「ウマ娘」でも噛み癖!フェブラリーS初代王者・シンコウウインディの〝ガブリ!〟を「東スポ」で振り返る
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「ウマ娘」でも噛み癖!フェブラリーS初代王者・シンコウウインディの〝ガブリ!〟を「東スポ」で振り返る

東スポnote

 年明けからは隔週でお届けしている当note。順番的に今週はお休みなんですが、東スポnote編集長から昨日、「念のための確認です。今週はGⅠなのですが、アップはナシでいいんですよね?」というLINEがきました。普段のお休み週に、こんなメッセージはきません。もしかして「書け」って言ってる!? いや、でも、先週のナリタトップロードの2万字で精も根も尽き果ててるし…という中で再びLINE。「先週はたくさんのお褒めのコメントをいただきました。念のため」。いやいや、「念のため」のプレッシャーがすごすぎるだろ!とツッコミたくなりますが(苦笑)、編集長の言う通り、改めて、先週の長い文章をたくさんの人に読んでいただき、本当に感激しております。そうですよね、トップロードもあれだけ頑張ったんですから私も頑張らないといけません。確かに競馬サークルが盛り上がるGⅠの週に何もアップしないのも…というわけで、日曜に行われるフェブラリーステークスにゆかりのある「ウマ娘」を調べたら、いるじゃないですか、記念すべき第1回の覇者が。シンコウウインディ――。はい、ご存じの方も多いでしょうが、「ウマ娘」のキャラに反映されているように、実際も「噛み癖」のある馬でした。フェブラリーステークスの歴史ととともに、「東スポ」で振り返ってみましょう。今回はだいぶ短いですし、ウィキペディアに載っていない事実も判明しましたので気軽にご一読いただけるとうれしいです。(文化部資料室・山崎正義)

フェブラリーステークス

 今では「フェブラリーステークス」と「チャンピオンズカップ」という2つのダートGⅠがありますが、1996年まで、JRAにはダートのGⅠはひとつもありませんでした。ダート戦自体は数多く行われていましたし、迫力ある砂上のバトルは非常に見ごたえがあります。ダートの名馬だってたくさんいたのに…。だから、フェブラリーステークスがGⅠになると聞いたときは本当にうれしかったです。何より、このレースをGⅠにしたっていうのが良かった。もともと1984年にGⅢ「フェブラリーハンデキャップ」として創設されたJRAのダート重賞では東海ステークスと並ぶ歴史を持つレースで、94年にGⅡに格上げされて「フェブラリーステークス」となったんですが、「2月に東京の1600メートルで行われるダート重賞」としてファンにはかなり定着していました。真冬の風物詩にもなっていたので、違和感なく受け入れられましたし、名称が変わらないのも良かったんです。有馬記念の後、春のクラシックシーズンまでGⅠがないのはやや退屈でもありましたから、テンションも上がります。なので、記念すべき第1回、1997年2月16日の東京競馬場はめちゃくちゃ混んでました。はい、私も一ファンとして現地に行きました。午前中が雨で、ダートは水が浮くような不良馬場だったのですが、レースが始まるころには太陽が出ていたはず。2月にしてはやや強い西日を浴びてダートに浮いた水がキラキラと光る中を、泥だらけになった馬が東京競馬場の直線に向いたときの歓声は、まさにGⅠでした。下手すれば、やや低調なメンバーの芝GⅠよりボルテージは上。

「第1回に勝つのは…」

「記念すべきメモリアルホースは…」

「どの馬だ…」

 2番人気のバトルラインが引っ張り切れない手ごたえで先頭に立ち、その外に1番人気のストーンステッパーが並びかけます。

「人気馬同士の一騎打ちか!」

 誰もがそう思ったであろう直線半ば、よく見ると内から1頭、2頭を追いながらジワジワ、ジワジワ伸びてくる馬がいました。それこそシンコウウインディ。バトルラインを競り落として前に出たストーンステッパーに食らいつき、並び、クビだけ前に出たところがゴールでした。

 殊勲の鞍上は岡部幸雄ジョッキー。シンボリルドルフの主戦を務めた名手はレース後、こう苦笑いしたそうです。

「またやるかとヒヤヒヤした」

 何をやるのか…。はい、それこそ「ウマ娘」のウインディが「がお~」とやるアレ、「噛み付き」でした。というわけで、次章で、ここに至る過程を追ってみます。改めて調べてみると、この馬、〝ニュースな男〟でした。

ガブリ

 競馬サークル内でその名を一躍有名にしたのはフェブラリーSの半年前に行われた中山ダート1800メートルのレースです。

 今で言う3歳の夏、今で言う2勝クラスの条件戦だったこの「館山特別」に出走した5枠9番のウインディにはたくさんの◎がついています。芝では4、2、4着と勝ち切れていなかったものの、ダートでは2戦2勝。しかも今回と同じ舞台である中山ダート1800メートルの前走は楽勝だったので、「砂で出世しそうな馬」として、古馬との混合戦ながら単勝1・9倍の1番人気の支持されていました。レースでは3~4コーナーで3番手に上がり、直線では先に抜け出した2番人気馬を追います。残り50メートルで並びかけ、でも、相手もしぶとく、脚色的には微妙です。迫るゴール、「交わせるか」「届くのか」。そんな状況で〝事件〟は起きました。

 ガブリ――

 何と、右斜め前を走る2番人気馬の首に噛み付いたのです! GⅠでも重賞でもありませんから、さすがのその瞬間の写真はありませんので、位置関係を文字で表すとこんな感じ。

←ゴール
  逃げる馬
   ↑噛む馬(ウインディ)

 大きな口を開けて首全体を…という感じではなく、映像などでは軽く口でつついているように見えるものの、しっかりガブッとやっていたとか(苦笑)。噛み癖のある競走馬は決して珍しいわけではありませんが、全力で走っているときにガブリ!は稀。当然、競馬サークル内では話題になったそうですが、条件戦での出来事でもあり、大きなニュースとしては報じられていません。続く「ユニコーンステークス」という3歳限定のダート重賞に出てきたときの馬柱の下に載った陣営のコメントもこうです。

 噛んだことには触れられておらず、単なる一ファンに過ぎない私も、この時点では正直、知りませんでした。で、ウインディは当レースで3番人気に支持され、2番目でゴールします。噛み付いてはいません。が、再び〝事件〟が起こります。

 降着――

 なんと、ウインディに3馬身差をつけて1位入線したバトルラインが、斜行により、失格となってしまったのです。というわけで、勝者は2番目でゴールしていたウインディ。完敗なのに乾杯という複雑な重賞初勝利に、レース後、岡部ジョッキーはこう話しています。

「運がよかったとしか言いようがないけど、揉まれる競馬が経験できたのは大きな収穫。これからが楽しみになった」

 噂に聞いていたガブリ(館山特別は岡部ジョッキーではありませんでした)もなかったのでホッとしたのでしょう。癖の話も出ておらず、ウインディは1か月後、大井競馬場で行われる「スーパーダートダービー」というレースに出走しました。

 数年しか続かなかったので忘れている人もいるかもしれませんが、実はこの年、3歳の〝ダート3冠〟が新設されています。中央と地方の3歳を対象に、秋に3つのダート交流重賞が設けられたのです。その1冠目が前出の「ユニコーンステークス」で、2冠目がこのレース。つまり、ウインディは1冠目を制した馬として、2冠制覇に挑んだ形になりますが、前走が繰り上がりの1着だったこと、さらにこの年の皐月賞馬・イシノサンデーが参戦し、当然の1番人気になったことから、3番人気にとどまります。そして、やらかします。2番手で直線を向き、逃げた馬に追いつき、並びかけ、「交わせるか」「追いつけるか」というゴール前で…。

 がおー!

 再び噛み付きにいってしまったのです。おかげでスピードが鈍り2着ですから、これはやはり〝事件〟でしょう。今なら映像が拡散されて大問題、いや、大ブレークしたに違いありません。ただ、当時は、地方競馬場で行われたレースの結果は今ほど詳細に報道されませんでしたし、ネットも普及していません。さらに続く3冠目も地方の盛岡競馬場で行われ、そこで悪癖を出さなかったので、ぶっちゃけ、〝噛み付きウインディ〟の名は「とどろく」まではいっていませんでした。しかも、陣営だって癖を矯正しようといろいろと工夫します。年が明け、古馬になった初戦「平安ステークス」に出てきたときのコメントを確認してみましょう。

 ブリンカーを着用するようになったんですね。これは目の周りの視界を制限するための馬具で、今でもよく使われています。他馬を気にしたり、集中力がなかったりする馬の視野を狭くして、走ることに集中させるわけです。装着したことはJRAに届け出ないといけませんから、新聞にもしっかり表記されます。以下は平安ステークスの馬柱ですが、13番のウインディの記者の印がついている部分の右上に、白抜きで「BL」と記されています(見づらくて申し訳ありません。ちなみに、初めてじゃないときは黒抜きです)。

 ブリンカーの効果というのは必ずしも出るわけではないものの、ウインディには効きました。1、2番人気からめちゃくちゃ離された単勝17・1という3番人気ながら、中団からグングン追い込んできて先頭でゴールしたのです。が! ニュースな男が出ると、やはり何かが起こります。

 同着――

 そう、並んでゴールしたトーヨーシアトルともども「2頭とも勝ち!」という重賞では非常に珍しい結果を呼ぶのです。翌日の紙面でも「重賞では9年ぶりの同着V」だと報じられています。

 こんなふうに、やたらとニュースをまき散らしながらウインディは頭角を現していきました。そして、次に走ったのが冒頭でお話ししたフェブラリーステークス。結果的には、ブリンカーによって他馬に噛み付く気性の荒さが類まれな勝負根性に変換され、見事にGⅠタイトルをゲットするのですが、今回、過去の紙面を調べていたら、あの週、ウインディはもうひとつ事件を起こしていたことが分かりました。ネットなどではあまり見かけませんが、実はもう1回、〝噛み付き〟をやらかしていたんです!

新発見

 改めてフェブラリーSの出走メンバーをご覧いただきましょう。

 冒頭に書いたように、1、2番人気だったのはストーンステッパーとバトルライン。それに続く3番人気がトーヨーシアトルだったんですが、この馬は平安ステークスで、ウインディと同着だった馬です。なのに、印としてはウインディの方がはるかに薄い…。実際、単勝人気では、トーヨーシアトルの倍近い11・9倍の6番人気にとどまりました。ブリンカー効果が出ているのに、名手・岡部ジョッキーなのに、年齢も変わらないのにそれだけ差がついたのは、ダートが得意だとされていた外国産馬に対し、ウインディが地味な内国産馬だということと、もうひとつ、最終追い切りがイマイチだったことが影響していたと考えられます。追い切り速報紙面をご覧いただきましょう。

 有力馬の一頭なので大きく扱われるのは当然なのですが、見出しにある通り、併せ馬(他馬との並走練習)で遅れてしまったのです。写真の下には「期待外れ(?)」という文字がある通り、拍子抜けの内容だったため、記者たちの印が薄くなったのかもしれませんが、実はこの「遅れ」には理由がありました。締め切りギリギリの速報だったのでこの日は載せられなかったようですが、レース前日の本紙にこんなコメントが…。

 何と、追い切りでも並走馬に噛み付いていたのです! それによって集中力を欠き、遅れてしまったのです!

 いやはや、とんでもない馬がいたものです(苦笑)。しかも、こんな追い切りをしておいて、初代ダート王に輝くのですから、やっぱり、〝もってる〟んだと思います。何せ、第1回のユニコーンステークスを勝って、第1回のフェブラリーステークスも勝っている〝1回目男〟なのです。それでいて降着も同着もあるのですから、役者が違います。また、、改めてレースでの噛み付きを振り返ると、本当に負けるのが嫌だったことも想像がつきました。「館山特別」も「スーパーダートダービー」も、脚色的には「追い抜けそうなのに追い抜けないかもしれない」状況だったのです。

「負けるのか」

「俺が負けるのか」

「嫌だ」

「嫌だ」

「絶対嫌だーーー!」

 一心不乱、大混乱。脳内が「負けたくない」であふれすぎて、気が付けばガブリとやっていたのかもしれません。本人も無意識で、それこそ

「はっ!」

「俺、またやっちまったのか!?」

 と、夢から覚めたような顔をしていたとしたら…そう考えるとすっごくかわいく見えてきます。〝ニュースな千両役者〟であると同時に、まさにキャラとして描きたくなる空前絶後の負けず嫌い――。フェブラリーS後はケガもあり、1度も勝利を挙げることなく引退しましたし、種牡馬として実績も残せなかったのに、並み居る名馬たちとともに「ウマ娘」になったのも納得ですよね。果たして、育成キャラとして実装されたらどんなことになるのか…ゴルシのドロップキックに対抗して、勝ったらトレーナーに噛みついてきたりして(笑)。

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テンキュー
東スポnote
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