切ったともいわれる師匠の思いが馬と騎手の絆に結び付き、最後の最後で生きたのです。

有馬記念表彰式

 ちなみに、和田騎手はオペラオーの引退式で「オペラオーにはたくさんの物を貰ったが、あの馬には何も返せなかった。これからは一流の騎手になって、オペラオーに認められるようになりたい」と話しました。その後、着実に実力をつけ、いくつもの重賞を勝ち、2017年には全国リーディング5位。翌18年には17年ぶりにGⅠ(宝塚記念)を勝つのですが、レース後のインタビューで、和田騎手は感極まりながらこう口にします。

「オペラオーが後押ししてくれました」

 そう、GⅠ勝利はオペラオーとのタッグ以来。そして、この宝塚記念の1か月半前、オペラオーは天に召されていたのです。

強さは後からやってくる

 2000年のオペラオーの「古馬中長距離GⅠ完全制覇」「重賞8連勝」を順を追って見てきました。偉業です。ハンパじゃないです。ただ、当時の空気感をお伝えしておくと、ぶっちゃけ〝オペラオーフィーバー〟が起きたわけではありませんでした。「ライバルがいないから勝っているだけ」という見方があったことや勝ち方が派手ではないことから、熱狂的なファンの獲得には至らなかったんですね。しかも翌年早々、連勝もストップし、その後は次の世代にバトンを渡す役割を担うことになるので、人気がさらに過熱することもありませんでした。とんでもない記録を打ち立てたものの「オペラオー最強説」を唱えている人は決して多くなかったのが実情です。

 しかし、引退後、時がたてばたつほど、「実はオペラオーが最強だった」という声は増していきます。21世紀になり、オペラオーの後に何頭もの名馬が誕生しましたが、どうしても古馬王道路線全勝の壁を越えられないのです。ディープインパクト、オルフェーヴル、キタサンブラック、アーモンドアイ…とんでもなく強い馬が敗れるたび、年間無敗がいかにすごいことなのかが浮き彫りになり、オペラオー最強説がジワジワ浮上してきます。同時に、ファンは日本の競馬界に長く伝わる最強馬の定義を思い浮かべるのです。常にぶっちぎらなくていい。余計な力を使わず、「競馬とはゴールの時点で一番前にいればいい」と知っている頭の良さ、賢さを兼ね備えている馬こそ真の最強馬――非常に日本的なこの説にたどりつくと、オペラオーの輝きがさらに増してきます。そしてそんな馬の代表格として思い出す3冠馬シンザンや皇帝シンボリルドルフ(「ウマ娘」の生徒会長!)の競走生活を改めてひもといた時、この2頭でさえ、年間全勝はしていないことに刮目するのです。世紀末を無敗で駆け抜けた覇王の名は、今後も、名馬が誕生するたびに浮上してくるに違いありません。いやはや、本当に強かったです。

オペラオーの最後に入れる写真

メイショウドトウの物語

 オペラオーを紹介したら、メイショウドトウに触れないわけにはいきません。いや、実は触れたいので、宝塚記念を控える今週にオペラオーを選びました。2頭の因縁は宝塚で始まり、1年後の宝塚で1つの区切りを迎えるのです。

 オペラオーが8連勝した2000年、2頭は宝塚記念で初めて対決します。ドトウはオペラオーのようにクラシック戦線を歩んだわけではなく、徐々に力をつけ、古馬になってから頭角を現しました。3月にGⅢの中京記念、5月にGⅡの金鯱賞と、一歩ずつ階段を上り、初めてチャレンジしたその宝塚記念で、2着に入ります。6番人気だったことで分かるように、あくまで伏兵。レースが終わっても「なかなか力をつけてるじゃないか」ぐらいの存在でしたが、競走馬がピークを迎える時期でもあり、グングン成長し、秋のGⅠ3戦すべてでオペラオーの2着に入りました。秋の王道3戦の勝ち馬がすべて同じだったことはありますが、2着馬がすべて同じだったことはありません。この時点で歴史的記録をマークした名馬とも言えますね。

 で、3戦の着差は、天皇賞・秋は2馬身半、ジャパンカップはクビで、有馬記念はハナ。それだけを見れば、オペラオーに近づいていることが分かります。しかし、一部では「あの差はどうやっても縮まらない」とも言われていました。前述のように、オペラオーはどんな相手でも最後の最後でしっかり勝ち切る馬です。もしかしたら、ゴール板の位置を分かっていて、最後にちょっとだけドトウをかわしているだけで、力の差は大きい…という想像です。加えて、もしドトウが戦う相手をしっかり認識していたとしたら…という妄想も膨らみます。いくら頑張っても勝てない相手が毎回毎回、同じレースに出てくるのです。私だったら嫌になります。自信を失って逃げ出したくなるでしょう。でも、ドトウがどうだったかは分からないものの、ドトウ陣営は、年が明けてから、「打倒オペラオー」をハッキリ打ち出し、闘志を燃やしていくのです。正直、2000年の秋は、そこまでの熱は感じられませんでした。ドトウの成長力がどれほどなのかがハッキリしておらず、2000メートル前後が適距離といわれる中、ジャパンカップ→有馬記念というローテーションは適性外に見えていたからでしょう。その点、2001年は、天皇賞・春は3200メートルだから仕方がないとしても、上半期の最後に宝塚記念があります。2200メートルという距離はドトウにピッタリで、オペラオーには少し短く映る…逆転のチャンスあり!なのです。

 というわけで、まずドトウは日経賞というGⅡをしっかり勝ち、天皇賞・春に進みます。メンバーはご覧の通り。

01年天皇賞春・馬柱

 オペラオーが年明け初戦の大阪杯(GⅡ)でまさかの4着に沈み、「前年の疲れが出たんじゃ?」という見方も出たため、ドトウにも◎がついています。ただ、あくまで距離は適性外。調子を上げてきたオペラオーが抜け出した後に猛追するも、半馬身届きませんでした。これで前代未聞、5度目の2着。ただ、先ほどご説明した通り、狙いはこの次。レース後、ドトウの安田康彦騎手はこうコメントしています。

「今回は初めての距離でスタミナがもつか半信半疑だった。もう少しテイエムより前にいたら何とかなったかもしれないけど、不安な気持ちの中、馬はよく伸びた。今日は本当に収穫があった。これで次は逆転できる

 というわけで、宝塚記念。前年からの流れは変わらず、新勢力も皆無だったため、印は2頭に集中しました。

01年宝塚記念・馬柱

 単勝オッズはオペラオー1・5倍、ドトウ3・4倍。ドトウが目一杯仕上げてきているのはファンにも伝わっていたのでしょう。初めてオッズ差は2・0を切りました。馬連にいたっては2頭の組み合わせは2・1倍。100円買っても210円にしかならず、とはいえ他馬との力差は明らかで、残念ながらこの日も馬券的な楽しみは限りなく低いものでした。だからこそファンは、逆転があるのかないのか、そこに集中できました。

 絶対に勝ってやる――6回目の対戦で初めてオペラオーの隣の馬番となったドトウは、好スタートを切ると、同じくスタートを決めたオペラオーより前のポジションを取ります。これは戦前から安田騎手が明かしていた作戦。今までの経験上、同じぐらいの位置から瞬発力勝負をしてもかなわなかったので、先にスパートしようと考えたわけです。前から4番手、オペラオーは7番手で最初のコーナーを回り、ドトウは早々に馬を外に出します。内で包まれると自分から動きづらくなるので、ロスを承知でいつでもスパートできるポジションを取ったのです。そして実際、3コーナーを過ぎて真っ先に動きます。3番手から2番手、4コーナーを曲がりながら先頭に並びかけるように内に切れ込んでいきました。そのやや強引な動きによって、後ろにいた馬が行き場を失います。ひるんだその馬がブレーキをかけた時、後ろにいたのがオペラオー。避けようとした和田騎手が立ち上がって手綱を引き、減速せざるを得なかったこの瞬間、ドトウはトップスピードで直線へ向きました。ムチを連打しながら先頭に立ち、ゴールへ突き進む挑戦者。他馬をふりほどくように外に持ち出された王者が猛然と追い込みましたが、時すでに遅し。ドトウはついにオペラオーより先にゴール板を駆け抜けたのです。

01年宝塚記念

 安田騎手のガッツポーズ。観客からは拍手。それはもう温かい拍手でした。「おめでとう」「良かったねぇ」「うん、本当に良かった」。過去5回の2着でもめげなかったドトウへの祝福、それ以上に努力が報われたことに対する安堵もありました。現実世界では報われないこともあるのだから、せめて競馬でぐらい努力が報われたっていいじゃないか。いつも2番の馬が1番になってもいいじゃないか。そんな意味が拍手に込められていたような…。

01年宝塚記念・結果


 レース後、オペラオーの和田騎手は4コーナーでの不利に悔しさをあらわにしました。確かに、あの場面がなかったら、結果はどうなっていたかは分かりません。ただ、残り600メートルのタイムはドトウ35・1秒に対し、オペラオー35・0秒。1馬身4分の1という着差から見ても、ドトウが強いレースをしたのは間違いのないところです。小さな小さな玉突き事故は、ドトウ陣営の執念に競馬の神様の心が少しだけ動かされた結果だったのだと、私は信じたいです。

 オペラオーとドトウはその年の秋もともに王道路線を進みました。2頭とも徐々に競走馬としてのピークが過ぎ、天皇賞・秋、ジャパンカップともに、若い世代に勝ちを譲ります。2頭の関係はというと、宝塚記念で変わったかと思いきや、天皇賞・秋はオペラオーが2着でドトウは3着、ジャパンカップはオペラオー2着でドトウは5着。やっぱり、オペラオーにはかなわないのかと思わせて、両馬の引退レースとなった有馬記念で、ドトウはもう一度、控えめに一矢報います。オペラオー5着、ドトウは…意地の4着でした。


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