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「ウマ娘」ではカワイイの権化!カレンチャンを「東スポ」で振り返る

「ウマ娘」ではカワイイの求道者。実際にカワイイうえに、スプリント路線を盛り上げるインフルエンサーでもあるカレンチャンは、史実でももちろんカワイイ馬で、なおかつ強い馬だったのですが、と~っても賢い馬でもありました。陣営の目論見通りに成長していったその過程とファンを魅了したレースぶり、独特の容姿を「東スポ」で振り返りましょう。「カワイイカレンチャン」という言葉はカタカナ続きで少々読みづらいかもしれませんが、実際、このハッシュタグで知られるキャラなのでお許しください。(文化部資料室・山崎正義)

#ダークグレー

 名前がカワイイわけじゃなく、見た目もカワイイのがカレンチャン。芦毛という毛色は若いころは濃いグレーで、年齢を重ねるごとに白くなっていくのですが、カレンチャンはかなり黒に近いグレーでした。まだらな感じにもなっておらず、これがまたカワイイというかカッコ良かったんです。

 で、顔のあたりは灰色が少し明るくなっており、鼻筋周辺は白。

 はい、カワイすぎます。しかもこの女のコ、「ウマ娘」のキャラ同様、とっても人懐っこく賢かったそうです。さらに、よく食べてよく寝てオンオフの切り替えも上手で、レースが近づくとそれを察して自分で体をつくったといいます。なぜ私がこんなに詳しいかと言えば、現役時代に調教助手を務めていた安田翔伍調教師が、「東スポ競馬」が作成している動画で、カレンチャンのカワイイところを10個挙げていたからです。

 安田翔師が話すカワイさは強いサラブレッドに必要な条件でもありますから、カレンチャンの活躍も納得ですよね。ただ、最初からすべてが高い次元だったわけではありません。才能の片鱗は見せつつも、若いころはさすがに精神的にも肉体的にも未熟な部分がありました。まずはそのあたりから見ていきましょう。

#子供カレンチャン

 デビューは2歳の年末。父がダートや短距離に適性のあるクロフネだったので、使ったのは阪神のダート1200メートル。

 鞍上は武豊ジョッキーだったんですね、調べてみて初めて知りました。結果は1番人気で2着。年が明けてもう一度ダートを使って勝ち上がり、芝に挑戦した萌黄賞も勝利します。このレースが芝1200メートルだったことからも、陣営もスピード寄りの馬だと判断していたことが分かりますし、続く桜花賞トライアル・フィリーズレビュー(芝1400メートル)に挑戦したときも、管理する安田隆行調教師からこんなコメントが出ていました。

「マイル(1600メートル)までなら持ってくれないかな」

 明らかに希望的観測です。で、鞍上の鮫島良太ジョッキーも距離を意識したのか、それほど積極的な乗り方はしませんでした。中団~後方に控えて、直線で「どれだけ伸びるか」といったところ。ただ、ピリッとした脚は使えず、8着に敗れます。

「潜在スピードはかなりのものだが…」

「やっぱり短いほうがいいのか…」

 その再確認も含め、2か月後、陣営は葵ステークスという芝1200メートルのオープン競走を使います。結果は3番手から先頭に立つものの、最後の最後に差されて2着。やはり心も体もまだ若かったのでしょう。ひと息入れて6月の函館、2勝クラスに出走してきたときも陣営からはこんなコメントが出ていました。

「まだ未完成の部分がある」

 それでも古馬相手にあっさり勝つのですから、さすがの才能。しかも、2着に2馬身半差だったので、普通だったら、続戦です。幸い、北海道にはスプリント戦も少なくないですし、3歳牝馬には斤量の恩恵もあり、スピードを活かせます。しかし、陣営はここで大きな決断をしました。

 休ませよう――

 そう、ケガもしていないのに休養を取らせるのです。

 カワイイカレンチャン

 が

 ツヨカワイイカレンチャン

 になるには、まだまだ

 カヨワイカレンチャン

 だったんですね。

「まだ使い込むほど丈夫じゃない」「無理をさせることで才能の芽をつみかねない」という陣営の馬を見る目はもちろん、誰よりも勝たせたかった、早く出世させたかったはずのオーナーさんの理解には頭が下がります。そして半年間、じっくり成長を促された可憐な少女は、精神的にも肉体的にもたくましくなって栗東トレーニングセンターに戻ってくるのです。

#大人カレンチャン

 2011年1月、カレンチャンの復帰レースは3勝クラスの芝1200メートル戦。

 ここはややムキになってしまい3着に終わったものの、続く同条件のレースを2着に2馬身半差をつけて勝ちます。1200メートル戦でのこの着差は「快勝」ですから、堂々たるオープン入り。陣営はここでカレンチャンを重賞に挑戦させました。

 いきなりのGⅡ、1400メートルへの距離延長なのに、なかなか重い印が集まっているのは、それほど強いメンバーが揃っていなかったのもありますが、早くから才能を認められていたこと、さらには調教で見せる豪快な動きが本格化を予感させるものだったためでしょう。ただ、それはあくまで関係者や記者の視点。私のようなファン(私は東スポの記者ですが競馬担当じゃありません)からすると、ちょっと見方は違いました。

「人気になりすぎじゃ?」

「初挑戦だろ?」

「いくら名前がカワイイからって」

 いやいや、馬自身もカワイイのですが、陣営からも「課題は距離」というコメントが出ていたのです。

「ベストは1200メートルみたいだし…」

「信頼できる人気馬じゃない」

 1番人気なのに単勝オッズが4・2倍と高めだったのがその証拠。

「様子見かな」

「むしろ、危険な人気馬かも」

「このレースは荒れるかも」

 はい、私もかなり穴狙いに走った記憶があるんですが(苦笑)、カレンチャンはここをあっさりと突破します。内の4~5番手をソツなく進み、直線でスルスルと前へ。いったん2着馬に出られるものの、残り50メートルでグイッと伸びて勝ち切るのです。

「普通に…」

「強いんだ…」

 改めて見返すと実に渋い勝ち方ですし、地力がないとできないレースぶりでもあります。でも当時は、スピードで圧倒したわけでもなく、メンバーレベルのこともあり、かなり地味な勝利に映りました。これにはカワイイ名前も関係していたかもしれません。インパクトのある名前だからこそ、ちょっぴり派手な勝利を期待してしまうファン心理というのがあると思うんです。言わば…

〝馬名から抱く期待値〟

 おそらく普通の競馬記者の皆さんはこんな見方はしないでしょうが、私のように競馬に関してはただのファンに過ぎない立場から言わせてもらうと、馬名の持つチカラやイメージは決して小さくありません。カレンチャンに関しては、その期待値が高く、だからこそイメージとレースぶりにややギャップがあり、余計に地味に映ったような気がしましたし、さらにローテーションがその印象を強めます。実はカレンチャン、このレースの後、春のスプリント決戦・高松宮記念などのGⅠ戦線に目をくれず、休みに入るのです。同じ厩舎に、ダッシャーゴーゴーというスプリント路線を歩んでいた強い同級生がいたこともあるかもしれませんが、陣営はこの美女の成長を見極めつつ、慎重に3か月の休みを与え、夏の北海道から、サマースプリントシリーズを目指すことにします。

 初戦は函館スプリントステークスというGⅢ。GⅡを勝っているような馬はおらず、カレンチャンは1番人気(単勝2・7倍)に支持されたのですが、レースはなかなか厳しいものでした。前走が1400メートルだったからか、1200メートルのスピードにすぐに対応できず、〝先行〟とは言えない5番手。しかも4コーナーではかなり外を回されます。

「ん?」

「危ないか?」

 直線の短い函館競馬場

 必死に前を追って追って…

 勝つには勝ったものの〝なんとか届いた〟ようにも見えました。で、続くキーンランドカップ(GⅢ)は行き脚もついて4コーナー先頭の1・9倍の1番人気らしい横綱相撲を見せるのですが、これも最後は〝ギリギリ凌いだ〟ようにも見えました。

 重賞3連勝!

 その前の勝利から数えると4連勝!

 数字的には派手です。見た目も美人さん。レース後の写真を並べてみまし
ょう。

 カワイイ!

 カワイイ!

 カワイイカレンチャン!

 でも、毎週のように競馬場やウインズに通い詰め、一ファンとしてレースを見ていた人間からすると、印象は地味でした。当noteは当時の空気感を令和にもってくるのが使命ですから、ここは正確に書いておかねばなりませんし、証明するものもあります。4連勝中のカレンチャンは勢い十分に、スプリンターズステークスに挑戦するのですが、そこまで重い印が並ばなかったのです。

 東スポだけじゃなく、他紙も似たような感じでした。この年のスプリンターズステークスはかなりメンバーレベルが低く、GⅠ馬が不在。香港の最強スプリンター・ロケットマンが圧倒的な支持を得ていたのですが、「新星・カレンチャンが返り討ちだ!」的な雰囲気はそれほど充満していない3番人気。ロケットマンの1・5倍、ダッシャーゴーゴーの6・4倍から離れた11・2倍というオッズは、4番人気の外国馬・ラッキーナインの11・5倍とほとんど変わらず、「どこまで通用するか…」という域を出ていなかったのです。北海道の2戦はメンバーレベルに疑問符がつきましたし、時計のかかる函館、札幌の結果は、時計の速い秋の中山の通用を保証するものでもありません。正直、妥当な評価にも見えました。だからこそ驚いたファンが多かったんです。中団からじんわり上がっていって前を射程圏に入れたカレンチャンが、直線で堂々と抜け出してきたことに。

「こ、こんなに…」

「強かったの?」

 はい、2着に1馬身4分の3差をつける勝利は完全な横綱相撲。GⅢをギリギリのクビ差で2つ勝ってきた馬が、これほどまでに鮮やかな完勝劇を見せるとは思っていませんでしたから、余計にインパクトがありました。

「すげー!」

「新星だ!」

「スプリント界にニューヒロインだ!

 地味な印象を与え続けたのは、スーパーアイドルの誕生をド派手なものにするための演出だったのかと思うほどでしたが、今回、改めて調べてみると、いろいろなことが分かりました。まず、函館スプリントステークス後の記事には、現地で調整に携わっていた安田翔伍助手のこんなコメントが。

「函館入厩後に思うように調整が進まず、正直七分のデキでした」

 その後、キーンランドカップに向けて調整する過程では、調教場所だった函館競馬場のウッドチップが合わないのか、球節から繋ぎにかけての脚の裏側が傷腫れになってしまったといいます。そんな状態で連勝していたことを、陣営は正直に明かしてくれていて、さらにスプリンターズステークスの前日の本紙紙面はしっかり伝えていたのですが、それでも3番人気にとどまったのはやはり通用する保証がなかったからでしょう。北海道時のビミョーな体調が地味な勝ち方につながり、カレンチャンの成長曲線を絶妙にカモフラージュしてしまっていたのです。既に通用するだけの馬になっていたのに、それが見えづらかったんですね。そう、いつの間にか

 カワイイカレンチャン

 は

 ツヨカワイイカレンチャン

 になっていたわけです。ただ、急にツヨカワイくなったわけじゃなかったことをお忘れなく。

 トントン拍子

 急覚醒

 ではありません。

 3歳夏の勝利後にしっかり休ませたこと

 重賞初勝利後にもしっかり休ませたこと

 これが大きかったと安田翔伍助手が話していた記事が、スプリンターズSの翌日には載っていました。また、もうひとつ、忘れてはいけないのがカレンチャンの才能。

 初めてのGⅠ 

 初めての競馬場

 初めての激流

 なのに教科書通りの競馬ができたのは非凡なセンスのなせる業。脱帽するしかありません。

 カワイイカレンチャン

 は

 カシコイカレンチャン 

 でもあったからできた芸当でした。さあ、一気にスプリント女王まで上り詰めた彼女の、第2章が始まります。

#年下のライバル

 カレンチャンの次走は香港の海外GⅠ・香港スプリント。日本代表の1頭として海を渡ったのですが、残念ながら5着に敗れます。

「さすがに初めての海外は厳しいか」

「香港の短距離勢は強いし…」

「レースではロスもあったからなぁ」

 仕方ないか…といった受け止め方をした我々ファン。しかし、実はとんでもないことが起こっていました。出国する際、飛行機のエンジントラブルで24時間以上もコンテナの中に閉じ込められていたのです。

 カワイイカレンチャン

 カワイソウカレンチャン

 でも、もっととんでもないのはこのコの精神力でした。なんと、パニックになったりせず、じーっと、ひたすら耐えていたそうです。そんな状況を経ていたわけですから体調が万全なわけがありません。なのに、世界の強豪相手に5着。

 カワイイカレンチャン!

 エライゾカレンチャン!

 もはや快挙と言っていいのですが、このことはそれほど報じられなかったのと、そのまま休養に入ったこともあり、あまり知られることなく、カレンチャンは5歳になりました。目標となるのは春のスプリント王決定戦・高松宮記念。その前に、中山のGⅢ・オーシャンステークスに出走します。

 GⅠ馬ですから当然の1番人気で、単勝オッズは2・4倍。そんな中、カレンチャンは4着に伸びあぐねるのですが、陣営はそれほど悲観していませんでした。あくまで本番前のひと叩きで、この後、グンと体調をアップさせていきます。高松宮杯の追い切り速報では、その上昇ぶりが1面で報じられました。

 記事には、安田翔伍助手のこんなコメント。

「函館スプリントSなど久々で勝っていますが、基本的に久しぶりになると気負ってしまうんです。今回はもともと高松宮記念にぶっつけで臨む予定だったのですが、あまりに具合が良くなってきたので、それなら1度使った方がいいと。そういう判断でオーシャンSを使うことになったのです」

 これ、簡単に言っていますが、そう簡単でもありません。ひと叩きが精神的に悪影響を及ぼす馬もいますし、ひと叩きで体調が上がるとは限りません。ただ、それでも陣営がこのような作戦に出られたのは、「カレンチャンなら狙い通りにいくはず」という確信があったからだと思います。何度も言いますが、このコは賢い。ひと叩きの意味さえ理解し、本番に向けて体をつくっていけるほど頭がいい馬だったのです。だからこそ1面になるほどの好調教だったのですが、不思議なことに、これでもカレンチャンは1番人気になりませんでした。賢さやひと叩きの効果が、タイムや着差という目に見えるものではなかったのに加え、その理由として挙げられたのが国内での連勝がストップしたことに対するこんな声。

「海外遠征の疲れが残っているのでは…」

〝コンテナ閉じ込められ事件〟のことを知らなくても、海外でダメージを受ける馬は少なくありませんから、そう懸念するのも分かります。そしてもうひとつ。

「牝馬の5歳だもんな」

「そろそろ下り坂になっても…」

 たった1回の負けで何を心配してるんだとお思いかもしれませんが、競馬ファンというのはこういう心配が好きなんですね(苦笑)。実際は、3歳後半や4歳春にしっかり休みを与えているので成長の芽は摘み取られておらず、体も疲弊していなかったので、年齢の割にはむしろ若いぐらいだったのに、「5歳牝馬」という字面を不安要素として受け取る人がいたわけです。さらに、こんな声も。

「新しくなった中京は底力が必要らしい」

「大丈夫だろうか…」

 そう、この年の春から〝新装開店〟となった中京競馬場は、直線が長くなり、急坂が設けられました。「スピードだけでは押し切るのは難しくなった」と言われる中、カワイらしい名前の5歳牝馬が少し頼りなく見えたのも、人気を押し上げなかった要因のひとつかもしれません。同じ急坂の中山競馬場のスプリンターズステークスを完勝しているのですから、ぶっちゃけ〝重箱の隅〟にも映ります。でも、そういったいくつもの重箱の隅があったことと、もうひとつ、ある馬の存在によってカレンチャンは2番人気になるのです。その馬とは…

 ロードカナロア!

 同じ厩舎1歳年下の男の子。まだ少年だったはずなのに、古馬になったこの年、オープン→GⅢ→GⅢと連勝し、気が付けば本格化の兆しを見せていました。GⅢの1つ目は2着に1馬身半差をつける完勝、2つ目は豪快に差し切りを決めた上で2馬身半差をつける楽勝。前哨戦を負けている5歳牝馬より、勢い十分の4歳牡馬に、記者もファンも新チャンピオン誕生を期待したわけです。

 単勝オッズはロードカナロア2・4倍に対し、カレンチャンは3・9倍。GⅠ馬はGⅠ未勝利の後輩に1番人気を譲ったうえで、ポンとゲートから飛び出しました。相変わらずセンス抜群のレース運びで堂々の2番手から先頭を向き、早々と先頭。奇をてらわず、王者らしく、真っ向勝負に出た女王に、2つの敵が襲い掛かります。

 後ろからカナロア

 前には急坂

「しのぐか…」

「止まるか…」

「残すか…」

「差されるか…」

 カワイイカレンチャン!

 ツヨカワカレンチャン!

 いや…

 ツヨスギカレンチャン!

 堂々たる押し切りに誰もが脱帽しました。そして、誰もが認めました。

「日本のスプリント女王」

「カワイイ名前の名スプリンター」

 前年のスプリンターズステークスで頂点に立っているのですから、陣営からしたら「何を今さら」かもしれません。ただ、香港と前哨戦の敗戦で半信半疑になっていたファンとしては、この高松宮記念で「改めてその強さを認めた」というのが正直なところ。そして、もうひとつ改めて感じたのは主戦の池添謙一騎手に導かれてウイニングランをする女王の美しさでした。

 茶色くもない

 白くもない

 彼女だけのダークグレー

 太陽の光を吸収しつつ、しっとりと独特の輝きを放つその色を「カレンチャン色」と名付けたいと思ったのは私だけでょうか。それほど、オンリーワンな美しさに、誰もが「キレイだなぁ」と感嘆し、心が「カワイイ」に満たされました。同時に、秋に思いを馳せます。

「次のスプリンターズステークスを勝ったら…」

「スプリントGⅠ3連覇!」

「それって…」

「初じゃん!」

 なるか、偉業

 なるか、金字塔

 なるか、カワイイ3連発!

#成長

 秋の始動戦・セントウルステークス(GⅡ)に向けた最終追い切り。カレンチャンのパートナーはロードカナロアでした。

 いやはや、豪華な追い切りですよね。スプリント女王と、高松宮記念の3着馬(1番人気馬)。カナロアは夏の北海道でGⅢを2着に取りこぼしていましたが、出し抜けを食らっただけで実力負けとは言えず、秋になっての調教の動きも成長著しいもので、次代のスプリント界を担う存在なのは疑いようもありません。で、同じ厩舎で過ごしつつ切磋琢磨する2頭はこの最終追い切りで、見出しにあるように甲乙つけがたい絶好の動きを披露し、出走表に名を連ねました。

 夏に1度レースを使っているカナロアが1番人気(2・2倍)、使っていないカレンチャンは2番人気と思いきや、発表された馬体重がプラス22キロだったこともあり、2番人気をマジンプロスパーというこれも夏に1度使っている馬に譲ります。結果は直線で抜け出したカナロアを、そのすぐ後ろでマークしていたエピセアロームという馬が交わし、カレンチャンは僅差の4着。ただ、もうすでに皆さんお分かりの通り、人気も着順も、全く悲観するものではありません。

 カワイイカレンチャン

 カシコイカレンチャン

 はい、頭のいいこの馬は、前哨戦を前哨戦らしい仕上がりでひと叩きすると気づくのです。

「次が本番ね!」

 というわけで、スプリンターズステークス前に、ものの見事に動きが激変するのですから、本当に賢いですよね。

 そして、そろそろというか、ついにというか、このパターンを記者もファンも学習します。多くの◎を集め、スプリントGⅠ3戦目にして初めて1番人気になるのです。

 枠はやや外(7枠14番)でしたが関係ありません。ガンガンやり合う先行争いの直後、絶好の5番手にすっと収まるのですから、やはり女王はさすがでした。

「ソツがない」

「さすがだなあ」

 そのセンスに、レースがどういうものかを分かっているとしか思えない賢さに、ファンもうっとり。4コーナーで、前を行く馬たちをしっかり射程圏にとらえつつ、スーッと上がっていくのを見て、競馬場のボルテージは一気に上がりました。

「きた!」

「カレン!」

「カレンチャン!」

 こういうとき、このカワイイ名前はなんて呼びやすいんでしょう。直線を向き、残り200で先頭に立ったダークグレーの美女に、ファンは声をからさんばかりに叫びました。

「カレンチャン!」

「カレンチャン!!」

「カレン…」

 あのゴール前の一瞬の静寂は、カレンチャンを応援し、金字塔が打ち立てられる瞬間を見たかった人がたくさんいた証拠。しかし、残念ながら、最後の最後で、女王の夢は散りました。相手は…スプリントGⅠ3連覇を阻んだのは…

 ロードカナロア――

 同じ屋根の下で、カレン姉さんの背中を追いかけてきた1つ下の青年は、このレースでも、道中からずっと、その背中を追い続けていました。

 追いかけて追いかけて…

「姉さん、追いつきました!」

 そう言いながら隣を駆け抜けていったカワイイ後輩にカワイイ先輩がどう思ったかは分かりません。ただひとつ言えることは、相手が強かった、強くなっていたということ。カレンチャンは、あの中山の急坂を、昨年同様堂々と、いや、昨年以上に力強く上ってきました。陣営の目論見通りに調子を上げ、持ち前のスピードとセンスで完璧なレースをしました。その姿はやはり…

 カワイイカレンチャン!

 敗れても、懸命に走るその姿は美しい

 ターフから検量室へ引き上げていくカワイイの権化に、カワイイに満たされたファンから惜しみない拍手が降り注いでいたことを書き残しておきます。

#再び香港へ

 年内での引退が決まっていたカレンチャンがラストレースに選んだのは、香港スプリントでした。ロードカナロアとの遠征は、同じ厩舎に所属する日本のトップ2が挑戦するということで、大きな話題になりました。

 前年のようなトラブルもなく、無事に現地に着いたカレンチャン。もともと環境の変化にも動じない精神力の持ち主でしたから、しっかり追い切りをこなし、調子も上々。

「頑張れカレンチャン」

「今度はカナロアに勝って…」

「有終の美だ!」

 賢い馬です。ファンの願いに「そんなこと分かってるわよ」だったでしょうか。いや、もしかして、ファン以上にカナロアへのリベンジに燃えていたのかもしれません。そうじゃなきゃセンスの塊がスタートで後手を踏むなんて考えられません。そして、そんな絶望的な状況の中、後方の内という苦しい位置取りから直線で必死に進路を探しながら前を追った女王の姿をファンは決して忘れないでしょう。

 戦う彼女は最後まで美しかった。

 カワイイカレンチャン

 カワイイの権化

 私たちの心に残る彼女は今もカワイイ

 カワイイカワイイカレンチャン

 オツカレンチャンでした。

#㊙エピソード公開中

 カレンチャンが7着に敗れたレースを勝ったのはロードカナロア。日本馬がなかなか勝てなかった香港スプリントを制した新スプリント王は、翌年、絶対王者にまで成長し、香港スプリント連覇という偉業を成し遂げます。ただ、そんなカナロアも、初めての遠征時はかなり落ち着かない様子で、カレンチャンに頼り切りだったそうです同行したからこそ知り得たその微笑ましいエピソードはコチラからどうぞ。ほっこりしますし、カレンチャンのことがもっともっと好きになるはずですよ。

 ちなみに、「東スポ競馬」の有料会員になると、動画の完全版が見られますし、毎週、安田翔伍師が語る動画「親の七光り」もチェックできます。これ、実際に馬に携わる人の本音や裏話が満載で、めちゃくちゃ面白いです。ぜひ!


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