ハッピーカムカムキレッキレ!「ウマ娘」の大吉娘マチカネフクキタルの1997年秋を「東スポ」で振り返る
今週末は、ダービー馬・シャフリヤールが始動する菊花賞トライアルの神戸新聞杯(GⅡ)。過去にも数々の名馬が出走しており、三冠馬のディープインパクトやオルフェーヴル、コントレイルをはじめ、「ウマ娘」に登場するキャラではビワハヤヒデやゴールドシップも勝っているのですが、レースのインパクトで言えば、1997年のマチカネフクキタルが強烈でした。先日、実装されたばかりの縁起のいい名前のお馬さんを「東スポ」で振り返ってみましょう。いつも「長すぎる!」と怒られているので、今回は短め。サクッとまとめてみました。(文化部資料室・山崎正義)
神戸新聞杯
「ウマ娘」では占い&おまじない頼りのオカルト本願なかわいいドジっ娘。しょっちゅう神様にもお願いしているのですが、あの秋はまさに神がかっていました。
勝って
勝って
ハッピーカムカム!
やったー
やったー
やっちゃったー!
一気にGⅠまでゲットした〝福来る伝説〟は、見ているこっちもハッピーになる連勝劇。その序章は、神戸新聞杯でした。
4番のフクキタルには◎が4つもついています。この年の春、皐月賞には間に合わなかったもののダービーには出走し、4角3番手から見せ場をつくった7着で「おっ、なかなかやるじゃん」と思わせ、7月には福島に転戦。秋に確実に菊花賞トライアルに出られるよう賞金を上乗せするため、確勝を期して武豊ジョッキーに依頼した条件戦を楽勝して、「秋が楽しみだ」という評価を得ました。その後、クラシックの中心を担った馬がゆっくりお休みする夏の間も馬体を緩めることなく、この神戸新聞杯に向けてしっかり仕上げてきたことが記者の高評価につながったのでしょう。明らかに〝勝負度合い〟が違ったのです。他の馬、例えば1番のシルクジャスティスはダービーの2着馬なのですが、あくまでここは菊花賞に向けての叩き台で、調教過程を見ても仕上げていないのはミエミエ。本気度の違いが印に反映され、フクキタルは2番人気に支持されました。
とはいえ、主役はフキクタルではなく、1番人気になっていた8番のサイレンススズカ。類まれなスピード能力を高く評価されていた希代の逃げ馬は、距離が向かない菊花賞ではなく、2000メートルの天皇賞・秋を目指し、そのステップとして神戸新聞杯に出走してきました。
「夏を越して、どれだけ強くなっているんだろう」
「ここを楽勝するようなら古馬との対戦になる天皇賞でも面白い存在になるぞ」
そんなファンのワクワクを背に、2番手グループに3~4馬身差のリードを保ちながら、持ち前のスピードで軽快に逃げます。4コーナーを回り、さらに突き放そうとするスズカ。しかし、翌年、大旋風を巻き起こすスーパーホースはまだ〝覚醒前〟だったのでしょう、ゴールに向けて、徐々に脚色が衰えていきます。ただ、スピードで作り上げた大きなリードは、残り100メートルになってもたっぷり残っていました。
「逃げ切り濃厚だね」
「ああ、〝このまま〟だ」
そう思いつつ、後方グループに目をやると、外からフクキタルが2番手まで追い上げてきていました。とはいえ、まだ5馬身以上の差があります
「追い込んできたのはマチカネか」
「2着はフクキタルだね」
はい、何百、何千とレースを見てきた競馬ファンはそれぐらい分かります。明らかに〝逃げ馬が残って、追い込んできた2着馬が迫ったところがゴール〟といった結末が見える展開でした。残り50メートル。まだ誰もがそう信じていたので、その後の5秒間は、今でも伝説です。
「え?え?え?え?」
「えーーーーー!」
4コーナーで最後方。先頭から10馬身以上も後ろにいたフクキタルの尋常じゃない鬼脚。まさに神がかった追い込みで、ゴール前でスズカを並ぶ間もなく差し切ってしまったのです。
競馬玄人でさえ、予想できなかった大大大逆転劇だったことは、杉本清アナウンサーのテレビ実況が物語っています。直線半ばではこう。
「マチカネフクキタルはようやく外を通って上がってきた。きたきたきたきた、ようやくきた、ようやく2番手に上がってきた」
はい、「ようやく」が3回使われている通り、やっとのことで上がってきた感じで、「手遅れ濃厚」に映っているのがよく分かります。で、その後が…。
「さあサイレンススズカと一騎打ちになるのか」
最後の「か」がポイント。明らかに追いつきそうなら「一騎打ちだ」でいいはずなのに、並ぶところまではいかなそうなので断定できないのです。で、ゴール寸前がコレ。
「どっちだどっちだかわしたー、マチカネだー」
フクキタルが想像を超える脚でスズカに追いつきそうになったので、杉本アナは一騎打ちになって2頭が馬体を併せてゴールインする時のお決まりフレーズ「どっちだ」を口にしました。火花の散る叩き合いを「どっちだ、どっちだ、内か、外か、かわすか、かわしたー」と実況するのがお得意なので、おそらくこのときもそうしようと思ったはずです。でも、叩き合いになるまでもなくフクキタルが〝秒殺〟で差し切ってしまったので上記のような「、」のない、実況的には間(ま)のない形で「どっちだ」を続け、さらに焦って「かわしたー」と付け加える感じになったんですね。名実況者が状況を測りかねるぐらいの脚だったわけです。ちなみにさすがなのは、ご自身の心境とファンの心の内、そしてフクキタルのレースぶりを見事に表現した締めくくり。
「なんともハラハラドキドキさせるケイバ~」
確かに私もゴール直後、心臓がバクバクしていました。
「とんでもない馬が出てきた」
「マグレにしてもすごい」
ファンはお宝発見に似た喜びを感じつつ…
「名前も面白いし」
と、笑顔になりました。神脚と名前のダブルインパクト。フクキタルの名は一気に全国区になったのです。
京都新聞杯
出走権を得たので、菊花賞に直行しても良かったのでしょうが、フクキタルはもう一度、トライアルを走ります。京都新聞杯というGⅡで、現在は春に行われていますが、当時は秋。今と違い、関西で行われる菊花賞トライアル重賞が2つあったのです。これは、菊花賞の施行時期が、現在の10月下旬ではなく11月上旬だったことで、トライアル期間自体が長かったから。どうしても菊花賞の権利が欲しい馬にとってはチャンスが、休み明けが得意ではない馬は叩き台の機会が今より多かったことになりますし、数は少ないものの、フクキタルのような神戸新聞杯を勝った〝上がり馬〟が、本番を見据えて、もう一走することもありました。より菊花賞に近い京都新聞杯の方がメンバーレベルが上がるので力試しにうってつけなのです。実際、この年も、皐月賞とダービーで1番人気になったメジロブライトという馬が満を持して出走してきました。
そんなメジロブライトを差し置いて、フクキタルは堂々の1番人気に支持されます。前走がハンパじゃなかったのに加え、距離も200メートルしか延びていないので、「勢いに乗ってのもう一丁」が濃厚だと判断されたのです。
「もう1回、あの大外一気を見たい!」
そんな願いも込められてもいたはず。そして、フクキタルは違うスタイルでファンの期待にこたえます。好スタートから4番手の内。1コーナーで不利を受けてポジションを下げ、4コーナーでは8番手あたりにいました。外に出せずにいたので直線を向いたときは前がズラーッと壁。しばらくしてバラけていくのですが、ちょうどフクキタルが行こうとしたところに限って前に馬がおり、なかなか広いところに出せません。でも、直線半ば、やっと進路を見つけて内に入っていってからがすごかった。そこからまたたく間に突き抜けるのです。
「神戸に続いて京都も制した。京都でも福がきたー」と杉本アナ。大外一気ではありませんでしたが、やはり瞬発力はハンパじゃありませんでした。スパッとキレるから見ていてスカッとします。その名の通り、本当に福が来るような、テンションの上がる、めちゃくちゃ気持ちのいいレースをしてくれたのです。
「前走はフロックじゃなかったんだ」
「相当すごいかも」
「面白い名前のすごいやつ!」
神戸新聞杯→京都新聞杯の重賞2連勝はめったに見られませんし、勢いもアゲアゲ。ファンも明らかに増えましたし、はたから見れば、いかにもこのまま菊花賞まで突っ走りそうですよね? でも、翌日の本紙をご覧ください。
何とも後ろ向きな見出し…これは今回の勝ちではなく、菊花賞に向けての不安を表現したもので、記事ではその理由が説明されています。まず一つは、誰もがスカッとしたあの脚。スパッとキレたのですが、実はあれ、キレすぎなのです。競馬界では、「キレずにジワジワ伸びていくのが長距離馬」であって、「キレすぎる馬は長い距離に向いていない」という、長年、言い伝えられてきた〝常識〟があったんですね。実際、スタミナタイプの馬はキレる脚を兼ね備えていないことも多く、キレすぎる馬が距離が延びて惨敗することもよく目にしました。そう考えると、フクキタルの神脚は諸刃の剣でもあったわけです。加えてもう一つ、福が来ないかもしれない大きな大きな理由がありました。
父クリスタルグリッターズ――。
はい、お父さんの血統が長距離向きではなかったのです。しかも、これまた馬の適性に関係があるとされる「母の父」も長距離向きではありません。やっぱり競馬の〝常識〟からすると、菊花賞を勝つような血統ではなかったのです。これはゲーム「ウマ娘」にもしっかり反映されていて、菊花賞を前にしたフクキタルが「一家にステイヤーはいない」「距離が長すぎる」と弱音を吐くシーンがあります。
話を戻しますと、記事ではさらに踏み込んでいます。見方を変えれば、血統的に不安があったからこそ、トライアルを2つ使ったのでは?と。本番は血統的には厳しいから、なんとか距離が持ちそうな重賞を「もう一丁」しておこうと陣営が考えたからこそ、神戸新聞杯→京都新聞杯というローテーションを組んだのではないかと推測しているのです。記事内では、神戸新聞杯後に疲れが出たことも明かされています。どうしても菊花賞を勝ちたいなら京都新聞杯をスルーして疲れを取ればいいのに、それでも出走してきた…これこそが陣営も距離に不安を感じている証拠。もともと無理そうな菊花賞より、目の前の勝ち、すなわち〝実〟を取りにきた、というわけです。
競馬初心者の皆さんからすると、「よくそこまでうがった見方ができるな」と思うかもしれませんね(苦笑)。でも、競馬ファンからすると、これはめちゃくちゃ楽しいのです。自分でストーリーを組み立てても楽しいですし、新聞からこういう推測を教えてもらうのも楽しい。東スポは、よくこういう記事を載せていました。朝刊が「すごーい」とだけ言っている事象をさらに深堀りし、「すごいけど、こういう見方も出ていますよ」とリポートするわけです。わざとうがった見方をしているわけではありませんよ。実際にそういう声が上がっているからこそ記事にしているのであって、今回のフクキタルの時も、この後、徐々にその声は広がっていきました。だから、トライアルを鮮やかに2連勝したのに、フクキタルは1番人気にならずに本番を迎えることになります。
菊花賞
三冠ラストの菊花賞ウイーク、多くのファンの注目は既に「フクキタルの距離がもつかどうか」になっていました。これは最終追い切りを速報した本紙。
疲れはなく、調子自体に問題がないことを伝えつつ、左下では、共同インタビューで、距離に関する質問が飛んでいることに触れています。管理する二分久男調教師はこう答えました。
「ステイヤーとは言い難いが、春よりははるかに馬が成長しています。折り合いひとつで克服は可能でしょう」
ニュアンスから〝自信満々ではない〟のが伝わってきます。しかも、「折り合いひとつ」というのもファンとしては引っかかるところ。実はフクキタルはちょっとムキになる傾向があったのです。ムキになる、俗に言う〝ひっかかる〟状態になって体力を消耗すれば、ただでさえ血統的に向かない長距離を乗り切ることは困難です。やはり、不安ばかりが募りますから、当時の新聞もこうなります。フクキタルの立ち位置がよ~く分かるはず。
◎もある一方で無印の記者もいますよね? 距離に不安を感じているどころか「3000メートルだったら無視」というスタンスの人もいたわけです。これはファンも同じで、いたるところで「距離がもつかもたないか論争」が起こりました。はい、私もやりました(苦笑)。「なんとかなるんじゃないの?」なんて言うと、こうバカにされたものです。
「何年競馬やってんだよ」
「常識的に無理だろ」
「クリスタルグリッターズだぞ?」
そんなにいじめないでもいいじゃないですかと言いたくなりますが、当時を知る皆さんには同意していただけるはず。
「フクキタルを買うやつは競馬素人」
この感じ、ありましたよね? なんだったんでしょう、あの肩身の狭さ(笑)。で、抜群のスタートを切ったフクキタルがひっかかるそぶりを見せたときの絶望感たるや!
「やっぱりダメか~~~」
その後、馬群に収まって落ち着くのですが、もともとが半信半疑なので、フクキタルを買っていた人は不安で仕方ありません。スタミナを温存するために内でじっとしていた最後の3~4コーナーだってそう。人気馬が外を回って上がっていき、その他の馬もみんな仕掛けたので、動けない内でポジションが下がっていくのは仕方ないのですが、それがスタミナ切れに見えるのです。
「やっぱり無理か~~」
「ダメなのか~」
同時に浮かぶ、仲間のしたり顔。聞こえてくるあの声。
「ほら、言ったじゃん」
「クリスタルグリッターズだぜ」
「これだから競馬素人は…」
だからこそ、直線を向き、バラけた馬群を割ってフクキタルが抜け出してきた時は、大きな声が出ました。
「いけっ!」
「いけー!」
「フクキタル!」
アッと言う間に先頭に立つフクキタルの瞬発力。
キレてます。
3000メートルでもキレッキレ!
杉本アナが叫びました。
「またまたマチカネフクキタルだ!」
「福が来た京都、またまた福がきたー」
「神戸、京都に続き菊の舞台でも福がきたー」
あまりの鮮やかさと、脱力さえさせる名前が、すべてをチャラにします。
「やるじゃん」
「3000メートルなのにすげーじゃん!」
いつの間にか〝フクキタルなんか来るわけねーだろ派〟も祝福していました。いつだってそう。常識が打ち破られた瞬間、ノーサイドになるのが競馬のいいところです。バカにされていたフクキタル派も、彼らに「ざまーみろ」という気持ちになりませんでした。それ以上に、重賞も勝っていなかった馬がわずか1か月半の間にGⅠウイナーになるという神がかった福来る劇場は「いいもの見たな~」であり、みんなが笑顔で「おめでとう」。オーナーの細川益男さんにとっても初めてのGⅠ制覇、まさに〝マチカネ〟た勝利でもあったので、たくさんの「おめでとう」が飛び交いました。1997年秋、勢いで常識を吹き飛ばした楽しい楽しい短編、ここに完結です。
エピローグ
冷静に振り返ると、この菊花賞は「超」がつくスローペースになったため、スタミナを問われる展開にならず、逆に瞬発力が生きたとも言えました。
「異例中の異例」
「今後はこんなことはないだろう」
そんな声も聞かれましたが、実はこの頃から、長距離レースが〝スローペースからの瞬発力勝負〟になることが増えていたのも事実です。前年の菊花賞もダンスインザダークという馬が、スローペースの中、瞬発力で突き抜けていましたし、何よりその父であり、競馬界を席巻しつつあったサンデーサイレンスがスローペースからの瞬発力勝負に強い子供を輩出する種牡馬だったのです。フキクタルは父が違いますが、瞬発力という名の一瞬のスピードやキレ味が、多少のスタミナ不足をカバーしてしまう現象が増えていくターニングポイントを演出したとも言えます。いずれにせよ、競馬の常識が変わりつつある時期だったのでしょう。
フクキタルはその後、ケガに悩まされるようになり、順調にレースを使えなくなります。ただ、ファンの多くは、ハッピーをもらったあの秋を決して忘れませんでした。4歳時の不調を乗り越えて復活を果たした5歳2月の京都記念。
そして4月の大阪杯。
2着に追い込んできたとき、誰もが願いを込めて叫んだものです。
「フクキタル!」
「福来る!」
ホント、いい名前ですよね。
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