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職務質問はなぜ〝エンタメ〟になるのか

年末年始になると警察特番が増える気がしませんか?試しに調べてみたところ…

日テレ「警察特捜2021 緊急出動!凶悪逃走犯を追え」(12月10日放送)
テレビ東京「激録・警察密着24時!!」(12月26日放送)
TBS「最前線!密着警察24時」(12月27日放送)
テレビ朝日「列島警察捜査網 THE追跡」(1月4日放送)

 わずか1か月のうちにフジテレビをのぞく4局が、いわゆる〝警察24時〟を放送しているわけですから、そりゃよく目にするわけです。

 なぜこんなに〝警察24時〟放送するのか

いわゆる〝警察24時〟がなぜこんなにも放送されるのか。実は私、大学時代にマスメディア概論みたいな授業(いわゆる一般教養)で教授に質問をしたことがありまして、その教授はこんなことを言いました。

「相手が警察だから出演料がかからなく、番組製作費が安く済む。さらに記者クラブ(※ここでは民放5社が加盟するニュース記者会)に加盟している社にとっては警察と良好な関係を築く足がかりとなる。警察からしてみても、正義にひた走る良い警察官を広報してくれる非常に重要な宣伝活動となっていて、要するにWin-Winな関係なのです」

 なるほど。言われてみれば確かにいわゆる〝警察24時〟はそうした〝大人の関係〟で成り立っているのかもしれません。ただ、それ以上に〝警察24時〟には人を惹きつけてやまない何かがある、私はそう思うのです。

 キラーコンテンツだらけの中でマル秘スパイスは…

ここで〝警察24時モノ〟のキラーコンテンツを眺めてみましょう。
過激な暴走族、首都高ルーレット族、鉄道警察たちによる悪質痴漢逮捕、繁華街の酔っ払い事件簿、麻薬密売人逮捕、下町人情交番、美人白バイ隊員奮闘記、白昼のカーチェイス…。思いつく限りザっと並べてみましたが、まぁコンテンツとして強いですよね。試しにテレビ欄をのぞくとやっぱりです。

読売新聞1月3日付ラテ欄、「寒空にノーパン男が出現」だけで面白そう

でも、コンテンツが豊富だから面白いと褒めてばかりいてもしょうがないので、もう少し突っ込みます。いろんな警察官がいろんな現場で働いているシーンが映し出されていますが、最も面白いのはどんな場面でしょうか。私は職務質問バンカケのシーンが一番スリリングだと感じています。特に自ら隊(=自動車警ら隊)が街にパトロールに繰り出し、素人目にはわからない不審者を捕まえて検挙する展開がたまりませんよね。「え、今の一瞬で気づいた?」「どこが怪しかったの?」と我々の頭にクエスチョンマークが浮かんだのに、いざ職務質問してみると…やっぱりクロだったという瞬間には警察官が神々しく感じられるから不思議です(笑い)。そう、私の考えでは職務質問とは〝警察24時〟に絶対不可欠なスパイスなのです。

車を停止させて職務質問を始めようとするパトカー

職務質問の法的根拠は警職法だけど…

前置きが大変長くなりました。本日ご紹介する本は元警察官僚の古野まほろ氏が書いた『職務質問』(新潮新書)です。帯には「疑われる人とは?徹底拒否は可能?正しい対処法は?〈名人〉の眼力とは? 元警察官の作家が解き明かす『謎多き職質ワールド』!」と踊っています。実に面白そうです。

 その前に、職務質問の法的根拠に当たる警察官職務執行法を見ておきましょう。

第二条 警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。
2 その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問するため、その者に附近の警察署、派出所又は駐在所に同行することを求めることができる。
3 前二項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。
4 警察官は、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者については、その身体について凶器を所持しているかどうかを調べることができる。

警察官職務執行法【法令番号】昭和二十三年七月十二日法律第百三十六号【施行年月日】昭和二十三年七月十二日【最終改正】昭和二九年六月八日法律第一六三号

 実はたったこれだけ。超短くまとめると、警察官は不審者もしくは参考人的立場の人に対してのみ職務質問ができる、と定めているわけです。しかし、警察官が質問をすることをできても、我々が答えなくてはならない義務は課されていませんから、すべてが〝任意〟のように思えます。しかし、判例が警察官職務執行法よりも具体的に踏み込んでいると明かされます。

 裁判所は一貫して、職務質問においては『強制にわたらない有形力の行使は認められ得る』『強制にわたらない一時的な実力の行使は認められ得る』という立場を採用しており、これは既に鉄板というか、確定が上にも確定していて絶対に動きません(最高裁の判断である上、半世紀弱の運用実績がありますので)。

前掲書、28ページ

 つまり、必要性や緊急性に応じた場合に一時的な有形力の行使が認められているのです。「それじゃ任意じゃないじゃん!」とのツッコミ、その通りです。古野氏は、職務質問とは理論上は純度100%の任意活動であるとしますが、警察官にとって必要性だの緊急性だの、それらを踏まえた相当性だの、所要の役札が揃ったときは、その役の強弱に応じ、有形力の行使が可能になるのが裁判所の立場だと説明しています。

 〝怪しさ満貫クラス〟を放っておくわけがない

これ、麻雀で考えるとわかりやすいかと思います。

①警察官が不審者だと感じた/我々が不審だと思われた=1翻
②声をかけたときに動揺が見られた/ムカついてカッとしてしまった=1翻
③やたらと大声をあげる/ムカついたので怒鳴ってしまった=1翻
④職質に協力せず急に現場を歩いて立ち去ろうとした/任意なので職質を拒否して前に進んだ=2翻
⑤急に走り出して逃げようとした/しつこいので警察官振り払った:3翻

全部、任意活動なのですが、④の時点で既に満貫になっていると想像してみてください。警察官からしたら怪しさ満貫クラスの人間を放っておくわけがありませんよね。突如走り出したら怪しさ跳満級なのです。

前掲書、33ページ

職質ワールドにおいては、〈任意〉とか〈任意性がある〉といった言葉は、0か1かのデジタルではないのです。無論、強制にわたったら一発でアウト、強制活動たった1つでレッドカード・即退場というルールがあるのですが……しかし強制にわたらない限りにおいて、〈任意〉という言葉には、幅や濃淡のある、0~1のアナログな概念です。

前掲書、32ページ

 アナログな世界ゆえ、一部で言われている「これって任意ですよね?任意なら絶対応じません」のひと言は万能な武器とはならないのです。でもアナログとはいえ、後ろから抱きとめて転倒させたり、数人がかりで執拗かつ強力に押さえつけたりすることは〈強制〉ですからチョンボです。ただ、どちらの言い分もぶつかりあうからこそ、職務質問がドラマになる下地があるわけです(所持品検査、同行要求についてより詳しく知りたい方はぜひ本書をお手にとってください)。

 アナログゆえに〝逆・警察24時〟も面白い

冒頭で私は〝警察24時モノ〟ついて触れました。〝警察24時モノ〟の魅力は自分が警察官になった気分で懲悪した気分になれることだと思います。だとしたら、逆に善良な市民が職務質問で受ける不快感を集めたものが……YouTubeにはいっぱいあります(笑)。そしてかなり再生数を伸ばすヒットジャンルとなっています。いろんな方がこの類の動画をアップしているゆえ、なかには無茶苦茶なものも混在していますが、(映像上では)何もしない投稿者が、上から目線の警察官に職務質問されている動画を見る時にはなぜか「失礼な警察官だな」「理不尽だな」と投稿者に同情した目線で見てしまうのです。多分、これが判官びいきです。

 そしてさすがは群雄割拠のYouTuberの世界。もはや職務質問されるプロとして完璧にエンタメに昇華しているのが、チャンネル登録者数9万人超のCHANNEL GATEさん。概要欄には「一般のカー・オーナーに纏わる普通を幅広くコンテンツ配信中」と書いてあるのですが、配信者のSIN氏が職質を受ける前からカメラを回し、職質によって奪われる経過時間を画面上に表示していく手法は見事です。職務質問されがちな方は勉強になると思います。

 職質される人、されない人

『職務質問』の著書である古野氏は警察官として勤務していたときも、退官したあとも一度も職務質問されたことがないそうで、こんなことを記しています。

 こうした私自身の経験、あるいは同僚警察官の経験を踏まえると、成程、『何度も声を掛けられるタイプの人間と、1度も声を掛けられないタイプの人間がいる』という警察神話の1つは、結果としては、ある程度正しい。

前掲書、はじめに

 かく言う私は東スポに就職する以前に4回も職務質問をされて複雑な気持ちを味わったことがありますし、職務質問されたときには不毛な争いせずに完全協力することでいち早くストレスから解放されることを学びました。この先リアル職質は勘弁願いたいものの、エンタメとしての職質、つまり〝警察24時〟と〝逆・警察24時〟をきっと見てしまうと思います。市民と警察官の思いが交錯するドラマ、それが職務質問なのかもしれません。(東スポnote編集長・森中航)

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