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アニメ「ウマ娘」第6話!サトノ家の悲願を「東スポ」で振り返る

 ダイヤちゃんことサトノダイヤモンドが「サトノ家の悲願」とジンクスに立ち向かった第6話は実に感動的でした。実際はどうだったのか。当時の状況や雰囲気を、いつものように「東スポ」の記事と写真を使っておさらいしておきましょう。そのうえで第7話を見れば、アニメ「ウマ娘」がもっと面白くなるはずです。(文化部資料室・山崎正義)

メジロマックイーン

 GⅠを勝てないというジンクスを破るために、マチカネフクキタルに占いをしてもらったり、コパノリッキーに話を聞いたり(元馬のオーナーは風水でおなじみのDr.コパさん)…あえて不幸な道を選び、それを克服しようとしていたサトノダイヤモンド。菊花賞本番が近づくにつれてどんどん追い詰められていくのですが、そこでアドバイスを送ったのがメジロマックイーンです。

「私は知っています。家のために走る心境を、一族の期待を背負い走る重圧を」

 そう、同じく「家」の宿命を背負って走った先輩。マックイーンの「メジロ牧場」は、天皇賞制覇を目標にサラブレッドを生産・育成していました。スタミナを重視し、天皇賞の勝ち馬を輩出し、引退したその馬が血を受け継いでいく…。1970年の天皇賞馬メジロアサマの息子・メジロティターンが1982年の天皇賞を勝ったことで親子制覇がかない、さらに夢が続いていきます。メジロティターンの子供・マックイーンが菊花賞を勝つのです。もともとの使命だったとはいえ、歓喜とともに、〝義務〟が発生した瞬間でした。

 天皇賞、親子三大制覇――

 マックイーンはその宿命、強烈なプレッシャーをはねのけ、古馬になった4歳春の天皇賞を勝ったのです。まさにダイヤちゃんのメンターになるべきキャラクターで、これ以上のキャスティングはありません。

 しかも、不利やジンクスを語れるだけの背景も持っていました。ダイヤちゃんの皐月賞やダービーでは不利や落鉄という「なんで…」ということが起こりましたが、マックイーンは天皇賞・春を勝った年の秋、強烈な「なんで…」を食らうのです。まず、天皇賞・秋をぶっちぎったのに、スタート直後の斜行で18着に降着。

 ジャパンカップも1番人気で敗れると、あっさり勝つと思われた有馬記念でダイユウサクという14番人気馬の一世一代の激走にあうのです。

 見出しにあるように運に見放されたとしか思えない状況でした。しかも、この「なんで…」にくじけず、翌年、天皇賞・春の連覇に向けて気合を入れていると、復帰したトウカイテイオーに話題をさらわれてしまいます。さらに、世紀の一騎打ちでテイオーを破ったのに、ケガをしてしまうのです。加えて、ケガを乗り越え、さらに強くなっていったのに、ライバルが不在で(テイオー骨折中)、レースぶりが優等生すぎたため(先行抜け出し)、アイドル的人気を博すまでに至らなかった。アニメでマックイーンが「強すぎて退屈だと言われた」と口にしましたが、頑張れば頑張るほど、強くなればなるほど「つまらない」と言われるという不条理、まさに「なんで…」を経験したウマだからこそ、それでも不屈の闘志で努力を重ねたウマだからこそ、今回の言葉には重みがありました。

「レース中の不利も落鉄もよくあること」

「積み重ねた努力は、貫き続けてきた思いは、後付けのジンクスなどで揺らぐものではないのです」

菊花賞

 マックイーンにも背中を押され、ダイヤちゃんは菊花賞でサトノ家の悲願を達成します。アニメで描かれた通り、レースは「完勝」でした。

 2着に2馬身半差。危なげなかったですし、1番人気でもありましたから、結果だけ見れば「順当」です。ただ、当時のレース前は、正直、楽観的な声ばかりではありませんでした。まず、前哨戦の神戸新聞杯が思ったより辛勝だったこと。

 ダービーでの落鉄で痛めた爪の回復を待ちながらの調整で、あくまで〝トライアル仕様〟だったとはいえ物足りない内容とも言えました。しかも、ダービー馬・マカヒキは凱旋門賞に向かって不在だった一方で、皐月賞馬でダービー3着のディーマジェスティは順調にセントライト記念を勝ってきていたのです。

 構図としては完全に「2強」で、強力なライバルがいる状況。しかも、ダイヤモンドには距離延長の不安がありました。美しい走りは中距離向きとも言われ、既に大種牡馬だった父ディープインパクトの産駒は菊花賞を勝っていなかったのです。2011年から前年まで2→7→4→3→3頭を送り出すも、未勝利。3年前には同じ「サトノ」のディープ産駒・サトノノブレスも健闘したものの2着に終わっていました。ライバルであるディーマジェスティもディープ産駒だったので、「2頭とも危ないんじゃないか」「この菊花賞は荒れるぞ」という声すらあったほどで、「両方は飛ばないだろ」という人たちは、2頭を比較し、母方の血統的に「ディーマジェスティの方が距離はこなしそう」と言っていました。だから、新聞の印も微妙なものでした。

 ルメール騎手も今のような〝無双〟状態ではありません。そしてそして、やはりサトノ家のジンクスを口にしていたファンは少なからずいましたから、想像するほど、「勝てるでしょ」という雰囲気ではなかったわけですが、面白いのはどちらかと言うとマイナスポイントが多そうだったダイヤモンドの方が、人気でディーマジェスティを上回ったことです(2・3倍VS3・2倍)。このあたりはやはり、ファンの願いがあったのでしょう。ジンクスをどうとらえるか。

「だからダメだろう」

 ではなく

「乗り越えてほしい」

 そんな思いが、ダイヤモンドを1番人気にしたような気がします。里見治オーナーもレース後に感謝を口にされていました。

「新聞を読むとディーマジェスティのほうが有利と書いてあったのに、1番人気に支持していただいた」

 そして、「馬主を続けてきた初めて良かったなと思いました」という喜びの声とともに、こんな心境も。

「これで負けたら、これからの自分の競馬人生はどうなってしまうのだろうと…」

 そんな中で見事に結果を残したダイヤちゃんに拍手を送りましょう。

 物語は続きます。悲願を達成した菊花賞馬は次走に有馬記念を選択。そこで待つのは、あの先輩菊花賞馬です。第7話が待ちきれません!

おまけ

 冒頭で触れたコパノリッキーについて、いつも当noteの告知ツイートに感想コメントをくださるシルダイさん(毎回ありがとうございます!)からこんな声をいただきました。

「可能なら同年の南部杯の馬柱を掲載いただけると嬉しいです。ちょうどダイヤがコパノリッキーに相談しているのが南部杯の頃だと思われるので…」

 なるほど、キタちゃんやダイヤちゃんが頑張っていた頃はリッキーの活躍時期にも重なるんですね。勉強になります。というわけで、馬柱です。

 前年末からややスランプに陥りかけたのですが、当年(2016年)春、かしわ記念で再び軌道に乗り、帝王賞と連勝。この南部杯も直線であっさり抜け出し、ダートGⅠ(JpnⅠ)3連勝を決めました。驚くべきは勝ちタイム。

 1分33秒5!

 芝か!という数字ですよね。これは2001年、あのクロフネがマークした1分33秒3に迫るものでした。


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