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スーパーのパック寿司は何割引きなら〝買い〟なのか?

 2023年は「回転寿司」が注目を浴びた1年と言えそうです。みなさんご存じのように、今年1月、回転寿司チェーン「スシロー」で起きた少年による醤油ボトルをペロペロなめる動画をアップしたことで始まった騒動は、その後スシロー側が約6700万円の損害賠償を求める訴えを起こす事態となりました(7月31日に和解が成立し、訴えは取り下げ)。Googleトレンドを見ても一目瞭然。過去5年間で突出して注目を浴びたことがわかります。

https://trends.google.co.jp/trends/explore?date=today%205-y&q=%E5%9B%9E%E8%BB%A2%E5%AF%BF%E5%8F%B8&hl=ja

 本屋さんで『回転寿司からサカナが消える日』(扶桑社新書)というやや物騒なタイトルの本を見つけました。回転寿司といえば庶民の味方で、長らく一皿100円のイメージが定着していましたが、2022年に各社が値上げに踏み切りました。スシローは一番安い黄皿を10円値上げして120円、赤皿180円、黒皿260円に。くら寿司も従来の110円と220円から、115円と165円を基本価格帯とし、フェアメニューなどは200円台を増やしています(※価格はすべて税込み。また都市型店舗など一部店舗は価格が異なります)。この理由について、メディアは原材料費の高騰だと報じましたが、専門家の書いた本書を読むと、より深い真実が見えてきました。著者は水産アナリストの小平桃郎さん。食品の値上げラッシュが続く中でも「生鮮魚介」に限ってはより値上げが進んでいることを説明するのは一筋縄ではいかないと説明します。

こと生鮮業界の価格高騰においては、漁獲量の減少や国際的な争奪戦の中での買い負け、サプライチェーンの崩壊によるコスト増など、それ以外の要素も複雑に絡み合っています。そしてその絡み合い方は、魚種によっても異なってきます。

小平桃郎『回転寿司からサカナが消える日』(扶桑社新書、2023年、22p)

 低価格をウリにする回転寿司ではメニューの6~7割が海外で水揚げ、加工されたネタだといいます。水揚げ地と加工地が別であることも多く、オーシャンフレート(海上輸送運賃)がここ2~3年で30%以上上昇していることも、回転寿司の原価率を大きく押し上げていることにつながっているそうです。代表的な寿司ネタの中で、水揚げも加工も国内で完結しているものは、国産ホタテ、アジ、養殖のハマチ、カンパチ、タイくらい。逆に言えばそれ以外の海外で加工するネタは現地人材の賃金上昇など加工コストが上がってきているのです。

涼しい部屋でずっと読書していたい…

 他にも「回転寿司で甘エビが姿を消し赤エビが増えたワケ」「ウニ軍艦が消えたワケ」、豊洲市場など「水産卸売市場を経由する水産物の割合は5割以下」など興味深い話が盛りだくさんな本ですが、スーパーのパック寿司が回転寿司の強力なライバルになっているという指摘は目からウロコが落ちました。

スーパーのパック寿司が強い理由

 スーパーの閉店時間が近づくと、20%引きや半額シールが貼られる光景は見たことがあると思います。シールを手にした店員さんの裏に〝半額ハンター〟たちがゾロゾロと続くのはカルガモの親子のような光景ですが、私自身が真っ先に向かうのは惣菜やパック寿司売り場ではなく、お刺身コーナーでした。ここではみんながカットされた刺し身盛り合わせに目を奪われて悩んでいるすきに、サクで売られているマグロやカツオ、イナダなんかを狙い撃ちにするのです(笑)。

みんな大好き半額シール

 そんなわけで久しぶりにパック寿司を正規の価格で買ってみました。本マグロ赤身入りご馳走にぎり1人前998円(税込み1078円)。本マグロ赤身が2貫、いくら軍艦、生サーモン、アジ、蒸しエビ、エンガワ、ネギトロ、イカ、穴子というラインナップで全10貫。久しぶりに食べたのですが、想像以上においしかったです。

 ただ、貧乏な私にはやや高級にも感じたので、回転寿司に換算して比較してみましょう(笑)。1皿2貫を基本とする回転寿司でいえば5皿分。仮にえんがわ、ネギトロ、イカ、蒸しエビを120円皿とするならこの4貫で240円、アジ、穴子、いくら、生サーモンを180円とするならこの4貫で360円。本マグロ赤身を260円だとすると、10貫の合計は360+240+260=860(円)と仮定できます。味が同じだとすればパック寿司のほうがやや割高なのかもしれませんが、20%引きシールが貼られた瞬間に税込み862円とほぼ同等になります!(ちなみに私が今回パック寿司を購入したスーパーは中価格帯なので、もっと安いスーパーだと12~16貫で1000円のパック寿司もあります)

小平さんはパック寿司には回転寿司がマネできない2つのアドバンテージがあると説明しています。

まず一つ目は、「コスト調整のしやすさ」です。回転寿司の場合、ある魚種が高騰している局面では、基本的には利益を削ってでも販売し続けるか、値上げに踏み切るかどちらかしかありません。価格はそのままに、ネタを小さくするといった「実質値上げ」もある程度可能ですが、それにも限界があります。一方でパック寿司の場合は、ひとパックあたりのトータルでコストの帳尻を合わせれば良いため、「高騰しているネタを外す」とか、「高騰しているネタは替えないが、ほかのネタを安くなっているネタに交代させる」といった調整が可能です。

小平桃郎『回転寿司からサカナが消える日』(扶桑社新書、2023年、144p)

そして値引き販売です。一般的には売れ残りによるロスを削減するものですが…

スーパーの値引きシールには別の効果もあります。例えば定価1000円のパック寿司を売る場合、1000円が出せる客にはその値段で売り、1000円は出せないが800円までは出せるという客にも2割引きのシールを貼ることによって売ることができるのです。それでもまだ在庫がある場合は4割引きのシールを貼り、800円でも買わないが、600円なら買うという客に売ることができます。簡単に言うと、支払許容額の高い人には高い価格で、低い人には低い価格で販売することができるのです。…(中略)…さらに極端にいえば、スーパーのパック寿司は「儲けを出さなくてもいい」という最強の利点もあります。回転寿司チェーンがいくつかのネタを原価割れで提供するのと同じ理屈で、パック寿司は採算度外視でも、それを目当てに来店する客が、ほかの日用品や食材を買ってくれるなら、そちらで利益を出すことが可能だからです。

小平桃郎『回転寿司からサカナが消える日』(扶桑社新書、2023年、146p)

 なるほど、逆に回転寿司チェーンがうどんやラーメン、デザートなど寿司以外のサイドメニューを多く出して利益を取りに行く構図もわかってきますね。国内の市場規模は7530億円に到達するといわれている回転寿司業界。これからもワクワクした気持ちを運んでくれる存在であってほしいと思います。(東スポnote編集長・森中航)


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