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詩人・清水哲男がちょうど40年前に語っていた〝偉大なる真理〟

※当コラムには、今日の人権感覚に照らして性的または差別的表現ととられかねない箇所が散見しますが、執筆当時の時代背景を考え、また著者が故人であるという事情を鑑み、原文ママとしました。

紫煙をくゆらす清水哲男(1976年3月)

童貞はブスとするより死を選ぶ!?

 こういうページを読む人には、童貞が多い。処女もいるかな。

 ウソだと思ったら、統計でもとってごらん。いつの時代にも、桃色情報に熱心なのは童貞と処女と相場が決まっているのだ。

 だって、なにも知らないんだからね。知らないことを知りたがらなければ、人間とはいえない。つい最近、少女雑誌のピンク度が問題になったけれども、問題にしたのは非童貞や非処女のジイサン、バアサンばかりだった。あれはなんだったと思うかね。

 昔の歌の文句ではないが「知ってしまえば、それまでよ……」というやつで「知ってしまった」ヤツらにとっては「知らない」者のまっとうな好奇心がガマンならないのである。それはともかく、童貞というレッテルは悲しいものだね。

 とくに、死ぬほど苦しい受験勉強をして、やっと大学に入ったと思ったら、赤線(注1)の灯が消されちまった我らが世代は悲しかった。


注1)GHQによる公娼廃止指令(1946年)から売春防止法の施行(1958年)までの間に、半ば公認として売春が行われた特殊飲食街の地域を指す。戦前から警察はそうした地域を地図に赤線で囲んでいたことが語源といわれる。非合法な売春が行われた地域は青線とも呼ばれた。


 先輩どもの赤線体験を聞かされるにつけ「ちくしょうめ!」と、何度うめいたことか。ある友人などは、あろうことか、学生下宿に早変わりした元の赤線宿に住んでしまい、ピンクの壁に取り囲まれて脂汗ばかり流していたっけ。

 いまの世の中、いい若い者で童貞なんかいるもんか。そんな声も聞こえてきそうだが、どっこい、事実はむしろ、童貞率は上昇しているんだそうである。

 大胆ギャルだなんだとマスコミは騒ぐけれども、見まわしてみろ。どこにそんな女がモノホシソウにふらふらと男を求めてさまよっているというのかね。たまにそれらしい女がいたとしても、みんなブスばかりとくる。童貞は、ブスが嫌いだ。ブスとやるくらいなら、いっそ、このまま死ぬまで童貞をつっぱろうかというのが、男気というものである。

 それに加えて、昔からイイ女というのものは、金の力にからきし弱いときているのだから、金のない童貞男にとっては具合が悪い。

 童貞のままヤクザになった同級生がいるが、ヤツの口調は「カネためて、ハクいスケ(注2)を連れて、故郷に錦を飾りたい」というものであった。その後アイツはどうしているだろう。有名すぎる組に入ったせいで、金も女もままならないのかもしれないな。


注2)はく・い【白い】で「良い」「上等である」を意味する俗な表現。テキ屋の隠語に由来するとされる。スケは女性を意味する隠語。「すけこまし」や「すけばん」としても使われた。


 だれだって、生まれたときは童貞なのだ。そしてみんなが、この童貞というレッテルをはがすことに苦労させられる。はがしちまえばなんてこともないのに、なんと人間はやっかいな生き物であることよ。

 童貞でなくなった夜、私はなぜか「ハクいスケ」がこしらえてくれた茶づけをズズズズすすりながら、偉大なる真理を発見したのだった。

「女を知らない男こそが、女の美しさを知ることができるのだ」。

しみず・てつお 1938年2月15日、東京市中野区生まれ。京都大学文学部哲学科卒業。京大在学中、詩誌『ノッポとチビ』に参加。卒業後は河出書房、ダイヤモンド社などで編集者として活躍。 75年、『水甕座の水』でH氏賞受賞。俳句にも造詣が深い詩人。

※このコラムは1984(昭和59)年9月5日付、東京スポーツ紙面の「日替わりオナニー・トーク」を再掲したものです。読みやすくするため注を設けました。


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